2009年3月17日火曜日

第二百三十三段 南シナ海の火の粉、西に波及?

2009年3月17日、米国がボーイング社製の最新対潜哨戒機P-8をインドに対して売却するとの報道があった。

米、インドに最新鋭哨戒機売却へ

過去最大規模の兵器取引

  【ワシントン16日共同】16日のロイター通信によると、米政府はボーイング社製P8I哨戒機8機のインド政府への売却を認可する方針を固め、同日までに 米議会に通告した。整備費なども含めた取引総額は約21億ドル(約2000億円)に上り、米国からインドへの兵器輸出としては過去最大規模になるという。

 今回の取引には、エネルギー確保のためインド洋沿岸諸国への影響力拡大を図る中国を、米印両国がけん制する狙いもあるとみられる。

 P8Iは民生用のボーイング737を改造した最新鋭機。長距離用途に適しているとされ、インド洋の広範囲の海域で対潜哨戒のほか海上での監視や偵察、捜索救助を行うことが可能となる。

 国務省が議会に通告した内容によると、早ければ2013年にも1号機が配備され、15年までに8機全部がインド側に届く予定。

 インド海軍は同機の初の海外ユーザーとなる見通し。(出典:共同通信)

今回の対潜哨戒機売却について、米国の狙いは二つあると思われる。

一つは新たな兵器ユーザの獲得であろう。特にインドは経済発展が目覚ましい上に、市場経済のみならず民主主義という理念も米国を始めとした西側と共有していることから、米国にとってインドは、国内外の目を比較的気にせず兵器を売り込める優良顧客として期待が大きいものと推測される。
しかし、兵器というものは売買契約を交わして、基地に現物を納入して全て完了というものでは決してない。いざ有事に万全の働きをしてもらうには日頃のメンテナンスは欠かせないし、特に対潜哨戒機のように情報収集を行うものについては、収集した情報を瞬時に基地や司令部、そして味方の艦船や戦闘機等と共有できる状態にしておくことが必要である。

この観点からすると、現状のインド海軍は国産兵器、ロシア製兵器、英国製兵器等が混在した状態にある。しかも、防衛費が比較的潤沢な米国と違い、各兵器、各部隊のIT化具合もまちまちである。そこに米国産の最新鋭哨戒機が加わったとしても、件の哨戒機が掴んだ情報を十全に生かせる態勢が自然と立ち上がるとは考えにくい。もし件の哨戒機を十全に活用しようとすれば、今後、恐らくは情報システムの更新や新規構築を含んだ大きな案件が発生する筈である。
今回の取引金額はそこまで含んだものなのかどうか、気になる所ではある。

もう一つの狙いは、上記記事にもある様に対中牽制であろう。そもそもインド洋周辺国には、インドが最新鋭の対潜哨戒機で対抗しなければならないような戦力を展開している国は殆ど無い。
まずインドと抜き差しならない対立を抱えるパキスタンは、フランスから技術供与を受けて潜水艦戦力の整備を行っているが、同国は伝統的に陸軍の発言力が大きく、資源は陸軍最優先で配分されがちなことから、海洋戦力の拡充は質・量の両面で緩やかなペースに止まっている。
イランを見れば、ロシアからキロ級潜水艦を導入したり魚雷や機雷の研究開発に努める等、同国も海洋戦力の充実に動いてはいるが、それは主にペルシャ湾・ホルムズ海峡の支配・守備に重きを置いたものであり、現状では海洋戦力をインド洋に広く展開させようという意図は薄いと考えられる。
スリランカやミャンマー、バングラデシュ、セーシェル、マダガスカルといった国々は、資金面や政治的な不安定、人材の不足といった問題を抱えており、近い将来に強力な外洋艦隊を擁するようになるとは考えにくい。
ただ中国のみは、中東ペルシャ湾から自国沿海部に至るオイルルートの安全をあまり米国に依存することなく自力で確保したいと考えており、イランやパキスタン、そしてミャンマー等のインド洋周辺国との関係強化や軍事施設の設置を着々と行っている。

この中国の動きは、インド洋の盟主を自認し、同時に自身もまたペルシャ湾の石油を必要とするインドにとって、自国の地域的な影響力やオイルルートの安全を脅かされかねない懸念材料である。
また、米国は日本や韓国、台湾に対して中東からの石油航路の安全を独占的に提供することで、これら経済的に有力な東アジア諸国をジュニア・パートナーとして従えることに成功しているが、中東からインド洋を経て東アジアに至るオイルルートで中国の存在感が高まることは、米国による安全供給の独占崩壊、ひいてはジュニア・パートナーたちの米国離れ(それはほぼ中国接近とイコールである)を招きかねないものである。
従って、インド洋における中国の影響力拡大防止で利害の一致した米印は、最新鋭対潜哨戒機の売買契約締結という軍事関係の強化を表に出すことで、中国に強い牽制のメッセージを送ったのだろう。
そして、ここ数日の南シナ海における米中の悶着が、今回の米印間の契約成立の背中を強く押したであろうことは想像に難くない。

同日、台湾が米国にF-22やF-35といった新鋭ステルス戦闘機売却を求める意向を示したが(出典:共同通信)、これも南シナ海や東シナ海、日本列島近海で活動を活発させる中国に対し、南シナ海での米中間悶着にことよせて投げた牽制球とみてよいだろう(恐らく、台湾政府自身も米国が本気でステルス戦闘機を売ってくれるとは考えていないだろう。米中間で波乱が生じたことに乗じて対米接近・軍備拡充の姿勢を示すことで、勢いに乗る(図に乗る)中国を牽制できればよいというのが台湾政府の考えではないか)。

米国債の消化等、金融市場ではにこやかに握手して協力関係を強調しながら、安全保障の分野では互いに鉄拳や手札の多さを露骨に或いは隠微に誇示して牽制し合う、そんな米中両国の関係は実にスリリングで興味深い。
( ̄w ̄)