2008年12月7日日曜日

第百六十八段 サルコジ仏大統領、ダライ・ラマ14世と会談

サルコジ仏大統領が、中国の反対を押し切る形でチベット亡命政府指導者のダライ・ラマ14世と会談を行った。経済的魅力を前面に押し出して多くの国々を靡かせてきた中国にとって、ここまで露骨に反発を無視されたのは、最近では珍しいのではないだろうか。

例えば、米国でさえ、今年10月の対台湾武器売却において中国に最大限の配慮を見せている。
というのも、当初台湾が米国側に購入を申し入れていた主要兵器は以下の通り。総額で約100億米ドル(台湾の年間防衛費にほぼ匹敵)に達する豪気な買い物である。

・F-16C/D戦闘機 66機
・ディーゼル潜水艦
・PAC-3(パトリオット迎撃ミサイル最新版) 6セット
・AH-64D攻撃ヘリ 30機
・E-2T早期警戒機
・ハープーン対艦ミサイル
・UH-60輸送ヘリ

以上の中で、台湾の防衛戦略に死活的重要性を持つのが(中国にとっては致命的に厄介なのが)、空海における台湾の優位性を維持するためのF-16C/D戦闘機とディーゼル潜水艦、そして弾道ミサイルの脅威を軽減するためのPAC-3である。そして、上記の内、実際に米国から台湾に売却が決定された武器は以下の通り。

・PAC-3(パトリオット迎撃ミサイル最新版) 4セット
・AH-64D攻撃ヘリ 30機
・E-2T早期警戒機
・ハープーン対艦ミサイル

米国は、台湾にとって死活的重要性を持つF-16C/D戦闘機とディーゼル潜水艦の購入希望を拒絶し、PAC-3については売却数を削減している(従って購入額は約65億米ドルまで減少)。これらは米国が対台湾武器売却にあたって、最大限中国の意向を忖度した結果と推測される。

実際、この武器売却を受けて中国側は形通りの非難を発表したものの、米中軍事交流の中止は今年11月末まで予定されていた高官相互訪問など比較的軽微なものに限定され、10月8日には中国駐米大使が「今後は米国の姿勢を見守りたい」との見解を示して早々に対米非難を打ち切っている。しかも、その後の中国側の対台湾窓口機関である「海峡両岸関係協会」会長陳雲林氏の訪台が予定通り決行されたのは周知の通り。
(参考文献:Foresight 2008年12月号(新潮社) 「台湾への「米国製武器売却」でほくそえむ中国」)

それだけに、今回のサルコジ仏大統領のダライ・ラマ14世との会談は、各国の対中行動の中で異彩を放っているといえよう。しかも、会談場所にポーランド・グダニスクを選んでいることからして、中国に対する強い当てこすりを感じてしまう。
というのも、ポーランド・グダニスクは自主管理労組「連帯」の発祥の地である。その「連帯」が主導したポーランドの民主化が東欧民主化の発火点となり、ソ連崩壊の一因となったことは知られている通りである。そして、この「連帯」が火付け役となった市民運動による民主化・共産党独裁の崩壊こそ、中国が「和平演変」として最も警戒・敵視している事態なのである。
そんな場所で中国指導部が蛇蝎の如く忌み嫌う「分離主義者」の指導者と会談するというのだから、サルコジ仏大統領は本当に思いきったことをしたと言えよう。

ここでフランスの過去の対中行動を回顧すると、90年代の台湾に対するミラージュ2000戦闘機、ラファイエット級フリーゲート艦の売却が思い当たる。この武器売却の結果、フランスは、取引にまつわる贈収賄工作の露見、フランス企業が受注していた広州地下鉄工事や大亜湾原子力発電所の第二期工事の取消といった中国政府によるフランス系企業への攻撃、在中領事館(広州)の強制閉鎖といった散々な目にあった挙句、94年に初めにジュッペ外相(当時)の名義で「仏政府は今後、二度と台湾への武器売却をしない」という詫び状を北京に提出することになった(そしてフランスが態のいい「見せしめ」となったことで、台湾に武器を供給する国は米国に限定されることになった)

一見するとサルコジ仏大統領のダライ・ラマ14世との会談は、90年代フランスの失敗を繰り返す所業にも思えるし、フランスがチベットに肩入れした所で実利的に得るものは無く、寧ろ中国市場へのアクセスに支障をきたしかねないだけなのだから、愚行以外の何物でもないように思える。しかし、そんなことはサルコジ仏大統領や彼を支えるフランス外務官僚たちも百の承知の筈だ。ならば何故、サルコジ仏大統領はダライ・ラマ14世と会談したのか? しかもソ連崩壊の着火点となったポーランド・グダニスクという場所で。そこが分からない。

ダライ・ラマ14世への肩入れを明確にすることでチベット亡命政府内の対中強硬派を牽制し、あくまで穏健派主導のチベット問題解決を図りたいのか? いや現時点で中国側にチベット亡命政府穏健派との話し合いでチベット問題解決を図る意図がない以上、各種リスクを背負ってまでダライ・ラマ14世への肩入れをする価値は考えにくい。寧ろダライ・ラマ14世の国際的求心力低下を印象付け、チベット亡命政府内で強硬派の勢力を伸張させ、強硬派と穏健派の内部抗争を惹起し、暴発した強硬派を中国の手で壊滅させ、内部抗争で弱体化したチベット穏健派を抱き込んだ中国の(中国による、中国のための)「チベット問題解決宣言」を素知らぬ顔で賞賛・承認した方がフランス(そしてその他諸国)にとって話は早いと思われるが・・・・。

中国に対してフランス・欧州が容易い交渉相手ではないことを示すための示威行動か? 米国の失速を背景に、今後の国際的な政治・経済秩序を欧州・中国間で話し合う機会も増加するであろうことは想像に難くない。それを見越して、フランス・欧州が唯々諾々と中国に靡く存在ではないことを広く国際社会にアピールするためのダシにダライ・ラマ14世に使ったということなのだろうか?

それとも、北京オリンピック辺りからフランスや欧州において広まった中国への反発に対する一種のガス抜きとしてサルコジ・ダライ会談が設定されたということなんだろうか? もしそうならば、事前にフランス・欧州と中国で「中国は、サルコジ仏大統領とダライ・ラマ14世との会談を他の政治・経済問題に波及させない。フランス・欧州はその見返りを中国に提供する」といった取引が成立している可能性があるわけで、そうなると当面は遠のいたと思われたEUの対中武器禁輸解除が、逆に早く成立する可能性もでてきたということか。

或いは、確固たる戦略や政策もなく、単に人権や自由といった大義名分に酔ったか、判官びいき的な感情に押し流されるままにサルコジ仏大統領はダライ・ラマ14世との会談を決断したのだろうか?

思いつくままに推測を書き連ねてみたが、やはりサルコジ仏大統領の意図が分からない。ただ、それだけに一層興味深い。果たして中国はこのサルコジ仏大統領が投じてきたくせ球をどう打ち返すのだろう? 本当に興味深い。