2008年7月12日土曜日

第八十三段 原油高騰と日本経産省事務次官発言

原油価格高騰が止みません。先週は1バレル=130ドル台まで下がったので「もしや」とも思ったのですが、イランが豪快にミサイルをぶっ放してくれたおかげで(あとナイジェリア紛争の停戦協定が破られそうだというわけで)、結局は140ドル台まで反発。昨晩は過去最高水準の147ドル台まで到達したとか。

市場格言に「もうはまだなり、まだはもうなり」という言葉が御座います。要するに「皆が『相場ももうお終いだ』と言っているうちはまだ相場は上げ続け、逆に皆が『相場はまだ上がる』と言い出した頃には相場はもう終局となる」という意味です。1バレル=60ドルラインを突破して以後の原油市場はまさにこれ。まこと、市場の先行きの計り難きは秋の空や乙女心に匹敵するものがありますなぁ。

そんな変幻自在な原油市場に「確実」という枕詞を付けて先行き予測を披露したのが、現経済産業省事務次官、川北隆生氏だとマスコミは伝えております。マスコミが伝える所の彼の発言は以下の通りに御座います。
・「(原油相場が)直ちに下落するかと言われたら分からないが、確実に下がる方向に動いていく」
・「『(最高値圏の)140ドルを突破して200ドルにいく』といった分析はもう非現実的になった」
(上記発言の出典:時事通信 2008年6月23日
・「どんなことがあってもファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)は60ドルだと言い続ける」
(上記発言の出典:時事通信 2008年6月9日

彼の発言と6月以降の原油市場の動きを見比べるのも一興かもしれませんが、ここでは別の問題点を指摘したいと思います。

1.経済産業省の情報分析・伝達機能は大丈夫か?
経済産業省は周知のように日本の産業政策の中枢です(少なくとも中枢の一つです)。同時に傘下に資源エネルギー庁を持ち、関連団体として石油天然ガス・金属鉱物資源機構(所謂「JOGMEC」:独立行政法人)を擁しており、原油関連の情報およびその分析結果の蓄積については日本でも有数の恵まれた組織と言えるでしょう。そんな組織の実質的なトップが、強い表現も使って示した展望が結果的に現実とは乖離している。そのことをどう考えるべきでしょうか。
一つ考えられるのは、分析を行う部署・組織の人材的なレベルが低い可能性です。
ただし、実際に各種公開資料や各組織(例:JOGMEC)の職員が示す見解(組織としての見解か、個人としての見解かは問わず)に目を通すと、一概に彼らの分析能力が低いとは言えないでしょう。実際に雑誌等への寄稿でより現在の状況に近い見解・予想を示された方もいるわけですから。
従って、事務次官の発言の背後に組織の人材のレベルの低さがあるという考えは少々無理がありそうです。
二つ目に考えられるのが、現場では正しい予測もなされている、ただし、上(終着点:事務次官)には結果的に正しい予測が伝えられていない、という可能性です。
組織(それも大規模な)における情報共有の不全発生というのは、古今東西を問わず見られる事例です。従って事務次官の発言の背後に潜むものとしては、この可能性が最も高いような気がします。
因みに、詳細なパターンとしては以下のように分けられるかと思います
  1.関東軍パターン
  大日本帝国における関東軍と東京の関係のように、現場組織が意図的に情報を独占して
  上部の意思決定に支障をきたすパターン
  2.第四次中東戦争パターン
  現場から正しい情報が上がってくるものの、それが途中で或いは最上部で握りつぶされる
  結果、しかるべき意思決定が行われない(もしくは誤った決断が下される)パターン。
  イスラエルの華麗な勝利で幕を閉じた第三次中東戦争。その後、「アラブ諸国がその雪辱を
  狙って行動を起こそうとしている」という情報が各地からイスラエル情報機関にもたらされます
  が、機関本部の人間は、「アラブに何ができる」という偏見から、危機を告げる現地報告を握
  りつぶしてしまいます。その結果、エジプトを中心としたアラブ各国軍の奇襲によって、イスラ
  エルは多大な損害を被ることになりました。
  3.「大躍進」パターン
  最高意思決定者の逆鱗に触れることを下部の人間が恐れる結果、正しい情報ではなく、最
  高意思決定者の期待に沿った情報(或いは沿うように改変された情報)のみが上に流れ
  ていくパターン。
  1958年、中国の最高権力者たる毛沢東は、当時世界第2位の経済大国であったイギリスを
  15年で追い越すという目標を掲げ、鉄鋼や農産物の一大増産計画を実行に移しました。し
  かし、その計画は未だ脆弱な状態にあった中国の工業基盤、各地域の生態的特徴を完全
  に無視したたものだったため、各地で破綻が相次ぎます。そのことを当時の共産党有力者
  であった彭徳懐が指摘すると、毛沢東は彼とその支持者を粛清・追放していきます。その結
  果、大躍進政策の不備を指摘する者はいなくなり、結果、政策は2000万人以上とも言われ
  る餓死者と中国経済の破綻という結果が出るまで継続されることになりました。
  4.根なし草パターン
  最高意思決定者が、組織とは完全に乖離した形で自分の個人的見解を方々で口にするパ
  ターン。
  最近の典型例としては、某国で一時期外務大臣を務めた某女性国会議員が挙げられる。
北畑事務次官の発言が、どの様な要因によるものかは明確には分かりませんが、彼の発言が政策の中枢(少なくともその一つ)である経済産業省の病弊を表しているとしたら、一国民としては少々暗澹たる気持ちにならざるを得ません。 ( ̄△ ̄|||

2.世界的なマネーフローの縮小への対処
現在、原油やその他資源の価格高騰によって、消費国から生産国への大規模な所得移転が起きています。一方で生産国に流れた所得は、投資や生産国の内需拡大による輸入増加によって、少なくない部分が消費国に還流し、消費国に(或いは消費国、生産国全体に)相応の利益をもたらしています。これは、外需拡大による日本経済の復調やSWFの欧米金融機関出資によるグローバル金融システムの下支えを想像して頂ければ、分かり易いかと思います。
ここで、もし事務次官が披露した意見のように1バレル=60ドル台まで下がったらどうなるか? 事務次官は下落期間等については口にされませんでしたが、徐々に長い時間を経て調整するのではなく、短い期間で一気に原油価格調整が行われた場合、どうなるか?
当然、「消費国 → 生産国 → 消費国」という資金の流れが大きな影響を受けることは想像に難くありません。その時、日本経済はどうなるのでしょうか? 点額法師個人の見解ですが「ガソリン代下がった。万歳」では終わらないと思います。原油価格崩落がもたらす負の影響について、経済産業省はどう考えているのか、それが一向に見えてこない。表沙汰になってこない。恐ろしいことです・・・。