2008年7月30日水曜日

第九十四段 囲師には必ず・・・

人類史上に於ける戦略書のアルファにしてオメガとも言うべき『孫子』の九変編に以下のような言葉が御座います。
囲師には必ず闕き、窮寇には迫ること勿れ。

要するに、「敵を包囲する時はワザと一部に逃げ道を作り、進退窮まった敵を完全に追い詰めてはならない」という意味です。

何故か? 別に人道主義や憐憫の情を重んじての言葉ではありません。「窮鼠猫を噛む」という俚諺が御座いますが、退路を失った人間というものは、往々にして信じられないような蛮勇や力を発揮するもの。そんなものと戦ってひどい損害を受けるよりは、敵にわざと退路や生存の希望を見せることで、決死の覚悟というものを持たせず、ひと押しすれば勝手に自壊するように仕向けるべきことを述べた言葉なのです。

さて、ユーラシアの西端では、欧州に供給される天然ガスを巡ってロシアが活発な動きを見せております。過去にも、ロシアとウクライナの天然ガス紛争や天然ガス版OPECの創設提唱がありましたが、最近も、ロシア・ガスプロムがリビアに対して同国生産の石油・天然ガス全量買い取りを提唱、ロシア・アルジェリア間のエネルギー分野における協力強化合意、帝政ロシア以来関係の深いカスピ海沿岸・中央アジア諸国に対してロシアを排除する形の対欧州エネルギー資源供給に参加しないように働きかける等の動きがあります。

一見すると、ロシアは実に効果的にエネルギー面での対欧州包囲網を構築しているように見えますが、逆にここまでロシアの優位が見えてくると、危機感を覚えた欧州の代替エネルギー開発を一層加速させてくる可能性があります。のみならず、イラク戦争以来遠心力が働いてきた欧米関係が、「エネルギー資源を梃に強大化するロシアの脅威」を背景として、再び求心力を取り戻してくる可能性もあります。

もしこれらの可能性が現実のものとなると、ロシアは完全な欧州包囲網を構築したおかげで、影響力の源泉であったエネルギー資源の価値低下と強化された欧米同盟に直面するという非常に有難くない状況下に置かれることになります(まさに窮鼠に噛まれた猫状態)。そうならないために、ロシアは欧州に包囲網の抜け道(偽りの希望)を用意する必要があると思われます。さて、ロシアはどのようなイリュージョンで欧州を幻惑してくるのでしょうか? それとも資源価格高騰のもたらすユーフォリアに酔いしれ、微妙なハンドル捌きをしないまま、最悪の結果まで突き進んでしまうのでしょうか? ( ̄w ̄)