2008年2月29日金曜日

第七段 広有射怪鳥事

段名について「こうゆうしゃかいちょうじ?」と読んでしまった時期が管理人にもありました。
これは、元々『太平記』巻十二に出てくる話の題名でして、通常の日本語で読み下すと
「広有、怪鳥を射るの事」となります。
(某弾幕STGの5ボステーマの曲名にも使われてますねぇ・・・。あれは良い曲)
どんな話か、概略を以下にかいつまんで説明させて頂きます。
1.南北朝時代、後醍醐天皇のおわす内裏の屋根に、「いつまで・・・」と不気味な鳴き声をあげる鳥が現れます。
2.この怪鳥の鳴き声で洛中には、不眠症になる人々が続出。
3.公卿連が対応を協議した結果、隠岐広有(おきのひろあり)という北面の武士に怪鳥退治を命じます。
4.広有は自慢の弓で怪鳥を撃ち落とし、これを嘉した後醍醐天皇は、彼に広大な所領を与えました。
以上のような話です。

この話、うち続く乱世に有効な手を打てない後醍醐政権を暗に風刺した話だと言われます。
「いつまで、この地獄絵図が続くのか」、「いつまで、権力にしがみついているのか」と・・・。
そう鳴く鳥を、武士を使って射落としている政権側。
民の不平不満を警察や軍隊といった暴力機関で対処療法的に抑え込んでよしとする、為政者の暗黒面が問わず語りに炙り出されています。
そして悲劇的(喜劇的?)なことに、『太平記』の描く時代から600年以上たつ今日の世界においても、これと同じような話がゴロゴロしています。
たしかに、民の不平不満など一朝一夕に解決できるものではありませんから、一時的に対処療法に頼らざるを得ない場面もあるでしょうし、その時行使する手段について、奇麗事など言ってられない場面というのも多々あるのでしょう。
ただし、対処療法はあくまで一時しのぎ。怪鳥を撃ち落として喜んでいた後醍醐政権の面々も、結局は都を追われることになりました。
最近国民の不満が鬱積しているらしい某国政府には、「歴史を鑑として」、大量の難民が周辺国に押し掛けるような事態や、グローバル・マーケットにネガティブな影響を与えかねない経済的・政治的混乱を未然に防ぐためにも、対処療法止まりではなく、国民の不平不満が暴発しないような統治システムの構築を願いたいものです。

まあだからと言って、問題を抱えている国に、外側の人間が「俺の言う通りにしろ」的に直接乗り込んでいって外部の制度や法概念を押し付けてももうまくいかないことは、最近ではイラク、アフガンを見れば明らか。
(むしろ、余計な混乱と災厄を引き起こしているとしか言いようがありません。(´-`)=3
もっと「夷を以て夷を制す」的な発想が見直されてもいいんじゃないですかねぇ。現地のことは清濁併せて現地勢力がよくわかっているわけだし。)
自分たちの権益・安全に直截的かつ明白な脅威が発生しない限り、外側の人間は現地政権の改革姿勢を静かに見守るべきでしょうな。
(と言うか、もしある国で混乱・騒乱が発生した場合、その悪影響が外部(特にグローバルマーケット)に波及しないものであるならば、外部は一切干渉をすべきではない、と管理人は考えます。)