2008年4月28日月曜日

第四十二段 音速の遅い読書『完全版 アレクサンドロス 世界帝国への夢』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、『完全版 アレクサンドロス 世界帝国への夢』(2008年3月初版 NHK出版 安彦良和著) である。元々はNHKスペシャル「文明の道」との連動企画として2003年に書かれたコミックがあり、それに加筆をして「完全版」と銘打ったのがこの一冊である。内容は、題名の通り、光も影もあまりに鮮烈な人生を生きたアレクサンドロス大王の一代記である。

形式としては、アレクサンドロス大王麾下の将軍であったリュシマコスという人物の回想で希代の征服者の物語が進行していく。『大鏡』やゲーム『ACE COMBAT ZERO』もそうだが、ある人物の回想という形でストーリーを進めていく方式が管理人は好きだ。何故かというと、登場人物を取り巻く「今」がどのような経過を経た結果なのか、とストーリーへの興味をより一層膨らませてくれるからだ。

そんな本書の中で、特に管理人の印象に残ったのが次の三つのシーンである。
一つはイッソスの戦いを前にした雨の中の大王の演説。映画『クリムゾン・タイド』の冒頭にも雨の中、原潜への搭乗を前にしたクルーに対して艦長が檄を飛ばすシーンがある。どちらも雨の中、身じろぎもせずにリーダーの言葉に耳を傾ける兵士たちの様子を描くことで、リーダーの熱情と兵士達の内にある決意や覚悟の強さをより強く印象付けることに成功している。
そして二つ目がイッソスの戦いである。やはりアレクサンドロス大王一代の見せ場だけあって、ここの戦闘シーンは作品内の白眉である。矢継ぎ早に下される大王の指示の下、着実に整えられていくマケドニア軍の戦闘隊形。そしてペルシャ軍を視界に捉えた時、鯨波を上げて敵に襲いかかるマケドニアの重装歩兵軍団の迫力。雨の中の演説で凝縮された将兵の勇気が一気に戦場で花開く様子は、ただただ見事としか言いようがない。
最後に挙げるのが老リュシマコスとかつての僚友セレウコスとの決戦である。そこでの老リュシマコスの独白と最後に発せられる「行くぞセレウコス! どっちが生き残ってあの人のことを語り継ぐかだ!!」という言葉に込められた思い、成功も過ちも英雄アレクサンドロスと分かち合ってきた男の万感の思いが読者の胸を打つシーンである。

この物語を読み終えた時、管理人は、登場人物の見事な行いも卑劣な振る舞いも、命知らずの勇者が雌雄を決する戦場も花鳥風月を愛でる公達の華やかな宴も、全てを盛者必衰の理に収斂・昇華させた一大悲劇『平家物語』と相通ずる読後感を感じた。と同時に、想像の翼をたくましくして、アレクサンドロスが更に東進を続けていれば、彼はあの祇園精舎まで達していたかもしれない、そこで釈迦の教えを耳にしたとしたなら、彼の胸にどんな思いが去来したのだろうか、そんなことまで思ってしまった。この本の中にも、リュシマコスがインドのバラモンと言葉を交わす場面が出てくる。今度はギリシャ哲学とインド哲学の対話を記した『ミリンダ王の問い』が読みたくなってきた。