2008年8月4日月曜日

第九十六段 革命とウォッカ、そしてイラク

ある国のある時代の小話。
スターリンが死後、あの世でニコライ2世に会った。
ニコライ2世曰く「なあ、ヨシフさんよ。ロシアは相変わらず強国かい?」
スターリン曰く「勿論だ」
ニコライ2世曰く「まだ軍隊は強力かい?」
スターリン曰く「当然だ」
ニコライ2世曰く「秘密警察は健在かい?」
スターリン曰く「無論。ルビヤンカはあんたのオフラナより強力だ」
ニコライ2世曰く「まだ政治犯はシベリヤ送りかい?」
スターリン曰く「それ以外に選択肢はない」
ニコライ2世「ロシア人はまだウォッカを飲んでいるかい?」
スターリン曰く「昔と何も変わらない」
ニコライ2世曰く「ウォッカのアルコール度数は40%のままかい?」
スターリン曰く「いや、ソ連になってからは42%だ」
ニコライ2世曰く「・・・なあ、ヨシフさん。たった2%のためにあんな大革命を起こしたのかい?」

最近のイラクを巡る動きを見ていると、不意にこんな小話が脳裏をかすめました。

まず、サダム政権下で与党(というか実質的な政府機関)であったバース党の元職員達の職場復帰が進行しているとのこと(詳細は『中東TODAY』No1097参照)。民族・宗教のモザイクに莫大な石油利権が絡みついたイラクで安定した統治を実現するには、何よりも経験ある実務者が必要なことはよく理解できます。ただ、わざわざバース党政権を破壊して結局そこの職員に頼ることになるぐらいならば、最初から湾岸戦争以来のイラク・イラン二重封じ込め政策を継続し、サダム・フセイン政権の2代、3代後に穏健な国際協調的政権ができるのを待っていた方がよっぽどマシだったような気がします(その意味では、蒋経国・李登輝政権が成立するまでアメリカン・デモクラシーの洗礼(「空爆」とも言う)を受けなかった台湾は幸運でしたな)。

次に、トルコとイランのPKK掃討での協力(出典:日経ネット)や核問題協議を名目とした両国の各種接触を見ると、「イラク北部はトルコの勢力圏、南部はイランの勢力圏、クッション役が中部のバグダッド政権」という構図がおぼろ気ながら浮かんできた様に思えます。・・・確か米国(あと、目立ちませんが西側欧州諸国やソ連)は、イラク南部の油田地帯がイランの勢力下に入ることを嫌い、イラン・イラク戦争でイラクのフセイン政権に梃入れしていた筈。そこまでして実現を阻みたかった事態を20年越しで(しかも主要メンバーは当時と殆ど変わらず)自ら実現しつつあるのが米国の悲劇と言えば悲劇(傍から見れば喜劇)。

因みに、イラクという地域がトルコ勢力圏とイラン勢力圏に分割(程度は兎も角)されるのは、オスマン帝国とサファヴィー朝以来の伝統的構図。極東アジアにおける朝鮮半島への中国の影響力拡大と言い、古い時代の地政学があちこちで復活してきてますなぁ。( ̄w ̄)

「歴史は繰り返す」とは言い古された表現ですが、それでもロシアは革命によってウォッカのアルコール度数に2%の進歩がありました。禁酒を掲げる(少なくとも建前上は)回教の国イラクではレジーム・チェンジでどんな進歩があるんでしょうか?