2008年7月7日月曜日

第八十一段 カブールの爆魔

2008年7月7日、アフガニスタン・カブール市で自爆テロが発生した。狙われたのはインド大使館。テロの方法は爆発物を搭載した自動車ごと大使館に突っ込むというもの。死者は41人、負傷者は140人。

旧ソ連軍撤退後のアフガニスタン情勢を顧みれば、それはパキスタンの庇護を受けたタリバン(パシュトゥン人主体の勢力。主な根拠地はアフガン東南部)と各地域の軍閥の連合体である北部同盟(ウズベク人やタジク人、ハザール人等の少数民族主体の勢力。主な根拠地はアフガン北西部)の抗争の歴史であった。その中でインドは対立するパキスタンがタリバンを支援していることから、自身は北部同盟を支援することになる(敵の敵は味方)。
そして911とそれに続く米国の攻撃によってタリバン政権は瓦解し、欧米の支援の下、北部同盟という基盤の上に、国民統合のシンボルとしてパシュトゥン人のハミド・カルザイが大統領を務める新政権が成立して今日に至っている。だが一方でカルザイ政権の支配は首都カブールとその周辺に限定されたものとなり、地方はタリバンの残余勢力や北部同盟を構成していた軍閥勢力が割拠し、不安定な状態が続いていた。

逆に言えば、地方は兎も角、欧米の支援を背景として成立した政権のお膝元であるカブール一帯は、比較的治安が安定していた地域だったのだ。だが今回、その安定は破られた。しかも狙われたのはインド大使館。歴史的背景からいって、そして過激なイスラム教解釈に基づいて異教徒、外国人の排撃を掲げるタリバンのイデオロギーからして、インド大使館はタリバン(或いはそれに同調する者たち)にとって、第一級の標的。当然、そのことは当事国インドやカブール政権、そして欧米諸国にとっても先刻承知のことであり、高いレベルの警戒が払われていたことは想像に難くない。それでもテロが成功してしまった。

今回のテロがもしカルザイ政権の統治力弱体化(お膝元のカブールすら掌握しきれなくなってきた)を示すのだとしたら、これはテロ封じ込め、核拡散問題(アフガニスタンの混乱は間違いなく隣国の核兵器保有国パキスタンにネガティブな影響をもたらす)という観点から実に由々しきことである。

同時に、カブールでの惨事に見舞われたインドは、日本にとって経済面でも国際政治の面でも重要なパートナー足りうる国家である。そしてアフガンでテロと対峙しているのは、日本の同盟国であったり、政治経済面で多くの共通利害を持つ欧米諸国である。現在この日本でG8サミットが行われているのだから、日本の首相が音頭を取って各国首脳とともに一致してテロ批判の声明を出すぐらいのことはしてもいいのではないかと思う(多分、今の日本の総理には無理な話だろうが・・・)。

それに気になるのが、911テロもそれ自体の単発的出来事というよりは、バーミヤンの大仏爆破によるタリバンおよびアル・カイーダの国際社会への宣戦布告(2001年3月10日前後:爆破は数回に分けて行われた模様)、そして北部同盟のカリスマ的指導者であったマスード将軍の爆殺(2001年9月9日)を経て行われていたこと。
今回のカブール・テロが更なる悲劇の序曲とならなければいいのだが・・・。

タリバンが大仏破壊を行うまでの国際社会やタリバン内部の動きを活写したのが、以下の一冊。
単発的なニュースを追うだけでは分からない事情も書かれていて、とても面白い。
大仏破壊 バーミアン遺跡はなぜ破壊されたのか』(文藝春秋 高木徹著 2004年12月初版)