2008年5月22日木曜日

第五十七段 ためにする交渉

交渉事と言うと、何となく「最終的に相手との合意を目指すもの」というイメージが一般的かと思います。しかし、世の中はそう単純なものではありません。寧ろ「交渉相手との決裂は織込み済み」、もっと言えば「交渉相手との決裂が目標」という交渉も確実に存在します。でもそんな交渉を行うことに意味はあるのでしょうか? 答えは「Yes」です。ではその交渉で狙うものとは何か? それは相手の評判悪化や相手に対する攻撃的な行動の正当化です。要するに「向こうは理性的な話し合いの通じる相手ではない」というネガティブな相手イメージの流布を狙った交渉、「自分たちは話し合いでどうにかしたかったのに相手はそれを拒んだ。だから我々がこんな乱暴な手段に訴えるのも仕方ないことなんだ」と周囲に訴えることを狙った交渉、そういったものが世の中には存在するということです。

何故そんな話をするかと言うと、一昨日にロイターで「イスラエルとシリア、トルコの仲介で、和平交渉を開始」というニュースを目にした時、咄嗟に「これは決裂織込み(若しくは”狙い”)の交渉では?」という考えが頭に浮かんだからです。以下に各国の思惑についての個人的な推測をまとめてみました。

1.トルコ
イスラエルとシリアの交渉が決裂したとしても、両国関係の歴史的背景を考えれば国際社会に特段の驚きはなく、仲介が失敗してもトルコの失うものはありません。逆に両国の交渉が何らかの成果を生めば、仲介役たるトルコの国際的な評価も上昇し、クルド人問題での強面な一面から国際世論の目をそらすことができますし、「地域の安定に努力するトルコ」のイメージが広まることで積年の念願であるEU加盟問題にも資する可能性があります。要するにトルコにとって今回の仲介はどう転んでもマイナスにはならない、ゼロかプラスの道しかない割の良い賭けといえるでしょう。

2.シリア
アサド政権は今回の交渉で合意を出す必要性は感じていないと思われます。何故なら、一つはイスラエルとの緩衝地帯であるレバノンに於いて親シリア組織のヒ ズボラが順調に勢力を拡大しているから。もう一つは、下手にイスラエルと関係改善した場合、国民の不満のはけ口、スケープゴートとしてイスラエルを利用す ることができなくなり、国民の怒りや不平が直接アサド政権に向けられることになるからです。特にコモディティ価格の上昇を背景としたインフレが広くシリア国民の生活を圧迫している現状では、現シリア政府が自ら好き好んでスケープゴートを手放すとは思えません。寧ろ今回の交渉を決裂させて「話し合いを拒む好戦的なイスラエルの脅威」を訴え、国内の引き締めと周辺アラブ諸国の親シリア感情の醸成・亢進に利用してくると思われます。

3.イスラエル
現在、オルメルト政権は過去の対外的失策(レバノン・ヒズボラ攻撃等)に加え、首班たるオルメルト首相自身の汚職疑惑で政権の求心力がかなり脆弱化しています。そこで「我が政府は、現在、画期的かつ困難な交渉に臨んでいるのです」という姿勢を打ち出すことで、政権への逆風を緩和させようとしているのではないでしょうか? もし万が一、対シリア交渉で何か成果が出たなら、それを大いに顕彰して政権浮上の起爆剤とし、大方の予想通りに失敗したら失敗したで「平和的な交渉を拒んだシリア」というイメージを流布させることにより、国内外で現イスラエル政府寄りの世論を形成するためのイメージ戦略にも利用できます。

<元ネタリンク>
2008.05.21 ロイター