2008年3月19日水曜日

第十五段 チベット、コソヴォを分かつもの

2008年3月14日に発生したチベットの騒乱について、北京政府の口からはまだ「完全制圧」という言葉が出てきていません。しかし、吹く風は着実に北京政府に有利となっているようです。まず国連に対しては、常任理事国としての特権とロシア等の中国同様深刻な少数民族問題を抱えている諸国の抱き込みにより、「懸念を表明する」以外のことは何もできないし、させない状態に置くことに成功しています。
周辺諸国についても、ロシアはもちろん、長年チベット亡命政府のパトロンであったインドも中国との政治的・経済的な関係の強化を重視し、チベット亡命政府に冷淡な姿勢をとっています。EUや米国も口では中国に対して非難めいたことを言っていますが、何か具体的な行動とることは発表していません。つまり、チベットでこれから中国が行うことに対する国際的な黙認が成立した状況と言えます。別の言い方をすれば、中国政府の実力行使を阻む最大要因である外圧は無くなったということです。
あとは必要な体勢が整ったか否かという問題だけになります。成都への騒乱鎮圧本部の設置、YouTubeの中国国内からの利用が早々に不可能な状態になった、といった情報からは実力行使が遠くないことが窺われます。

これからチベットで何が起きようが、それはコソヴォで起きた事態と好対照を為すものになるかと思われます。同じ少数民族問題でありながら、コソヴォは欧米を中心とした各国から独立を認められ、独立に反対するセルビアの圧力からは、世界最強の軍事同盟であるNATOによって守られています。
では何がコソヴォとチベットを分けたのでしょうか?
まず第一に挙げられるのが地理上の配置でしょう。一方は人権にうるさく、多くの報道機関を擁する欧州に近く、もう一方は遥かに遠いユーラシア内陸部。どちらにより同情的な国際世論が形成されるかは、論を俟ちません。
第二は独立賛成派と反対派の力の均衡があります。コソヴォでは独立賛成派の欧米と反対派のセルビアの間で、政治的、軍事的、経済的、あらゆる分野に於いて圧倒的な力の差がありました(勿論、欧米優位の・・・)。対してチベット独立に反対する中国は、国連常任理事国であり、核保有国であり、政治的にも経済的にも多くの見返りを西側に提供できる勢力です。そのような現状では、山奥のよく知らない少数民族のために中国と対立してもいいと本気で考える政府は存在しないでしょう。せいぜいお題目としての「人権」「事態の平和的解決」に触れるだけです。
こうした民族問題について、山内昌之教授は著書『文明の衝突から対話へ』(岩波現代文庫 2000年5月発行)の中で、問題の帰趨が「歴史のリアリティと偶然の中で個別に決まってきた」ことを指摘しています。現状を見る限り、この先チベットが頼れるものは偶然しかないようです。

2008年3月17日月曜日

第十三段 チベット動乱

何やら先週金曜日(2008年3月14日)当たりからチベット・ラサで軍を出動させるレベルの暴動が発生している模様です。当初は軍出動で速やかに鎮圧されるかと思った今回の事件ですが、本日(3月17日00:21)時点で判明している所では、かなり中国当局も手を焼いているようです。

<判明していること>
・今回の暴動による死者は10名以上
・今回の件に関するチベット族の抗議活動は青海省、甘粛省、四川省に波及。
・新華社、中国政府庇護下にあるチベット仏教指導者パンチェン・ラマ16世の「暴動」非難発言を発表。
・チベット自治区政府、「暴動」参加者について投降と情報提供の見返りに罪状を軽減するとの通告を自治政府のウェブサイト上で発表。

ご存じの通り、チベットやその周辺に広がる内陸各省は、急速な経済発展に乗り遅れがちで、貧困やそこから派生する各種問題によって、地方政府とその背後に控える北京への不満が鬱積していた地域です。そんな状況で、元々反北京意識の強いチベット・ラサで「暴動」が発生したことは、周辺地域に広がるチベット人の分布と合わせて、枯れ野に火を放つが如き事態と言えるでしょう。

ここで気になるのは、中国政府が問題対応策の一環として、「暴動」参加者に投降を呼びかける通告をわざわざウェブ上でも発表したこと、自らの庇護下に置くチベット仏教の宗教的権威パンチェン・ラマ16世を出してきたこと、この2点です。
まずウェブ上での投降の呼びかけですが、これは直接的には国際世論に対して「我々は人道に則って事態の打開を目指している」という態度を示すためのアリバイ作りと言えます。しかし、そもそも今回の1件が外部に漏れる前に事態を封殺できれば、こんな呼びかけをウェブ上でする必要はなかった筈です。それがこんな状態(事件の速やかな封殺ができず、事態打開に手間取っている間に情報が海外に漏れてしまった)になってしまったのですから、今回の「暴動」が、現時点では当局が容易に制圧できない事件であることが窺われようというものです。
2点目のパンチェン・ラマ16世の担ぎ出しも、今回の「暴動」がなかなか厄介なものであることを示唆していると思われます。何せ、「権力は銃口から生まれる」と言ってのけた創始者を持ち、必要と判断すれば自国民にさえ軍や警察のむき出しの暴力行使をためらってこなかった北京政権が、事態打開に向けて力ではなく宗教的権威というカードを切っているのですから・・・。

一方で、一連の宥和的ともいえる対応について、「北京オリンピック等を控え、あまり強面な印象を外部に与えたくないのでは?」、という考え方もあるでしょうが、領土の一体性を脅かしかねない事態について、北京政府が対外的な印象を慮って実力行使を躊躇うとは、共産党政権成立後の歴史的経緯をみれば考えにくいものがあります。となれば今回の「暴動」に対する宥和的対応は、北京政府にとって事態解決策を立案・実施するための時間稼ぎと見るのが自然でしょう。

弱気相場の中で売り材料を探している香港H株価が、今回の事件にどう反応するのか(或いは無視するのか)、要注意です。
それに、今回の事件が胡錦濤国家主席率いる共産主義青年団出身グループ(いわゆる団派)と江沢民前国家主席を中心とする上海閥、そして党高級幹部子弟グループ(いわゆる太子党)の権力闘争に与える影響からも目が離せません。 (>ω<)ノ

因みに、サマック・タイ首相がこのタイミングでミャンマーとの経済協力拡大を打ち出したのは、今回のチベット動乱長期化によって東南アジア大陸部に於ける中国の影響力が低下することを見越し、その結果生じるであろう空隙を狙ってタイの影響力拡大を図る意図があったりするかもしれませんねぇ・・・。
考え過ぎ?  (;´д`)

2008年3月11日火曜日

第十二段 音速の遅い読書『ブラックホーク・ダウン 上下(文庫版)』

『Foresight』2008年3月号(新潮社刊)を読んでいると、池内恵氏の担当されている「中東―危機の震源を読む」という連載で、2008年1月末に発生した「アレクサンドリア沖海底ケーブル切断」を取り上げていた。その中で「現代のグローバルなコミュニケーションを扼す地点」として紅海とアラビア海・インド洋の接点ジブチに触れている個所があった。

そこを読んだ時、そのジブチのすぐ南にあるソマリアに連想が及び、手に取ったのが『ブラックホーク・ダウン 上下(文庫版)』(早川書房 上下とも2002年発行)である。現在ソマリアでは、西側諸国が支援するエチオピア・ソマリア暫定政府連合軍とイスラム過激派との繋がりが指摘される「イスラム法廷会議」軍が内戦を繰り広げているが、本書が対象としているのは、その前史ともいうべき1992年~1995年までの国連PKO部隊展開時期に発生した、米軍特殊部隊のマン・ハント作戦とその顛末である。(作戦は1993年10月3日に実施された)

時に作戦に参加した米軍兵士や司令官、またある時はソマリアの民兵や市民と視点を変えて首都モガディシオで繰り広げられた凄惨な市街戦を鮮明に浮き彫りにしていく描写が、この作品の肝であることは論を俟たない。しかし、管理人にとって最も印象深いのは、エピローグで語られる国務省高官の言葉である。「(前略)、国民のすべてが憎み合い、戦いに没頭している国があるとする。(中略)、そういう国―最近の例はボスニアだ―の人々は、平和を望んでいない。彼らは勝利を望んでいる。彼らは権力が欲しい。男女老若を問わずそうなのだ。ソマリアは、そういう地域の人々がいまのような状態にあるのは、彼らに大きな責任があることを教えてくれた。憎悪と殺しあいが続くのは、彼らがそう望むからだ。あるいは、彼らが、それをやめようと思うほどには、平和を望んでいないからだ

この高官の言葉は、不幸なことに2003年のイラクでも繰り返されることになった。民族・宗派の憎悪・緊張が絶えない地域である程度安定した秩序を保っていくには、王制であれ一党独裁制であれ、かなりの強権支配が必要とされる。いわばサダム・フセイン政権は、中東地域の地理的中心であり世界有数の原油埋蔵地であるイラクを「万人の万人に対する闘争」という大悪から遠ざけるための小悪だったのだ(特に対外的な牙をほぼ無力化された湾岸戦争以後は)。しかし、アメリカはサダム・フセイン政権の功罪、歴史的背景、利用価値を冷静に比較考量することもなく、弊履の如くサダム・フセイン政権を駆逐し、自ら進んで大悪を招き入れてしまった。恐らくイラクの混迷は内戦を繰り広げる各勢力が殺し合いに飽き、疲れ果てるまで続くだろう。やがてイラクの事例は時代の覇権国が「必要悪を容赦する」というバランス感覚を失った場合にどんな悲劇が発生するかについて恰好のケーススタディとなるだろう。

今後の世界情勢を予測して見ても、民族や宗教間の憎悪が解決する見込みはなく、天然資源に対する需要の高まりと供給の逼迫が更に政治的緊張を高め、内戦やテロがより多くの地域を蝕んでいく可能性は高い。そのような場合に世論をリードし、権力を動かしかねない理想家たち(左右問わず)の戯言に対する解毒剤として、この作品には十二分の価値があるのではないだろうか。

2008年3月3日月曜日

第九段 トルコ軍、イラク北部より撤退。そしてイランは・・・

第四段で取り上げました「トルコ軍、イラク北部侵攻」ですが、2月29日を以てトルコ軍はイラク北部からの撤退を行った模様。侵攻開始から撤退までの一連の報道を見る限りでは、最大1万とも言われる兵力規模を投入した割には、PKK掃討にそれほど目立った戦果を上げられなかった様に見受けられます。やはり、米国、EUからの圧力には抗しきれなかったということでしょうか。今回の作戦の幕引きが、トルコ軍内の反政権意識を昂進させることにならなければよいのですが。

とりあえず、結果としては作戦は他国からの水入りにより中止。トルコ、PKKともに決定打無しで両者引き分け。管理人の予想はハズレ。と言った所ですか。まだまだ精進が足りません。

さて、そのトルコの北と南では先週から本日2008年3月3日に至るまで色々と動きがありました。
先ず北では、コソヴォの自治政権がセルビアからの一方的な独立宣言を行ったことで、緊張が高まっています。これに対して、NATOは早速コソヴォに展開する兵力を増強する旨の声明を発表しております。しかし、NATOについては、以前にゲーツ米国防長官がアフガンに展開する兵力の手薄さと兵力増派に対する各国政府の及び腰に不満の声をあげていた筈。何となく、アフガンに比べれば対処の容易なコソヴォに人員・資源を集中させることで、より危険の多く事態改善の兆候も見られないアフガンへの関与拡大を断る口実にしようという欧州側NATO加盟国の意図が透けて見えるような気がします。まあ、難民流入などを考えると、欧州側NATO諸国政府が、遥かに遠いアフガンより身近なコソヴォにこそ持てる資源・人員を集中すべきだと考えても不思議はありません。イラク戦争で一気に顕在化したNATO内の亀裂は、今も現在進行形で拡大中なのでしょうなぁ。「主敵を失った同盟なぞそんなものだ」と言われればそうなのですが・・・。

そう考えるとなると日米同盟はどうなっていくのか? 旧ソ連の位置に中国・北朝鮮を据えて同盟強化を図っていくのでしょうか? いや、短期的にはそうなるかもしれませんが、米国にとって中国は中央アジアから太平洋地域にかけての安定化を図る上で経済的にも政治的にも重要な協力相手となりうる存在ですし、北朝鮮は潜在的には中国に併呑されることへの警戒感を有していることから、中国がアメリカの望まない進路を取った場合の牽制用の駒として利用価値があります(核を保有していればなおのこと・・・)。日本にとっても中国は最早経済的に切っても切れない仲。北朝鮮についても、色々と問題は抱えていますが、レアメタル等鉱物資源供給国としての魅力や米国同様に中国(場合によっては韓国、ロシア)への牽制用の駒としての利用価値は十分にあります。こうして見ると、長期的に見れば日米同盟にも遠心力が働く可能性は十分にあります。その場合、ユーラシア中央部から太平洋にかけての地域安全保障がどのように担保されていくのか、非常に興味がある所です。

閑話休題、お次はトルコの南の話。今年3月2日、アフマディネジャド・イラン大統領がイラクを訪問しました。この訪問に先立って、イランはイラクのインフラ整備のために約10億ドル相当の融資を行う意向を示しました。考えると、イランにとって長年の仇敵であったサダム・フセインをこれまた積年の対立国アメリカが駆逐。しかもその後のイラク混迷でアメリカが様々なものを失っていく一方で、イランはシーア派勢力を通じてイラクへの影響力を拡大している。これ以上ないぐらいに鮮やかな「漁夫の利」の実例ですねぇ。イラク戦争最大の勝者は結局イランのような気がしてなりません。( ̄w ̄;)
孫子の「百戦して百勝するは善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」を思い出してしまいました。