2008年11月17日月曜日

第百五十五段 チベットの暗澹

チベットの方がどうもキナ臭くなってきた。共同通信社が伝える所では、ダライ・ラマ十四世を中心とする穏健派が主導してきた「高度な自治」の対極に位置する「完全独立」を望む声が高まっているらしい。

3割が中国からの完全独立を要求

チベットで強硬意見浮上

  【ダラムサラ17日共同】チベット亡命政府のカルマ・チョフェル議長は17日、チベット人による緊急会議が開幕したインド北部ダラムサラで記者会見し、中 国との対話方針に関し、チベット自治区内に居住するチベット人約1万7000人の意見を集約することに成功、うち約3割が中国からの完全な独立を要求する と回答したことを明らかにした。

 チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世がこれまで推進してきた、独立ではない「高度の自治」を求める「中道のアプローチ」が失敗したことを受け、チベット内部でも独立を求める強硬意見が浮上していることを裏付けた。

 同議長は意見集約の具体的な方法などは明らかにしなかったが、5000人以上が中道のアプローチの手法を転換し、完全な独立を求めるべきだと主張した。(出典:共同通信

ここで中国政府にとってのチベットの価値というのを考えると、金属資源の供給地、インドとの緩衝材等色々と思いつくが、やはり大きいのは水資源の供給地としての側面だろう。地図を見れば一目瞭然だが、チベットは長江、メコン河、紅河といった大河の水源地である。有態に言えば、チベットは華南から東南アジア大陸部、インド・ベンガル地方に至る広大な地域の水甕として機能している。もしここが中国政府の手から離れた場合、中国政府は水資源を梃にした東南アジア地域への影響力拡大を断念させられる他、自分たち自身が「渇水か服従か」を迫られる悪夢にうなされることになる(仮にチベット亡命政府が「そんな脅迫は考えていない」と言った所で、中国政府がそれを信用することはないだろう。相手が自分たちが長年虐げてきた相手なら尚更そうだ)。従って中国がチベットの支配権を弱めることは非常に考えにくい。たとえダライ・ラマ十四世に同情的な国際世論(というか欧米世論)が非難の声を挙げようとも・・・・だ。

そう考えると、チベット亡命政府の中で強硬意見が勢力を拡大することは、逆説的だが中国にとって悪い話ではない。

まず第一に、穏健派の中心であるダライ・ラマ十四世の追い落としが期待できる。チベット問題における中国に批判的な欧米世論は、ダライ・ラマ十四世の努力や人脈によって喚起されている面が大きい。もしダライ・ラマ十四世が失脚した場合、チベットに対する欧米の関心が今まで通り維持されるとは考えにくい。それは中国にとってチベットに対する自由裁量権が拡大することを意味する(要するに誰に監視されることも無く、何でもかんでもやり放題)。

第二にチベット亡命政府の内部分裂が期待できる。歴史上、ある組織が強硬派と穏健派に分かれて凄惨な路線闘争を展開することは珍しくない。今まで穏健派のダライ・ラマ十四世のカリスマによってまとまってきた亡命政府が強硬派と穏健派に分かれた場合、両者の対立が亡命政府自体の瓦解に繋がることを期待できる他、「敵の敵は味方」の論理で対立する両者の一方を抱き込み、チベット問題の円満解決を宣言することも可能になる。

第三に、中国にとってはチベットに対して強硬策を取り易くなる。第一でも述べたが、現在のチベットに同情的な欧米世論は、あくまでダライ・ラマ十四世の対中穏健政策による部分が非常に大きい。もしこれが路線転換され、チベット亡命政府が暴力を厭わない対中強硬策に転じた場合、中国のチベットにおける苛烈な弾圧は正当化し易いものとなるだろう(特にチベット強硬派のテロによって北京や上海で市民・外国人に死者が発生した場合は・・・・)。これにはイスラム過激派との提携が疑われ、急速に欧米世論の同情と関心を失ったチェチェンという実例がある。

今日の国際情勢を鑑みるに、金融危機に喘ぐ世界において、巨大な外貨準備高と(比較的とは言え)高い成長率を誇る中国沿海部を押さえる北京政府の機嫌を損ねてまでチベットに肩入れする主要国家が現れるとは到底考えにくい。従って現時点でチベット問題の帰趨を考えるに、最終的には中国がチベット亡命政府を屈服させる形で落着すると考えるのが妥当な線だろう。