2008年7月20日日曜日

第八十九段 音速の遅い読書『図説日本の古典13 御伽草子』

『御伽草子』という作品群があります。主に南北朝~室町時代(14~16世紀)に成立した短編物語をまとめたもので、狭義では「一寸法師」等の23編の物語を集成したものとなりますが、現在ではもっと広く、南北朝~室町時代に成立した短編物語全体の総称として用いられております。(詳細についてはWiki参照)

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、その『御伽草子』について様々な絵巻物等の図説を駆使しながら、作品の時代背景や内容について専門家が解説してくれる『図説日本の古典13 御伽草子』(集英社 1980年3月初版)です。(因みにAmazonの商品説明に「婦女子の人気読み物として親しまれた絵本形式の楽しい小説集」と御座いますが、和風ディズニー的なものを期待すると色々ときついかもしれません)

この書籍であらすじが紹介されている物語群の中から、更に選抜して当ブログ第八十九段で取り上げるのが「あきみち」という話。

あらすじは以下の通り。
 1.鎌倉の富豪山口秋広が盗賊金山八郎左衛門に殺害される。
 2.翌年、京都で訴訟中だった秋広の一子秋道が帰宅し、父殺害の悲劇を知る。
 3.秋道は父の仇討ちを誓い、金山八郎左衛門の捕捉に血眼になるが、上手くいかない。
 4.一向に打開の道が開けないことに業を煮やした秋道は、自分の美しい妻を遊女として
   金山八郎左衛門に近づけ、彼の所在を掴む案を思いつく。
 5.秋道は嫌がる妻を説得し、彼女を遊女として金山八郎左衛門に接触させる。
 6.そんなことを知らない金山八郎左衛門は、秋道の妻を美しい遊女として寵愛する。
 7.やがて一年が過ぎ、秋道の妻は八郎左衛門の子を妊娠する。
 8.子を孕むまで慣れ親しんだ女だからということで、八郎左衛門は秘密のアジトを秋道の妻
   にばらしてしまう。
 9.秋道は妻からの情報を基に八郎左衛門の殺害に成功する。
10.秋道の妻は実質二人の男の妻となり、かつ子まで設けた男が殺害されたことに心を痛め、
   出家をする。そして秋道もそれに続いて出家し、山口家は金山八郎左衛門の忘れ形見が
   継いだ。

この話を見た時、我らが兼好先生の徒然草第百八十八段「ある者、子を法師になして」が連想されました。その段の中で兼好先生は囲碁を例に挙げ、以下のようにおっしゃっておいでです。
十を捨てて十一に就くことは難し。一つなりとも勝らん方へこそ就くべきを、十まで成りぬれば、惜しく覚えて、多く勝らぬ石には換へ難し。これをも捨てず、かれをも取らんと思ふ心に、かれをも得ず、これをも失ふべき道なり。
要するに「何かを達成しようとするなら、相応の犠牲・コストは惜しむな」ということです。山口秋道は妻という犠牲を払って(十の石を捨てて)父の仇討ちという本望を遂げました(十一の石を取りました)。

投資の道もまた同じではないでしょうか? 儲けるためには相応のリスクを背負わねばなりません。そしてリスクが背負いきれないほど大きくなった(或いはそうなる見込みが非常に高い)と判断される時は、心に苦いものを感じながら損切りをする必要があります。もしそれが出来なければ過大なリスクに押し潰されて再起不能となり、結果的に次の儲けの機会を掴めなくなる可能性が高まります。つまり、儲けるという本望を遂げるためには、損切りによる損失実現というコスト・犠牲を甘受せざるを得ない場面があるわけです。

また、金山八郎左衛門は美女と子まで成すという幸福に溺れて用心を緩めた結果、首を取られる羽目に陥っています。これもバブルや好況の波に乗って利益(評価益含む)を出したことが慢心・油断の基となり、投資環境の反転で大怪我をする投資家に重なるものがあります。

一投資家として実に考えさせられることの多い(身につまされることの多い)物語だったので、ここに取り上げたものです。