2008年4月28日月曜日

第四十二段 音速の遅い読書『完全版 アレクサンドロス 世界帝国への夢』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、『完全版 アレクサンドロス 世界帝国への夢』(2008年3月初版 NHK出版 安彦良和著) である。元々はNHKスペシャル「文明の道」との連動企画として2003年に書かれたコミックがあり、それに加筆をして「完全版」と銘打ったのがこの一冊である。内容は、題名の通り、光も影もあまりに鮮烈な人生を生きたアレクサンドロス大王の一代記である。

形式としては、アレクサンドロス大王麾下の将軍であったリュシマコスという人物の回想で希代の征服者の物語が進行していく。『大鏡』やゲーム『ACE COMBAT ZERO』もそうだが、ある人物の回想という形でストーリーを進めていく方式が管理人は好きだ。何故かというと、登場人物を取り巻く「今」がどのような経過を経た結果なのか、とストーリーへの興味をより一層膨らませてくれるからだ。

そんな本書の中で、特に管理人の印象に残ったのが次の三つのシーンである。
一つはイッソスの戦いを前にした雨の中の大王の演説。映画『クリムゾン・タイド』の冒頭にも雨の中、原潜への搭乗を前にしたクルーに対して艦長が檄を飛ばすシーンがある。どちらも雨の中、身じろぎもせずにリーダーの言葉に耳を傾ける兵士たちの様子を描くことで、リーダーの熱情と兵士達の内にある決意や覚悟の強さをより強く印象付けることに成功している。
そして二つ目がイッソスの戦いである。やはりアレクサンドロス大王一代の見せ場だけあって、ここの戦闘シーンは作品内の白眉である。矢継ぎ早に下される大王の指示の下、着実に整えられていくマケドニア軍の戦闘隊形。そしてペルシャ軍を視界に捉えた時、鯨波を上げて敵に襲いかかるマケドニアの重装歩兵軍団の迫力。雨の中の演説で凝縮された将兵の勇気が一気に戦場で花開く様子は、ただただ見事としか言いようがない。
最後に挙げるのが老リュシマコスとかつての僚友セレウコスとの決戦である。そこでの老リュシマコスの独白と最後に発せられる「行くぞセレウコス! どっちが生き残ってあの人のことを語り継ぐかだ!!」という言葉に込められた思い、成功も過ちも英雄アレクサンドロスと分かち合ってきた男の万感の思いが読者の胸を打つシーンである。

この物語を読み終えた時、管理人は、登場人物の見事な行いも卑劣な振る舞いも、命知らずの勇者が雌雄を決する戦場も花鳥風月を愛でる公達の華やかな宴も、全てを盛者必衰の理に収斂・昇華させた一大悲劇『平家物語』と相通ずる読後感を感じた。と同時に、想像の翼をたくましくして、アレクサンドロスが更に東進を続けていれば、彼はあの祇園精舎まで達していたかもしれない、そこで釈迦の教えを耳にしたとしたなら、彼の胸にどんな思いが去来したのだろうか、そんなことまで思ってしまった。この本の中にも、リュシマコスがインドのバラモンと言葉を交わす場面が出てくる。今度はギリシャ哲学とインド哲学の対話を記した『ミリンダ王の問い』が読みたくなってきた。

第四十一段 「自己責任論」の矛先

フリータやニート、ワーキングプアと言った若者に係る経済問題が云々される時、決まって出てくるのが「恵まれた環境下でろくな自立意識・就業意識を持たない若者」を指弾する「自己責任論」である。要するに「真面目に働こうという意識がない以上、今の悲惨な状況は自業自得だ」という非常に荒っぽい論である。一方で高齢者の悲惨な状況について、「自己責任」は問われることが不思議と無い。むしろ公共部門を軸として国民全体で高齢者が安心して生活できる環境を整えようとの声が専らである。そしてその論調の延長線上として公共部門に於ける社会福祉費の削減が声高に非難される。

しかし、ここで考えてみたい。高齢者のいわゆる「悲惨な生活状況」こそ自己責任ではないのか? そもそも公共部門が社会福祉費削減に走りだしたのは、財政の持続可能性が危機に瀕しているからである。何故か? 

第一に挙げられるのは、第二次大戦後以来、無駄な公共事業に象徴される放漫財政や談合に代表される高コスト体制・財源の中間搾取体制が維持され続けてきたからである。そして、それは何も一部の政官財の人間が独走して作り上げたものではない。いわゆる「陳情」や選挙といった回路を通じて地方住民を軸に広いコンセンサスの上に成り立っていたものである。つまり、現在高齢者となっている人々が積極的・消極的に支持してきた政策を実施してきた果てに、社会福祉費を削減しなければどうにもならない所まで財政が追い込まれてきたのである。なのに現高齢者が公共部門の放漫財政を支持・黙認し続けてきた「自己責任」を問う声は寡聞にして聴かない。
第二に挙げられるのは、労働人口の減少化傾向により、結果として巨額の社会福祉費を支えられるだけの歳入確保が難しくなったからである。何故に労働人口が減少したか? それはまず少子化がある。近世以降のヨーロッパ諸国の例を見れば、経済成長の進展に比例して少子化が進展することは十分予測できた筈である。ならば対策として、今まで労働市場に参入してこなかった女性層の掘り起こし、家事や育児と言ったシャドウ・ワークの負担が女性にのみ集中しないような社会式・制度の構築といったことを考えることはさして困難ではない。しかし現実は高度経済成長とその下でしか存在し得ない「一方が労働、一方が家事」という家庭構造が永遠に続くという国民的前提で進行し、その果てに少子化 と不十分な女性の労働市場参入によって、公共部門の歳入減をもたらす一因となっている。だが、少子化という問題に目を背け続けてきた現高齢者の「自己責任」を問う声も寡聞にして聴かない。

若者の「自己責任」を問う声は大きいのに、現高齢者の「自己責任」は不問に処す現在日本の政治やマスコミを見ると、この国の視線が少なくとも未来や変革に温かいものでないことは一目瞭然である。そんな国に自分の未来を全幅の信頼を置いて託すわけにはいかない、と20代後半の管理人は思うのであった。(そもそも、「自己責任」という言葉というか概念自体、往々にして様々な事象を個人的なものに還元してしまい、結果、その裏にある社会的構造というか経済的構造といったものへの考察を阻害してしまいかねないので、あまり安直に使うべきものではないと思うのですが・・・)

2008年4月26日土曜日

第三十九段 箴言

箴言

他に道はないのかと考える時、大抵殆どの道が閉鎖済みである。その上、残った一本は地獄への一本道ときている。

進むも地獄、退くも地獄。そんな状況下に置かれた時点で既に負け組。
勝ち組は巧みに難局・難事を他人に擦り付ける。

決断はするな。皆が君を叱責したくてうずうずしている。
もし決断せざるを得ない状況下に置かれたら、皆の合意に従え。
少なくとも気分だけは楽になるし、言い訳も立つ。

悪しき慣習は良き改革に勝る。
悪しき慣習は少なくとも失敗した君の責任の一部をかぶってくれるが、
良き改革は君にとって良い改革とは限らない。

攻撃してくる輩は敵だ。撃ち殺せ。
親しげに近づいてくる輩はタチの悪い敵だ。撃ち殺せ。

自惚れ、自画自賛大いに結構。
さもなくば、他に誰が賞賛してくれるというのか。

他人の不幸だろうが幸福だろうが、
自分の利益になるなら蜜の味。
不利益になるなら千年の仇敵。
どちらでもないなら、これ以上どうでもいいことも他にあるまい。

フリーライドを恥じることはない。どうせ運賃を払う程の恩義でもないのだから。

2008年4月25日金曜日

第三十八段 シリア-北朝鮮・核コネクション

最近になってシリア-北朝鮮・核コネクションをめぐる動きが活発化してきた。元々北朝鮮を起点とする核拡散の脅威は、パキスタンやイラン、シリアの核開発やそれに係る疑惑の中で度々語られてきた。そして2007年9月にはイスラエルがシリア領で空爆を実施し、それが「北朝鮮支援下で建造された核施設を狙ったものだ」という話がまことしやかに語られ、その一方でイスラエルや米国は公式には沈黙を守り続けて今日に至っていた。

その米国政府が、本日、「北朝鮮の対シリア核開発協力」について「危険な示威行動である」との声明を発表した。前日には、シリアの核施設とされる施設へのイスラエル空爆(昨年9月発生)について議会秘密公聴会が開催されている。最近のブッシュ政権の対北朝鮮政策については、ライス-ヒル・ラインで主導されている(とされる)対北朝鮮融和の動きが目立ち、その背景として「任期僅かとなったブッシュ大統領は、イラク失政を糊塗できるだけの派手な遺産作りを焦っているのだ」という旨の説明が往々にしてなされてきた。それに対して今回の動きは、単純に考えれば、北朝鮮との融和路線を主導してきた(とされる)ライス-ヒル・ラインには逆風である。チェイニー副大統領を中核とする(とされる)対北朝鮮強硬派の巻き返しが進んでいるのだろうか。

或いは、中東に目を転じれば、トルコがシリアとイスラエルの仲介に積極的に動いている模様。この動きが仮に米国にとって「中東に於ける米国外し」に繋がるものだと映ったなら、今回の一件はそんな動きに対して「米国抜きでの中東新秩序形成は看過できない」ことを示すための牽制球という考え方も出来る。最近になってカーター元大統領がハマス指導者と会談を持ったり、ブッシュ大統領が「パレスチナ国家の重要性」について言及しているのも、同様に「アメリカ抜きの中東秩序はあり得ない」というメッセージなのかもしれない。

<元ネタリンク>
2008.04.25 日経ネット

2008年4月24日木曜日

第三十七段 平凡な”精鋭部隊”と「ぎゃー!!」

各ニュースサイトに目を通していると、たまに「これは突っ込んで欲しいのか?」というような記述にお目にかかることがあります。最近、時事通信社のニュースサイトでそんなことが御座いました。
(太字部分が記事からの引用箇所になります)

まず一つは4月22日の自衛官のタクシー運転手殺害事件に係る記事(リンク)。記事には容疑者が「精鋭部隊の陸自中央即応連隊 (宇都宮市)への異動を控え、先月19日に外出してから所在不明だったこと」が記されております。ふむふむ、なるほどと記事を読 み進んでいくと、次に容疑者が所属する連隊の連隊長が記者会見したことが記されています。そこで連隊長、容疑者を評して曰く「特に目立たない平凡な隊員 で・・・(以下略)」と。
なるほど、そーなのk・・・・ちょっと待て! ”精鋭部隊”に「特に目立たない平凡な隊員」を配属させるってどーゆーことだ? 少しも選りすぐられてないじゃんッ!! ∑(△ ̄;) (もっとも連隊内部で本当の精鋭だけが配属されるセクションとそこまでは求められないセクションに分かれているのかもしれませんが・・・) 記事の作成・編集の都合上、たまたま、こんな記述になってしまったんですかねぇ? (´д`;)

次も時事通信社のサイトから、4月23日のフォトニュースで掲載された写真について。白熱する米国大統領選。そこでしぶとく土俵際で粘りを見せ、ペンシルベニア州で勝利したヒラリー候補の喜びの表情を捉えた(と思われる) 一枚(リンク)。ごめんなさい。本当にごめんなさい。管理人は特段ヒラリー候補に悪意や敵意、その他ネガティブな感情を持っているわけでは決してありません。ただ、件の写真のヒラリー候補を見ると、喜びの表情というよりは謀図かずお先生作品にでてくる「ぎゃー!!」の表情としか思えないのです・・・。一瞬、「会談の席でいきなりこんな表情されたら、ショック死するおじいちゃん・あばあちゃん政治家がでてくるんじゃぁ・・・」と思ってしまいました。ごめんなさい。本当にごめんなさい。(もっと爽やかというか良い一枚はなかったのですか? 時事通信さん! (つ∀T) )

2008年4月22日火曜日

第三十六段 UAEの核開発(民生用)

UAEが米国と民生用原子力開発協力協定を締結した模様。UAEは過去にフランスと原子力開発協力協定を結んでいる他、GCC内でも共同で民生用原子力開発を推進する合意が成立している。

UAEのメリットとしては、価格高騰の進む石油・天然ガスの国内消費を抑制してより多くを輸出に回すことが可能になる点、ポスト化石燃料を見据えた産業育成のための技術・人材育成を促進できる点があるだろう。米国としては、経済的な側面は勿論、ペルシャ湾の向こう側―イランの核開発を睨んだ措置の一貫として今回の協定を結んだものと考えられる。

もし、中東に親欧米的なUAEをハブとして民生用原子力開発体制 を構築し、イランに対してそれへの参加を呼びかければ、イランがこれに応じた場合は同国の面子を潰すことなく中東に於ける核兵器拡散を防止できる他、 UAEを一種の仲介役として恒常的な米国・イラン間の接触ルートを確立することで、両国の疑心暗鬼が地域の安定に与える悪影響の緩和に役立つだろう。一方でイランが呼びかけを拒否した場合は、国際世論に対して「イランの核開発はやはり軍事目的ではないのか」との疑念をより強く植えつけるとともに、欧米諸国あるいはイスラエルが軍事オプションを選択した場合、その行動を「考えられる平和的解決策はあらかた試した末での行動」としてより正当化し易くなるだろう。

今月4日にはゲイツ米国防長官のオマーン訪問。6日にはクウェート首長のサウジ訪問。15日にはイスラエル外相がカタールを訪問。ここ最近のイラクに於けるシーア派民兵組織の活動活発化とハマスの対イスラエル攻撃活発化。そして今回のニュース。何やらペルシャ湾一帯が騒がしくなってきたように思えるのは気のせいだろうか。こうなるとシリアとヒズボラの動向も気になってくる所である。・・・などと思っていたら、本日、日本政府は3月の国連安保理で決議された対イラン追加制裁決議に基づき、イラン核開発問題に関与していると見られる団体・個人の資産凍結リストに、12団体、13個人を追加することを閣議決定したとのニュースが・・・。このタイミングは偶然の一致なんだろうか。

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2008.04.22 日経ネット

第三十五段 今日目にしたニュースへの雑感

今日(2008年4月22日)の朝8時半頃に各ニュースサイトで確認した所、ダウ平均は前週末比24.34ドル安の12825.2ドル。USD/JPY相場は103円台前半でほぼ横ばい。SGXの日 経平均先物6月物、前日清算値比95円安の1万3635円で寄付き。寄り付き前の外資系証券13社経由の注文状況は450万株の売り越し。従って、今日の 日経225は下落と予想する。午後5時頃に結果を確認すると、本日終値は前日比148.73円安の13547.82円。やはり日経225はダウ平均の影から逃れられない運命なんでしょうか?

国際エネルギー機関(IEA)によると、今年は新興市場(中国、インド、ロシア、中東)の石油消費量が初めて米国を上回る見通しだとか。巷では米国 経済変調が騒がれておりますが、いわゆる「BRICs」における経済活動のダイナミズムはまだ健在らしいです。一方で石油消費量増大が中国やインドといった人 口大国経済の燃費の悪さに起因しているであろうことは想像に難くありません。原油市場(WTI)も1バレル=117ドル水準まで達しています。「20世紀 の紛争要因」としての石油は21世紀に入っても暫く現役のご様子。レイセオンやロッキード・マーチンに比べるとノースロップ・グラマンの株価が伸び悩んで いるので、少し梃入れイベントが発生しないかと淡い期待を抱いてしまいます。

最近世界では穀物価格の高騰を背景に、生産国が自国への供給を優先して穀物輸出量を規制する事例が目立ち始めました。そんな風潮に対して日本の農相が「輸入国の立場を表明できる仕組み」をWTOに提唱するとか。「国内農業を守れ」の一点張りで農業分野での市場開放を拒み、FTAやEPAを無期限検討項目に押し込んで貿易立国日本の国益を損ない続けてきた果てに、いざ食料高騰が始まると、大事に大事に育んできた筈の国内農業はろくに役に立たず、遂には生産国に対して「日本にもっと売れ」と言わんばか りの態度を示す。そんな日本農政の厚顔無恥というか見通しの甘さというか・・・、そういったものにある種の微笑ましささえ感じてしまいます。・・・いや正 直ぶっちゃければ、こういったお粗末、支離滅裂、首尾一貫性を欠いた行動と結果しか出せない政策集団の人々を養うために決して安くない税金を納めさせられている事実をまともに考えると、頭の血管が何本あっても足りるものではないので、無理矢理にでも微笑ましさを感じることにして自分を騙しているだけなのですが・・・。(←騙せてない)。

アフリカ・コンゴ民主共和国のコンゴ川流域に、堤高205メートルのダム建設計画が持ち上がっているらしいです。発電量は中国の三峡ダムの2倍を見込んでおり、周辺各国に電力を供給するとのこと。計画が実施された場合、建設資金は恐らく世銀を中心としたシンジケートロー ン方式で実施されるのでしょうが、果たしてどこの金融機関が参加してくるのか、そして実際のダム建設にどの企業が参加することになるのか、一時アフリカへの熱心な資源外交が注目を浴びた中国勢がどこまで存在感を示せるのか、非常に興味深い所です。

2008年4月21日月曜日

第三十四段 アデンの海賊事件

イエメン・アデン沖で日本郵船の石油タンカーが銃撃を受けたらしい。死傷者や船体への深刻な被害はないようだ。そもそもこの海域は過去に米国駆逐 艦コールやフランス船籍のタンカーが自爆テロに遭遇している一帯である(コールは港に停泊中に被害にあったが)。何しろアデン湾はスエズ運河・紅海を通じ て地中海とインド洋を結ぶ重要航路である一方、周辺諸国の政情が不安定なため、海域の安全確保が満足ではなく、海賊やテロリストに格好の活動・避難場所が 提供されている。彼らにとってここはまさしくハッピー・アラビアなのだ。従って、同海域でこういった事件(最悪、自爆テロによる被害にあうことも含め て)が今後も発生することは想像に難くない。

さて、そんなアデン湾を挟んでイエメンの対岸、アフリカ側にある地域。世界地図上ではソマリアの一領土として記されているが、そこにはソマリラ ンド共和国を名乗る勢力が1991年以来割拠している。モガディシュオを中心としたソマリア南部が未だ内戦下にあるのに対して、ソマリランドの政治状況や 治安は比較的安定した状況にあるといわれている。にもかかわらず、少数民族の分離独立運動への影響が懸念されて未だ国際社会からは独立国家としての扱いを受けていない(というか無視されている)同勢力だが、もし海賊やテロリストの摘発で結果を上げたり、摘発について国際社会への積極的な協力姿勢を示せば、 その風向きも変わってくるかもしれない。14世紀日本では、懐良親王や足利義満が九州を押さえて、東シナ海域を中心に活動した海賊集団「倭寇」の摘発・規制を行った結果、明王朝から日本国王に封じられている。同じことが21世紀アフリカの角で繰り返されても不思議ではない。

<元ネタリンク>
2008.04.21 ロイター

第三十三段 イランのインフレ

イランでインフレが加速しているらしい。本日日付(2008年4月21日)の日経ネットが報じる所によれば、イラン3月消費者物価上昇率は前年 同月比22.5%で9年振りの水準らしい。主因として記事ではアフマディネジャド政権下の無理な利下げ政策を挙げているが、これに加えて最近のコムギやコ メといった農産品価格の上昇、石油価格高騰を背景にした不動産投資の過熱が寄与している面もあるだろう。
さて、アフマディネジャド政権の主要支持基盤は低所得者層であるといわれる。そこがインフレによって不満を高じらせて行ったらどうなるか? 現 政権は金融引き締めによるインフレとの戦いに乗り出すだろうか? いや、そんなことをすればオーバーキルによってイラン経済全体が冷え込み、より広範な層 に政権への不満が生じる(高まる)ことになり、相対的に現政権と対立する親欧米派の力が増強される危険性がある。従ってアフマディネジャド政権としては、 引き続き緩和的な金融政策を維持するものと考えられる。そうなるとイラン現政権の今後の動きとして予想されるのは、インフレによる悪影響の責任を誰かスケープゴートに擦り付けて国民の不満をガス抜きし、次に対外的・体内的な脅威を煽り立てて国民を政府の下に結集させるといった動きである。その時悪役を務 めさせられるのは、高い確率でイスラエルと米国だろう。当然イラク、レバノン、ペルシャ湾岸といった中東の地理的中心部一帯で政治的・軍事的緊張が高まる ことになる。
(イラクシーア派民兵組織「マフディー軍」指導者サドル師の対イラク政府「全面戦争」警告、活発化するハマスの対イスラエル攻撃を見ると、ひょっとすると既にイラン政府は舵を切っているのかもしれない)
そうなると、その影響は原油価格にほぼ間違いなく波及してくると思われる。そうなった場合、イランよりの外交姿勢を示しているロシアと中国の動 きが気になってくる。恐らく産油国として原油価格上昇が経済的恩恵とほぼ同義語となるロシアは、トラブルメーカーとしてのイランに陰に陽に支援を与えてく るだろう。一方石油消費国でインフレが頭痛の種になりつつある中国としては、イランがあまりに地政学リスクを煽ることは望んでいない筈。「中東で手を汚さ なかった」「誠実な仲介者」として中国が浮上してくる可能性もある。果たして中東に於ける米中合作はあるのか、そんなことを考えさせられたニュースである。
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2008年4月18日金曜日

第三十一段 楊中国外相語りて曰く・・・

来日中の楊中国外相が「北朝鮮のテロ支援国家指定解除は近い」という旨の発言をしたらしい。テロ支援国家解除問題は米朝の問題であって、単純に考えれば中国が口を挟める問題ではない。ならば何故中国はこのタイミングで上記のような発言をしたのか?

一つ考えられるのは、「ニクソン・ショック」のトラウマ再燃である。外交面において日米両国が協力体制にあることは贅言を要しないが、一方で日本にはアメリカに対して、東アジア地域の問題を日本を無視する形で決着を図るのではないかという恐怖感というかトラウマがある。これは1970年代のニクソン訪中、米中国交回復、そしてなす術なく台湾との外交関係を生贄としてしまった上での日中国交回復という一連の流れによって日本外交に刻まれた傷である。日本は最近、北朝鮮に対する経済制裁延長を国会で可決した。日本人拉致問題や核問題によって国民の北朝鮮に対する視線も厳しいものがある。その中で「北朝鮮のテロ支援国家指定解除は近い」という情報が流れれば、日本の世論や当局に「今回もアメリカは日本の頭越しに事態打開を図っているのではないか?」という疑心が生まれることになる。その果てに「米国に振り回されるのはもう沢山だ」という考えが日本の多数派となることを狙っての、件の中国外相発言のように思えてならない。「女真は万に満たず、万に満つれば敵すべからず」という言葉があるが、手強い相手はまず分裂させ、互いに消耗し合わせるのが謀略のセオリー。日本としては軽挙妄言を控え、日英同盟破棄後の顛末を忘れるべきではない。

もう一つ考えられるのは、中国外相の発言によって、実態は兎も角、外見上は朝鮮半島問題における米中の緊密な連絡体制を誇示することで、今後東アジアの安全保障環境は米中で仕切る、もしくは中国が主導的に影響力を行使することで米国の黙認を得ているような印象を振り撒き、日本の国際的な政治的影響力拡大を牽制することを狙ったものではないか、というもの。

はてさて、楊中国外相が投じた一石がどのような波紋を広げていくか、興味深い所。

第三十段 雨の強い日に思ったこと

本日は朝っぱらから強風を伴った雨。
「雨が降ったらお休み」なのは南の島の大王のみで、一プロレタリアートたる管理人には縁のない話。高温多湿の通勤電車、傘を差しているのに降りかかってくる雨粒に軽い逆上を覚えての出勤である。思わず温帯多雨気候に位置する日本列島に恨み言の一つでも呟きたくなるが、地球規模で見れば年間を通して一定量の降水(冬季の降雪含む)がある地域というのは、意外に少ない。現在のユーラシアでは中国華北部から中央アジアやインド北部、そして中東に至る広い地域が乾燥に覆われている。アフリカやオーストラリアは言うまでもなく、南北アメリカ大陸でも森林地帯の開発や過放牧・過耕作によって多くの地域が砂漠化しつつある。

「20世紀は石油で戦争が起こった。21世紀は水で戦争が起こるだろう」と喝破したのは国連の誰だったか。名前は忘れてしまったが、その言葉は実に黙示録的である。中東に何本も走っている政治的亀裂の多くに隠れた課題として「水問題」が含まれていることは多くの指摘があるし、中国で発生している農民と企業の水利権争い、水質汚染や砂漠化の問題も近年マスコミの注目を集めている。その他、日本が輸入している食料品を生産するためにどれだけの水が消費されているかというマイル・ウォーターもまた然りである。

つまり水というのは有限、代替物の開発が望めない(石油や鉱物等との最大の違い)、分布が偏在している、汎用性が高いといった特徴を持つ資源として考えることが出来る。従って、水を石油や鉱物と同様に国際的影響力を高めるためのカードとして使用することが可能ではないか。だが、水資源に恵まれた(或いは恵まれたが故に)日本が、体系的な水戦略を構築している様子はない。むしろ農業問題や環境問題の絡みでおまけ程度に言及される程度である。

国内に於いては水資源の再生・浄化技術の振興、水資源確保という観点からもう一度、治水や農林産業のあり方を問い直しを行うべきだ。国外に於いてはカナダやブラジル、ロシアといった水資源に恵まれた諸国との間で水戦略の協議体を発足させるのも一案だろう。

2008年4月15日火曜日

第二十九段 音速の遅い読書『懲毖録』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは『懲毖録』(初版1979年 平凡社)。本の概要としては、16世紀李氏朝鮮の柳成竜という人物が宰相として対処に当たった豊臣秀吉の二度にわたる朝鮮侵攻の顛末を記した書物である。と言うと、何やら口やかましい儒学者が「豊臣政権(日本)=悪、李朝=善」という単純化した図式を用いて朝鮮の小中華主義を称揚した一冊のようにも思えるが、そんなことは無い(無論豊臣政権軍を「賊」と表記したりはしているが、著者柳成竜の立場からすればそれほど驚くべき表現ではない)。
そもそも本の題名は『詩経』の「予其懲而毖後患(予、其れに懲りて後の患いを毖む(つつしむ))」という一文から採られている。一文は「私は過去の過ちを戒め、災いがないよう注意する」といった意味である。要するにこの一冊は、秀吉の二度の朝鮮侵攻という惨禍の中から著者柳成竜がつかみ取った教訓を後代に遺すために著された一冊なのだ。従ってそこには有事だというのに団結を欠いた李朝の内部事情、来援に現れたものの積極的には戦おうとしない明朝軍とそれに振り回される著者や李朝高官の姿も抑えた筆致で克明に記されている。

この本で管理人が面白いと感じたのは、内容に現代21世紀の国際情勢と重ね合わせて読める箇所が多々あることだ。例えば優れた火器と戦い慣れた精兵で李朝側を圧倒した豊臣政権軍が、占領後の統治機構確立と兵站に失敗し、やがて各地で吹きあがった「義兵決起」に消耗戦を余儀なくされていく様は、イラク戦争とその後の米軍の有り様と殆ど重なるものがある。
また、東アジア地域の超大国たる明王朝とその覇権に挑戦しようとする新興国日本、その狭間で確たる安全保障戦略もないまま戦火に呑まれた李朝という構図と現在の東アジア安全保障環境を比較してみるのも非常に興味深い。
他にも明軍、李朝軍や豊臣政権軍の間に於ける二重スパイの暗躍や虚々実々の駆引きから、いわゆるインテリジェンスの重要性について思いを巡らせるのもまた一興。
無論、単純に著者柳成竜や彼に抜擢された名将李舜臣の苦闘・活躍に手に汗握るという楽しみ方もできる。

これを書いているとボブ・ウッドワードのブッシュ三部作や欧州と中東の間で苦悩するヴェネツィア外交を活写した塩野七海の『海の都の物語(上下)』もまた読みたくなってきた。

一冊で色々な観点から楽しめる他、イマジネーションというか連想を刺激してくれる逸品だ。

2008年4月11日金曜日

第二十七段 アジア地域というオセロ盤

2008年4月11日付日経新聞の「貿易・資源エネルギー、中豪が連携強化、首相会談で合意」という記事を読んでいてふと感じたことをとりとめなきまま綴ってみようかと思います。

アジア地域(大体ASEAN+3に該当する領域)で高い政治的影響力を誇る国は二つ。一つは米国。もう一つは中国。ここでアジア地域をオセロ盤に見立て、米国が白、中国は黒とします(別に米国が黒、中国が白でも可)。そうすると日本、台湾、韓国、オーストラリアが白。北朝鮮がグレー、ASEANはシンガポール、ヴェトナムが白寄りのグレー、ミャンマーが黒、インドネシア、マレーシア、カンボジア、ラオスがグレー(やや黒寄り?)という構図が開けるかと思います。(「オセロにグレーなんてないぞ」というツッコミはご容赦下さい。(´ヮ`;))
ここで注目したいのがオーストラリア。地理的な位置としては北の中国とでちょうどASEANを挟み込む位置となっています。そして地域でも有数の経済大国にして世界的資源国。もしここが白から黒(或いはグレー)となった時、その黒化の波は南北から黒組の政治的経済的影響力(圧力)を受けることになったASEAN地域にも波及するでしょう。そうなると白組は苦境に立たされることになります。何故ならASEAN地域は白組諸国(米国、日本、台湾、韓国)にとって、一大原油産地たる中東と自国とを結ぶ大動脈とそのまま重なる地域だからです。そこが黒(中国)勢力に押さえられるとなると、原油の大部分を中東に依存せざるを得ない日本、韓国、台湾が黒組に転じるのは時間の問題となります。
そうなってくると・・・、おや中国海軍のお偉いさんが米国太平洋艦隊司令官に持ちかけたとされる「太平洋分割管理」の実現ですねぇ。( ̄w ̄) 近い将来、「who lost Australia?」なんて問い掛けが米国や日本の外交の場で問われることになったりして。
(逆に南北を中国勢力に押さえられたASEANが米国やインドとの関係強化に動き、「インドを引き込み、米国を留まらせ、中国を締め出す」戦略に打って出る可能性も無いわけではありませんが・・・)

どっちにしろ、日本が中国に対する外交的優位を獲得したいのなら、もっとオーストラリアとの関係に気を使った方がいいと思うのですよ。

2008年4月9日水曜日

第二十六段 インド・アフリカ連携

インド・アフリカ諸国首脳会議。ほんの十数年前ならば、非常に失礼ながら貧乏人同士の寄り合い程度の認識しか持たれなかったであろうこの会議ですが、今や状況は大きく変化しています。インドの経済的躍進はよく知られた話ですが、一方のアフリカ諸国もコモディティ価格高騰の波に乗って経済活動が今までに(少なくとも近代以後には)ない活況を呈しています。
そんな中で開かれた当該会合(開催地:インド)に於いて、シン・インド首相が「インドはアフリカ諸国の豊富な天然資源や食料にアクセスする見返りに、低コストのサービスや産業に関する技術を提供する方針」を述べたというニュースを目にした時、管理人は思わず「これぞ妙手!!」と唸ってしまいました。その理由は以下の通りです。

1.コモディティ(特に農産物)のインド国内への安定供給に繋がる。
2.WTO等の貿易交渉に於いて先進諸国の農業保護政策をより強く攻撃することが可能になり、別分野での妥協を引き出し易くなる。
3.国連に於ける大票田たるアフリカ諸国との経済的連携を強めることで、国連改革で常任理事国入り等の問題をインドに有利な形で進め易くなる。
4.「見返りとして技術提供」を前面に押し出すことで、とかく「アフリカから富や資源を収奪するのみで地元に何の見返りも与えない」と批判されがちな欧米や中国との違いを鮮明にし、インドの国際的イメージ向上に役立つ。

「一石二鳥」という言葉がありますが、正にそれを地で行く様な今回のインドの動き。『実利論』のDNAは今なお健在のようです。

<元ネタ>
2008.04.08 ロイター

2008年4月7日月曜日

第二十五段 GCC通貨統合私見

GCCの通貨統合で一波乱起きたらしい。
その波乱とは、オマーンが2010年通貨統合への参加を正式に見送ったこと。オマーンの言い分としては、ポスト原油を見据えた産業育成のため、財政赤字の拡大は避けられず、GCC共通通貨参加要件の財政赤字対GDP比3%を満たせそうにないからというもの。
一見すると真っ当な参加見送り理由に思える。

しかし、ここで逆に考えてみたい。参加要件が満たされたらオマーンは通貨統合に参加するのかと。
「する」と考える向きにとっては、今回のオマーンの声明は通貨統合に於いて少しでも有利なポジションを確保するためのバザール的手法の一環と見えよう。「しない」と考える向きにとっては、あらかじめGCC通貨統合が困難な道のりであることを強調し、通貨統合がお蔵入りとなった場合の混乱を最小限に抑える政策の一環として映る。

ではオマーンは通貨統合に参加するのかしないのか。管理人はしないと考える。まずGCCの現状を俯瞰してみると、GCC諸国の中ではサウジがGDPと証券市場の時価総額で圧倒的な大きさを持っている。しかもメッカ、メディナというイスラム教2大聖地の守護者という一面、米国との密接な関係を反映して中東での政治的影響力も大きい。そんな状況下でうかうかと通貨統合に参加してしまった場合、経済的にサウジに埋没してしまうのは勿論、政治的にも権力の旨味をサウジ王家に剥奪されかねないという恐怖感がオマーン側にあるのではないか。そして恐らくサウジに経済的にも政治的にも飲み込まれる恐怖感は、他のUAEやカタール等も共有していると考えられる。だが彼らはイランの脅威に対抗するためサウジの機嫌はあまり損ねたくない。そこで、比較的イランと良好な関係を維持しているオマーンが通貨統合消極派の先頭に立っていると思われる。
(牛後より鶏頭の方がましという考え方だ)
恐らくサウジ以外のGCC諸国はサウジの面子にも配慮して通貨統合を「永遠の検討課題」として位置づけようと動くのではないか。

そもそもドイツが強いマルクを手放して共通通貨ユーロに舵を切ったのは、二度にわたる世界大戦の教訓から、ドイツを欧州の一員として確実にビルトインすることへの広範な支持がドイツ内外にあったからだ。そしてその支持はジャン・モネ以来の制度的試行錯誤によって実体あるものとして強化されてきた。一方のGCC共通通貨構想を支える思想的制度的基盤は、それ程強固なものだろうか?
そう考えるとGCC通貨統合の実現性そして仮に通貨統合を実施した場合の統合通貨の持続性には懐疑的とならざるを得ない。

アッバース朝崩壊後のアラブ政治を特徴付けるものは、統合よりも分裂であった。

2008年4月6日日曜日

第二十二段 人民元国際化への第一歩?

人民元というと、対ドルレート上昇速度の加速をめぐる米中の鞘当が注目されますが、2008年4月6日の日経新聞によると、北京政府は中朝貿易の人民元決済を制度として認めた模様です。もともと北朝鮮の貨幣流通状況は、1990年代以来の国際的な孤立で自国通貨・北朝鮮ウォンが信用を失い、米ドルと人民元が実質的な通貨として機能している状況にあります。そんな中で北京政府が投じたこの一球。その背景や狙いは何なのか、徒然なるままに素人考察でもしてみようかと思います。

一つは北朝鮮の自陣営取込というのがあるかと思われます。現在の北朝鮮の実質的な流通通貨は前述のように米ドルと人民元。そうなると北朝鮮の金融は実質的に米国と中国の影響下に置かれることになります。別の言い方をすると、実質的な核保有国の財布の紐が二つの大国に握られているということです。ここで北朝鮮の状況と米国の事情を見てみると、北朝鮮は経済的にのっぴきならない所まで追い詰められている。一方の米国は任期僅かとなったブッシュ政権がイラク失政を糊塗するためのレガシー作りにやっきとなっている。こんな状況下で中国にとって悪夢なのは、経済援助を梃に米朝和解が進み、核を持った親米国北朝鮮が誕生することです。そう考えると、中国が米朝和解が進展する前に北朝鮮を自陣営にビルトインする方向で動くのは当然の動きです。今回の中朝間貿易で人民元決済を認めることになったのも、北朝鮮から米ドルひいては米国の影響力を排除する動きの一環と考えられるのではないでしょうか。

二つ目は中国の鉄鉱石等の金属需要逼迫が考えられます。中国では目覚ましい経済発展と歩調を合わせて、鉄鋼の生産・需要も急拡大しています。そして他の新興国での鉄鋼需要拡大も相まって、原料の鉄鉱石価格も高騰しています。中国としては、BHPやヴァーレ等の金属メジャーに頼る従来の供給ルートに加え、新たな供給ルートを開発する必要があります。そこで注目されるのが北朝鮮。意外に日本では取り上げられることもありませんが、北朝鮮は鉄鉱石等のベースメタルや各種レアメタルといった金属資源が豊富な国です。従前からこの豊富な金属資源に目をつけた中国資本が北朝鮮内で活動していましたが(非公式情報では欧米資本も)。今回の人民元決済制度の開始は、中国資本の北朝鮮に於ける資源開発を加速させ、中国の金属需要を満たす狙いもあると思われます。

三つ目として、将来の人民元国際化に向けた演習というのも考えられます。自国通貨の国際化は同時に自国の国際影響力拡大をももたらします(それに伴うコストというか弊害も一緒に連れてきますが・・・)。北京政府としては、中朝貿易での人民元決済という限定された人民元国際化を通じて、将来の本格的な人民元国際化に向けた経験を蓄積していこうと考えているのではないでしょうか。

この話、日本政府にとっても悪い話ではありません。というのも、日本政府は拉致問題との兼ね合いで北朝鮮に対する経済制裁を解除することは当面できそうにありません。一方で核を持った金正日体制があまりに困窮した場合、どのような行動に出るかは予断を許しません。暴発しなくとも下手に体制が崩壊してしまえば、それはそれで難民問題等の厄介な問題が発生しますし、ポスト金正日政権が今の政権以上に物分かりの良い国際協調派になるとも限りません(正体の分かった悪の方が対策を講じやすい分、まだ見ぬ悪よりマシだというのは一つの真理でしょう)。
そこに出てきたのが今回の中朝貿易の人民元決済制度の開始という話。これによって2006年の核実験以来の国際的な対北朝鮮経済封鎖がある程度緩和されることで、現状の北朝鮮体制(正体のわかった悪)が維持され、日本としては国内の対北朝鮮強硬派に対して「日本政府は対北経済制裁をしっかりやっています」というスタンスを維持したまま、外交的には現北朝鮮体制を交渉相手として核問題等のソフトランディングを図り、軍事的には対北朝鮮宥和派に対して「北朝鮮が現状の独裁体制を維持し、核使用も辞さないという姿勢をとっている以上、何らかの物理的対策は必要」と主張してMDを進展させることが可能になります。

ここで気になるのは当然米国の動き。中国の動きを黙認するのか、それとも負けじと北朝鮮取込を活発化させるのか・・・?

<元ネタリンク>
日経ネット 2008.04.06

2008年4月5日土曜日

第二十段 音速の遅い読書『薔薇園』

今日の音速の遅い読書で取り上げるのは、『薔薇園 イラン中世の教養物語』(初版1964年 平凡社)という一冊。この本、13世紀後半にイラン史上屈指の詩人と称されるサアディーという人物によって著された散文集である。内容としては、短めの説話を語り、最後にそこから引き出される教訓を詩文で詠うというもので、体裁としては『イソップ寓話集』や『十訓抄』に近い。
短めのエピソードを集めた一冊なので、暇な時等に適当なページを開いて一つ、二つの話を読んではページを閉じるという気楽な付き合いができる。かといって、内容はお気楽極楽太平楽というわけではなく、人間や社会の駄目駄目な点をピリッとした辛辣なユーモアにくるんで指摘している。そこに描かれている人間や社会の諸相が現在のそれとあまりに変わらない所に軽い眩暈を覚える一方、読んでいて思わず「サアディー先生もご苦労されてたんでしょうねえ」と800年弱の年月を超えて著者に共感を覚えてしまうことも珍しくない。

因みに最近読んだ中で思わずにやけてしまったエピソードが二つ。
一つはある商人が子供に対して損失の発覚と他人の嘲笑を防ぐため、損失の発生を誰にも話すなと言った話。最近のソジェン巨額損失問題からベアリングズ社事件、住友銅取引事件、大和銀行巨額損失事件等を引き起こしたトレーダー達が不正取引を繰り返すにいたった心理も同じようなものだったのだろう。
もう一つは、占星術師が自身の妻の不倫を見抜けず、賢者から「家に誰がいるかもわからなかったのに、どうして大空のことが分かるんだ」と突っ込まれる話。他人の前世とかあの世とか遠い世界のことを滔滔と語りながら、テレビ局が霊視相手に事前に許可を取っていたのかどうかすら見抜けなかった某スピリチュアル・カウンセラーを連想してしまい、にやけるどころか飲んでいた緑茶を吹きかけてしまった。

良質のユーモアをお求めの方にもお勧めの一冊。

2008年4月3日木曜日

第十九段 国際社会における国家の存在意義について

近年の国際社会に於いては、伝統的な行為主体である国家に加え、個人や非政府組織といった非国家行為主体が大きな影響力を振るう場面が多々見られるようになってきた。顕著な例としては、ヘッジファンドと総称される大小様々な投機家集団が1997年に大量のタイバーツ空売りを仕掛け、これがアジア経済危機の一因となった例、或いは対人地雷の製造禁止と廃止を掲げる「地雷禁止国際キャンペーン」というNGOの働きかけにより、日本やEU諸国が中心となって対人地雷の使用等を規制するオタワ条約に調印した例がある。他には、ウサマ・ビン・ラーディンを指導者とするテロ組織「アル・カイーダ」が、いわゆる「911事件」で米国の安全保障政策の中枢たる国防総省、そして金融経済の中心であったワールド・トレード・センター・ビルにそれぞれ痛撃を与えたのも記憶に新しいところである。

このように国際社会における非国家行為主体の活動や影響力が拡大する中にあって、伝統的な行為主体である国家の存在意義とは何か。一つは正統性、もう一つは経験であると考えられる。

正統性については、各国政府は国民全体の負託を受けた存在として考えられている。また、その国際社会に於ける活動や結果責任についても議会やマスコミなどを通じた事前・事後のチェックが働き易く、何かしらの問題が発生した場合でも責任の所在が明確なものとなる。そのため、ある国家の国際的な活動、あるいは政府間合意についても、より正当なものとして国内外を通じて広範なコンセンサスが確立し易くなる。他方、非国家行為主体の国際社会に於ける活動の場合、その活動やそれを支える理念などが一部の理想・見解しか反映しない独善的なものとなる危険性、結果責任の不明瞭化といった点が強く問われることになる。

経験については、国際社会という場で利害や理念の異なる相手と如何に無用の摩擦を避けて有意義な合意を形成していくのか、という点で、各国政府はその外務省やそれに類する機関を中心に、外交文書といった有形のものから、慣習といった無形ものまで豊富な経験を蓄積している。これは伝統的行為主体として長らく国際社会に存在してきた国家の大きな強みである。対する非国家行為主体の場合、確かに国際赤十字などのように長く国際社会で経験を蓄積してきた組織も存在はするが、それは少数派であり、大半のものはそれほど長く国際社会における経験を積んでいるわけではない。そのため、非国家主体がある国で活動を開始した場合、相手国政府との間に無用の軋轢を生じさせてしまうこともままある。このような事例は、欧米的な価値観があまり浸透していない地域で活動を行う非国家主体に往々にして観察される。

従って、国内外の広範なコンセンサスの確立し易さにつながる正統性と、相手国との無用な軋轢を回避し易くする経験の存在が、国際社会における国家主体の非国家主体に対する優位点であり、国家主体の存在意義になるのではないだろうか。