2008年8月18日月曜日

第百二段 南オセチアの埋み火

ロシアとグルジアの軍事対決まで至った南オセチア紛争で、和平の調印が行われた。グルジアに対して圧倒的な軍事的アドバンテージを確保しながら、結局グルジア・サアカシュヴィリ政権転覆まで踏み切らなかった(踏み切れなかった)ロシアは、明らかに将来への禍根を残したと言えるだろう。その上、ロシアは幾つかの代償も払うことになった。まずグルジアではサアカシュヴィリ政権が生き残った上、反露ナショナリズムの高まりによって同政権の求心力も高まってしまった。国際世論の面では、西側マスメディアの報道によって「そもそも今回の紛争の引き金を引いたのはグルジアである」という事実は忘却の闇に押し込められ、寧ろ「小国グルジアを横暴な大国ロシアが踏みにじろうとしている」という構図が広範に流布されてしまった。そしてこの巷間に広められたイメージに乗る形で、西側諸国は様々な名目をつけてグルジアへの支援を強化している(日本でもロシア人スパイ容疑者への書類送検が報じられたり(8月13日:時事通信)、グルジアへの「人道支援」が表明されたのも(8月15日:日本外務省)、同じ流れの上の出来事と見ていいだろう)。

それにしても、今回の紛争におけるロシアの行動は稚拙だったと言わざるを得ない。前述したように、そもそも今回の紛争はグルジアが南オセチア州に対して武力行使を行ったことが直接の原因である。ならば、ロシアは南オセチア州に対して極力目立たないように支援を行う一方、「グルジア軍の攻撃によって家を追われる難民」、「グルジア軍の蛮行の跡」といった西側世論を扇動し易い情報・映像を流布し、「グルジア=悪人集団」というイメージを西側世論の間で固めさせ、西側諸国をロシアの対グルジア作戦を認めざるを得ない(少なくとも黙認せざるを得ない)立場に追い込んでから正規軍を大規模に投入するべきだったのだろう。

しかし、現実では悪役はロシアに割り振られ、グルジアには可哀想な被害者の役が割り振られることになってしまった。何やら、ボスニア紛争で広報戦略に失敗したセルビア勢力が「民族浄化に血道をあげる極悪人集団」として国際世論の一方的・集中的な非難と空爆を受けるに至った過ちを、(地域こそ違えど)同じスラブ系民族のロシアが再現しているように見えて仕方がない(因みにボスニア紛争において各勢力が展開した広報戦略とその情け容赦ない帰結を活写した書物として、『戦争広告代理店』(講談社 初版2002年6月 高木徹著 文庫版もあり)が挙げられる)。

現状、ロシアは和平案を受け入れてしまった以上、グルジアには迂闊に手を出せず、下手な行動に出れば「和平をぶち壊したのはロシアだ」ということになって一層の孤立化を招きかねない。戦闘ではグルジアを追い詰めながら、結局その優位を生かしきれないまま、痛し痒しの状況に追い込まれたロシアでは、今後以下のような事態の発生が考えられる。
・欧米の圧力に屈する形でグルジアとの和平に調印した政権に対する、
 ロシア国内の対外強硬派からの攻撃激化。
 (その意味では、プーチン首相がグルジアや欧米に対する強硬姿勢を鮮明にする一方、
  メドベージェフ大統領が和平案受入れ等の対外宥和的な態度を取った(取らされた?)
  ことは、プーチン首相の政治的影響力維持という面からすれば、非常に都合のよい役割
  分担だったと言えるだろう)
・メドベージェフ政権が「外圧に屈した弱腰政権」という国内反政権派からのレッテル貼りを
 防ぐため、対西側外交をより攻撃的・非協力的な方向にシフトする。
 (これが実現した場合、東欧へのMD配備やイラン核問題にも大きな影響が及ぶだろう)
・「祖国ロシア受難の時こそ、強い指導者が必要だ」というプーチン首相の大統領職再登板
 を求める声の高まり。

また、南オセチア紛争が極東アジアに与える影響としては、中国にとってはロシアが西側諸国からの非難の矢面に立ってくれたことで、自国の問題に対する西側の非難を有耶無耶にできること、そして対西側外交でロシアの協力を得易くなったこと、以上の点でプラスになると思われる。逆に西側に属する日本にとっては、エネルギー資源問題や領土問題におけるロシアの姿勢硬化、ロシアが欧米離れの反動で中国との関係を一層強化することで、西北の安全を強化した中国がより活発に東シナ海域一帯への進出を加速させる可能性を高めるといった点でマイナスの影響が及ぶと思われる。