2009年1月26日月曜日

第二百一段 音速の遅い読書『日本人狩り―米ソ情報戦がスパイにした男たち』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の一冊。

日本人狩り―米ソ情報戦がスパイにした男たち
小坂 洋右
単行本
新潮社
発売日 2000-08

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当ブログ前段にてサハリンを巡る日露の因縁を取り上げて一文を書いた後、急に読みたくなって手に取ったのがこの一冊。

表題の通り、この本は米ソ冷戦という時代背景の中、極東を舞台とした両国の熾烈な諜報戦の中でスパイとして生きることとなった日本人たちを取り上げている。主人公は二人。一人は終戦間際の樺太でソ連軍の捕虜となり、シベリア抑留からの帰国後にソ連のスパイとなった。もう一人は故郷樺太を蹂躙したソ連への復讐心から米国側スパイとなった。その二人の数奇な人生を縦糸とし、二人の周辺の人々を横糸として織り込んで、冷戦という時代の一断面を鮮やかに浮き上がらせたのが本書である。

本書の中でまず印象に残ったのが、ソ連側のスパイとなった人物が明かすシベリア抑留生活の内実。この箇所を読むと、祖父のことが思い出されてくる。点額法師の母方の祖父(故人)は、第二次大戦当時、関東軍所属の兵士としてマンチュリアにあり、大日本帝国降伏直前のソ連参戦によって捕虜となり、シベリア抑留を経験していた。その祖父が生前ぽつぽつと語っていたシベリアでの抑留生活の有り様と本書の記述が、どうしてもオーバーラップしてくるからだ。

また思い出ついでに書けば、点額法師の出身地は対ソ連の最前線であった北海道なので、安全保障が単なるイデオロギー上の争点や法学・政治学上の論点ではなく、日々の生活に比較的近い位置にあった。例えば、海に行けば海岸沿いの道路脇に「密漁禁止」や「スピード注意」といった看板・標識に加え、「不審船注意」と書かれた看板を目にすることも決して珍しくは無かったし、漁船の張った網が米軍やソ連軍の艦艇によって引きちぎられるといったニュースもそれなりに報じられていた。
その上、点額法師の出身地は北海道の中でも道南という地域であることから、青森県三沢基地駐屯の在日米空軍の訓練空域に含まれており、しばしば低空飛行で学校やダム、役所といった目立つ建物を模擬標的として狙ってくるF-16のジェットエンジン音を耳にしながら日々を過ごしていた。
因みに、94年の第一次朝鮮半島核危機の際は、当然というかなんというか、例年より頻繁に低空飛行のF-16を目撃し、エンジン音を耳にしていた記憶がある(昔はこれらのものが「普通」だと思っていたのだが、京都の大学に進学後、その話を周囲にした所、皆大いに驚き、逆にこっちが面食らった思い出がある)。

閑話休題、冷戦激化を背景としたGHQによる日本占領政策の転換や朝鮮戦争の勃発、米ソの核開発競争等、今や歴史の一コマと化した多くの出来事の裏で、米国人やロシア人のみならず、多くの日本人をも巻き込んだ情報戦が繰り広げられていた。その情報戦こそが本書の見所でもあるのだが、同時にそれに当事者として巻き込まれた(或いは自ら渦中に飛び込んだ)人々のことを思えば、本書に出てくる以下の言葉が胸を打つ。
ロシア人はね、パーミチ、つまり記憶をとても大切にします。ほら、お墓の前には必ずベンチがあり、墓には個人の写真や胸像があるでしょう。訪れた人たちは、ベンチに座り、思い出話を故人に語りかけ、あるいは友人、家族同士で懐かしい記憶をたどるのです。記憶の中で、人は生き続けるのです。
と同時に、転んでもただでは起きない逞しさと楽天家気質を持ち、時にソ連のスパイマスターすら手玉に取りながら、今できる「最善のこと」を追求したソ連側スパイ氏の生き方を見ると、こちらまでもが不思議と楽天的な気分になってくる。修羅場を生き抜く秘訣は、意外にそんな些細な所にあるのかもしれない。

2009年1月25日日曜日

第二百段 日露首脳会談(予定)のその場所は・・・

ロシアのメドベージェフ大統領が、2月にサハリン2でのLNG対日輸出開始式典に合わせ、サハリンでの日露首脳会談を提案したらしい(出典:共同通信)。
このサハリンという島、近現代史を振り返れば日露にとって因縁の地とも言える場所である。

まず日本が徳川250年の泰平の眠りから半ば強引に起こされた19世紀後半に、江戸幕府とロマノフ朝ロシアの間で「日露和親条約」が締結され、サハリン(樺太)については、以下の通り、日露間のグレーゾーンとすることが両国間で合意された。
<日露和親条約 1855年2月7日>
第2条 今より後日本国と魯西亜国との境「エトロプ」島と「ウルップ」島
との間に在るへし「エトロプ」全島は日本に属し「ウルップ」全島夫
より北の方「クリル」諸島は魯西亜に属す「カラフト」島に至りては
日本国と魯西亜国との間に於て界を分たす是迄仕来の通たるへし
(出典:内閣府北方対策本部掲載のものより抜粋 強調部分は点額法師)
その後、明治維新とそれに続く戊辰戦争で江戸幕府に代わって近代国家としての明治政府が登場し、再度、日露間での国境画定交渉が行われ、「樺太千島交換条約」によってサハリン島(樺太)はロシア領、千島列島が大日本帝国領という形で両国の国境が画定されることになった。
<樺太千島交換条約 1875年5月7日>
第一款
大日本国皇帝陛下ハ其ノ後胤ニ至ル迄現今樺太島(即薩哈嗹島)ノ一部ヲ
所領スルノ権理及君主ニ属スル一切ノ権利ヲ全露西亜国皇帝陛下ニ譲リ而今
而後樺太全島ハ悉ク露西亜帝国ニ属シ「ラペルーズ」海峡ヲ以テ両国ノ境界
トス
第二款
全露西亜国皇帝陛下ハ第一款ニ記セル樺太島(即薩哈嗹島)ノ権理ヲ受シ
代トシテ其後胤ニ至ル迄現今所領「クリル」群島即チ第一「シュムシュ」島
第二「アライド」島第三「パラムシル」島第四「マカンルシ」島第五「ヲ子
コタン」島第六「ハリムコタン」島第七「ヱカルマ」島第八「シャスコタン」
島第九「ムシル」島第十「ライコケ」島第十一「マツア」島第十二「ラスツ
ア」島第十三「スレドネワ」及「ウシシル」島第十四「ケトイ」島第十五「シ
ムシル」島第十六「ブロトン」島第十七「チェルポイ」並ニ「ブラット、チ
ェルポヱフ」島第十八「ウルップ」島共計十八島ノ権理及び君主ニ属スル一
切の権理ヲ大日本国皇帝陛下ニ譲り而今而後「クリル」全島ハ日本帝国ニ属
シ柬察加地方「ラパッカ」岬ト「シュムシュ」島ノ間ナル海峡ヲ以て両国ノ
境界トス
(出典:内閣府北方対策本部掲載のものより抜粋 強調部分は点額法師)
この両国間で定められた国境線に変更が生じるのは、マンチュリアと朝鮮半島における日ロ両国の権益衝突に起因する日露戦争勃発(1904年)である。この戦争で辛くも勝利を手にした大日本帝国政府は、米国ポーツマスにおけるロシアとの講和条約によって、サハリン島の南半分(正確に言えば同島の北緯50度線以南の地域)を新たな領土として手にすることになった。
<日露講和條約 :所謂「ポーツマス条約」 1905年9月5日 >
第九條 露西亞帝國政府ハ薩哈嗹島南部及其ノ附近ニ於ケル一切ノ島嶼並該地方ニ於ケル一切ノ公共營造物及財産ヲ完全ナル主權ト共ニ永遠日本帝國政府ニ讓與 ス其ノ讓與地域ノ北方境界ハ北緯五十度ト定ム該地域ノ正確ナル境界線ハ本條約ニ附屬スル追加約款第二ノ規定ニ從ヒ之ヲ決定スヘシ
(出典:田中明彦研究所掲載のものより抜粋 強調部分は点額法師による)
やがてロシア・ロマノフ朝が1917年の革命で倒壊すると、大日本帝国政府は共産主義革命の波及を恐れる欧米列強と共にシベリアに出兵するものの何ら得るものなく終わり、旧ロシア帝国領の継承国家としてソヴィエト連邦が新たに登場することになる。
当初は共産主義を掲げるソ連に強い警戒感を有していた大日本帝国政府だったが、アジア・太平洋地域における米英との対立の深化もあり、ソ連に対して両国間の中立条約を持ちかける。対するソ連もナチス・ドイツとの開戦が近いことを予見していたこともあって提案を快諾し、1941年4月に「日本国及ソヴィエト連邦間中立条約(日ソ中立条約)」が締結された。
1941年12月、日ソ中立条約で後顧の憂いを絶った(と思っていた)大日本帝国は遂に対米開戦を決断し、ハワイ・真珠湾の米国太平洋艦隊に攻撃を仕掛ける。当初は順調に作戦を展開していた大日本帝国だったが、次第に経済力で勝る米国の巻き返しに直面するようになり、1945年時点では寧ろ米国が大日本帝国を押す展開となっていた。
一方ソ連は、米英から対ナチス・ドイツ戦の論功行賞と対日参戦の見返りとして、米英から旧ロシア帝国が日露戦争敗戦で失った極東権益を回復することへの支持を獲得し(所謂「ヤルタ協定」)、1945年4月に翌年で期限切れとなる日ソ中立条約を更新する意思がないことを大日本帝国側に伝え、同年8月に同条約の破棄を宣言して対日戦を開始して、マンチュリア、南樺太、千島列島から大日本帝国の勢力を駆逐することに成功する。
ソ連の急な対日参戦と米国による2回の原爆投下によって、戦闘継続が完全に不可能であることを悟った大日本帝国政府は、ポツダム宣言を受諾して無条件降伏し、一時はアジア・太平洋地域に強勢を誇った大日本帝国は瓦解することとなる。
その後、連合国占領下で行われた諸改革の下で新たに日本国が誕生し、1951年のサンフランシスコ講和会議で独立国として認められ、現在に至っている。
<ヤルタ協定 1945年2月11日>
二 千九百四年ノ日本国ノ背信的攻撃ニ依リ侵害セラレタル「ロシア」国ノ旧権利ハ左ノ如ク回復セラルベシ

(甲樺太ノ南部及之ニ隣接スル一切ノ島嶼ハ「ソヴィエト」聯邦ニ返還セラルベシ
(出典:田中明彦研究所掲載のものより抜粋 強調部分は点額法師による)
以上のように、日本近現代史にとって重要な舞台であり、旧ソ連の継承国であるロシアにとっては輝ける対日戦勝利の地でもあるサハリンで日露関係の今後を話し合うというのだから、その裏にあるロシア側の意図を勘ぐってしまうものもいたしかたない所。「両国間、色々と問題はあるけれど、戦勝国と敗戦国、それを弁えた上で話をしようじゃないか」というロシア側の心声を想像してしまうのは、あまりに穿った見方だろうか。

ただし、イランやイラク、アフガニスタンといった拡大中東に多大な資源を回さざるを得ず、その上、相次ぐ金融危機対策で米国債の健全性にも疑問の声が上がり始めた米国が、地政学的協力(具体的にはアフガンやイラクへの人民解放軍派遣等)や金融面での協調と引き換えに、中国の極東アジアでの勢力拡大(具体的には台湾と朝鮮半島での宗主権確立)を黙認することは十分に考えられるシナリオ(そしてこのシナリオが実現した場合、恐らくASEAN諸国は一気に中国に靡くことになるだろう)。

ならば東と西にあまり友好的とは言えない勢力が存在することになる日本としては、西(中国)と長大な国境線を接し、東(米国)に対しては強い対抗意識を有するロシアという存在は、インドやモンゴルと並んで外交の場で米中と渡り合うには欠かせないカードとも言える。

もし日露因縁の地たるサハリンで両国の首脳会談が実現した場合、日本側の首脳は、川路聖謨や榎本武揚、小村寿太郎や東郷茂徳といった対ロシア・ソ連外交の先人たちに対して恥じない交渉を行うことができるのだろうか。

2009年1月23日金曜日

第百九十八段 音速の遅い読書『老子』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは以下の一冊。

老子 (岩波文庫)
老子
文庫
岩波書店
総合評価 5.0
発売日 2008-12-16

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書誌的な情報を言えば、古代中国の春秋戦国時代に活躍した諸子百家の一つである道家の思想をまとめた書である。ただし、現在の形にまとめられ、著者が春秋戦国時代の伝説的人物たる老子とされたのは、前漢の時代からだとされる。内容の概略としては、世の名利に振り回されることなく、森羅万象の運行を司る「道」と合一した無為自然の生き方を説いている。

同書の説く「無為自然」という生き方と、物欲・金欲の業の中で己の効用最大化を至上命題とし、理と利の計算とその結果に基づく布石打ちに明け暮れる現在の点額法師の在り方とは、一見すると対極そのものと言える。にも関わらず、今回点額法師が『老子』に手を出したのは、別に何か思想的に転向したからというわけでは全くない。

行政学の基礎を築いた学者にして米国第28代大統領にもなったウィルソンは、「人を殺そうとしている男からもナイフの研ぎ方を学ぶことができる」と喝破した。そう、相手の属性・主義や人となりというのは瑣末な問題。重要なのは、相手から如何にして自分に役立つ知識・情報の類を引き出して自家薬籠中のものにするかということ(役に立たぬと判断すれば、早々に「対話」を打ち切り、無駄な記憶は忘却の海に沈めればよい)。点額法師が『老子』に手を出したのも、別にそこに述べられている思想に共感・転向したからではない。寧ろ物欲・金欲をより効率的・安定的に充足させるためのヒントを貪欲に広く求める動きの一環として本書を手にしたのである

それに、単なる「人殺し」を相手にナイフの研ぎ方を学ぶよりは、文字通り二千年以上の長きにわたって戦乱の中国大陸を生き抜いてきた古典に対峙した方が、得る所は大きかろう。

そんな理由で読んでみた『老子』。心に留めておくべきと思わされたのは、以下の通りである。

<老子 第二十四章>
自ら見る者は明らかならず。自ら是とする者は彰われず。自ら伐る者は功無く、自ら矜る者は長しからず。

「みずから見識ありとする者はものごとがよく見えず、みずから正しいとする者は是非が彰らかにできない。みずから功を誇る者は功がなくなり、みずから才知を誇る者は長つづきしない。」

点額法師の過去を振り返るに、少しばかりの知識や成功に得意になり、目には鱗、心に驕りがさして結局最後に痛い目を見るということが少なからずあった。特に「自ら見る者は明らかならず」は肝に銘じ、常に己の足らざるを振り返り、知識の習得に努めようと思う。

<老子 第三十五章>
楽と餌には、過客止まる。故より道の言を出だすは、淡乎としてそれ味無し。之を視れども見るに足らず、之を聴けども聞くに足らず、之を用うれども既す可からず。

「音楽とおいしい食べ物には旅人も足を止めるものである。だが、もとより道が語りかける言葉は、淡々として味がない。目を凝らしても見ることができず、耳を澄ましても聞くことができないが、しかしその働きは尽き果てることがない。」
世の中耳に心地よき言説が方々でひっきりなしに飛び交っている。金融市場で言えばかつての「デカップリング論」や米国住宅市場に対する楽観論等等・・・イチイチ挙げていけばきりがないほどである。しかし、そんな「楽と餌」に人々が酔いしれているうちにも、景気循環は静かに確実に次のステージに移行しようとしていた。世間に蔓延る言説に惑わされることなく、経済潮流の転換点をある程度嗅ぎ分けられるような投資家でありたいものだ。

<老子 第六十三章>
難きを其の易きに図り、大なるを其の細さきに為す。天下の難事は必ず易きより作り、天下の大事は必ず細さきより作る。是を以て聖人は、終に大を為さず。故に能く其の大を成す。其れ軽がるしく諾せば必ず信寡く、易しとすること多からば必ず難きこと多し。是を以て聖人すら、猶お之を難しとす。故に終に難きこと無し。

「難しいことは、それが易しいうちに手がけ、大きいことは、それが小さいうちに処理する。世の中の難しい物事はかならず易しいことからおこり、世の中の大きな物事はかならず些細なことからおこるのだ。そういうわけで聖人は、いつも大きな物事は行わない。だから大きな物事が成しとげられるのだ。いったい、安うけあいすればきっと信用が少なくなるし、易しいと見くびることが多くなればきっと難しいことが多くなる。そういうわけで聖人でさえ、物事を難しいこととして対処する。だから、いつも難しいことにならないのだ」
「千里の道も一歩から」、「ローマは一日にして成らず」にも通じるものがある文章である。そう、難事とはいきなりフル装備の最強形態で突如現れるわけではなく、日々の易事が積み重なった末に現れるもの。日々の小さな努力を倦まず飽きず、諦めずに続ける事こそ大事を為すための要諦。これは特に資格試験において言えることだろう。

・・・・会計士試験頑張ろう。

2009年1月19日月曜日

第百九十七段 バラク・オバマ米国大統領への期待(in UAE)

点額法師がちょくちょく利用しているUAEの英字紙GulfnewsのHPに面白いものが御座います。
それはHP閲覧者投票機能です。

端的に言えば、簡単な質問に対してHP閲覧者が回答用のラジオボタンにチェックを入れ、投票ボタンを押すと今までの投票状況が表示されるというあれです(ロイターのHPでほぼ同じ機能を目にされた方もおられようかと思います)。

で、今回Gulfnewsが質問内容として掲示したのは「オバマ大統領は、あなたの期待に沿った働きをしてくれそうですか?」というもの。対する回答は、「はい」、「いいえ」、「政治家なんてどれも一緒だろ」の三つ。それについて、日本時間AM01:15頃に点額法師が回答した時点での集計結果が以下の通りです。



・・・・意外にGulfnewsのHP閲覧者(恐らく大半はUAEの人々と想像されます)はオバマ大統領に対して醒めた見方をしているようです。( ̄w ̄;)

まぁ如何に大国とは言え、所詮別の国のトップ。それに対して特段希望も期待もしていないというのは、ある意味当然と言えば当然。それにUAE(及び他の中東諸国)からすれば、比較的近い位置に、女性が首相となろうが、不可触民出身者や少数派のイスラム教徒が大統領になろうが、特段それで素晴らしいことが起きたわけでもないインドという存在があるわけで、その意味では、黒人初の大統領という存在に対しても、欧州や日本の一部、そして米国で見られたような熱狂が発生しにくいのかもしれませんねぇ(独断と偏見に満ち満ちた個人的見解ですが・・・・)。

2009年1月18日日曜日

第百九十六段 音速の遅い読書『大学・中庸』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは以下の一冊。

大学・中庸
文庫
岩波書店
総合評価 5.0
発売日 1998-04

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書誌的な情報を言えば、『大学』、『中庸』共にもともと『礼記』の中にあった一篇を独立させたもので、どちらも儒教の重要図書である「四書」に挙げられている。それだけに黴臭い封建道徳のプロパガンダ図書とみなされることも無いわけではないが、戦乱激しき大陸で何百年も命脈を保ってきた図書だけあって、時代や地域を超えて重要だと思わされる記述も多い。そんな『大学』と『中庸』をまとめて一冊の文庫本としたのが、今回紹介する岩波文庫版の『大学・中庸』である。

同書の中で、特に点額法師の印象に残ったのが以下の記述。

<大学 第一章>
物に本末あり、事に終始あり、先後する所を知れば則ち道に近し。

「物事には根本と末端があり、また初めと終わりがある。〔そのことをわきまえて〕何を先にして何を後にすべきかということがわかるなら、それでほぼ正しい道を得たことになるのである」

時間、資源、資金・・・・等等、あらゆる人間の活動には何らかの厳しい制約が往々にして付き物である。そんな中でよりましな結果を出していくには、それぞれの要素に重要度や緊急度に応じた優先順位をつけ、より優先順位の高いものに集中的に限られた時間や資源等を集中的に配分していく必要がある。何時如何なる場合であっても、その順位づけを正しく行える人間こそ、まさに君子と呼ぶに値する人間なのだろう。・・・・今年は自分の行き当たりばったりさを少しでも抑制できるようにしよう。

<大学 第二章>
小人間居して不善を為し、至らざる所なし。

「つまらない凡人は、一人で人目につかぬ所にいると、悪事を働いてどんなことでもやってのける」

何というか、非常に耳が痛い。休日や仕事が早めに終わった時に自分がしていたことを回顧するととても耳が痛い。不善とまではいかなくとも十分に怠惰な過ごし方で時間を浪費している現在の自分のあり方は、まさに小人そのもの(少なくとも君子のそれではない)。いきなりは無理でも少しずつ自身のあり方のベクトルを君子サイドに近づけるように改善・努力をしようと思う。

<大学 第四章>
人はその親愛する所に之いて譬り、その賤悪する所に之いて譬り、その畏敬する所に之いて譬り、その哀矜之いて譬り、その敖惰する所に之いて譬る。故に好みてものその悪を知り、悪みてもその美を知る者は、天下に鮮し。

「人は自分の親しみ愛するものに溺れて偏ったことをし、自分の賤しみ憎むものにとらわれて偏ったことをし、自分の敬いおそれるものにとらわれて偏ったことをし、自分のあわれむものに溺れて偏ったことをし、自分の見くだすものにとらわれて偏ったことをするものだ。そこで、好きなあいてでも同時にその欠点をわきまえ、嫌いなあいてでも同時にその長所をわきまえるという〔公正な判断のできる〕人は、世界じゅうでもまれなものである。」

これは古代ローマの傑物カエサルの言葉として伝わる「人は、ほとんどいつも、望んでいることを信じようとする」に通ずるものがある警句であろう。愛憎、憐憫、傲慢、敬意、その他諸々の感情の動きが作り出した都合のいい状況解釈に引きずられ、対象の本質を見落としてしまう。その果てにロクな結果はあまり無い。己の持つバイアスを自覚し、相手のより深い理解に努める。これは『孫子』の「彼を知り、己を知らば百戦危うからず」にも通じる姿勢と言えよう。

<中庸 第十一章>
博くこれを学び、審らかにこれを問い、慎みてこれを思い、明らかにこれを弁じ、篤くこれを行う。学ばざることあれば、これを学びて能くせざれば措かざるなり。問わざることあれば、これを問いて知らざれば措かざるなり。思わざることあれば、これを思いて得ざれば措かざるなり。弁ぜざることあれば、これを弁じて明らかならざれば措かざるなり。行わざることあれば、これを行いて篤からざれば措かざるなり。人一たびしてこれを能くすれば、己れはこれを百たびす。人十たびしてしてこれを能くすれば、己れはこれを千たびす。果たして此の道を能くすれば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん。

「何事でもひろく学んで知識をひろめ、くわしく綿密に質問し、慎重にわが身について考え、明確に分析して判断し、ていねいにゆきとどいた実行をする。〔それが誠を実現しようとつとめる人のすることだ。〕 まだ学んでいないことがあれば、それを学んでじゅうぶんになるまで決してやめない。まだ質問していないことがあれば、それを問いただしてよく理解するまで決してやめない。まだよく考えていないことがあれば、それを思索してなっとくするまで決してやめない。まだ分析していないことがあれば、それを分析して明確になるまで決してやめない。まだ実行していないことがあれば、それを実行してじゅうぶんにゆきとどくまで決してやめない。他人が一の力でできるとしたら、自分はそれに百倍の力をそそぎ、他人が十の力でできるとしたら、自分は千の力を出す。もしほんとうにそうしたやり方ができたなら、たとい愚かな者でも必ず賢明になり、たとい軟弱な者でも必ずしっかりした強者になるであろう。」

・・・・何だか公認会計士資格勉強や投資活動で自分に欠けているものを直截的に指摘されているような文章である。いやでもどうしようもない愚者・弱者であっても、それを悔い改めて日々努力すれば賢者・強者の境地に辿りつけるとしているのが、この文章の救い。

驚き呆れるようなあさましき事柄の頻発する末法乱世の世の中にあって、結局頼れるのは己の才覚。ならばそれをどのようにして鍛え上げていくかについて、貴重な示唆を与えてくれる一冊と言えよう。

2009年1月16日金曜日

第百九十四段 サウジとパキスタン、対テロ協力強化で合意

2009年1月15日のパキスタン英字紙Business Recorder紙に、以下のようなニュースが掲載されていた。
Prince Muqran assures all-out help in rooting out terrorism
RECORDER REPORT
ISLAMABAD (January 15 2009): Saudi intelligence chief Prince Muqran bin Abdul Aziz has assured his country's full co-operation to Pakistan in elimination of terrorism and extremism. He stated this during a meeting with advisor to Prime Minister on Interior, Rehman Malik here on Wednesday.

Interior Secretary Syed Kamal Shah, DG National Crisis Management Cell, Tariq Lodhi and a five-member Saudi team also participated in the meeting. Saudi intelligence chief appreciated the efforts of Pakistani law enforcement agencies in combating terrorism and normalising the law and order situation in the country. He said that Saudi Arabia wants to further enhance defence co-operation with Pakistan. Rehman and Muqran also discussed matters of mutual interest and ways to bolster bilateral trade and economic co-operation between the two countries. Rehman Malik informed the Saudi intelligence chief about the operation against extremists and terrorists in Pakistan.

Meanwhile, the delegations of the two sides also held talks and exchanged information to curb terrorism and extremism. The sides also discussed issues pertaining to co-operation and training of the law enforcement agencies.(出典:Business Recorder)

要するに、パキスタンとサウジの治安・情報機関トップ間で、対テロ協力の強化を主目的とした会合が持たれ、両国は対テロ協力を中心に今後も二国間関係を一層強化していく方向で合意したというのが記事の大まかな内容である。

従来よりパキスタンとサウジアラビアはイラン(そしてかつては旧ソ連)という共通の脅威に対抗するため、軍事面を始めとして強い協力関係を有してきた(サウジが保有する弾道ミサイルも、中国製のものをパキスタンが仲介したものだと言われている)。その両国が今このタイミングで改めて関係強化を前面に出してきたのも、やはりイランの動向を睨んでのものと考えられる。

今世界の耳目はガザ紛争に集まっているが、そのガザ紛争の一方の当事者であるイスラム過激派組織ハマスのスポンサーとして積極的に武器や資金を供給してきたのがイランである。またガザ紛争に乗じる形でレバノン南部からイスラエル挑発のためのロケット弾攻撃を加えているイスラム過激派組織ヒズボラの最大の庇護者もまたイランである。

そのイランがヒズボラとハマスをイスラエルに嗾けて紛争をエスカレーションさせることは、イスラエルに敵愾心と憎悪を強めるアラブ民衆の間でイスラエルと戦うハマスやヒズボラ、ひいては彼らの親玉であるイランの声望を高めることになろうし、同時に怒れる民衆と西側諸国との関係を慮って慎重に動こうとする中東諸国政府との亀裂を拡大させることで各国の政情不安を惹起しかねない。そのことは、世界の原油の大半が埋まる中東・湾岸地域でイランの影響力を増大させる方向に作用するものと考えられる。これはイラクやペルシャ湾、アフガンやバルチスタンを巡ってイランとの対立を抱えるサウジとパキスタンにとっては看過し得ない事態と言えよう。

そう考えると、今回のニュースは、イランを東と南から挟み込むように存在するパキスタンとサウジが、ガザ紛争を煽り拡大させることの無いよう、イランに向けて放った牽制のメッセージと見ることができるのではないだろうか。

2009年1月12日月曜日

第百九十三段 米・イラン和解の兆候?

少し音速が遅くなってしまうが、1月10日の共同通信に以下のようなニュースが載っていた。

イスラエルの支援要請米が拒否

イラン空爆で、米紙報道

 【ニューヨーク10日共同】米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は10日、イスラエルが昨年、核兵器開発を阻止するためイラン空爆を計画、米政府に軍事支援を要請したがブッシュ大統領が拒否していたと報じた。

 同紙によると、イスラエルは(1)地下深くまで貫通する特殊貫通弾(バンカーバスター)の供与(2)イラン中部ナタンツの核施設まで飛行するための給油支援(3)米軍が管理するイラク上空の飛行許可-を求めた。

 米政府はイラクに展開する米軍が巻き込まれ、中東での全面戦争になりかねないなどとして要請を即刻拒否したという。

 同紙はイスラエルがイラン攻撃を立案した背景として、米政府が2007年12月に発表した国家情報評価(NIE)で「イランが03年秋に核兵器計画を中断」とイランの脅威を低く評価、独自に対処する必要があると危機感を抱いたためとしている。(出典:共同通信)


そして12日にはロイターが以下のようなニュースを伝えた。


オバマ次期米大統領、

対イラン政策で新姿勢示す考え

[ワシントン 11日 ロイター] 米国のオバマ次期大統領は11日、イランに対して新たなアプローチで臨むことを明らかにした。イランの人々への敬意を強調し、米国がイラン指導者に何を求めるかきちんと説明するものとしたい意向。

 オバマ次期米大統領は、ABCの番組「ジス・ウィーク・ウィズ・ジョージ・ステファノポロス」でインタビューで「イランはわれわれにとって最大の チャレンジの1つだ」と述べ、イランのレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラへの支援に懸念を示した。また、イランの核濃縮施設についても、中東の軍 拡競争につながる可能性があるとの見方を示した。

 オバマ次期大統領は、ブッシュ大統領の政策から転換する過程でイランとこれまでよりも幅広い関わりを持っていく考えを示し、「われわれは新たなアプローチを取らねばならないだろう」と語った。

 新たなアプローチでは、米国はイラン国民の大志に敬意を払っているとのメッセージを送るが、米国が国際社会に属する国家の行動に一定の期待を持つとのメッセージも伝える予定だとしている。

 米政府はイラン政府が核兵器を保有しようとしていると非難。一方、イランは同国の核開発は発電のためで平和目的だと主張している。

 オバマ次期米大統領は、イランが核開発をやめるよう経済的インセンティブを用意するが、仮にイランが核開発の中止を受け入れない場合はより厳しい経済制裁を行う可能性もあるとの考えを示している。(出典:ロイター)

この二つのニュースは、米国がイランに向けて発した関係改善のサインではないのか?
確かに現在の所、米国とイランは鋭い対立関係にある。しかし、第二次大戦終結後から今日に至る米国とイランの複雑な愛憎関係を全く無視したゼロ・ベースで考えてみれば、米国とイランは互いに交換可能なカードを保有していることに気付かされる。

具体的に言えば、米国にとって現在はまっている二つの泥沼、アフガニスタンとイラクの状況を改善するには現地のシーア派勢力に影響力を有するイランの協力が不可欠。そして最近火を噴いたガザをあくまで世界経済には実害の無いローカルな人道上の危機にとどめるのにも、ハマスやレバノンからイスラエルに睨みを利かせるヒズボラのスポンサーであるイランの協力は不可欠。一方、イランにとって空爆の恐怖に怯えることなく核開発を進めるにはせめて米国の黙認は欲しい所。そして長年の欧米の制裁によって疲弊したイラン経済を立て直すには、米国との関係改善は避けては通れない道(他にも、イラン側が提供するとは考えにくいが、核開発や弾道ミサイルに係る北朝鮮や中国との協力・取引の情報も米国にとっては喉から手が出るほど欲しい情報だろう)。

以上のように互いに必要とするものを抱えた両国が対立を続けるというのも不自然な話である。そして歴史を鑑みれば、米国は各政権の「最重要課題」解決のために、今までの経緯・歴史を無視した電撃外交を行うことがしばしばある。代表的なものとしては、ソ連や北ヴェトナムに対する有利な交渉ポジション獲得を念頭に置いた中華人民共和国との国交正常化然り、対テロ戦争協力獲得のための対インド・対パキスタンへの経済制裁解除と核保有の黙認然り。

従って、当ブログでも何度か取り上げているが、米国がアフガニスタンやイラク、そしてガザ危機での協力と引き換えに経済制裁解除と核開発容認(黙認)を柱とするイランとの電撃和解を行う可能性は十分にあると考えられる。

日米安保を外交基軸に据え、同時に原油供給の9割程度を中東湾岸地域に負っている、そしてイランと武器や核開発で取引のある国々(北朝鮮、中国、そしてロシア)に地理的に囲まれている日本としては、米・イラン和解が自国に与える影響を事前に注意深く検討しておく必要があるのではないか。

第百九十二段 東側と西側の境界から運と不運の境界へ

澎湖諸島という地域が御座います。台湾海峡に存在する諸島で、現在は台湾政府の実効支配下にあります。

東アジアの近現代史に多少なりとも知識のある御仁であれば、日清戦争終結にあたって日本と清国との間で締結された「下関条約」によって敗戦国清国から戦勝国日本に割譲された地域の一つとして、

<下関条約(正式名:日清媾和條約)>
第二條 清國ハ左記ノ土地ノ主權竝ニ該地方ニ在ル城塁、兵器製造所及官有物ヲ永遠日本國ニ割與ス
一 左ノ經界内ニ在ル奉天省南部ノ地
鴨緑江口ヨリ該江ヲ溯リ安平河口ニ至リ該河口ヨリ鳳凰城、海城、營口ニ亙リ遼河口ニ至ル折線以南ノ地併セテ前記ノ各城市ヲ包含ス而シテ遼河ヲ以テ界トスル處ハ該河ノ中央ヲ以テ經界トスルコトト知ルヘシ
遼東灣東岸及黄海北岸ニ在テ奉天省ニ屬スル諸島嶼
二 臺灣全島及其ノ附屬諸島嶼
三 澎湖列島即英國「グリーンウィチ」東經百十九度乃至百二十度及北緯二十三度乃至二十四度ノ間ニ在ル諸島嶼
(出典:田中明彦研究室掲載のものより抜粋 強調部分は点額法師による)


または、第二次大戦後に中国共産党によって台湾へと逐われた蒋介石・国民党政権が米国との間で締結した「米華相互防衛条約」(1979年に米中国交樹立に伴って無効化)において台湾本島と並んで米軍が防衛対象とした地域として想起されるでしょう。

<米華相互防衛条約>
第五条
各締約国は、西太平洋地域においていずれか一方の領域に対して行なわれる武力攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
前記の武力攻撃及びその結果として執つたすべての措置は、直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執つたときは、終止しなければならない。

第六条
第二条及び第五条の規定の適用上、「領土」及び「領域」とは、中華民国については、台湾及び澎湖諸島をいい、アメリカ合衆国については、その管轄権の下 にある西太平洋の諸島をいう。第二条及び第五条の規定は、相互の合意によつて決定されるその他の領域についても適用される。


第七条
台湾及び澎湖諸島の防衛のために必要なアメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍を、相互の合意により定めるところに従つて、それら及びその附近に配備する権利を中華民国政府は許与し、アメリカ合衆国政府は、これを受諾する。
(出典:田中明彦研究室掲載のものより抜粋 強調部分は点額法師による)

映画好きの方であれば、「スパイ・ゲーム」において主人公ネイサンが中国に囚われたかつての部下を救うために立案した「ディナー・アウト作戦」の決行部隊(米海兵隊)が駐留していた地域として想起されるかもしれません(澎湖諸島に米国海兵隊の部隊(しかも隠密作戦を主任務とする部隊)が駐留しているという映画の設定も、同諸島が辿ってきた歴史的背景を考えれば十分にリアリティがあろうかと思われます)。

そんな歴史の荒波に揉まれてきた澎湖諸島について、2009年1月12日に以下のようなニュースが報じられておりました。

台湾でカジノ法成立 澎湖諸島に開設へ

  【台北12日共同】台湾でカジノ開設を認める法案が12日の立法院(国会)で成立し、是非をめぐり10数年にわたって議論が続いたカジノ実現化に道が開か れることになった。台湾海峡に浮かぶ澎湖諸島を管轄する澎湖県が産業振興に役立つとして誘致に名乗りを上げており、開設に向けた動きが今後、本格化する。
カジノ開設は馬英九総統が昨年3月の総統選で掲げた公約の一つで、与党国民党も実現に力を入れていた。澎湖県で近く賛否を問う住民投票が行われ、関係部門の法整備が行われる。
行政院(内閣)経済建設委員会は、カジノ開設で同諸島への観光客は年約50万人以上、総収入も約500億台湾元(約1360億円)に上ると予測。年間約128億台湾元のカジノ税収や、約5万人の就業機会の創出が見込まれている。(出典:共同通信)

このカジノが、人口約2000万人の台湾本島ではなく、その対岸にある大陸本土の人々に照準を定めていることは想像に難くありません。かつては冷戦の最前線として海峡を越えようとする大陸本土の動きに睨みを利かせていた澎湖諸島が、今や大陸本土から人と金を引き寄せるための装置として生まれ変わろうとしている。欧州において冷戦の象徴であった「ベルリンの壁」が崩壊したのが1989年。それから20年の時を経て、極東アジア地域に残存していた冷戦構造も牛歩の歩みながら着実に崩壊に向かっているようです(その原動力が、他ならぬ中国の「改革・開放」による資本主義化・経済大国化というのは歴史の皮肉でしょうか・・・・)。

2009年1月4日日曜日

第百八十七段 新年早々のアフガン動向

西暦で新年が明けてまだ間もないが、テロとの戦いの本流として2009年の注目を浴びそうなアフガニスタンについて、幾つか動きがあったようである。

一つはパキスタン北西部ペシャワールにて、タリバン高級幹部の一人であるYasar氏がパキスタン政府によって身柄を拘束されたというもの。UAEの英字紙Gulfnews紙は以下のように伝えている。

Taliban leader arrested in Pakistan

Agencies
Published: January 03, 2009, 17:30

Peshawar, Pakistan: Pakistani security agencies on Saturday arrested a senior Afghan Taliban official who had been released from prison in Afghanistan in 2007 in exchange for a kidnapped Italian journalist, intelligence officials said.

Ustad Yasar, who headed a Taliban information wing, was arrested in the northwestern Pakistani city of Peshawar, they said.

"Our security forces raided a house on a tip-off and arrested Ustad Yasar," said an intelligence official who declined to be identified.

The official said Yasar had been detained because he was a militant commander and involved in Taliban activities.

Yasar was among several Taliban leaders released by the Afghan government in March 2007 in exchange for kidnapped Italian journalist Daniele Mastrogiacomo, a Taliban spokesman said at the time.

Another Pakistani security official said Taliban leader Mullah Mohammad Omar had sent Yasar to mediate in a dispute between Taliban factions in northwest Pakistan.

Yasar was first arrested in Pakistan in 2005 and handed over to the Afghan government.
(出典:Gulfnews
この記事で注目すべきは、6段落目の記載「Yasar氏はパキスタン北西部でのタリバン派勢力の内部対立を調停するために派遣された」というもの。アフガンに軍を展開させている米国やNATO諸国がタリバンとの対決からタリバンの取り込みに徐々に舵を切ってきていることは、今までの政府高官や将軍たちのマスコミへの声明からも窺える。この記事で報じられたタリバンの内部対立が、そうした米国やNATOの働きかけに起因するものなのかどうかは分からないが、米国やNATOがタリバンの切り崩しや取り込みに成功する可能性は、一般に考えられているよりも意外に高いのかもしれない。

二つ目の記事は、パキスタンの対民兵作戦の影響で閉鎖されていたカイバル峠経由の対アフガン補給路が再開されたというもの。Gulfnewsは以下のように伝えている。

Islamabad reopens US and Nato forces supply route to Afghanistan

AP
Published: January 03, 2009, 23:20

Islamabad: Pakistan reopened the main supply route for US and Nato troops in Afghanistan on Friday after blocking it for three days during an operation against militants blamed for repeated attacks on convoys in the Khyber Pass, an official said.

Authorities say the operation was a success, but a similar offensive in June failed to curtail attacks and was followed by a controversial peace deal with tribal elders in the northwest Khyber region.

The US plans to deploy up to 30,000 additional troops to landlocked Afghanistan next year, further increasing the importance of secure supply routes through Pakistan, which deliver up to 75 per cent of the fuel, food and other goods used by Western forces. Militants have stepped up attacks against convoys passing through Khyber in recent months and have also ransacked terminals in the nearby city of Peshawar holding supplies including Humvees intended for the Afghan army.

American officials say the attacks have not affected their ability to operate in Afghanistan but have acknowledged they are looking for ways to improve security along the route and are investigating alternative ways to deliver supplies.

Military operation

They have praised the Pakistani operation, which started on Tuesday and used artillery and helicopter gunships to destroy suspected militant hide-outs.

Top Khyber administration official, Tariq Hayat Khan, said on Friday the operation would continue, but not close enough to the road through the Khyber Pass to disrupt traffic.

Khan displayed a large cache of weapons seized during the operation, including heavy machine guns and rocket launchers, and said 43 suspected militants had been arrested.

The US has also attempted to disrupt Al Qaida and Taliban militants on the Afghan border by firing missiles from unmanned aircraft.

A suspected US missile strike killed three militants and wounded two others in the South Waziristan tribal area on Friday, the second in as many days in the lawless region, said two intelligence officials.

Villager Yar Mohammad said the missile hit an abandoned school in the village of Mehdan.

The strikes have angered local residents and the Pakistani government, which says they are a violation of the country's sovereignty. The US has continued the practice in an attempt to stop the militants from staging cross-border attacks against Western forces in Afghanistan.
(出典:Gulfnews
記事の概要としては次のようになる。アフガンへの補給路として重要性の高いパキスタン北西部経由の補給ルートだが、ここ数カ月、アフガン・パキスタン国境地帯に跋扈する民兵組織がパキスタン北西部経由の補給ルート、そしてパキスタン北西部の都市ペシャワールに設置された補給物資の集積地に対する襲撃を激化させてきた。対してパキスタン政府は対テロ戦争への協力として、補給ルートの安全確保のために軍事行動を実施。その影響で一時的にカイバル峠を経由するアフガンへの補給ルートが閉鎖されていたが、それが再開されたとの由。また記事は、米国が、パキスタン北西部に潜伏するアル・カイーダやタリバンに打撃を与えるために無人攻撃機によるミサイル攻撃を繰り返しているが、それが地元勢力やパキスタン政府の反感を強めていることにも触れている。

内陸アフガニスタンに陸路で補給を行うには、パキスタン北西部を経由するルートの他に、旧ソ連圏中央アジアを経由するルート、イランを経由するルートの2つがある。しかし、アフガンに展開する米軍・NATO軍にとって、旧ソ連圏中央アジアを経由するルート、イランを経由するルートは政治的理由であまり頼りにすることができないのが痛い所。逆にイランやロシアにとっては、パキスタン経由補給路の危険性が高まることは、米国やアフガン派兵国との交渉で使用する「補給路カード」の重要性を高めてくれるので悪くはない話。

さて、大統領選中に「アフガン重視」を掲げたオバマ政権はイランやロシア、そしてパキスタンとの間でどのような「対アフガン協調体制」を構築していくのだろうか? 何となく日本にも補給関連で米国からの協力要請が来そうな予感がする(例えばイラク同様、空自補給部隊の派遣が要請されるとか・・・・)。もしそうなった時、日本はどのように答えるのだろうか? そして中国は対米協力のために人民解放軍をアフガンに派遣するのだろうか? 2009年の東アジア情勢は、ひょっとすると絶域アフガンを起点に大きく動くのかもしれない。

2009年1月3日土曜日

第百八十六段 イランのための戦争

「ある日、ルーズベルト大統領は私に対して、こんどの戦争を何と呼ぶべきかについて、一般の意見を求めていると言った。私は即座に『無益な戦争』と答え た。前大戦の戦火を免れて、世界に残されていたものを破壊し尽くした今度の戦争ほど、防止することが容易だった戦争はかつて無かったのだ」
――――ウィンストン・S・チャーチル 『第二次大戦回顧録』第一巻より

イラク:原油確認埋蔵量は1,120億バレルで、サウジアラビアに次ぐ。原油埋蔵量の90%程度が未開発(出典:Wiki

本日のGulfnews紙(UAEの英字新聞)に以下のようなニュースが載って御座いました。

Iraqi Prime Minister Al Maliki in Iran for security talks

Agencies
Published: January 03, 2009, 12:41

Tehran: Iraqi Prime Minister Nuri Al Maliki visited Iran on Saturday for talks with Iranian officials on security in Iraq.

Al Maliki planned to meet Iranian President Mahmoud Abbas and supreme leader Ayatollah Ali Khomenei to discuss the Iraq-US security pact signed last month.

Officials said they will also talk about US policy in Iraq under the administration of US President-elect Barack Obama, and also the situation in Gaza.(出典:Gulfnews

要するに、マリキ・イラク首相がイラクの安全保障について協議するためにイランを訪問し、先月締結された米・イラク地位協定のイラン側への説明の他、オバマ次期米政権下でのイラク政策、ガザを巡る状況について協議を行ったというのが記事の内容です。

1980年代にイランと干戈を交え、その後もイランと対峙し続けたサダム・イラク政権を米国が弊履を捨て去るが如く打倒したのが2003年のこと。以来、イラクはサダム独裁政権が強権で押さえつけていた宗派間・民族間・部族間の対立が一気に吹き出し、解放者気取りで乗り込んできた米英軍をも飲み込んで修羅の泥沼と化します。そんな中でイラクに影響力を拡大したのが隣国イランです。その影響力は、豊富な油田を抱える南部のシーア派地域に止まらず、同様にシーア派勢力が大きな力を持っている現在のバグダッド中央政府にも強く及んでいると言われております。先頃、イラク中央省庁、米大使館がかたまるバグダッド中央部の米軍管轄区域(通称「グリーンゾーン」)の治安維持権限が、米軍からイラク政府に移譲されたとのニュースが流れましたが、別の言い方をすれば、バグダッドで米国がイランの目を気にせずにいられる場所が遂に消失したとも言えます(え!? とっくの昔からそうなってるって?)。

イランの目から見たイラク戦争とは、仇敵サダム・フセイン政権を同じく仇敵たる米国が排除し、その後のイラク混乱で米国は勝手に自滅・消耗。そして世界最大規模の原油埋蔵地イラクへのイランの影響力拡大を無償でもたらしてくれた、間違いなく「イランのための戦争」であったと言えるでしょう(逆に米国にとっては何ら得るものの無かった「無益の戦い」)

今、世界の目はイスラエル・パレスチナに向けられておりますが、そのイスラエルとイランとの間に大きく横たわるイラクの動向がこれまで以上に大きな意味を持ってくるのが、2009年以降の中東情勢なのではないかと思われます。