2008年11月27日木曜日

第百六十段 ヨルダンの原子力開発

中東にヨルダンという国がある。イスラエル、シリア、イラク、サウジアラビアに囲まれためぼしい産業のない国である。そのヨルダンが最近、原子力開発に力を入れているらしい。ネット上で確認できるものを拾ってみると、実際、以下のようなニュースを確認することができた。

<ヨルダンの核開発の軌跡(2008年11月26日時点まで)>
・2008年11月4日  日本の資源エネルギー庁原子力政策課長、
             講演で「ヨルダン等から原子力開発にかかる協力要請がある」旨を公表。
(出典:日本原子力産業協会(原子力関連ニュース))
・2008年10月24日 韓国と原子力協定を仮締結
(出典:Yahoo!ニュース)
・2008年10月2日  仏アレバ社とヨルダン中央部におけるウラン共同探査協定締結
(出典:日本原子力産業協会(原子力関連ニュース))
・2008年8月19日  中国と原子力協定を締結
(出典:サーチナ)
・2008年6月29日  英国と原子力協定を仮締結
(出典:時事通信)

元来石油資源に恵まれず(天然ガスは多少あるものの、殆どが希少な外貨獲得手段として輸出に回されている)、ヨルダン川の汚染や枯渇懸念、都市人口の急増に悩むヨルダン政府にとって、原子力による発電能力の強化や海水淡水化事業は魅力的なものだろう。

また、個人的な独断と偏見だが、ヨルダンの核開発には、イランの核開発問題に神経を尖らせるサウジの意向も見え隠れしているように思える。イランに核開発の独走を許してしまえば、サウジの中東における政治的影響力は大きく後退することになる。かといってサウジ自身や同国の影響力が強いGCCという枠組みで核開発を行った場合、どうしても対イラン牽制という色合いが強く出てしまう上、「何故豊富な原油・天然ガスがあるのに、原子力にこだわるのか?」という現在イランが欧米諸国から突き付けられているのと同じ疑問に直面し、徒に欧米の疑念すらも高めてしまいかねない怖さがある。

そこでサウジとしては、同じイスラム教スンニ派の王制国家であり、同時に全方位等距離外交を掲げ、石油資源に乏しいヨルダンに核開発を先行させることで、イランや欧米の警戒感を煽ることなく、いざという時に備えて各種ノウハウや放射性物資の提供を受けようという狙いがあるのではないかと考えることもできよう。

そしてヨルダンの地理的配置をもう一度確認して見れば、北方には親イランのシリア、そしてそのシリアとイランの支援を受けたヒズボラが割拠するレバノンが鎮座している。西にはイスラエル、そしてイランの支援を受けるハマスと欧米の支援を受けるファタハが内部抗争を繰り広げるパレスチナ自治区が存在する。一見するとヨルダンの原子力施設は随分と剣呑な位置にあるように思えるが、イランの中東における影響力の拡大を防止するという意味で、ヨルダンの核開発を支援・擁護することについてサウジとイスラエルには寧ろ共通の利害が発生するのではないだろうか。最近イスラエルがハマスの勢力圏であるガザを中心に掃討作戦を強化しているのも、或いはヨルダンの原子力開発の安全を図るという意図を含んでのことかもしれない。

2008年11月24日月曜日

第百五十九段 サウジ、手駒を動かす

海賊事件の頻発しているソマリアにおいて、サウジが動いた。以下のロイターの記事にある様に、手駒のイスラム原理主義勢力を動かして海賊攻撃に乗り出したのだ。

[モガディシオ 22日 ロイター] ソマリアのイスラム原理主義勢力が22日、活発化する同国の海賊に乗っ取られたサウジアラビアの超大型タンカー「シリウス・スター」を救出するため、攻撃に乗り出した。同勢力のスポークスマンが明らかにした。

 シリウス・スターは1億ドル(約96億円)相当の石油を搭載、フィリピンやサウジ、クロアチア、ポーランド、英国からの乗組員25人が乗船している。ソマリアの海岸線の中ほどにある町Haradheere近くの沖合いに停泊中とみられている。

 イスラム原理主義勢力の一派は、「イスラム教徒の」船を乗っ取ったことに対する報復として、海賊を攻撃すると宣言。スポークスマンは22日、ロイ ターの取材に「戦闘員を手配した」と語った。まずは物資や連絡を制限することで内地とシリウス・スターに乗っている海賊メンバーとのやり取りを遮断するこ とから始めるという。

 ただ、イスラム原理主義勢力の間でも動きは統一されておらず、Haradheere住民がロイターの電話取材で語ったところでは、別のグループは海賊が得た身代金の一部を何らかの条件と引き換えに得ようと海賊メンバーと交渉している。(出典:ロイター)

湧いて出てくるソマリ海賊に嫌気がさした各海運会社では、海賊の牙城アデン湾を通るスエズ航路を回避し、南アフリカ沖を通る喜望峰航路(バスコ・ダ・ガマがインドに到達した航路にほぼ該当)に乗り換える動きが進んでいるという。当然、輸送コストはかさみ、ペルシャ湾岸から欧州に向けての原油輸送にも支障が出てくることになる(以下の共同通信記事参照)。

カイロ23日共同】紅海に近いアフリカ東部ソマリア沖で海賊行為が頻発していることを受け、中東やアジア方面と欧州の間を航行する海運会社などのタンカーや貨物船が、紅海と地中海を結ぶスエズ運河を回避し、アフリカ南端を迂回するルートをとる傾向が強まっている。

 リスクを回避できるものの、より長い距離を航行することになり、輸送コストの増加が懸念されることから、海運各社は早急な海賊対策を各国政府に要求。スエズ運河の通航料が主要歳入のエジプト政府にとっても事態は深刻だ。

 ロイター通信によると、デンマークに本拠を置く大手の海運会社APモラー・マースクは石油タンカー50隻を南アフリカの喜望峰回りのルートに変更。ノルウェーのフロントラインも同様の対応を検討中だ。

 国際海事機関(IMO)のミトロプロス事務局長によると、喜望峰回りだと中東のペルシャ湾岸から欧州まで12日余計にかかるため原油の供給が遅れ、輸送コストも25-30%増加するという。(出典:共同通信)

上記記事で名前のあがった各国や周辺国がソマリ海賊の跋扈から受ける影響を考えてみたい。

まずロシアだが、ソマリ海賊の跋扈はロシアにとって好悪両面の影響があると考えられる。まず好影響の方だが、世界の石油の全輸送量の3割以上が通過するとされるアデン湾で海賊が蔓延ることにより、欧州がよりロシア産の石油・天然ガスに依然せざるを得ない状況が生まれることになる。
次に悪影響の方だが、アフリカ紛争地帯に対する武器輸出のコスト増加がある。今まではソマリアに荷揚げ港を設定することで、同国の無政府・混乱状態を隠れ蓑に、アフリカ紛争地域への武器輸出を進めることができたが(旧ソ連のトロール船を母船とする海賊集団(出典:ロイター)については、「貨物船の用心棒」等、ロシアと何らかの繋がりを有している可能性がある)、あまりに海賊勢力が割拠するようだと、ロシアと意を通じていない海賊も増加するわけで、当然、ロシアからの武器輸出船も海賊の標的にされてしまう危険性が増加することになる(実際、既に戦車などの重火器を搭載したウクライナ船籍の貨物船がソマリ海賊に乗っ取られる事件が発生している)。かといって他の東アフリカ諸国を見れば、それなりに中央政府が機能しているので(少なくともソマリアよりはまし)、紛争地域への武器輸出に当たって各国の監視の目をごまかす、あるいは黙認を取り付けるためにより多くのリベート、”手数料”の類を提供することになるだろう。また首尾よく新しい荷揚げ港を確保したとしても、、武器の積み出し港が黒海かバルト海の沿岸にある以上、海賊の脅威を避けるためにスエズ航路から喜望峰航路に変更した場合、燃料費が余計に喰われることになるのはその他一般的な貨物船と同じである。

サウジにとっては好影響は特にないと考えれられる。悪影響としては、航路変更により欧州向けの原油輸出でコストや到達日数が増加する結果、欧州でのシェアをロシアに奪われてしまう可能性の増加が挙げられよう。

エジプトにとっても、好影響はないだろう。寧ろ、国家財政に重きをなすスエズ運河の通行料が減少するという形で、ソマリ海賊跋扈の悪影響を直接的に受けることになる。国際的な金融危機でもう一方の国家収入の柱たる観光事業も減速が予想され、米国からの援助資金も現状維持なら御の字、減額も十分にあり得るという状態。そして今はムバラク父からムバラク息子への権力禅譲が控えた微妙な時期。泣きっ面に蜂と言っても過言ではないだろう。かといってソマリ海賊に対して軍事行動を取ろうとすれば、スーダンやイエメン、サウジといった周辺国の警戒心を徒に煽りかねず(特にスーダン、イエメンは、過去にエジプトと干戈を交えているだけに、強い態度で出てくるだろう)、却ってアデン湾から紅海、スエズ運河に至る一帯の不安定さを強化してしまう可能性がある。まさに痛し痒しであろう。

欧州としても、好影響は特段存在しないと考えられる。悪影響は二点考えられる。まず一点は、中東からの原油・天然ガス供給に支障が出てくることで、エネルギー面でのロシア依存が一段と進行する可能性が増大することだろう(その分、代替エネルギー分野への支援・補助が手厚くなることも考えられる)。もう一点は、欧州とアジア・太平洋地域を繋ぐ交易に支障をきたす可能性だろう。

もう一つ、好悪は判然としないが、影響を受ける可能性のある分野がある。欧州が音頭をとって進めてきた地球温暖化対策である。というのも、もしこのまま温暖化が進んだ場合、北極の海氷が激減・消滅することになる。その場合に誕生するのは(当ブログ第五十九段参照)、アジア・太平洋地域と欧州をより短距離で結ぶ新航路である(東京-ロンドン間の距離が、スエズ航路では約2.1万kmなのに対し、北極海航路では約1.6万kmとほぼ4分の3で済むことになる)。しかも、北極海は資源開発の最後のフロンティアとも目されている地域である。米露加EUといった北極海に権益を有する勢力の動向に目を光らせず、ただ闇雲に「温暖化対策」、「温暖化対策」と騒ぐだけならば、「欧州情勢ハ複雑怪奇」との迷言を残した平沼内閣の轍を踏んでもおかしくはない。

2008年11月22日土曜日

第百五十七段 食はカンボジアにあり?

一時の狂乱的なコモディティ・バブルも崩壊し、石油や各種金属資源、農産物の市場価格が下落に転じたことで、食料危機やエネルギー危機といった言葉もすっかり忘れ去られようとしております今日この頃。しかし、世の中には食料の安定供給に気を抜いていない国も依然としてあるように御座います。2008年11月21日のThe Financial Times紙が「Cambodia holds land deal talks」という題の記事でそんな各国の動向の一端を伝えております。

記事の概要としては、現在クウェート、カタール、中国、そして今年はコメ不足に泣いた韓国やフィリピンといった国々がカンボジアでの農地投資に強い関心を示したり、実際に投資を行っているというものです。カンボジアの農業状況を鑑みれば、メコン河とトンレサップ湖という水源に恵まれた大地が広がっていることから、国土面積:約18万K㎡の21%が農地として利用され、人口:約1400万人の34%が農業従事人口という農業国家。主要作物としてはコメ、天然ゴム等があります(以上、参考文献:『データブック・オブ・ザ・ワールド 2007年版』 二宮書店)。記事によれば、そんなカンボジアに対し、クウェートが約5.5億ドルの農業投資でカンボジアと合意し、中国(そう、メコン河の源流たるチベットを押さえ、カンボジア内戦時にはポル・ポト派やシアヌーク派のパトロンとして影響力をふるった、あの中国です)は昨年に約6億ドルの資金貸与を行ったとか。(因みに日本で今話題になっている「定額給付金」の規模が約200億ドル。規模の大小は兎も角として、クウェートや中国の対カンボジア投資の方がよっぽど生きたお金の使い方に見えるのは僻目ですか? そうですか)

FT紙の記事ではカンボジアが取り上げられておりましたが、資金的に豊かな国々が途上国に農業投資を行うという事例は他にもありまして、スーダンやルーマニア、ウクライナ、パキスタンや中南米諸国にも農業投資を目的とした中東マネーが流入しているとか・・・(参考文献:『フォーサイト 2008年10月号』 新潮社

経済的に豊かな国の資金が農業投資という形で途上国に流入するのは、経済発展から取り残されがちな途上国農村部の生活水準向上に繋がる一面があり、個人的には良いことだと考えております(無論、農業投資の契約内容やそれによる果実が公正に分配されるか? といった問題があるのは事実で、そういった問題点について解決や悪影響低減のために国際的なガイドラインも場合によっては必要となってくるでしょう。)

ここで食料の大半を輸入に頼る(というか頼らざるを得ない)日本の状況に視点を移すと、日本で「食料安全保障」というと、どうしても議論が「どうやって国内自給率を上昇させるか」に集中していく傾向が御座います。しかし考えてみれば、「どうやって国内自給率を上昇させるか」という議論については、単純に食料自給率を上げた所で、もし日本自体が冷夏等の異常気象に襲われてしまえばあまり意味がないわけで、リスク分散の観点からは不十分な議論と考えられます。本来ならば「日本国民に対して好都合(安全性や価格、嗜好等の面で)な食料供給態勢を如何に築くか?」という議論が初めにあり、その上で「何処までを輸入に頼るのか?」、「何処までを自給でやっていくのか?」といった議論に入っていくのが本筋のように思われます。

閑話休題、個人的にこういったニュースを見ると、「新興国の成長によるコモディティ需要の逼迫」というシナリオが完全に死んだわけではない、と少しだけ勇気づけられる気がします(モンサント(mon:NYSE)やポタッシュ社(pot:NYSE)に直接的影響が及ばないにしろ)。
(´ヮ`;) サイキンノシジョウノウゴキニハ、ウチノメサレッパナシダッタカラナァ・・・

2008年11月21日金曜日

第百五十六段 21世紀の矛盾論

楚(注1)に盾と矛を売る者がいた。盾を褒めて言うには、「この盾の堅いことと言ったら、突き通せるものなど御座いません」。矛を褒めて言うには「この矛の鋭いことと言ったら、突き通せないものは御座いません」。そこで見物人が問うに「じゃあ、あんたの矛であんたの盾を突いたらどうなるんだい?」と。商人は答えることができずに黙りこくってしまった。

注1:長江中流域にあった古代国家。現代中国の地域区分で言えば、
   湖北省、湖南省を中心とした一帯を支配していた。

ご存じ、「矛盾」という言葉の語源となった故事に御座います(出典は『韓非子』)。

つい最近まで、点額法師はこの故事を「韓非が論を進めるために創ったフィクション」だと思っておりました。でも今では、「意外と本当にあった出来事なのかも知れない」と思っています。考えを変えるキッカケとなったのが、ロイターに載っていた以下のニュースです。

死去した富豪、「永遠の命」保証の風水師に

遺産譲る遺言=報道


[香港 11日 ロイター] 昨年4月にがんで死去した香港の富豪の女性が生前、「永遠の命」を約束した風水師に財産を譲り渡す遺言を作成していたなどと、11日付の地元紙が報じた。

 この女性は、生前アジアで最も裕福な女性だったニナ・ワンさん。メディア報道によると、ワンさんの遺産は推定120億ドル(約1兆2000億円)余りに上るが、2通の相反する遺言が存在して相続手続きが難航している。

 実業家で熱心な風水愛好家のトニー・チャン氏が2006年にワンさんが病床で作成した遺言では自分が唯一の相続人だと訴える一方、ワンさんの家族は2002年の遺言に基づき相続権を主張している。

 サウス・チャイナ・モーニング・ポストは、ワンさんの家族の弁護士が当地の高裁で、「われわれは、トニー・チャン氏がワンさんに対し、遺言にチャン氏の名前を入れることなどが永遠の命や長寿を保証するだろうなどとうそをついたと主張する」と述べたと伝えた。

出典:ロイター

「不死」を保証した風水師のために遺言状で便宜を図る不死と遺言状。まさに突き通せるものの無い盾と突き通せないものの無い矛の関係。聞けば「不死が保証されてんのに、何で遺言状なんぞ作るんだ?」と突っ込まずにはおれない話。これが凄いのは、紀元前作の例え話ではなく21世紀の香港で発生した実話ということ(誤報やヤラセでない限り)。(w ̄;)

一見すると「始皇帝以来、不老不死の好きな国民性ですね」と思ってしまいますが、考えると甘言・佞言を弄して人に取り入ろうとする不埒な輩はいつの世、いつの国においても存在するもの(例えば永田町とか、永田町とか、ながたt・・・・)。いざ自分の前にそんな輩が現れた時、「じゃあ、あんたの矛であんたの盾を突いたらどうなるんだい?」と突っ込める冷静さを常に心がけたいものです。

2008年11月17日月曜日

第百五十五段 チベットの暗澹

チベットの方がどうもキナ臭くなってきた。共同通信社が伝える所では、ダライ・ラマ十四世を中心とする穏健派が主導してきた「高度な自治」の対極に位置する「完全独立」を望む声が高まっているらしい。

3割が中国からの完全独立を要求

チベットで強硬意見浮上

  【ダラムサラ17日共同】チベット亡命政府のカルマ・チョフェル議長は17日、チベット人による緊急会議が開幕したインド北部ダラムサラで記者会見し、中 国との対話方針に関し、チベット自治区内に居住するチベット人約1万7000人の意見を集約することに成功、うち約3割が中国からの完全な独立を要求する と回答したことを明らかにした。

 チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世がこれまで推進してきた、独立ではない「高度の自治」を求める「中道のアプローチ」が失敗したことを受け、チベット内部でも独立を求める強硬意見が浮上していることを裏付けた。

 同議長は意見集約の具体的な方法などは明らかにしなかったが、5000人以上が中道のアプローチの手法を転換し、完全な独立を求めるべきだと主張した。(出典:共同通信

ここで中国政府にとってのチベットの価値というのを考えると、金属資源の供給地、インドとの緩衝材等色々と思いつくが、やはり大きいのは水資源の供給地としての側面だろう。地図を見れば一目瞭然だが、チベットは長江、メコン河、紅河といった大河の水源地である。有態に言えば、チベットは華南から東南アジア大陸部、インド・ベンガル地方に至る広大な地域の水甕として機能している。もしここが中国政府の手から離れた場合、中国政府は水資源を梃にした東南アジア地域への影響力拡大を断念させられる他、自分たち自身が「渇水か服従か」を迫られる悪夢にうなされることになる(仮にチベット亡命政府が「そんな脅迫は考えていない」と言った所で、中国政府がそれを信用することはないだろう。相手が自分たちが長年虐げてきた相手なら尚更そうだ)。従って中国がチベットの支配権を弱めることは非常に考えにくい。たとえダライ・ラマ十四世に同情的な国際世論(というか欧米世論)が非難の声を挙げようとも・・・・だ。

そう考えると、チベット亡命政府の中で強硬意見が勢力を拡大することは、逆説的だが中国にとって悪い話ではない。

まず第一に、穏健派の中心であるダライ・ラマ十四世の追い落としが期待できる。チベット問題における中国に批判的な欧米世論は、ダライ・ラマ十四世の努力や人脈によって喚起されている面が大きい。もしダライ・ラマ十四世が失脚した場合、チベットに対する欧米の関心が今まで通り維持されるとは考えにくい。それは中国にとってチベットに対する自由裁量権が拡大することを意味する(要するに誰に監視されることも無く、何でもかんでもやり放題)。

第二にチベット亡命政府の内部分裂が期待できる。歴史上、ある組織が強硬派と穏健派に分かれて凄惨な路線闘争を展開することは珍しくない。今まで穏健派のダライ・ラマ十四世のカリスマによってまとまってきた亡命政府が強硬派と穏健派に分かれた場合、両者の対立が亡命政府自体の瓦解に繋がることを期待できる他、「敵の敵は味方」の論理で対立する両者の一方を抱き込み、チベット問題の円満解決を宣言することも可能になる。

第三に、中国にとってはチベットに対して強硬策を取り易くなる。第一でも述べたが、現在のチベットに同情的な欧米世論は、あくまでダライ・ラマ十四世の対中穏健政策による部分が非常に大きい。もしこれが路線転換され、チベット亡命政府が暴力を厭わない対中強硬策に転じた場合、中国のチベットにおける苛烈な弾圧は正当化し易いものとなるだろう(特にチベット強硬派のテロによって北京や上海で市民・外国人に死者が発生した場合は・・・・)。これにはイスラム過激派との提携が疑われ、急速に欧米世論の同情と関心を失ったチェチェンという実例がある。

今日の国際情勢を鑑みるに、金融危機に喘ぐ世界において、巨大な外貨準備高と(比較的とは言え)高い成長率を誇る中国沿海部を押さえる北京政府の機嫌を損ねてまでチベットに肩入れする主要国家が現れるとは到底考えにくい。従って現時点でチベット問題の帰趨を考えるに、最終的には中国がチベット亡命政府を屈服させる形で落着すると考えるのが妥当な線だろう。

2008年11月11日火曜日

第百五十三段 音速の遅い読書『GA-芸術科アートデザインクラス (2)』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の一冊。

GA-芸術科アートデザインクラス (2) (まんがタイムKRコミックス) (まんがタイムKRコミックス)
きゆづき さとこ
コミック
芳文社
総合評価 5.0
発売日 2008-01-28

アマゾン通販

波濤激しきグローバル経済という大海の中、頼りになる組織・コネクションも無く、残された道は、毛沢東やスターリン、フランクリン・ローズヴェルトの如く、徹底した機会主義と実利主義をあらゆる局面において追求してサバイバルしていく道のみ。そんな荒涼人生を生き抜くことを決断した人間にとって、日々繰り返す大なり小なりの「万人の万人に対する闘争」で消耗した精神を如何にリフレッシュさせるかは、次の生き残り戦の結果にも直結する一大事で御座いましょう。

そんな精神的回復手段をお求めの方にお勧めなのが、『GA-芸術科アートデザインクラス 』に御座います。現在2巻まで発売されている当作品は、高校の美術科(正確に言えば「芸術科アートデザインクラス」。略して「GA」)に通う5人の女の子たちの日々を中心に描いた4コマ漫画です。

柔らかくふんわりとした画風、カラーページの瀟洒な色使い、色彩や美術の小ネタ、個性溢れるキャラがガチで繰り広げる切れ味鋭いボケとツッコミの応酬。これらが点額法師個人が考える本作の魅力です。そんな個々の魅力が相乗効果を発揮することで、なんとも心地よい読み心地が醸し出されているように思えます。そんな本作に触れると、日々理と利の計算に明け暮れ、僅かな数値の揺らぎにすら大きく心を乱され、当局者やキー・パーソンの発言・声明の裏を勘ぐり、行間を読み解くことに血眼になっている生活で積もりに積もった心の凝りが一気に解きほぐされるような感覚を覚えます(寒風吹きすさぶ夜にホット・コーヒーを口にした時の感覚とでも申しましょうか・・・・)。

金融市場の風濤は止まず、実体経済の悪化も当面続きそうな状況だからこそ、強張りの解けた精神で臨んでいきたいもの。そんな時によく効く一冊です。

2008年11月9日日曜日

第百五十二段 音速の遅い読書『国際紛争―理論と歴史』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の一冊。

国際紛争―理論と歴史
ジュニア,ジョセフ・S. ナイ
単行本
有斐閣
総合評価 4.5
発売日 2005-04

アマゾン通販

著者のジョゼフ・S・ナイ氏と言えば、日本では、クリントン政権時代の日米関係が困難であった時期に国防次官補を務め、日米同盟を世界の平和と安定の維持の礎として位置付ける「ナイ・イニシアティブ」を打ち出して日米同盟の漂流と座礁を未然に防止した時の印象から、辣腕の実務家という印象を持たれることが多いかもしれません。一方で彼には、今や国際関係を語る時に欠かせない「相互依存(これはロバート・コヘインとの共同研究)」や「ソフト・パワー」といった概念を提唱した一流の国際政治学者としての一面もあります(因みに現在はハーバード大学特別功労教授。従って、以降はナイ教授と表記します)。

そんな実務家としても学者としても大きな仕事をしているナイ教授が、国際政治学を志す学生たちに向けて執筆し、それを同じく国際政治学を研究している田中明彦教授(現東京大学東洋文化研究所教授)と村田晃嗣教授(同志社大学法学部教授)が訳したのが、今回取り上げる一冊。
(因みに、本書は国際政治という生ものを扱っているためか、度々改訂版が発表されております。今回当ブログで取り上げたのは第5版になりますが、2008年11月時点では第6版が出版されております)

構成としては、紀元前古代ギリシャのペロポネソス戦争や二つの世界大戦、冷戦、グローバリゼーションの進展といった具体的な事例に基づきながら、「現実主義」、「バランス・オブ・パワー」、「集団安全保障」といった国際政治学に於ける諸学説や諸概念を説明していくという形をとっています。各章の最後には関連年表と共に「学習上の論点」というのがあり、読者はこれを基に様々な問題を考察したり、或いは参考にして自分なりの問題設定を行うことができる仕掛けとなっています。

点額法師が個人的に面白く思った点が二点あります。
一点は、本書の中で示されるナイ教授の反実仮想の奨め。要するに、事実や各学説の理論体系等を注意深く取捨選択した上で、歴史に「if」を持ちこんで考察を行うことは、様々な事象の因果関係をより明瞭に把握する上で有効であるというものです。点額法師自身も含めて、人間どうしても目先の出来事につられたり、今現在の結果を単純に過去・未来に敷衍して物事を考え、決断してしまう所があります。そんな悪しき思考の単純化の解毒剤として反実仮想と言う思考方法を上手く使っていけるようになりたいと思わされました。
(w ̄;)
ジブン、ダボハゼナミニタンジュンナトコロガアルカラナァ・・・・。
もう一点は、あらゆる時代を通じて見出せる普遍性と時代毎の特殊性(一言で言えば「不易流行」とでも申しましょうか)の両者に注意深く目を光らせることの重要性が陰に陽に強調されていることです。権力闘争に於ける生き残り術については人類史上屈指の人物たる毛沢東も、その文書の中で「戦争全般における普遍的法則性と中国革命戦争に於ける特殊性の両者を正しく把握しない限り、勝利を手にすることはできない」といった旨を申しております。現実の政治世界で功績を挙げる人物の思考方法が、掲げる主義主張に関係なく、似通ったものになってくる点が実に興味深く印象に残ったことでした。

日々のニュースを単なる”断片”として味わうことに飽き足らなくなった人にお勧めの一冊です。

2008年11月7日金曜日

第百五十段 オバマ次期大統領は石油の使者か?

去る2008年11月4日の米国大統領選で勝利し、次期大統領の座を射止めたオバマ氏。その彼がどんな政策を打ち出してくるのか? そしてそれが日本や世界にどんな影響を与えるのか? について様々な人々が希望或いは恐怖を込めて予想を語っております。点額法師もそんな口さがない京雀の群れの一員となり、独断と偏見に満ちた見通しを示してみようかと思います。

結論として、オバマ政権は日本の石油戦略・安全保障戦略にとって望ましい状況を作り出してくれる可能性がある、と点額法師は考えます。何故そのような結論を導き出したか、以下の文章でご説明致します。

大統領選でブッシュ政権からの「Change」を掲げて大勝を収めたオバマ氏ですが、意外に「Change」の余地は無いかと思われます。というのも第二期に入ってからのブッシュ政権は、外交では穏健な国際協調主義、経済政策についてはウォール街に口も金も出す介入主義に転じているからです。

外交面の変化について、第一期ブッシュ政権(特に911テロ後の)は、卓絶した軍事力を背景に「世界をアメリカにとって安全なものに作り変える」という一大戦略の下、先制と単独行動を行動原理とした国際秩序の変革者(破壊者)として行動しました。その戦略がイラクで頓挫した結果、第二期ブッシュ政権は地域大国や国連との協調を中心とした現状維持・安定優先の外交スタンスに舵を切ります。このことは、極東アジアに於いては六カ国協議や中国に対する抑制された態度、中東に於いては国連常任理事国や欧州との協調を優先した対イラン政策を見れば一目瞭然です。

経済面の変化について、当初のブッシュ政権は民間の自由な経済活動に対して不介入主義を旨としてきました。ところが、住宅バブルの崩壊が世界を揺るがす一大金融危機に発展するや、金融機関への公的資金の投入や市場規制の強化といった介入主義に転じております。

つまり、オバマ氏が大統領選で掲げた国際協調的な外交政策、経済に対する政府のコントロール回復は、既に第二期ブッシュ政権で大枠として採用済みの路線と言えます。従って、オバマ氏が選挙期間中に訴えた外交政策や経済政策を実行に移した場合、意外な程に前政権との違いが見えにくいものとなる可能性が高いと言えます。これは「Change」を最大の旗印とするオバマ政権にとって非常に厄介な問題となります(有態に言えば、飽きられて次の大統領選が危うくなる)。

そこでオバマ政権には、前政権との違いを明確に示す政策を実施する必要が出てきます。その切り札として有力な存在が、オバマ次期大統領が選挙期間中に度々口にしてきた「イラク撤退」と「アフガン安定化」です。一方でオバマ次期大統領が引き継ぐことになる米国には、「イラク撤退」と「アフガン安定化」を独力で達成するだけの資産は殆ど残っていません。よって誰か有力な協力者を獲得しなければならないのは自明の理。ならばその協力者とはどの国か? 地理的配置と政治的影響力を考えれば、その最右翼はイランとなるでしょう。パキスタンやインドと言った前例を考えれば、米国が「平和的」核開発の容認と経済制裁解除を実施し、イランがイラク、アフガン安定化に向けた対米協力を行うという形で、米・イラン関係が電撃的に改善する可能性があります。

そこで出てくるのが日本。少資源国日本にとって、イランの豊富な原油(2005年時点埋蔵量世界2位)・天然ガス(2005年時点埋蔵量世界2位)は真に魅力的な存在です。実際に日本は2005年時点で原油輸入量の13%程度をイランから購入しています。と同時に、今までイランが日本の同盟国たる米国と緊張した関係にあったため、日本のイランに於ける資源権益は日米同盟の不安定要因ともなってきました。もしオバマ政権の米国が、政治的必要性の命じるままにイランとの関係改善に動いた場合、日本にとっては日米同盟への悪影響を心配することなく、イランでの資源権益獲得に邁進できるという夢のような環境が現れることになります。

同時に、日本にとって安全保障上の脅威となっている中国の軍備強化に一定の制限を加えることも可能となるかもしれません。日本とイランとの経済関係が強化され、その結果として流入してきたジャパンマネーをイランが軍事費につぎ込んだ場合、イスラエルや欧州への脅威度が上昇することになります。当然彼らは日本に懸念を伝えてくるでしょうが、この時日本は次のように言えばよいのです。「君たち(欧州やイスラエル)は中国に兵器や軍事技術を売却・提供している。それが止むまで我々はイランに金を流し続ける」と。

実際にオバマ政権の米国とイランとの間で関係改善があるかは、神のみぞ知る所ではありますが、一つの可能性として考慮に入れておくのも悪くないかと思われます。( ̄w ̄)

2008年11月6日木曜日

第百四十九段 音速の遅い読書『イエズス会の世界戦略』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の一冊

イエズス会の世界戦略 (講談社選書メチエ)
高橋 裕史
単行本
講談社
発売日 2006-10-11

アマゾン通販

「イエズス会」というと、現代日本では、日本史に於けるフランシスコ・ザビエルとの関係や上智大学の経営母体といった認識のされ方が一般的なものだろう。ただ、この組織をもう少し詳しく見てみると、会員数2万人、展開地域は112ヶ国に及ぶという巨大組織としての顔が浮かび上がってくる。

しかし、その巨大組織も16世紀スペインで産声を上げた時は、創始者たるイグナティウス・ロヨラを含めて7人の超零細修道会に過ぎなかった。そんな弱小勢力がどのようにしてカトリック最大の男子修道会に成長していったのか、その過程で発生した資金や組織運営の在り方といった問題にどう対処していったのかを記したのが、今回取り上げる『イエズス会の世界戦略』である。

本書の中で点額法師が興味を覚えたのが、第四章「「情報」の収集・分析とイエズス会」と第六章「神の使者たちの「錬金術」」である。

まず第四章「「情報」の収集・分析とイエズス会」であるが、16世紀のイエズス会は誕生間もない時期から活動範囲が急速に拡大し、新大陸から日本に及ぶまでの文字通り地球規模で布教範囲が広がっていた。そんな状況下でイエズス会は如何にして各地域の情報を集め、分析し、宣教活動に役立てていたのか? 当該章ではインド洋から日本に至る地域を管轄したイエズス会インド管区を例として取り上げて分析・説明している。それによれば、イエズス会は書簡を通じて各布教地の情報をローマ本部に一元的に集め、分析する一方で、複数管区間で情報の開示・共有の徹底を求める規則を定め、ローマ本部―布教管区といった上下方向情報伝達回路のみならず、A布教管区―B布教管区という水平方向の情報伝達回路を構築することで、より現場の実態に即した布教戦略を採ることを可能としていたという。巨大化した組織を効率的に運用していくには、ある程度各部門の自主性に頼らざるを得ないが、その時に部門部門がベストな判断を下していくことを水平方向の情報伝達を密にすることで支援し、一方で各部門の自主的な動きが割拠主義や遠心力に転じないように、中枢部が下部門の動きに目を光らせるという、現在の組織経営論にも十分に適用できそうな話に興味をそそられた。

次に第六章「神の使者たちの「錬金術」」である。如何に神聖・崇高な理念・使命を掲げていても、この世で組織を維持・運営していくには、どうしても先立つものが必要となってくる。ではイエズス会はその活動資金をどのようにして調達してきたのかを取り扱ったのが当該章である。これによると、16世紀イエズス会の資金源としては「信者からの喜捨」、「ローマ教皇からの給付金」、「ポルトガル王からの給付金」、「各地域の不動産収益」等があったが、「信者からの喜捨」や「各地域の不動産収益」は安定性や額の大きさといった面で有望な資金源とは言えず、「ローマ教皇からの給付金」や「ポルトガル王からの給付金」に依存する面が大きくなっていった。だがこれも安定性に欠ける面があったため、やがてイエズス会自身がポルトガル王等から認可を受けて香辛料や生糸貿易に乗り出していくことになっていったという。その経過やそうやって集めた資金が具体的にどんなことに支出されていったのかが、「プラクドール」という財務・会計担当司祭の地位向上といった事例と共に活写されており、これがまた滅法面白い。

成功する組織、生き残り続ける組織といったものは、時代や所属する宗教・文明を超えて似通ってくるものである。全章を読了した時、そんな感想が脳裏をよぎった。

2008年11月5日水曜日

第百四十八段 アメリカ大統領選決着

予備選の段階から幾つもの下馬評、固定観念を薙ぎ倒して展開してきた2008年米国大統領選。それが遂に決着を見ました。

勝者は民主党のオバマ-バイデン・コンビ。獲得選挙人数は競争相手の共和党マケイン-ペイリン・コンビにダブルスコアの差をつける334人(因みにマケイン-ペイリン・コンビは157人の獲得に止まった)。

当ブログの第百四段で点額法師はマケイン候補の当選を予想しておりました。その時の根拠として挙げたのが、予備選でオバマ氏と民主党大統領候補の座を激しく争ったヒラリー氏の支持者たちが、2012年大統領選を睨んでマケイン支持に傾くという見通しでした。ところが、現実には民主党支持者の大分裂と言う事態は起こらず、寧ろ無党派層も長年の共和党政権への不満や飽き等を背景にオバマ支持に流れ、オバマ大勝の流れを形成しました。また、国際金融市場の暴風雨による実体経済の落ち込みが、与党共和党への逆風となったことも見逃せないでしょう。

しかし、オバマ大統領が率いることになる次期政権ですが、下手に期待水準が高い分、何かの拍子にそれが暗転した時のショックが恐ろしゅう御座いますな。これは何も「チェンジ」に沸き立つ米国内に限った話では御座いません。イスラム圏では「オバマ氏がイスラム教徒だ」という噂が広がり、米国の外交政策がイスラム世界に宥和的なものになることへの期待が膨らんでいるとか(出典:ブルームバーグ 何やら中世ヨーロッパに広まったプレスター・ジョン伝説を彷彿とさせます)。そんなイスラム圏の(一方的で不正確な)期待が果たされなかった場合、彼らの(手前勝手な)怒りがどのようにして爆発することになるのやら・・・・?

そして、非WASPの若くカリスマに溢れた民主党大統領というと、どうしてもダラスの事件に考えが及んでしまうのは仕方のない所。アメリカの卓絶したハード・パワー、ソフト・パワーを前提とした今までの国際的な政治経済秩序の揺れが暫く続くであろうことを考えると、あまり実現して欲しくはない可能性では御座います。が、はてさてどうなる事やら(それでも外交通で上院議員生活の長いバイデン氏が副大統領に控えていることを考えれば、マケイン-ペイリンで類似のケースが発生した場合より、遥かに安心感はある)。

当年とって47歳と言う若き大統領がこれからどのような歴史を紡いで行くか? 神ならぬ浅学非才の身にはわかりかねますが、唯一つ、唯一つの望みを申せば、この若き大統領とそのブレーンたちには、「世の中には正義、人権、民主主義よりも、まず安定、秩序、均衡が優先されるべき領域がある」ということ理解した上で様々の決断を下して欲しいものです(さもなくば、イラクを泥沼と化し、自らもそこに沈んだ第四十三代大統領の轍を踏みましょうぞ!)。

2008年11月4日火曜日

第百四十七段 音速の遅い読書『猫神やおよろず 1』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の一冊

猫神やおよろず 1 (1) (チャンピオンREDコミックス)
FLIPFLOP
s
コミック

秋田書店
総合評価 5.0
発売日 2008-0
5-20
アマゾン通販

二十一世紀のこの世でも、神様の数はいと多く。曰く、ちよろず、やおよろず。

そんな出だしで始まる、神様たちの活躍絵巻が本書の内容。
とはいっても、アイアン・メイデンや火刑、異端審問官、自爆テロに思想言論弾圧といった物騒極まりないものを世に蔓延らせ、魔女やら悪魔やら異教徒やらの絶滅に血道をあげる神様は出てきません。(ぉ

本書に出てくる神様といえば、レゲー中毒(レゲエに非ず)だったり、コンビニでビールを買ったり、官憲に道を尋ねたりするぐらい、現代日本に溶け込んでおります(でも、扶養控除の頭数には入らないらしい・・・・)。そんな何とも人間臭い神様たちと人間の繰り広げる日常ストーリーが、穢濁悪逆が横溢する世の中で冷え切ってしまった心をほっこりと暖めてくれます。(´ヮ`)

数あるお話の中で、投資家点額法師にとって最も印象に残ったのが「貧乏神インスペクト」というお話。要するに貧乏神が主人公の猫神様が住む街にやってくる話なわけですが、その貧乏神様と言うのがまた凄い武勇伝を噂される大物。具体的に言えば世界恐慌を始め、様々のバブル崩壊のトリガーを引いたとされる強力貧乏神。そんなのが街に乗り込んできた日には・・・・。((((;゜Д゜)))
その顛末の如何は本書を参照して頂くとして、何とも含蓄があるのが、好況と不況、生と死、幸と不幸がどうしようもなく不可分であるというくだり。普通に読んでも実に味わい深いシーンなのですが、点額法師が本書を購入した2008年5月は世間的にはコモディティ・バブル華やかなりし時代。その熱に浮かされて、当時のブログ第五十三段で点額法師は以下のようなことを書いております。

↓熱病の記憶


今にして思えば、この時点で既に貧乏神様はアップを開始していたのでしょう。

その後の金融大海嘯(中国では今回の世界的金融危機をこう呼んでいるとか・・・・)で直撃を受けて現在に至る投資の軌跡を回顧する時、件のくだりが実に身に沁み入ってくるように思われるのです。
と同時に、ペイバックタイムもいずれ訪れるでしょうと、落ち着いた気分にもさせてくれます。VIXやバルチック海運指数の動きを見ると、まだまだ貧乏神様のバブル潰しは続きそうですが、果たして第2巻が出る頃にはどうなっていることやら・・・・? 

まぁ、慌てず騒がず、落花流水の心持と神様たちのゆる~い日常ストーリーをお供に、ゆっくりじっくり機を見計らっていきますかねぇ。
( ̄w ̄)

2008年11月1日土曜日

第百四十四段 音速の遅い読書『アメリカ外交の大戦略 先制・単独行動・覇権』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の一冊。

アメリカ外交の大戦略―先制・単独行動・覇権
ジョン・ルイス ギャディス
単行本
慶應義塾大学出版会
発売日 2006-11

アマゾン通販

副題に掲げられている「先制・単独行動・覇権」という外交スタンスは、世間一般の理解ではブッシュ(ジュニア)政権の専売特許として受け止められている(もっと粗雑な議論になると、その淵源がジョージ・W・ブッシュ大統領の個人的資質や陰謀論に結び付けられていたりもする)。

しかし、米国に於ける冷戦史研究の泰山北斗たるジョン・ルイス・ギャディス博士は、この本の中で「先制・単独行動・覇権」というブッシュ政権の外交スタンスは、911テロの洗礼の中から生まれた突然変異的な戦略ではなく、寧ろ19世紀アメリカの外交スタンスへの先祖返りとして見るべきものであることを、米国の歴史を振り返りながら指摘している。

博士の記述によれば、まず第一に、19世紀米国の周囲には、広大なフロンティアのみならず、カナダに英国、アラスカ及びサンフランシスコに至る米国西海岸にロシア、フロリダにスペインといった具合に欧米列強の植民地が存在した。そうした各植民地で本国政府の統制が及ばないもの、米国が掌握しきれていないフロンティアといった「力の真空地帯(ギャディス博士はこれを現在で言う所の「破綻国家」になぞらえている)」は、容易に米国に敵対的な先住民、盗賊・海賊の類の巣窟と化していた。

また、第二に、19世紀米国には、他国との条約締結は、米国を他国の面倒事に巻き込ませるものだというコンセンサスが存在していた。

第三には、ドングリの背比べ的に似通った力を持った諸国が割拠する欧州では、「勢力均衡」と言いながらも、外交関係は均衡点で安定することはなく、寧ろ長年にわたって戦乱を繰り返してきたという事実があった。

以上三点を踏まえて19世紀米国の外交官(そしてギャディス博士が「大戦略家」と評する)ジョン・クインシー・アダムズは、災厄の淵源となるかもしれない対象に対する「先制」、米国はその安全を他国の善意・力ではなく自国の力に依拠すべきである、従って、他国との国益の調整をおこなうような義務は負わず、米国の国益が挑戦を受けた時も他国との相互援助を制約すべきではないとする「単独行動」、同じような実力を持つ諸国家の共存を前提とする「勢力均衡」が安定と平和の獲得に役に立たない以上、米国は北米を中心に領土、国力の面で卓絶した勢力となることで、地域に平和と安定をもたらすべきであるとする「覇権」、以上三つのコンセプトをセットとした戦略を構築する。この三位一体の戦略は、その後の米国の基本的な戦略として機能し続け、米国は西半球の大国として安定と平和を享受することになる。

転機が訪れたのは第二次大戦の勃発である。空母や航空戦力の発達によって今まで米国を西半球に専念させてきた太平洋・大西洋の距離による安全保障が機能しなくなる中で、米国は外交戦略の再検討を迫られることになる。時の大統領フランクリン・ローズヴェルト(以下「FDR」と表記)は、今まで米国が採ってきた外交戦略を支える「先制・単独行動・覇権」というコンセプトの中で、最も優先されるべきものは「覇権」であると考え(但し、アダムズの「覇権」の範囲が西半球の域を一歩も出なかったのに対し、FDRのそれは世界を対象としていた)、それを実現・維持するための手段として、過去にウィルソンが確立しようとして挫折した「多国間協調主義」と時に冷酷なパワーポリティクスの論理を上手く接合することに成功する。この時FDRによって確立された新戦略が第二次大戦後から911勃発に至るまでの米国の規定戦略となっていく。

そして2001年9月11日に発生した911テロ。FDRの新戦略があくまで「国家を主体とした世界」を想定して作成されたものである以上、国家ではないテロ組織が米国及び他の主権国家の安全を脅かす時代に、そのままでは対応しきれないものであることは自明の理。では、米国はどのようにして新たな脅威の時代を生きていくべきかを考えた時、現ブッシュ政権が採用したのは、アダムズ戦略への回帰であったというのが、ギャディス博士の結論。

本書では、上記結論を踏まえた上で、復活したアダムズ戦略は果たして上手く機能しているのか、主役の座を降りることになったFDR戦略にもまだ十分な利用価値があるのではないかといった所まで、論を進めている。文体は簡潔にして研ぎ澄まされた刃の様な美しさも感じる(これは訳者の力も非常に大きいと思う)。当段では省略した米国外交の軌跡やFDRのしたたかさも含め、過去との生き生きとした対話によって現在・未来の見取り図を示す賢人の冴えを堪能できる一冊ではないか。