2009年1月18日日曜日

第百九十六段 音速の遅い読書『大学・中庸』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは以下の一冊。

大学・中庸
文庫
岩波書店
総合評価 5.0
発売日 1998-04

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書誌的な情報を言えば、『大学』、『中庸』共にもともと『礼記』の中にあった一篇を独立させたもので、どちらも儒教の重要図書である「四書」に挙げられている。それだけに黴臭い封建道徳のプロパガンダ図書とみなされることも無いわけではないが、戦乱激しき大陸で何百年も命脈を保ってきた図書だけあって、時代や地域を超えて重要だと思わされる記述も多い。そんな『大学』と『中庸』をまとめて一冊の文庫本としたのが、今回紹介する岩波文庫版の『大学・中庸』である。

同書の中で、特に点額法師の印象に残ったのが以下の記述。

<大学 第一章>
物に本末あり、事に終始あり、先後する所を知れば則ち道に近し。

「物事には根本と末端があり、また初めと終わりがある。〔そのことをわきまえて〕何を先にして何を後にすべきかということがわかるなら、それでほぼ正しい道を得たことになるのである」

時間、資源、資金・・・・等等、あらゆる人間の活動には何らかの厳しい制約が往々にして付き物である。そんな中でよりましな結果を出していくには、それぞれの要素に重要度や緊急度に応じた優先順位をつけ、より優先順位の高いものに集中的に限られた時間や資源等を集中的に配分していく必要がある。何時如何なる場合であっても、その順位づけを正しく行える人間こそ、まさに君子と呼ぶに値する人間なのだろう。・・・・今年は自分の行き当たりばったりさを少しでも抑制できるようにしよう。

<大学 第二章>
小人間居して不善を為し、至らざる所なし。

「つまらない凡人は、一人で人目につかぬ所にいると、悪事を働いてどんなことでもやってのける」

何というか、非常に耳が痛い。休日や仕事が早めに終わった時に自分がしていたことを回顧するととても耳が痛い。不善とまではいかなくとも十分に怠惰な過ごし方で時間を浪費している現在の自分のあり方は、まさに小人そのもの(少なくとも君子のそれではない)。いきなりは無理でも少しずつ自身のあり方のベクトルを君子サイドに近づけるように改善・努力をしようと思う。

<大学 第四章>
人はその親愛する所に之いて譬り、その賤悪する所に之いて譬り、その畏敬する所に之いて譬り、その哀矜之いて譬り、その敖惰する所に之いて譬る。故に好みてものその悪を知り、悪みてもその美を知る者は、天下に鮮し。

「人は自分の親しみ愛するものに溺れて偏ったことをし、自分の賤しみ憎むものにとらわれて偏ったことをし、自分の敬いおそれるものにとらわれて偏ったことをし、自分のあわれむものに溺れて偏ったことをし、自分の見くだすものにとらわれて偏ったことをするものだ。そこで、好きなあいてでも同時にその欠点をわきまえ、嫌いなあいてでも同時にその長所をわきまえるという〔公正な判断のできる〕人は、世界じゅうでもまれなものである。」

これは古代ローマの傑物カエサルの言葉として伝わる「人は、ほとんどいつも、望んでいることを信じようとする」に通ずるものがある警句であろう。愛憎、憐憫、傲慢、敬意、その他諸々の感情の動きが作り出した都合のいい状況解釈に引きずられ、対象の本質を見落としてしまう。その果てにロクな結果はあまり無い。己の持つバイアスを自覚し、相手のより深い理解に努める。これは『孫子』の「彼を知り、己を知らば百戦危うからず」にも通じる姿勢と言えよう。

<中庸 第十一章>
博くこれを学び、審らかにこれを問い、慎みてこれを思い、明らかにこれを弁じ、篤くこれを行う。学ばざることあれば、これを学びて能くせざれば措かざるなり。問わざることあれば、これを問いて知らざれば措かざるなり。思わざることあれば、これを思いて得ざれば措かざるなり。弁ぜざることあれば、これを弁じて明らかならざれば措かざるなり。行わざることあれば、これを行いて篤からざれば措かざるなり。人一たびしてこれを能くすれば、己れはこれを百たびす。人十たびしてしてこれを能くすれば、己れはこれを千たびす。果たして此の道を能くすれば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん。

「何事でもひろく学んで知識をひろめ、くわしく綿密に質問し、慎重にわが身について考え、明確に分析して判断し、ていねいにゆきとどいた実行をする。〔それが誠を実現しようとつとめる人のすることだ。〕 まだ学んでいないことがあれば、それを学んでじゅうぶんになるまで決してやめない。まだ質問していないことがあれば、それを問いただしてよく理解するまで決してやめない。まだよく考えていないことがあれば、それを思索してなっとくするまで決してやめない。まだ分析していないことがあれば、それを分析して明確になるまで決してやめない。まだ実行していないことがあれば、それを実行してじゅうぶんにゆきとどくまで決してやめない。他人が一の力でできるとしたら、自分はそれに百倍の力をそそぎ、他人が十の力でできるとしたら、自分は千の力を出す。もしほんとうにそうしたやり方ができたなら、たとい愚かな者でも必ず賢明になり、たとい軟弱な者でも必ずしっかりした強者になるであろう。」

・・・・何だか公認会計士資格勉強や投資活動で自分に欠けているものを直截的に指摘されているような文章である。いやでもどうしようもない愚者・弱者であっても、それを悔い改めて日々努力すれば賢者・強者の境地に辿りつけるとしているのが、この文章の救い。

驚き呆れるようなあさましき事柄の頻発する末法乱世の世の中にあって、結局頼れるのは己の才覚。ならばそれをどのようにして鍛え上げていくかについて、貴重な示唆を与えてくれる一冊と言えよう。