2008年4月3日木曜日

第十九段 国際社会における国家の存在意義について

近年の国際社会に於いては、伝統的な行為主体である国家に加え、個人や非政府組織といった非国家行為主体が大きな影響力を振るう場面が多々見られるようになってきた。顕著な例としては、ヘッジファンドと総称される大小様々な投機家集団が1997年に大量のタイバーツ空売りを仕掛け、これがアジア経済危機の一因となった例、或いは対人地雷の製造禁止と廃止を掲げる「地雷禁止国際キャンペーン」というNGOの働きかけにより、日本やEU諸国が中心となって対人地雷の使用等を規制するオタワ条約に調印した例がある。他には、ウサマ・ビン・ラーディンを指導者とするテロ組織「アル・カイーダ」が、いわゆる「911事件」で米国の安全保障政策の中枢たる国防総省、そして金融経済の中心であったワールド・トレード・センター・ビルにそれぞれ痛撃を与えたのも記憶に新しいところである。

このように国際社会における非国家行為主体の活動や影響力が拡大する中にあって、伝統的な行為主体である国家の存在意義とは何か。一つは正統性、もう一つは経験であると考えられる。

正統性については、各国政府は国民全体の負託を受けた存在として考えられている。また、その国際社会に於ける活動や結果責任についても議会やマスコミなどを通じた事前・事後のチェックが働き易く、何かしらの問題が発生した場合でも責任の所在が明確なものとなる。そのため、ある国家の国際的な活動、あるいは政府間合意についても、より正当なものとして国内外を通じて広範なコンセンサスが確立し易くなる。他方、非国家行為主体の国際社会に於ける活動の場合、その活動やそれを支える理念などが一部の理想・見解しか反映しない独善的なものとなる危険性、結果責任の不明瞭化といった点が強く問われることになる。

経験については、国際社会という場で利害や理念の異なる相手と如何に無用の摩擦を避けて有意義な合意を形成していくのか、という点で、各国政府はその外務省やそれに類する機関を中心に、外交文書といった有形のものから、慣習といった無形ものまで豊富な経験を蓄積している。これは伝統的行為主体として長らく国際社会に存在してきた国家の大きな強みである。対する非国家行為主体の場合、確かに国際赤十字などのように長く国際社会で経験を蓄積してきた組織も存在はするが、それは少数派であり、大半のものはそれほど長く国際社会における経験を積んでいるわけではない。そのため、非国家主体がある国で活動を開始した場合、相手国政府との間に無用の軋轢を生じさせてしまうこともままある。このような事例は、欧米的な価値観があまり浸透していない地域で活動を行う非国家主体に往々にして観察される。

従って、国内外の広範なコンセンサスの確立し易さにつながる正統性と、相手国との無用な軋轢を回避し易くする経験の存在が、国際社会における国家主体の非国家主体に対する優位点であり、国家主体の存在意義になるのではないだろうか。