2009年3月5日木曜日

第二百二十五段 スーダンを指して中国を罵る?

国際刑事裁判所(ICC)は、同国のダルフール紛争における「戦争犯罪」等で、スーダンのバーシル大統領に対して現役の国家元首に対するものとしては初めての逮捕状を出した。欧米と激しく対立してきたリビアのカダフィ大佐とバーシル大統領のあまりの明暗の分かれ方、「中東民主化ドミノ」という手前勝手な理想論を掲げてイラクの独裁政権を葬った米国と今回の決定を下したICCとの思考回路の強い親和性、その他色々な考えや思いが頭に浮かぶが、ここで注目したいのが「バーシル大統領への逮捕状発布」と欧州・中国関係、そして日本への影響である。

そもそもアフリカの政治経済を見てみれば、アフリカ諸国は1960年代に欧州から独立して以後も旧宗主国たる欧州諸国が強い影響力を及ぼしてきた。特に1991年にアフリカにおける欧州のライバルであったソ連が崩壊したことで、アフリカにおける欧州の影響力は盤石のものになったと思われた。しかしその欧州のアフリカにおける新たなライバルとして台頭してきたのが、改革・開放によって経済力を増大させた中国である。

バーシル大統領下のスーダンは豊かな農地や原油等の地下資源を保有していたものの、同国西部ダルフール地方や南部地域における内乱で政府軍やそれを支援する民兵組織によって虐殺やその他多くの非人道的行為が行われたと欧米のマスコミが大々的に報じたことによって、人権や民主主義を外交の旗印に掲げる欧州諸国からの投資が絶望的な状況となっていた。
その間隙を衝いて、スーダンに接近して多大な投資を行ってきたのが中国である。中国は、外交にあたって人権や民主主義といったお題目を気にしなくとも良い利点と経済発展上の必要性から、スーダンにおいて最大規模の資源権益保有国となることに成功した。そしてスーダン以外のアフリカ諸国も、民主化や統治改善にうるさい欧州よりも資源権益さえ提供すれば政治に口出しすることなく支援してくれる中国にすり寄るようになっていった。

以上を踏まえて考えるならば、今回の逮捕状発布は、巨大な富と「内政不干渉」でアフリカ諸国に影響力を強める中国に対し、アフリカ諸国の旧宗主国たる欧州が投げた強めの牽制球と言えなくもない。ただし、この牽制球がバーシル政権崩壊の引き金になりかねない曲球であることは論を俟たない。そして仮にバーシル政権が崩壊した場合、「次」の政権で各地域紛争等の問題が改善される保証が全くないことには注意が必要だろう。最悪、タリバン政権崩壊後のアフガニスタンやアイディード将軍勢力排除後のソマリアのように、スーダンもまた中央政府不在の群雄割拠状態に陥り、周辺国への更なる難民の流出、スエズ運河を通じて地中海とインド洋を結ぶ水路となっている紅海の治安悪化といった様々の害悪を生じかねないことも考えられる。

また、資源という要素を除いて考えたとしても、バーシル政権が各紛争地域でとった行動について「戦争犯罪」や「人道上の罪」が適用されるというICCの考え方は、(スーダンほどではないにしろ)国内に少数民族問題を抱える中国にとって決して好ましいものとは言えないだろう。何といっても現在の国家主席は、チベットの大規模デモ(1989年)を剛腕でねじ伏せたことで出世の糸口を掴んだ人物なのだ。

従って、中国から見れば、今回のICCの決定は「欧州が本丸・中国を攻める前に、中国と関係の深いスーダンを血祭りに上げて外堀を埋めとしてようとしている」と映っても不思議はない。そしてチベット問題や人権問題等で最近ギクシャクしがちな欧州・中国関係が、今回の一件で更に悪化する可能性が考えられる。そのような事態は日本にとって好悪両面が存在しよう。

<好影響>
1.欧州と中国の対立が激化することで欧州の対中武器禁輸解除が遅延。
2.欧州と中国の対立が激化することで両勢力における日本の存在感が向上。

<悪影響>
1.スーダンを始めとしたアフリカの資源権益から締め出された中国の活動方向が東シナ海や尖閣諸島に向けられる可能性。
2.欧州への対抗を主目的とした米中連携の成立とそれに伴う米中にとっての日本の存在感の低下。

3.ポスト・バーシル政権の統治失敗やバーシル派勢力の反発といった地政学リスクの原油市場への反映。


折しも、2月末から3月6日にかけて、尖閣諸島を巡る日米の政策当局者間の認識の相違を窺わせるニュースがマスコミで報じられているが、それは「バーシル大統領への逮捕状発布」を号砲として欧州によるアフリカからの押出しを喰らった中国が東シナ海や尖閣諸島に向かう可能性、そして対欧州戦略における中国との連携といった点について、日米間で温度差があることを示しているのかもしれない。