2009年2月6日金曜日

第二百六段 音速の遅い読書『東方見聞録1、2』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは以下の書物。

東方見聞録 (1) (東洋文庫 (158))
マルコ・ポーロ
新書
平凡社
発売日 1970-03

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東方見聞録 (2) (東洋文庫 (183))
マルコ・ポーロ
新書
平凡社
発売日 1971-01

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本書について書誌的な情報を言えば、モンゴル帝国による支配がユーラシアを覆った13世紀後半のヴェネツィア商人マルコ・ポーロが、ジェノヴァでの捕虜生活時に同じ牢獄のルスティケロに語った中東、中央アジア、中国、東南アジア、インド洋沿岸部といった各地域の情報をまとめた書物である(もっとも、モンゴル側史料にマルコ・ポーロに該当する人物が見当たらないことや各写本の異同の大きさ等から、『東方見聞録』の作者としてのマルコ・ポーロという人物は実在せず、複数人の体験談や見聞を「マルコ・ポーロ」という一人の商人に仮託して『東方見聞録』という書物が編纂されたという説もある)。

東洋文庫版では大雑把にいって1巻が中東、中央アジア、中国の事情、2巻で東南アジア、インド洋沿岸部の事情といった構成になっている。本書の中で特に点額法師個人の印象に残っているのが、第1巻で述べられるクビライ・カーンと有力諸侯ナヤン(書中では「ナイアン」と表記)との対決。主義主張の異なる相手には暗殺も辞さなかったイスラム教イスマーイル派の在り方、財貨に心奪われたアッバース朝カリフに対するモンゴル征西軍総大将フレグ(書中「アラウ」と表記)の痛烈極まりない皮肉。以上の3点である。これらは、ある時代の一エピソードに止まらない、リーダーとしての資質、過激派の本質等、いつの時代にも通じる話なのではないかと思う。

また、著者のマルコは各都市・地域の情勢を語る際、まず主要な産業と住民の宗教について述べている。要するにカネと心。地域情勢の把握のために外してはならない要素は、13世紀だろうが21世紀だろうがそう変わらないものらしい。
次いで土地の風俗や伝説について言及していくのだが、そこには現在でも見られる光景が(例えばインドのサティーや中東における完全な敵対でも融和でもない異教徒間の複雑な緊張関係)が客観的に描写されている。その一方で、時として怪しげな伝聞や荒唐無稽な謬説が紛れ込むのはご愛嬌といった所だろうか(寧ろそこが面白かったりもする)。

なお、モンゴル帝国を中心とした当時のユーラシア世界では、ペルシャ商人たちの活発な活動を反映してペルシャ語が一種の共通言語として機能していたらしい(現在の英語みたいなものか)。だから欧州人でも東方交易に携わる人間は大方ペルシャ語に通じていたようだし、逆にペルシャ語ができれば、遥か東方の中国で取引を行うことが可能でもあった。マルコ・ポーロもペルシャ語は勿論、他にギリシャ語やトルコ語、モンゴル語を自在に操れたとの由。

現代日本に置き換えれば、日本語のみならず英語と中国語+αの人材。
・・・マルコ氏の爪の垢でも煎じて飲みたいものである。