2008年6月29日日曜日

第七十五段 米朝の交渉

先週は米国の北朝鮮に対する「テロ支援国家」指定解除が何かとニュース等で取り上げられていた。当ブログ三十一段で取り上げた中国外相の発言が成就した形である。

ここへきて米国が対朝宥和策を進めている理由としては、以下のものが考えられる。
1.ブッシュ政権の功績作り
外交面では、イラクで泥沼にはまり、結果的にイランの中東地域に於ける影響力拡大に貢献。内政では住宅バブルの崩壊による景気後退の危機。このままでは第二次大戦後(下手をすると建国以来)最低の大統領という烙印を押されかねないブッシュ政権にとって、まだ失敗や破談といった悪結果が出ていない問題が、北朝鮮との核交渉とその先にある米朝関係正常化だった。だから次政権(しかもそれが民主党政権となっても不思議ではない)にむざむざ落ちてきた熟柿として対北朝鮮外交の成果を渡すよりは、自分達の政権のうちにまだ枝になっている柿を収穫してしまおうと考えても不思議ではない(但し、収穫した柿が甘く熟した柿である保証はない)。
2.対中国包囲網の形成
米国がイラクの泥沼に足を取られている間、アジア太平洋地域を中心として中国の対外的な影響力が政治面でも経済面でも拡大している。これに対して米国は「現在の中国は、アメリカを中心とした政治・経済秩序の中の一メンバーに止まるか、アメリカの覇権に挑戦する勢力となるかの戦略的岐路に立っている」と認識している。一方、北朝鮮では建国以来巨大な隣人中国との協調を重視する勢力と自主独立を重視する勢力が権力闘争を繰り返してきた。結果的には金日成率いる自主独立派が勝利し続けて現在の金正日政権へと至っている。もし長年の対中警戒感を梃子にして北朝鮮を親米勢力とすることができれば、北朝鮮の地理的な位置からして、岐路に立つ中国に対する牽制の一駒として有効に機能するものと思われる。
3.金属資源への注目
北朝鮮は石炭、鉄鉱石、銅、その他各種金属資源に恵まれた、隠れた資源大国である(そのため、大日本帝国統治領時代は有数の重工業地帯として栄え、その設備基盤を受け継いだこともあって、建国当初は農業地帯であった韓国よりも経済的に繁栄していた)。核開発等に伴う日米の各種経済制裁もあって多くの権益は中国が取得することになったが、それでもまだ多くの未開発鉱脈が眠っているとされている。最近の資源価格高騰が、アメリカに「資源国としての北朝鮮」の有用性に気付かせた可能性も考えられる。また、2番とも関係してそういった一大資源地域を中国の独占状態にしておくのも問題があると米国が判断してもおかしくはない。
(北朝鮮の鉱物資源については、石油天然ガス・金属鉱物資源機構:JOGMECがまとめたPDF版資料がある。リンク先参照)

※以下緑小文字部分は全く根拠の無い管理人の邪推です。
 「馬鹿が馬鹿言っているwww」ぐらいの軽~い気持ちで目を通して下さい。
所謂オイルメジャーとして米国籍企業が活躍しているのは有名な話(エクソンとかコノコとか・・・)。その一方でメタルメジャーとして名を轟かせているのは英豪系のBHPやリオ・ティント、英・南アのアングロアメリカン、スイスのエクストラータ、ロシアのノリリスク・ニッケル、フランスのアレバ(原発会社としての側面の他に、ウランメジャーの一角としての貌も持つ)といった具合に、主に欧州系企業が多い。もしかして米国は北朝鮮の鉱物資源権益を彼ら欧州系企業に開放することで、イラク戦争以来ギクシャクすることの多かった米欧(米露)関係改善の呼び水にするつもりじゃ・・・・まさかねぇ、所謂金属メジャーと各国政府の繋がりや影響関係も明確には分からないし、本当に妄想というか邪推の範疇に属する話だな、これ。

さて、拉致問題で対北強硬策に傾きがちな世論を抱えた日本政府と対北宥和策を進めつつある米国。
中国にとっては、日米の離間を進める格好の機会が訪れた。これから先の中国の動きが要注目である。

2008年6月26日木曜日

第七十二段 アフガニスタンの溜息

去りし2008年4月、アフガニスタンでカルザイ大統領の暗殺未遂事件がありました。当初はアル・カイーダ等のイスラム過激派組織の関与が疑われておりましたが、6月26日に共同通信が伝えた所によると、アフガン当局はパキスタンの三軍統合情報部(以下「ISI」と表記)が当該事件に関与していると発表したそうです。(出典:共同通信)

そもそもカルザイ・アフガン大統領は「テロとの戦い」を旗印に掲げる米国によって擁立された存在。それに対して、何故「テロとの戦い」で米国に協力しているパキスタンの情報部が暗殺を仕掛けることになったのか? 

話は89年代まで遡ります。当時、アフガン現地の共産党政権へのテコ入れとイランのイスラム革命封じ込めを目的としてアフガニスタンに侵攻・駐留していたソ連軍が撤退を始めます。すると対ソ連ゲリラ戦を展開していた勢力が各地で軍閥と化し、自分達の権益を拡大するため、血で血を争う抗争を開始します(日本の戦国時代をイメージしてもらうと事態が把握し易くなるかと思います)。
そうなると困ったのが隣国パキスタン。何故なら一方でインドとの対立を抱え、一方ではアフガニスタンの混乱に対処しなければならないからです。そこで考えられたのが、パキスタンに協力的な勢力を育成し、彼らにアフガニスタンを統一させ、難民の流入防止、インドとの戦争が発生した場合の後方支援地帯確保等を同時に達成しようという計画。その中心になったのが、今回カルザイ・アフガン大統領の暗殺を謀ったとされるISI。そのISIによって育成された組織が有名なタリバンとなります。

ISIの工作は成功し、90年代を通じてタリバンはアフガニスタンの9割程度を手中に収めます。問題はタリバンがイスラム教に基づく厳格な支配を掲げていたこと。ロシアやインドは、タリバンのアフガン制圧が
自国のイスラム過激派を活気づけることを恐れ、旧軍閥勢力の連合体である「北部同盟」に支援を開始します(要するに「敵の敵は味方」という理論です)。

対するタリバンもISIを通じて新たなスポンサーを獲得します。それが有名なアル・カイーダ。そして世界は911を迎え、タリバンはアル・カイーダと一心同体とみなされ、米国を中心とした多国籍軍と北部同盟の連携攻撃によって敗走。ISIもムシャラフ・パキスタン大統領が対米協力を打ち出したことから、タリバンを表立って支援することが難しくなります。
やがてアフガニスタンにカルザイ政権が誕生しますが、それはISIにとって長年の敵であった北部同盟主体の政権。従ってカルザイ政権当初からアフガン政府とISIは強い緊張関係にありました。

もし共同通信の報じるニュースが事実だとすれば、2008年4月の暗殺未遂事件は、現アフガン政府とISIの緊張関係が遂に火を噴いたものと言えます。
そして問題は、パキスタン最高権力者として対米協力を掲げている筈のムシャラフ大統領の意向がISIには及んでいなかったということ。当ブログの七十一段でも触れましたが、パキスタンは核兵器保有国。そこでは軍部の中枢組織が最高権力者(とされている人物)の方針とは無関係に活動している・・・。
存在するかしないかわからない幽霊や呪いの類よりも、こっちの方がよっぽどホラーじゃないかと思う管理人でした。( ̄△ ̄;)

2008年6月24日火曜日

第七十一段 パンジャーブの憂鬱

6月24日、株価低迷に喘ぐパキスタンでPKO(プライス・キーピング・オペレーション)が発動されたとか。具体的な内容は以下の通りです。
1.1営業日の下げ幅制限を強化 → 従来:5%、制限強化後:1%
2.
買い支え基金 の創設発表 → 基金規模は約4.8億ドルの見込み
(出典:ブルームバーグ)
既にPKOを経験した国の国民の一意見として「やっても多分無駄だよ」と忠告をしてあげたくなります(もっとも、6月24日時点の
カラチ100種株価指数は前日比+8.6%と6年来で最大の上昇率を記録して終わったらしいですが・・・)。

ここでパキスタンの株価の動向を見てみると、2008年6月第3週終値は、2007年10月第1週の8割強といった所。2008年4月に
2007年10月第1週比1.1倍程度まで上昇し、その後じりじりと後退を続けて現在に至っています。株価後退の直接的な要因としては、世界的なコモディティ高に起因するインフレの昂進とそれがもたらす暴動やクーデター、テロといった政情不安への懸念の高まりがあります。

もしパキスタンが何の変哲も無い一途上国であれば、これも「インフレってやーね」ぐらいで終わる話ですが、そうもいかないのが憂鬱な所。パキスタンは途上国であると同時に核兵器保有国(「核兵器持つ前にもっとやることがあっただろ」と突っ込みたくもなりますが・・・)。しかもその核兵器の実質的な管理者たる軍部には、アル・カイーダやタリバンといったイスラム過激派に思想的に共鳴する勢力が広く分布している有様。当然彼らは米国主導の「対テロ戦争」に協力するムシャラフ政権に反感を持っているわけで・・・。そんな国でインフレが昂進して国民の反政府意識が着実に高まっていることを考えると、何とも嫌な感じです。( ̄△ ̄;)

しかもパキスタンと長年対立してきたインドも同時に核兵器保有国。そしてインドもインドでインフレによって国民の生活が圧迫されており、こちらでも排外的なポピュリズムが人気を博する下地は十分に整っているのが怖い所。そう言えばパキスタンの東は核兵器開発疑惑が取り沙汰されているイラン。イランもイランで
アフマディネジャド政権が「弱者保護」を旗印に積極財政と低金利政策を同時実行したため、インフレが進行し、当初はアフマディネジャド政権の政策を歓喜の声で迎えていた貧困層の間でも政府に対する不満が鬱積しつつあるとか。

政府が対外的な危機の演出や排外意識の扇動をすることで、国民の不満の矛先を自分たちから逸らすこと(そして、それにまんまと乗せられた国民が一番痛い目を見ること)は歴史上珍しくもない現象ですが、核兵器保有国でそれをやられるのは少し勘弁してほしい所(グローバルマーケット全体に恐怖や悲観論が蔓延っている現在は特に)。

2008年6月23日月曜日

第七十段 ジッダ会議は踊る

世界の耳目を集めたジッダ会議。サウジが増産に積極的な姿勢を示したものの、他の産油国は増産表明を見送り。結果として原油相場を冷やすには力不足との見方が多い模様。

興味深かったのはサウジのヌアイミ石油相とOPECのヘリル議長が「産油国が増産しても原油相場の過熱は解けない」という見解を共有していること。「だから増産はしない」というOPEC諸国の考え方は素直に納得できますが、「それでも増産」を表明したサウジの意図は、些か分かりにくいものがあります。

愚考するに、サウジの増産宣言は西側を中心とした消費国に対する一種のリップサービスなのではないでしょうか。つまり、サウジ一国で増産宣言をした所で原油相場の反転には結び付き難いと思われます。従って原油価格は高水準のまま推移し、サウジは今まで通り莫大な所得移転を消費国から受けることができます。それどころか、市場が「今回の増産でサウジの生産余力が減退し、将来の原油供給量が縮小する」と判断すれば、原油価格は一層上昇し、サウジの石油収入もそれに応じて増加することになります。一方で産油諸国で資源ナショナリズムが高まる中、例外的に石油消費国の事情にも理解がある姿勢を示すことで、自国のSWFの投資活動や自国への先進諸国の産業・技術誘致促進がやり易くなったり、欧米諸国の政治的な後ろ盾を強化・維持することも期待できます。要するに、自身にとって好都合な環境(原油高)は崩さず、舌先三寸のみで恩を高く売りつけるのがサウジ原油増産宣言の狙いなのではないかと管理人は考えるわけですよ(当たってるかどうかは知りませんが・・・)。

それにしてもこの先原油価格(特にWTI)はどこまで上がっていくんですかねぇ・・・・?
価格下落があるとしたら、何か注目を浴びる出来事をキッカケにして始まるというよりも、寧ろ何でもない一日、資金繰りに窮したヘッジファンドあたりからまとまった売りが出た所で、高値恐怖症に憑かれた市場参加者が一斉に売りを出し、理由らしい理由も無いまま一気に崩落が始まるという形のような気がします(全く何の根拠もありませんが・・・

う~ん、本当に原油価格高騰はいつまで続くんだろう? ( ̄w ̄;)

2008年6月18日水曜日

第六十八段 音速の遅い読書『保元物語』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、『保元物語』(岩波書店 1934年初版)。
書誌的な情報としては、1156年に勃発した「保元の乱」とその前後の事情を扱った軍記物語であり、成立は13世紀前半頃、作者は諸説あるものの未だ定説はない(その他詳細についてはwikipedia参照)。

そもそも『保元物語』で取り上げられている保元の乱とは、後白河法皇を中心とする勢力と崇徳上皇中心とする勢力が朝廷の主導権を賭けて行った武力衝突である。この乱以後、桓武平氏と清和源氏を中心とする武家勢力が政治の表舞台に登場することになることから、13世紀の史論書『愚管抄』では保元の乱を「武者ノ世」の幕開けとして位置付けている。

そうした基礎知識を踏まえて『保元物語』を読むと、これが単なる古典文学としてだけではなく、ちょっとした戦略論、あるいはその具体的なケーススタディとしても楽しめることに気付くのにそう時間はかからない。管理人は、それぞれのエピソードの中から以下のような教訓を感じ取った。

1.自身の権益を守るための手駒・カードの調達は貪欲に行え。
→息子の近衛天皇、夫たる鳥羽上皇相次ぐ崩御で、美福門院は権力失陥の危機に立たされる。
 そこで彼女は、自身の権勢が消失しないうちに継子ながらも雅仁親王(後の後白河法皇)を擁立し、
 その後見人となることで権力を崇徳上皇側に奪われることを防止した。
→崇徳上皇側との緊張が高まっていく中、美福門院は当初崇徳上皇側と考えられていた平清盛
 にも自陣営側への勧誘を行うことを主張し、見事平家一門を見方に加えることに成功する。

2.目的達成が最優先。格式・形式は二の次。
3.現場に通じた専門家の意見は尊重するべき。
4.先んずれば人を制す。
→遂に後白河側と崇徳側の武力衝突が不可避の情勢となった時、崇徳側の武将であった源為朝
 は、夜討による先制奇襲攻撃を主張するが、参謀的位置にあった左大臣藤原頼長の「夜討奇襲
 は王者の戦い方としてはふさわしくない」という反対にあって却下されてしまう。
 一方、後白河側では源義朝が同じように夜討奇襲を提案し、これに対して後白河側の参謀的位置
 にあった信西入道(俗名:藤原通憲)は「合戦のことは武士が一番詳しいのだから、その言葉に
 従うのが理だ」と主張し、義朝の提案は容れられる。
 結果、両陣営の夜討に対する判断がそのまま勝者と敗者の分水嶺となる。

この乱では親兄弟や近しい人が敵味方に分かれて剣戟策謀を戦わせている。その中で特に管理人の印象に残っているのが、信西入道と藤原頼長の対決である。頼長にとって信西入道は学問の師であり、両者共に和漢の教養に通じた当代きっての知識人であった。それだけに、多くの漢籍に於いて示される「結果は手段を正当化する」という権力政治の冷厳な現実を自家薬籠中のものとした信西入道とそうではなかった頼長の対照性が強く印象に残る。「べき論」に固執するとどんな目に遭うか、具体例を示して警告してくれる一冊としても読めるかもしれない。

2008年6月9日月曜日

第六十三段 原油にまつわるエトセトラ

以前、何段かで「温暖化を背景に北極圏が新たな資源開発のフロンティアとして浮上しつつある 」的なことを記しましたが、それに関連したニュースがブルームバーグで報じられておりました。

内容は「BPやコノコ・フィリップがカナダ領北極圏で石油掘削権を取得」というもの。落札額はBPで約12億カナダドル、コノコで約250万カナダドル(それぞれ米ドルに換算しても同じ位の額)。特にBPの力の入れようが分かるというものですが、確かにカナダなら開発が軌道に乗ってから後出し的に権益を国有化されるという某国の様な暴挙も心配する必要もありませんし、原油価格高騰で開発の損益分岐点も下がっていることを考えれば、多少高い金額を出してでも埋蔵資源を押さえに行きたいということなんでしょう。(出典:ブルームバーグ)

そう言えば油田開発で思い出しましたが、莫大な推計埋蔵量で注目を浴びるブラジル沖海底油田の開発費用が、総額で2400億ドルに達するとか。この金額、日本の政府予算約8000億ドルと比べると、決して小さな金額ではないことが分かります。 ペトロブラスがどうやって巨額の開発資金を調達してくるのか、サブプライムの毒沼で苦悶する金融機関の中でどこがこのディールに喰らいついてくるのか、 興味は尽きません。因みにブラジルが有する海底油田の中でも、西半球最大規模の油田とされるトゥピ油田の推計原油埋蔵量は60億~80億バレル。単純に開発費/バレルで計算すれば、1バレル=30ドル~40ドルが損益分岐点。現状のWTIを見れば困難はあったとしても充分に元が取れる水準・・・。
(出典:ブルームバーグ)

それにしても、カナダやブラジルが石油大国として語られるなんて、数年前には思いもよらなかったことです。いや、タールサンドや北極圏油田、海底油田といった話は 結構昔からあった話ですが、それが採算ベースに乗ってくるなんて自分も含め大方の人は予想していませんでした(それだけ牧歌的な時代だったということですかね、資源的な意味で)。それが今や・・・。まこと、先の見通せぬは、朔夜に鵜を求めるが如し、行く末の計り難きは、舞う花びらの落ち着く先を占うが如しですなぁ。 ( ̄w ̄)

さて一方、視点をOPECに移してみると、やはりWTIの如何に関わらずOPECは増産に否定的なご様子。邪推してみればOPECがここまで増産宣言を強硬に拒否するのも、北極圏やブラジル沖といった非OPEC油田からの潤沢な原油供給が始まる前に、可能な限り原油価格の水準を維持・上昇させ、稼げる内に稼げるだけ稼いでおこうという考えがあってのことかもしれません。
更には、北極やブラジル沖からの原油供給が軌道に乗ると同時に大規模増産宣言をして 原油価格暴落を意図的に起こし、北極圏やブラジル沖の油田を採算割れに追い込み、メジャー等のライヴァル勢力を没落させ、より強力な価格支配力を手中に収める・・・これは流石に邪推・妄想のしすぎですかね。(´ヮ`;)
(出典:日経ネット)

2008年6月5日木曜日

第六十二段 ムバラク大統領、サミット欠席

ムバラク・エジプト大統領がサミット拡大会合を欠席するらしい。理由は国会日程の都合がつかないから。記事によれば同大統領は2007年のドイ ツ・ハイリゲンダム・サミットでの同種拡大会合も欠席しているとのこと。(ブルームバーグより)

エジプトは大統領の下に首相がいる他、ムバラク大統領には実質的な後継者として二男のガマール・ムバラク氏(以下ムバラクJrと表記)がいる。従って普通に考えれば国内を息子や首相に任せ、ムバラク大統領自身は国際会議でエジプトの存在感をアピールといった役割分担が可能な筈。それをせずにサミット欠席という決断を下した要因としては、二つの可能性が考えられる。一つはムバラク大統領自身の健康・体力問題。同大統領も既に御年80歳。流石に長距離移動とその後の会議に次ぐ会議は体力的に厳しいのかもしれない。二つ目がエジプト国内情勢の不安定化。今エジプトはコモディティ価格の高騰を背景にインフレが亢進し、国民の不満が高まっている状態。当然、これは政府・与党には逆風、野党やイスラム過激派等の反政権勢力には順風となる。そんな状況下では、「政府・与党の運営を他人に任せるより、自分で舵を取ったほうが安全だ」とムバラク大統領が判断しても不思議はない。

名代として誰かを参加させるに案については、実質的な後継者と目されるムバラクJrは肩書きが与党・国民民主党(NDP)幹事長。これでは首脳・元首級が参加するサミットでは軽量級の感が否めない。かといって首相を参加させるのも、ポスト・ムバラクの行方に余計な憶測や思惑を生じさせかねない。従って名代のサミット出席も現時点では考えにくい。

もしエジプトが不安定化するとスーダン情勢やパレスチナ情勢にも多大な影響(しかも、地域の安定という観点からは望ましくない方向の)を及ぼす可能性が高い。何はともあれ近い将来の話として、ポスト・ムバラク政権の円滑な成立と安定した政権運営を期待したい所。

2008年6月4日水曜日

第六十一段 スーダン戦雲止まず

スーダンの副大統領が6月9日から訪中に出発するらしいです。(日経ネットより)

石油利権を背景にスーダン政府と中国が友好関係にあるのは良く知られた話。一方でダルフールや南部の紛争に加え、最近では首都ハルツームが武装勢力に襲撃されるなど、スーダンの戦乱はハルツーム政権の掌握力を超えて拡大しつつあるようなので、そろそろ中国からスーダン政府への何らかの支援があるだろうと予想はしておりました。

そんな中でのスーダン副大統領訪中なので、単純に「ハルツーム政権が支援要請に動いた。彼らが手にするのは軍事援助。中国が見返りに受け取るのは石油等資源権益。といっても欧米諸国がダルフール問題でうるさいことを考えれば、中国からの重火器提供や軍事顧問団の派遣は今回は考えにくい。そうなると小火器や地雷の提供が支援策の中心だろう」程度に考えておりました。

するとブルームバーグに中国石油天然気集団公司(CNPC)がニジェールでの石油開発に乗り出すとのニュースが・・・。(リンク)
これでふと頭に浮かんだのが、スーダン、チャド、ニジェールの位置。
まずチャドは、隣接するスーダンから紛争を逃れてきた難民に潜伏して騒擾を引き起こす民兵やスーダン軍兵士に業を煮やし、逆にスーダン内部の反ハルツーム政権派に援助を与え、自国をスーダン紛争から引き離すための緩衝地帯を形成しようとしています。当然、スーダンとの関係は非常に緊張した状態です。
そしてスーダン側から見た時、仇敵チャドの背後にあるのがニジェールになります。もしニジェールが中国を仲介役としてスーダンとの関係強化を図ったり、石油施設保護という名目でニジェールに中国の武装警察や人民解放軍が駐屯することになれば、チャドは東のスーダンと西のニジェールから挟撃される形となり、チャドの受ける牽制効果はかなり大きいものとなるかと思われます。

ニジェールとスーダンの対チャド連合やニジェールへの中国軍駐屯は、全く根拠らしい根拠のない管理人の妄想です。ただ、そんな話がスーダン副首相と中国政府とのやり取りの中で話題に上がっても不思議ではないと思わされる、各ニュースのタイミングと3カ国の位置関係なのです。