2009年4月29日水曜日

第二百六十三段 タリバン、アフガンでの春季攻勢を宣言

アフガニスタンにおいて、反政府組織タリバンが春季攻勢の実施を宣言したという。2009年4月29日の新華社は以下のように伝えている。
塔利班宣称将在阿全境发动新一轮“春季攻势”
新华网阿富汗坎大哈4月29日电(记者林晶)塔利班武装29日对媒体公布一段录音声明,宣称针对美国最近公布的对阿富汗新战略,塔利班武装将从4月30日起在阿富汗全境发动新一轮“春季攻势”。

声明说,塔利班将于4月30日起在阿全境发动代号为“胜利”的春季攻势,采取伏击、路边炸弹袭击和自杀式爆


炸等手段,对外国驻军、外国使团、阿政府官员和安全部队发动袭击。

声明还威胁说,建筑及交通运输公司应停止为外国驻军和政府军服务,否则将同样受到“惩罚”。

美国政府今年3月宣布对阿富汗的新战略,决定今年夏季前向阿增派1.7万名士兵,主要派驻塔利班活动频繁的阿南部地区。同时,美将增派民事官员帮助阿富汗解决重建和发展的问题。(出典:新華社

記事の注目すべき点は以下の通りである。
 ・タリバンは、4月30日からのアフガン全土における春季攻勢の開始を宣言した。
 ・タリバンは攻撃対象として外国軍、外国外交団、アフガン政府職員・治安関係者を挙げている。
 ・タリバンは、アフガン政府や外国軍から業務を請け負っている運送業者に対しても警告をしている。

ここで想起されるのが、ヴェトナム戦争における1968年1月のテト攻勢である。今日では、攻撃を受けた米軍・南ヴェトナム軍よりも攻撃を仕掛けた北ヴェトナム軍の方が被害が大きかった(軍事的には敗北と言って差し支えないほどであった)ことが判明している。
しかし当時は、北ヴェトナム軍のほぼ唯一の戦果である「アメリカ大使館の一時占拠」がマスコミを通じて世界に配信され、戦争の勝利を確信していたアメリカ世論に大きな衝撃を与えた。
また、南ベトナムの警察庁長官グエン・ゴク・ロアンが捕虜とした南ベトナム解放民族戦線の将校グエン・ヴァン・レムを路上射殺した映像も世界中に配信され、世界的な米国・南ヴェトナム悪玉論を盛り上げることとなった(因みに、グエン・ゴク・ロアンは家族と部下をグエン・ヴァン・レムが指揮したテロで失っている。だが、当時はそうした背景の説明もないまま、残虐な南ベトナム高官による私刑というニュアンスでのみ問題の映像が取り上げられた)。
これら映像によって喚起された米国内・国際的世論の動向が、北ヴェトナムの勝利に大きく貢献したことは贅言を要しない。

そして、話を戻してアフガニスタンにおけるタリバンの春季攻勢宣言。もしここでカブールで欧米諸国の大使館が派手に爆破されたり占拠される映像、多国籍軍の兵士の誤解されかねない映像(グエン・ヴァン・レム映像のような・・・・)、そういったものがネットやマスコミによって世界中にばらまかれた場合、米国やNATOは早晩アフガンから撤退せざるを得なくなるだろう。
折しも世界は景気後退の真っ只中。もしアフガン作戦の正当性や成功の可能性を疑わせるような映像が流れれば、「不正な戦争に出す金は無い」という声が一層高まり易い状況である。

逆に考えれば、タリバン側としてはどれだけの犠牲を払おうが、世界に衝撃を与える映像一枚を作り出すことができれば、「アフガンからの多国籍軍追放」という戦略的目的の達成に大きく前進することになる。

それにしても、上記記事、配信地がカンダハル(坎大哈となっている。
右記地図にある様に、カンダハルはタリバンの主要根拠地となっているアフガン南部に存在し、人口ではアフガン第2位(1位はカブール)、国際空港が存在するというまさに要衝である。従ってアフガン駐留多国籍軍にとってもタリバンにとっても必争の地であり、治安の安定度はあまり高くない。

そんな場所に人を置いて取材(情報収集)を行っている新華社の動きは、日本や西側諸国のマスコミが主にカブールや隣国パキスタン、インドに人を置いてアフガン取材を進めているのとは対照的である。

何やらアフガン情勢に対する中国政府の立場というか関心の強さを問わず語りに語っているようで興味深い。

第二百六十二段 トルコ回頭?

オスマン帝国崩壊の瓦礫の中から誕生したトルコ共和国は、建国の英雄ケマル・アタチュルク以来、世俗主義、西洋化による発展を追求してきたこともあり、第二次大戦後はNATOへの加盟、欧州連合体(かつてのEC、現在のEU)への加盟追求等、「Look West」を外交の主軸としてきた

しかし、冷戦崩壊後、トルコにおけるイスラム主義政党の台頭、遅々として進まないトルコのEU加盟交渉、911テロ以後世界的に広がったイスラム教への反発、米国W・ブッシュ政権のイスラム敵視と取られかねない言動等、様々な要因が積み重なって、現在トルコと西側の間の空隙が徐々に大きくなっているのではないか? トルコの視線は西側から逸れ始めているのではないか? 当ブログ前段では、今まで西側製兵器を装備の主軸としてきたトルコがロシアとの武器取引を行おうとしているニュースを傍証として、そんな憶測を述べた。

そしてその後、、その憶測をより強めるようなニュースが2件報じられていた。

一件目はロシア通信社のNovostiが4月27日に伝えた、「トルコがロシアからの最新鋭防空システム購入を希望」というニュースである。

Turkey hopes to buy S-400 air

defense systems from Russia


ISTANBUL, April 27 (RIA Novosti) - Turkey, a NATO member, has expressed interest in buying S-400 Triumf air defense systems from Russia, a Russian defense industry official said on Monday.

"Turkey has expressed a strong interest in buying S-400 air defense systems from Russia," said Anatoly Aksenov, a senior adviser to the general director of Russian arms export monopoly Rosoboronexport.

Russia is exhibiting over 120 types of weaponry at the IDEF 2009 arms show in Istanbul on April 27-30. The biennial exhibition has been organized by the Turkish defense industry since 1993.

Aksenov, who leads the Russian delegation at the IDEF 2009 exhibition, said the possible deliveries of the S-400 to Turkey were discussed during talks with Turkey's undersecretary for defense industries, Murad Bayar.

A source in the Russian delegation later told RIA Novosti that the issue had a political aspect and strongly depended on the outcome of the ongoing dispute between Russia and NATO on the deployment of a U.S. missile shield in central Europe.

"We have explained to Turkish officials that S-400 is not just a simple air defense system but an element of strategic missile defenses, which can be placed in one country but protect the airspace over a number of neighboring countries," the source said.

The S-400 Triumf (SA-21 Growler) is designed to intercept and destroy airborne targets at a distance of up to 400 kilometers (250 miles), twice the range of the U.S. MIM-104 Patriot, and 2 1/2 times that of Russia's S-300PMU-2.

The system is also believed to be able to destroy stealth aircraft, cruise missiles and ballistic missiles, and is effective at ranges up to 3,500 kilometers (2,200 miles) and speeds up to 4.8 kilometers (3 miles) per second.(出典:Novosti

記事で注目すべき点は、以下の通りである。
・トルコはロシアからの新鋭防空システムS-400導入に関心を抱いている。
・取引には政治的側面があり、その成否は米国のMD中欧展開を巡るNATOとロシアの議論の
 結果に強く依存することになる。
・S-400システムはステルス戦闘機や、巡航ミサイル、弾道ミサイルの迎撃も可能だとされている。

因みに、米国のF-35ステルス戦闘機開発にイスラエルが出資し、将来の同機導入権を手にしている。このことを考えれば、トルコのS-400導入の持つ意味もより鮮明になるのではないか。
また、ロシアとトルコが軍事協力を強化する一方で、トルコと対立関係にあるギリシャ、キプロス(南部)、アルメニアといった従来の親露国(当然、軍備もロシアの影響が大きい)がどう出てくるのか、非常に興味深い

もう一件は、UAEの英字紙GulfNewsが伝えた、「トルコ、シリアと共同軍事演習を実施」というニュースだ。

Turkey and Syria conduct

military drill


Ankara: The Turkish military said it launched a joint drill with Syrian soldiers on their shared border on Monday in order to improve security.

Military teams from Turkey and Syria were scheduled to cross the border and visit outposts during the three-day exercises, the Turkish military said.

It described the drill as the "first-ever" between the countries.

Government newspapers reported on Monday that Syrian Defense Minister Hassan Ali Turkmani had begun a five-day visit to Turkey for defence talks.

Israel's Defense Minister Ehud Barak said on Monday that he viewed the exercise "as definitely a worrisome development."

"But I believe that the strategic relations between Israel and Turkey will prevail over Turkey's need to participate in such an exercise," Barak said. (出典:GulfNews

記事で注目すべき点は以下の通りである。
・トルコはシリアと3日間にわたって初の共同軍事演習を実施する。
・演習内容は国境警備に関するものである。
・バラク・イスラエル防衛相は「安全保障面では懸念点が多い」ことを認めた。

シリアがイスラエルと長年の対立関係にあることは、巷間よく知られている。また、トルコは今まで中東における数少ない親イスラエル国家であった。そのトルコがシリアと共同軍事演習を行い、ロシアからはステルス戦闘機迎撃も可能(とされている)防空システムを導入する意向だというのだから、イスラエルも気が気ではないだろう。その意味でバラク防衛相の発言もむべなるかなと思われる。

以上2件のニュースを始めとした各種報道を見るに、トルコの顔が西からどんどん東向きになっているように思えて仕方がない。ひょっとすると、数年後には欧米で「Who lost Trukey?」という問いが頻繁に繰り返されるようになるのかもしれない。
そうなると、若年人口大国トルコを取り込めなかったEUでは、高齢者人口の増大が巨額の財政逼迫をもたらす他、それを解決しようにも高齢者層という巨大な票田の前に抜本的な改革は不可能となるだろう。そう考えると、EUの国際社会における経済的・政治的影響力が今後増大していくとは考えにくいものがある。
中東においては、長年南のイスラエルと北のトルコに挟撃されている形となっていたシリアが、対トルコ関係の改善によって後顧の憂いを絶ち、南のイスラエルに対して冒険主義的な振る舞いにでるリスクを考えておく必要があろう。
トルコの視線が西を向き続けるのか、東に向けられることになるのか? それによって中東、東地中海・黒海、コーカサス、バルカン半島の政治バランスは大きな影響を受けることになる。
これからも当面トルコの動きからは目が離せそうにない。

2009年4月28日火曜日

第二百六十一段 ユニクロ的ロシア

「失われた十年」、日本を覆った長期不況はまさに小売業にとって360度どこを見渡しても死屍累々という悲惨な光景を作り出していた。しかし、この酷薄・惨憺たる小売業の墓場から場違いな程の活力に満ちた企業が登場した。アパレルのユニクロである。

ユニクロの凄さは、「安かろう、悪かろう」という通念を打破して低価格・高品質を両立させた所にある。これによって、ユニクロは「失われた十年」で可処分所得の低迷に悩む消費者の心をがっちり掴むことに成功した。つまりユニクロは、普通の小売業にとっては災厄以外の何物でもない「失われた十年」を逆に追い風としてしまったのである。

ここで国際社会を見てみると、サブプライム問題に端を発する世界的な景気後退の中、多くの国の財政は税収減で余裕を失い、支出分野の優先順位には今まで以上に国民各層の高い注目が集まるようになっている。そして支出分野の中で国民生活に直結しない防衛分野については、支出額に厳しい目が注がれるようになっている。税収減で防衛費削減に走らざるを得ない諸国と可処分所得減で消費削減に走る「失われた十年」下の日本国民、実に上手く整合している。

では、国際社会において「失われた十年」で呻吟する日本国民の消費マインドを低価格・高品質で掌握したユニクロに対応する存在は何か? それはロシアなのだろう、というのが今段の話。

当ブログ第二百五十八段でロシアとインドの空母取引を取り上げたが、2009年4月27日のロシア通信社Novostiは、世界的な不況風なぞ何処吹く風で好調なロシアの兵器輸出を取り上げている。

一つ目の記事は、トルコへの防空システムと攻撃ヘリ輸出の動きを伝えている。

Turkey may buy Russian air

defense systems, combat helicopters

MOSCOW/ISTANBUL, April 27 RIA Novosti) - Turkey has expressed interest in buying air defense systems and combat helicopters from Russia, a Russian defense industry official said on Monday.

Russia will exhibit over 120 types of weaponry at the IDEF 2009 arms show in Istanbul on April 27-30. The biennial exhibition has been organized by the Turkish defense industry since 1993.

"Turkey is mostly interested in buying [Russian] short- and medium-range air defense systems and combat helicopters," said Anatoly Aksenov, a senior adviser to the general director of Russian arms export monopoly Rosoboronexport.

Aksenov, who leads the Russian delegation at the IDEF 2009 exhibition, said several contracts in the sphere of military-technical cooperation could be signed between the two countries after the show.

Turkish media reported last year that Ankara was planning to buy 32 used Mi-28 Havoc helicopters from Russia in a deal worth a total of $1 billion.

Russian and Turkish defense ministers met in February and agreed to boost bilateral military-technical ties despite the fact that Turkey is a NATO member.

Turkey has been implementing large-scale overhaul of its armed forces since the mid-1990s and is planning to complete the modernization program by 2020.(出典:Novosti


記事の概要は、以下の通りである。
・トルコはロシアから短中距離の防空システムと攻撃ヘリの導入に強い興味を示している。
・昨年、トルコ政府は中古のMi-28ハボック32機を10億ドルで取得することを計画していた。
・2月、トルコとロシアの防衛相は二国間の軍事技術協力強化で合意していた。
・トルコは90年代中頃から大規模な軍備見直しを実行していると共に、2020年までの軍備近代
 化完了も計画している。

地図を見てもらえれば一目瞭然だが、トルコの位置は中東と欧州の境、黒海と地中海の狭間、ーカサス(特にロシアに反抗的なグルジア)の裏側という地政学的に枢要な場所である。

だから第二次大戦後の欧米は一貫してトルコに様々の援助を与え、同国をNATOに迎え入れ、やや強引な論理ながらも「トルコは欧州である」としてEU(かつてはEC)に加盟させようとしてきた。

しかし冷戦崩壊後は、トルコ側でイスラム的価値観の重視を掲げる政党AKP(開発公正党)が親欧米的であった世俗主義勢力に代わって政府与党となるのと並行して、欧米側でもイスラム教を敵視していると解釈されがちなW・ブッシュ政権の外交・安全保障政策、欧州を吹き荒れたムハンマド諷刺画問題等があって、トルコと西側の関係は弱体化の傾向にあった。

そこを考えると、今回のロシア・トルコ間の武器取引は、単に低価格・高品質のロシア製兵器にトルコが魅力を感じたという以上の意味合いが考えられる。つまり、トルコ・西側関係が徐々に空洞化する一方、その空隙を埋めるように、コーカサス地方や黒海、そして中東に多大な権益と戦略的利害を有するロシアがトルコに接近し、それにトルコが応じつつあることをこの武器取引のニュースは伝えているのかもしれない。

二つ目の記事は、ヴェトナムに対するキロ級潜水艦の売却である。

Russia to build 6 Kilo-class

diesel submarines for Vietnam

MOSCOW, April 27 (RIA Novosti) - Admiralty Shipyards in St. Petersburg will build six Kilo class diesel-electric submarines for delivery to Vietnam, the Russian business daily Kommersant said on Monday.

The paper quoted company general director Vladimir Aleksandrov as saying that Russia's state arms exporter Rosoboronexport would soon sign a contract with a foreign state, and that Admiralty Shipyards had been chosen to fulfill this contract.

Sources in Rosoboronexport later confirmed that Russia and Vietnam had been negotiating a $1.8 billion deal on the delivery of six Kilo-class submarines to the Vietnamese navy for about a year.

Admiralty Shipyards is currently building two Kilo class submarines for Algeria to be delivered in 2009 and 2010.

Kilo class submarines, nicknamed "Black Holes" for their ability to avoid detection, are considered to be among the quietest diesel-electric submarines in the world.

The submarine is designed for anti-submarine warfare and anti-surface-ship warfare, and also for general reconnaissance and patrol missions.

The vessel has a displacement of 2,300 tons, a maximum depth of 350 meters (1,200 feet), a range of 6,000 miles, and a crew of 57. It is equipped with six 533-mm torpedo tubes.

As of November 2006, 16 vessels were believed to be in active service with the Russian Navy and eight submarines were thought to be in reserve. Another 29 vessels have been exported to China, India, Iran, Poland, Romania and Algeria.(出典:Novosti


記事の概要は、以下の通りである。
・現在、ロシアはヴェトナムからの発注に基づいて6隻のキロ級潜水艦を建造している。
・ヴェトナムとの契約額は18億ドルである。
・キロ級潜水艦は対潜作戦及び対水上艦作戦を主任務とし、世界のディーゼル動力潜水艦
 の中で、最も静音性に優れている。
・キロ級潜水艦は既に中国、インド、イラン、ポーランドやルーマニア、アルジェリアに輸出されている。

ここで歴史を振り返れば、中華帝国という経済的にも軍事的にも卓絶した存在のあった東アジア地域において、周辺の小国が独立を維持する道は、これに抗い続けるか屈伏するかの二者択一であり、ヴェトナムの歴代王朝は抗い続ける道を選んできた(因みに朝鮮半島の歴代王朝は、屈伏して生き残る道を一貫して選択している。また、例外的に日本列島は海によって中華帝国の直接的な政治的圧力を受けることは殆ど無かった)。

そして共産党政権成立後の中越関係もヴェトナム戦争の一時期を除けば、中越戦争(1979年勃発)や南沙・西沙諸島問題に見られるように、今日に至るまで常に緊張を孕んで推移してきた。

そんな歴史的背景を考え合わせれば、このヴェトナムの動きは基本的に中国に対する抑止力向上を図ったものと見てよいだろう。

だが、ここで注目すべきはロシアの鉄面皮である。記事にもある様にロシアは既に中国に対してキロ級潜水艦を何隻も売却している。そして今度は同じ物を中国と歴史的にしばしば対立関係にあり、現時点でも中国との間に領土問題を有するヴェトナムに売却するというのだから、その実利姿勢も徹底している(しかも、冷戦期の中ソ対立時代、ソ連はヴェトナムの対中警戒感に附け込む形で同国を中国戦略の前線に仕立て上げている。このことをよもや現在のロシア政府が知らぬ筈はあるまい)。この「売れる相手には兎に角売る!」というロシアの姿勢には、何か清々しささえ感じてしまう

ロシアの徹底した機会主義・利己主義は、この厳しき世の中を個人が生きる上でも多々参考になる面があろう。

2009年4月24日金曜日

第二百五十九段 香港の枢機卿

些か旧聞に属する話題だが、中国とヴァチカンの関係正常化交渉で中心的役割を担ってきた香港教区の陳日君(Zen Ze-kiun)枢機卿が引退を表明したという。2009年4月17日のBBCが以下のように伝えている。

Hong Kong's Cardinal Zen retires

Cardinal Joseph Zen has stepped down as the head of Hong Kong's Roman Catholic Church after 12 years.

The Vatican said Pope Benedict XVI had agreed to Cardinal Zen's retirement as Bishop of Hong Kong for reasons of age.

An outspoken advocate of democracy and religious freedom in China, the cardinal has been a vocal champion of human rights and social justice.

During his tenure, the 77-year-old cardinal criticised both the governments in Hong Kong and Beijing.

Local media quoted him as saying he planned to concentrate on advising the Pope on church affairs in mainland China after his retirement.

But he stressed he would not interfere in Vatican-Chinese relations, as they were a diplomatic matter.

"It is not something I can help," he was quoted as telling reporters last week. "It is not something that I can get involved in."

There are no formal diplomatic relations between Beijing and the Vatican.

Catholics in China are split between a state-sanctioned Church and an underground Church that rejects government ties and answers only to the Pope.

The cardinal has been succeeded by Bishop John Tong Hon, 69.(出典:BBC


かの御仁、中々に複雑な人物である。まず冒頭でも触れたように中国とヴァチカンの関係正常化交渉で中心的役割を担ってきた。だからと言って北京政府べったりの言動で知られていたわけではなく、寧ろ信教の自由や人権問題について度々北京政府の姿勢を批判してきた人物でもある。

引退理由は報道によれば「年齢」とのことだが、下衆が勘ぐれば、以下の二つの可能性が考えられよう。
・対中関係正常化交渉がベテランを必要としない段階まで進展したことを示す。
・対中関係正常化を焦るヴァチカンが(中国の圧力か自発的意思によるかは別として)、
 対中批判を繰り返してきた陳日君枢機卿を実質的に更迭したことを示す。

事の真相は神ならぬ身には分かりかねるが、アフリカを中心に拡大を続けるイスラム教徒人口や世界各地で活発な布教攻勢をかけているプロテスタント(特に福音派)の動きに、カトリック教会が危機感を募らせているのは事実。それを頭に入れて見れば、13億の人口を支配下に置く中華人民共和国との関係を悪化させるような真似をヴァチカンが採る道理は存在しないことは自明の理だろう(日本では時として無視される側面だが、ヴァチカン(教皇庁)はフランク王国の昔から今日に至る複雑怪奇・無情苛酷な国際政治を巧みに乗り切ってきた最強の外交功者現実主義者である)

さて、ここで日本を顧みれば全国区で有名なカトリック教徒として麻生首相と緒方貞子女史がいる。この二人は、今回の引退劇に何を思うのだろう・・・・?

というか、4月21日に「麻生首相、靖国神社に真榊料奉納」と各マスコミが報じたが(例:時事通信)、カトリック教徒が異教の神殿に供物を捧げるのって大丈夫なのだろうか? 
単純に考えれば異端審問で水責め・火炙り・財産没収にされそうだが(お前のキリスト教認識はいつの時代のものだ?)、歴史を振り返れば、17世紀中国においてカトリックのイエズス会は、先祖崇拝等の儒教的慣習を宗教とは関係ない「社会的習慣」として容認することで信者獲得に成功しているし(所謂「典礼問題」。事の顛末はwikiにまとまっている)、今回の靖国神社への真榊料奉納や過去に麻生首相が行ってきた靖国神社参拝も「宗教儀式ではなく、公人としての社会的活動の一環」ということで問題無しとなるんだろうか?
(逆に「公人」としての靖国参拝等は「政教分離」等に関して別種の議論を呼びそうだが・・・)

2009年4月21日火曜日

第二百五十八段 上海航空母艦 ~Chinese Carrier

最早旧聞に属するニュースではあるが、中国の空母建造が遂に本格化するらしい。2009年4月21日の共同通信は以下のように伝えている。

初の中国産空母「建造準備整う」

上海の造船所が近く着工へ

 【北京21日共同】上海市の軍需造船会社「江南造船集団」の南大慶社長はこのほど、中国初の国産空母建造に向け「既に準備を整え、能力を備えた」と述べ、長江(揚子江)河口にある同社の長興造船所で近く空母建造に着手する計画を認めた。上海メディアが20日伝えた。

 これまで香港の民間軍事研究機関などが江南造船による空母建造準備を指摘してきたが、同社幹部が公に認めたのは初めて。空母建造が迫ってきたことを裏付けたといえ、着工時期や空母の具体的な能力が今後の焦点だ。

 同社のホームページや報道によると、長興造船所は長江河口の長興島南東部にあり、昨年6月に上海市内からの第1期移転工事が完了。敷地面積560ヘクタール、年間450万トンの造船能力があり、規模は中国最大級という。

  造船所内には4つのドックがあり、空母建造用とされている第3ドックは長さ580メートル、幅120メートルと最大。南社長は造船所の設備について「将来 にわたって海軍が必要とする艦船の建造能力を十分に備えている」と述べ、国産空母は自主技術で建造する方針を強調した。(出典:共同通信


ここでふと思い出したのが、住信基礎研究所主席研究員の伊藤洋一氏のコラム(日経BP・ECOマネジメント内)である。そのコラムでは「発展の中間省略」というものが取り上げられていた。要は技術的な空白地帯において従来型の技術を無視する形で一気に最新技術が主流となることを「発展の中間省略」と言い、氏のコラムでは中国では携帯電話の普及が固定電話の普及に遥かに先行していることを例として説明していた。

ここで中華人民共和国(=人民解放軍)の歴史を振り返ると、中国共産党が大陸の覇権を国民党政権や大日本帝国と戦ったのはあくまで陸上に限った話。その上、中華人民共和国建国の立役者たる毛沢東が大陸に引き籠って自給自足(食料から核兵器まで)の国家体制を構築する道を選択したこともあって、中華人民共和国には外洋海軍としてのノウハウは殆ど存在してこなかった(だから長年、台湾政府は実質的な独立国として存在してこれたわけだが・・・・)。
かつての大日本帝国や今日の米露英仏といった主要な空母保有国は、何十年以上も外洋海軍の経験を蓄えていった上で空母を保有するに至っているのだが、中華人民共和国は沿岸警備的な海軍からの脱皮もそこそこに一気に空母保有へと邁進している。
つまり、中華人民共和国は電話のみならず海軍という分野においても「発展の中間省略」を実現しょうとしていると言える。

しかし、空母を運用するのは中々に大変である。いざ戦争となれば戦略的にも金額的にもハイバリューな空母は真っ先に敵の標的となる。だから空母を護衛するための艦船等からなる部隊を編成する必要があるのだが、当然、それらの艦船や航空機、潜水艦、そして空母の間で情報の共有や陣形の変更などを円滑に行うために有機的な連携がとられる必要がある(さもないと敵の攻撃が防げなかったり、味方の誤射が発生したり、航路変更の際に味方艦船と衝突したり、色々と大変なことになる・・・・)。
上述の空母保有国は、そのために必要なノウハウを長年の外洋艦隊運用で蓄積してきた。その上で空母を保有している。対する中国はそこをスキップして空母を保有することになった。この差は決して小さくは無いだろう。

そう考えると、中国の空母保有は、戦略面でのインパクトはそれなりにあるものの、実際の戦場での有効性は当面は極めて限定的なものに止まると考えられる。

※因みに、件の江南造船集団のHPがこちら。興味のある方は是非どうぞ。

その中国とインド洋を巡って陰日向に鍔迫り合いを繰り広げているインドもまた、空母について動きがあったようだ。こちらは2009年4月21日のロシア通信社Novostiが以下のように伝えている。

Russia confirms Admiral

Gorshkov delivery to India in 2012

MOSCOW, April 21 (RIA Novosti) - Russia will deliver the modernized Admiral Gorshkov aircraft carrier to the Indian Navy in 2012, a senior shipbuilding industry official has said.

"Under an agreement with India, the aircraft will be delivered in 2012. Almost 2,000 highly-qualified workers are currently involved in the overhaul [of the ship]," Vladimir Pakhomov, the president of Russia's United Shipbuilding Corporation, said in an interview published on Tuesday with the Vremya Novostei newspaper.

"We will increase the number of workers and speed up the work, making sure that it does not affect the quality. We are continuing talks with Indian officials about the additional financing of the project," he added.

The original $750 million 2004 contract between Russia's state-run arms exporter Rosoboronexport and the Indian Navy envisioned that work on the aircraft carrier would be completed in 2008.

However, Russia later claimed it had underestimated the scale and the cost of the modernization and demanded an additional $1.2 billion, which New Delhi said was "exorbitant."

After long-running delays and disputes, Russia and India agreed in February 2008 to raise retrofit costs for the aircraft carrier, docked at the Sevmash shipyard in northern Russia for the past 12 years, by at least $800 million.

The current contract covers a complete overhaul of the ship and equipping it with modern weaponry, including MiG-29K Fulcrum aircraft and Ka-27 Helix-A and Ka-31 Helix-B anti-submarine helicopters.

The Admiral Gorshkov carrier, renamed the Vikramaditya, is to replace India's INS Viraat carrier, which, although currently operational, is now 50 years old.

After modernization, the carrier is expected to be seaworthy for 30 years.(出典:Novosti


記事の概要は、題名の通り、ロシアがインドに2012年に空母アドミラル・ゴルシコフを引き渡すことを承認したというもの。

この空母は1987年に艦名「バクー」としてソ連海軍の黒海艦隊に就航した。だが、その後の政治的・経済的混乱で
活躍の舞台は全く無く、1990年に艦名が政治的事情から「アドミラル・ゴルシコフ」と改められて以降はほぼ岸壁に係留されたままの状態が続き、1995年の退役を迎えている(因みに1991年には機関室火災が発生している)。やがて1996年になるとロシアとインドとの間で「同空母を全面改装した上でインドに売却する(引渡は2005年)」という合意が成立したものの、その後、改装費用を巡る確執がロシア・インド間で発生したため(上記記事によれば、最初は改装費用7.5億ドルの見積もりであったものが、最終的にロシアは追加費用として12億ドルを要求し、それにインドが「No」と答えている)、また店晒しの憂き目に遭遇したという、非常に「訳あり」な艦である

そんな薄幸の艦
アドミラル・ゴルシコフだが、遂にインドとロシアとの間で2008年2月に値段交渉がまとまって(結局、インドはロシアに8億ドル払うことになったらしい・・・)、この度、2012年の引渡が決定されたとの由。

結局インドがロシアの値上げ攻勢に多少なりとも譲歩した背景には、中国の海軍力増強があることは想像に難くない。そして空母建造を発表した中国も中国で、空母完成の暁に配備する主力艦載機は多分ロシア製だろう(Mig-29KかSu-33かは知らないが)。

南の大海でインドと中国が張り合えば、潤うのは極北の巨人ロシア。
まさに漁夫の利、漁夫の利

2009年4月20日月曜日

第二百五十七段 音速の遅い読書『断章のグリム』1~10

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品

断章のグリム〈1〉灰かぶり (電撃文庫)
甲田 学人
文庫
アスキー・メディアワークス
総合評価 4.0
発売日 2006-04

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グリム童話をベースにした作品には二系統ある。一つはディズニー作品に代表される明るいファンタジー。もう一つはかつて流行った「本当は怖いグリム童話」に近い系統。この二つ。
本作品はどちらに属する作品か? それは後者である。

まず人間の世界は「泡禍」というものの脅威に晒されている。その「泡禍」に主人公とその仲間は「断章」と呼ばれる特殊能力で対抗するというのが、この現在10巻まで出ているこのシリーズの基本骨格である。

では、その「泡禍」とは何か? 本書では次のように説明している。
この概念上『神』と呼ばれるものに最も近い絶対存在は、僕ら人間の意識の遥か奥底で有史以来ずっと眠り続けている。眠っているから僕ら人間には全くの無関心で、それゆえ無慈悲で公平だ。
ある時、神は悪夢を見た。
神は全知なので、この世に存在するありとあらゆる恐怖を一度に夢に見てしまった。
そして神は全能なので、眠りの邪魔になる、この人間の意識では見ることすらできないほどの巨大な悪夢を切り離して捨ててしまった。捨てられた悪夢は集合無意識の海の底から泡となって、いくつもの小さな泡に分かれながら、上へ上へと浮かび上がっていった。
上へ―――僕たちの、意識へ向かって。
僕らの意識へと浮かび上がった<悪夢の泡>は、その『全知』と称される普遍性ゆえに僕らの意識に溶け出して、個人の抱える固有の恐怖と混じりあう。
そしてその<悪夢の泡>が僕らの意識よりも大きかった時、悪夢は器をあふれて現実へと漏れ出すのだ。

この「泡禍」が現実世界に漏れ出した時、それは童話や神話といった人類に古くから伝わる説話の形をとって顕在化するのだが(この辺りの詳細な説明は本書を参考されたし)、その際に日頃の行い、日々の努力、個人の人間性、そういったものを一切無視して哀れな被害者を呑み込むという「泡禍」の性質を見ると、株式投資をやっている人間としてはそれが「バブル経済」と二重写しに見えて仕方がない
「異形の経済学者」とも呼ばれるスーザン・ストレンジは、著書『カジノ資本主義』(1988年刊:岩波書店)で、膨張する金融市場の陰影を以下のように描写した。
大金融センターのオフィス街のカジノで進められていることが、新卒者から年金受領者まですべての人々の生活に、突然で予期できない、しかも避けられない影響を与えてしまうのである。金融カジノでは誰もが「双六」ゲームにふけっている。サイコロの目がうまくそろって突然に幸運をもたらすか、あるいは振り出しに戻してしまうかは、運がよいかどうかの問題である。

如何なる斟酌も酌量も無く、ひたすら人々を呑み込み翻弄していく「泡禍」と「バブル経済」、本当に似ている。(そういえば、どっちも「泡」だ・・・)。

そしてその「泡禍」の脅威に対抗するには、「泡禍」から生還した人間の特殊能力「断章」が必要となってくる(といってもせいぜいが「泡禍」の損害を最小限にすることぐらいしかできず、それすら苛酷・無惨な決断無しには済まないのだが・・・)。だが、「断章」は「泡禍」ゆえにもたらされたものであり、一般的なファンタジー等で主人公が努力の果てに掴んだ魔法や技とは全く異質の暗さを含んでいる。

そして、再度現実世界の金融市場に目をやれば、「バブル経済」の悪弊に対応することは、素人には土台無理な話で、金融や経済に通じた専門家の力が必要になってくる。だが、その専門家の力とてせいぜいが悪弊の被害をどの程度小さくできるか、といったものでしかなく、それすらも多くの批判や後味の悪さ無しでは済まないものであることは論を俟たない。

他にも、本シリーズには投資家が見ればどうしてもバブル経済に連想が及んでしまうような記述が散見される(著者がどの程度それを意識して書いているかは不明だが・・・)。

まぁ、そこまで穿った読み方をしなくても、本書で披露される民俗学等の知識はトリビア的好奇心を満たしてくれるし、単純なホラーものとしても十分に面白い。
痛覚的な意味で非常に刺激的な描写があるので、苦手な人は注意が必要だろうが、一読の価値ある作品と言えよう。

2009年4月19日日曜日

第二百五十六段 音速の遅い読書『三日月(クレセント)の世紀―「大航海時代」のトルコ、イラン、インド』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。

三日月(クレセント)の世紀―「大航海時代」のトルコ、イラン、インド (新潮選書)
那谷 敏郎

新潮社
発売日 1990-05

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当該作品が取り上げるのは、12~18世紀のイスラム圏(大体、現在の中東、中央アジア、北インド地域にかけての一帯)における諸王朝の興亡である。特にメインとなるのが、本書の副題にある様に一般に「大航海時代」と呼ばれる15~17世紀である。この時代、貧しい欧州が香料と金を求めて大西洋に漕ぎ出したことが広く知られている一方、オスマン帝国やサファヴィー朝、ムガル朝といったイスラム諸王朝が空前の繁栄下にあったことはあまり知られていない。その歴史の暗がりに明かりをともしたのが本書である。

当該作品を読んで、個人的に興味深かったのは以下の二点である。

一つは、中東を中心とした地域で繰り広げられた現実主義外交である
本書では、各イスラム王朝や欧州諸国が、自国の安全と国益を賭けて繰り広げた複雑な合従連衡の有様が活写されている。
例えば、イスタンブールを根拠に強大な勢力を誇るオスマン帝国に対し、イラン高原を支配するサファヴィー朝と欧州のハプスブルグ王朝やイタリアの諸都市国家との間では、オスマン帝国を東西から挟撃するための同盟工作が行われている。
一方のオスマン帝国もそれを指をくわえて静観しているわけでは全くない。オスマン帝国は欧州の覇権を巡ってハプスブルグ王朝と鋭く対立し、イタリア半島に領土的野心を燃やすフランス・ヴァロア朝と同盟を締結する他、イラン高原を背後から脅かす中央アジアの遊牧民族と連携してサファヴィー朝を牽制している。
そしてサファヴィー朝も欧州諸国と結ぶ一方でアフガンから北インド一帯に勢力を張るムガル朝との関係も強化することで、オスマン帝国と結んだ中央アジアからの脅威に対抗している。
そこにはイスラム教もキリスト教も無い。ただ「敵の敵は味方」という千古不易の戦略原則があるだけなのである。
ここで視点を現在に移せば、各種報道は、中東や中央アジアの諸国や諸勢力と欧米や日本といった国々との関係についてどうしても「イスラム教」というフィルターをかけて報じがちである(例えば「イスラム教対キリスト教」とか「イスラム教だから反米的」とか・・・)。しかし、地政学的得失や安全保障上の損得というのは、そうした宗教やイデオロギーの相違を超えて共通する(単純な話、どんな宗教・イデオロギーを採っていようが、自国が敵対的な勢力に包囲されて喜ぶ国は無い)。そこを踏まえなければ、どんな理念や理想を掲げようが、実りある対話は生まれないことを本書は浮き彫りにしている。

二つ目に興味深かったのは、地域を超えた共時性である。
具体例として鉄砲隊の活躍が挙げられる。
日本列島では1575年に長篠合戦で織田信長軍は鉄砲を大量に運用することで武田軍を撃破している。
欧州では1503年にハプスブルグ朝スペイン軍がパヴィアの戦いで鉄砲を活用してフランス軍を大破している。
本書が取り上げるイスラム圏ではどうか?
1514年にチャルディラーンの戦いにおいて鉄砲と大砲で装備したオスマン帝国の大軍が騎馬兵主体のサファヴィー朝軍を撃破している。
1526年にパーニーパットの戦いでムガル朝軍は鉄砲隊を活用することで北インドのライバルであったロディー朝軍を撃破している。
鉄砲隊を戦場の檜舞台に押し上げた合戦が、いずれの地域でも1500年代に集中しているというのが実に興味深い。

本書は取り扱う地域も時代もそれなりに広い。その上、地域柄、多くの日本人にとって耳慣れない王朝名や人物名、地名も頻出する(黒羊朝やジャライル朝、タフマースプ、トランスオクシアナ等等)。従って、本書に最初目を通した時は若干読みにくさを感じるかもしれない。しかし、現在はネットやWikiという文明の利器が存在する。これらをお供にすれば、本書の読みにくさも大半が解消しようし、それらの読みにくさを踏まえた上でも、本書は十分に面白い。

2009年4月16日木曜日

第二百五十四段 習近平副国家主席、モンゴル首相と会談のこと

2009年4月15日、中国の習近平副国家主席が、モンゴルのサンジャーギン・バヤル首相と北京にて会談したとのニュースを新華社が報じた。
习近平会见蒙古总理巴亚尔
新华网北京4月15日电(记者荣燕)国家副主席习近平15日在钓鱼台国宾馆会见了蒙古总理巴亚尔。

习近平欢迎巴亚尔来华出席博鳌亚洲论坛年会,感谢去年访问蒙古时蒙方给予的盛情款待。他说,蒙古是中国友好邻邦,中方高度重视发展与蒙古友好合作关系。近年来,两国关系不断取得新的发展。双方高层交往频繁,政治互信加深,经贸合作扩大,人民间友好感情进一步拉近。

习近平说,今年是中蒙建交60周年。60年的发展历程给我们留下许多宝贵经验。一是相互尊重独立、主权和领土完整,尊重各自选择的发展道 路,这是两国关系发展的重要基础;二是双方都本着与时俱进的精神,致力于拓展双边关系,这是两国关系生机勃勃的源泉所在;三是双方都视对方发展为重要机 遇,充分利用地缘优势,大力推进互利合作,这是两国关系发展的持久动力。新形势下,中方愿同蒙方一道,以中蒙建交60周年为契机,推动中蒙关系向更高水平 发展,更好造福两国人民。

巴亚尔愉快回忆起习副主席去年对蒙古的成功访问,表示蒙方高度重视发展对华关系,对近年来蒙中关系的发展感到满意,真诚感谢中 方迄今对蒙古提供的援助和支持。他说,中国政府积极应对国际金融危机的举措给世界留下深刻印象,也增强了蒙方克服困难的信心。蒙方愿与中方加强合作,共同 应对挑战,推动两国关系进一步向前发展。

外交部副部长李辉等参加会见。(出典:新華社)

要するに、習近平副国家主席がバヤル・モンゴル首相の博鳌アジアフォーラム()出席を歓迎すると共に、昨年のモンゴル訪問時の盛大な歓迎に礼を述べ、対するバヤル首相は中国・モンゴル関係の重要性と更なる前進の必要性を述べた。すると習近平副国家主席は、今年が中国(人民共和国)とモンゴルとの国交樹立60周年であることを指摘してバヤル首相発言に同意した。また、バヤル首相は中国の援助に対して感謝の意を表すると共に、国際的な金融危機に対する中国の積極的な対応に対し、モンゴル側はそれが奏功するものと確信していることを述べ、今後も中国との協調関係を強化していく意向を表明した。この両首脳の会見には外交部副部長の李輝氏らも出席していた。というのが記事の概要。

しかし、中国(人民共和国)とモンゴルの60年にわたる関係は、友好や信頼のみで語れるほど麗しいものではなかった。
清王朝以来、北京政権の支配下にあったモンゴルは、1920年にソ連の軍事力を背景に独立してからは「ソ連16番目の共和国」と呼ばれるほどの親ソヴィエト路線を採ってソ連軍の領内駐留を認め、そのソ連軍は連邦崩壊のその時まで中国に多大な脅威を与えていた(なお、70~80年代の中国が所謂「日本の戦争責任」について比較的抑制された態度を取り続けたのは、モンゴル領内やシベリアのソ連軍から脅威を受けている中では日本との関係を拗らせたくないという現実的な判断があった。このことは忘れられるべきではないだろう)。
1991年になってソ連が崩壊すると、モンゴルは中国との関係改善に動いて2004年にはオブザーバーとして上海協力機構に参加する一方、2003年のイラク戦争支持やその後のイラク派兵に代表される米国との関係強化、中国と伝統的なライヴァル関係にあるインドとの関係強化、豊富な鉱物資源の外交カード化によって中国の一方的な影響力拡大を牽制するというなかなかに強かな外交を展開している。

そんな背景を頭に入れて、もう一度上記記事で報じられた両国首脳の発言を読むと、相手が美辞麗句を口にする度に心の中で「よく言うよ」と突っ込みを入れている両国首脳の図が浮かんできて妙に笑える。(w ̄)

※博鳌(ボアオ)アジアフォーラム
世界的に有名なダボス会議のアジア版として、中国政府主導で立ち上げられたフォーラム。開催地は中国・海南島の博鰲。オーストラリア、バングラデシュ、ブルネイ、カンボジア、中国、インド、インドネシア、日本、イラン、カザフスタン、キルギス、ラオス、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、ネパール、パキスタン、フィリピン、韓国、シンガポール、スリランカ、タジキスタン、タイ、トルクメニスタン、ウズベキスタン、ベトナムの26カ国から首脳や大企業経営者、学者、NGO代表等が出席している。

2009年4月15日水曜日

第二百五十三段 軽笑は春風と共に

最近、徐々にヒートアップしてきた気温と湿度に踊らされ、心に浮かんだ由無し事を一つ、二つ・・・・。

<民主主義>
Q:民主主義とは如何なる政治形態か?
A:米軍の爆撃で始まり、
         旧政権の銅像を引き倒し、
                   デモとテロで幕を閉じる政治形態。

<服喪>
Q:麻生首相と李明博大統領の乗った飛行機が墜落した。最も悲しんだ国民は?
A:北朝鮮国民である。
Q:何故?
A:将軍様が乗っていなかったからだ。

<存在感>
最後の審判が前倒しされ、各国の為政者が神の前に引き出されてきた。
最初は米国のオバマ大統領。
神:オバマよ、お前は「チェンジ」と言いながら、前政権同様にイラクとアフガンで多くの者を
  死に追いやった。よって地獄行き。
続いて中国の胡錦濤主席。
神:胡錦濤よ、お前は在任中チベットやウィグルでの残酷な弾圧を遂にやめなかった。
  よって地獄行き。
やがて、日本の麻生首相の番になった。
神:(名簿帳をめくりながら)・・・ええと、君は誰だっけ?

<赤色テロ>
Q:赤色テロとは何か?
A:不況のことである。
Q:何故か?
A:誰もが赤(字)の恐怖に慄いている。

<核兵器>
Q:貧者の核兵器とは何か?
A:貧者自身である。
Q:何故か?
A:核ミサイルなら迎撃しても文句は出ないが、難民は・・・・・。

<共存>
Q:中東和平に必要な精神とは何か?
A:経済学の精神である。
Q:何故か?
A:ノーベル経済学賞を見よ。対立する学説が同時受賞している。

2009年4月14日火曜日

第二百五十二段 ヨルダン、原子力開発で日本と協力

世上「低炭素化社会」の掛け声が高まる中、火力発電に代わる安定的電力源として世界的にも見直しの進む原子力発電。当ブログでも中国の原発増設(第二百十一段参照)、UAEやヨルダンもまた原子力開発に興味を示していること(第百七十三段第百六十段それぞれ参照)を取り上げましたが、この度、日本がヨルダンに対して原子力開発を協力することになった模様です。本日4月14日のブルームバーグは以下のように報じております。
経産省:ヨルダンの原子力開発を支援-ベトナムなどに次ぎ5カ国目

  4月14日(ブルームバーグ):政府はヨルダンの原子力開発を支 援する。日本とヨルダンは14日、原子力発電協力合意に署名した。日 本が外国の原子力発電などの開発を支援するのは、カザフスタン、イ ンドネシア、ベトナム、アラブ首長国連邦(UAE)に次いで5カ国目。

  経済産業省の発表資料によると、ヨルダンは2017年に原子力発電 所の運転開始を目指しており、日本が準備や具体的な計画立案を支援 するほか、人材育成などで協力する。ヨルダン国内にあるウラン鉱脈 からウランが採れるかどうか調査する。協力期間は今年から5年間。

  ヨルダンは30年にエネルギー自給率100%を目標に掲げている。 現在水不足を解消するため、海水の淡水化を進めているが、これには 膨大な電力を必要とするため、原子力発電所の建設が計画された。(出典:ブルームバーグ)

個人的に興味を持ったのが、既に日本が原子力開発協力で合意している国々。これらを地図上に示したのが以下の図表。
カザフスタン、ヴェトナム、インドネシアの3カ国を見れば、綺麗に西と南から中国を包み込む形になっていることが窺えようかと思います。ここから、日本の対外原子力協力が、中国牽制という一面を有していることを推測するのは、さほど困難なことではないでしょう(カザフスタンやインドネシアについては資源外交としての一面も十分にあるのでしょうが)

中東UAEに対する原子力支援については、資源、特にアブダビの石油・天然ガスへのアクセスを狙った日・UAE関係強化策の一環として見てそう大きな間違いはないかと思います。

では、ヨルダンに対する原子力開発協力は何のために行うのでしょうか?
ここでヨルダンの地理を顧みれば、多少の天然ガスは産出するものの、その量は湾岸諸国やロシア等に比べれば非常に微々たるもの。記事中でも言及されている様にヨルダンはウラン鉱脈を有しているものの、それが商業ベースに乗るかどうかはまだ未確定。そう考えると、資源外交の一環としての意味合いはあまり大きくないと考えられます。
人口を見れば約611万程度(2008年時点)で、日本の千葉県の人口(2008年時点)と大体同じぐらい。わざわざ政府が前面に出て開拓に乗り出したくなるほどの市場規模があるというわけでも無し。
以上のように、資源も(現時点では)大して存在せず、大市場としての魅力も無いヨルダンに、何故日本は原子力開発支援を行うのか?

考えられる理由とすれば、中東和平への側面支援が挙げられるのではないでしょうか?

そもそも、ヨルダン約611万人の人口のうち、半分程度がパレスチナ人となっています。このような人口構成になったのは、数次にわたる中東戦争(特に第3次中東戦争)によって故郷を逐われたパレスチナ人が大量に流入したためです。そんな国がイスラエルやその庇護者たる米国に対して穏健な外交姿勢を維持しているのは、一重に同国を支配するハーシム王家が軍や警察等の力でパレスチナ人に根強い反米・反イスラエルの声を抑え込んでいるからに過ぎません。
仮にパレスチナ人勢力がハーシム王家の打倒に成功した場合(実際、ハーシム王家は1970年~1971年にかけてPLOを始めとしたパレスチナ人勢力と実質的な内戦を戦い、これに辛勝することでヨルダンの支配権を維持している)、ヨルダン新政府はほぼ間違いなく外交姿勢を反米・反イスラエルに転じることになるでしょう。そうなると、反イスラエル闘争を掲げるテロ組織の聖域が一気に拡大することになり、中東和平は完全に頓挫することになります。その悪影響は早晩イラクや湾岸地域といった大油田地域に波及することになるでしょう。

そのようなシナリオが実現することを防ぐには、何よりもまずヨルダン経済を振興し、パレスチナ人を含んだヨルダン国民が物質的にある程度豊かな生活を送れるようにする必要があります(豊かになった人間が政治的に保守化し、何よりも安定を望むようになることは、千古以来多くの聖賢が述べている通りです)。
かといって、ヨルダンは天然資源に恵まれているわけでもなく、国を豊かにしようとすれば何らかの産業を振興する必要になります。その産業としてヨルダンが白羽の矢を立てたのが、原子力産業であり、中東の安定に死活的な利益を有する(原油の8~9割を中東に依存)日本がこれに呼応した結果、件の原子力開発協力が成立したと考えられるのではないでしょうか。

2009年4月12日日曜日

第二百五十一段 中国、時を超える三角関係

21世紀前半の国際社会において良くも悪くも政治・経済両面で大きな存在感を示す中国。その中国を率いる胡錦濤国家主席が、民主的改革への反発で失脚した悲劇の宰相胡耀邦を政治的恩師とし、最後の革命元勲鄧小平によってポスト江沢民として位置付けられて現在の地位に至ったことは広く知られている。そして胡耀邦の栄達と失脚に鄧小平が大きな役割を果たしたことも広く知られている。この胡錦濤―鄧小平―胡耀邦の複雑な三角関係は、今の中国政治においても未だに隠微な影を落とし続けている。

そしてここにきて、その三角関係を蒸し返すような話が出てきた。時事通信は以下のように伝えている。
【香港11日時事】中国共産党の故胡耀邦元総書記が1987年に失脚する前に、米国の学者との会見で当時最高実力者だった故トウ小平氏の政治的保守性を批判していたことが分かった。この学者が香港誌・明報月刊に語った。
  胡氏と会ったのは米国の政治学者、楊力宇氏。同誌4月号によると、胡氏は1980年代半ば、北京で楊氏と会見した際、経済改革だけを進め、政治改革を拒む のは誤りだと述べたほか、トウ氏が提起した共産党の指導など「四つの基本原則」堅持という言い方や「ブルジョア自由化反対」「精神汚染反対」といった保守 派主導の政治キャンペーンにも反対を表明した。
 胡氏は名指しを避けたものの、明らかにトウ氏を批判の対象にしていたという。楊氏は「胡氏とトウ氏は多くの理念や主張がほとんど正反対だった」と回想している。(2009/04/11-17:32)(出典:時事通信)

さて、ここでユーラシア西部を見れば、中国と陰に陽に協力関係があるとされるイランが核開発進捗の順調さを誇示する一方(出典:共同通信)、エジプトの同国内におけるヒズボラの蠢動批判(出典:GulfNews)、「イランは張り子の虎」発言に代表されるサウジ政府の対イラン口撃激化(出典:GulfNews)といった具合にアラブ諸国はイランへの強硬姿勢を強めている(これらアラブ諸国の姿勢は、イスラエルのイラン攻撃にとって追い風となり得る)。
片やユーラシア東部を見れば、中国が実質的な庇護者となっている北朝鮮がミサイル実験を行ったことで、日本や韓国といった周辺国との間で緊張が高まっている。

そんな微妙な時期に、イランと北朝鮮の両方にパイプを持つ中国現政権の正統性に傷をつけかねないニュースが出てきたわけで、その背後関係について色々な考え(妄想)が巻き起こってくるのは致し方ない所ではある。
何といっても、現国家主席の師匠と抜擢者が対立関係にあったという話が大っぴらになれば、反胡錦濤派にとっては格好の批判材料が出てきたことになるし(要するに「お前は鄧小平の流れを継ぐものなのか、胡耀邦の流れを継ぐものなのか、はっきりせよ」と迫れる)、その批判への答え如何によっては胡錦濤政権は自らの支持勢力を減らし、幾つかの勢力を敵に回しかねないのだ(胡耀邦寄りの姿勢を単純に示せば、鄧小平とその一族に近い勢力には面白くないだろうし、鄧小平寄りの姿勢を単純に示せば、胡耀邦に同情的な人々の反感を買うことになる)。まさにこのニュースは、胡錦濤政権を弱体化させかねない地雷なのだ。今後の展開が非常に気になる。
( ̄w ̄;)

また、世界各国の例を見れば、政治改革(所謂「民主化」)を先行させた国々は、当初こそ西側社会から賞賛されたものの、結果的には政治的混乱、甚だしきは内乱の落とし穴にはまって国際社会のお荷物と化してしまったものも多い(例:アルジェリア、ユーゴスラビア、(傷は比較的浅かったものの)東欧諸国、ロシア(特に原油価格高騰前の)等)。対して経済改革(所謂「市場経済化」)を先行させた国々は、「開発独裁」と呼ばれて人権団体やら国際機関から批判を受けたものの、結果的には国家経済の近代化や国民生活水準の向上に成功し、国際社会においても一定の影響力を有するようになった(韓国、シンガポール、台湾、インドネシア(97年の通貨危機以降はパッとしないが)等)。

その意味で、10億人以上の人々が暮らす人口大国において「政治は共産党独裁、経済は自由化」という鄧小平路線が「政治も経済と同様に自由化(民主化)」という胡耀邦路線に勝利したのは、日本や韓国、それに東南アジアといった周辺諸国にとって真に幸運なことであった。中国がユーゴスラビアの如き惨状となって大量の難民が溢れ出した場合を想起すればこの思いは一層強くなる。
何故なら、仮に中国がユーゴ化した場合、日本は万単位の(しかも脱走兵や脱獄者、犯罪組織の構成員といった武装者をそれなりに含むであろう)難民を前に対処しなければならなかっただろうし、弱く分裂した中国で経済が発展するわけがないから、後年の中国需要を背景にした重厚長大産業の復活もあり得なかったからだ。

そう考えれば、胡耀邦に対する鄧小平の政治的勝利、そして天安門事件における鄧小平の決断と行動は、日本においてはもっと評価されて然るべきだろう。

2009年4月9日木曜日

第二百四十八段 音速の遅い読書『ニミッツの太平洋海戦史』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。

ニミッツの太平洋海戦史
チェスター・W. ニミッツ
単行本
恒文社
発売日 1992-08

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日本列島に基盤を置く国家と国民の運命は、基本的に実に単純なルールに基づいて決定される。その単純なルールとは、本書序文のニミッツ提督の言葉に端的に示されている。
日本は、強力な海上力を持つことによって、あるいは、大きな海上力を有する強力な同盟国と手を堅く握ることによってのみ、その生存と繁栄を続けることができる。
これは歴史的に見ても全くの事実である。現在の日本では、1億人以上の人々が豊かな食物と快適な空調、そして多種多様な娯楽に囲まれながら四六時中を過ごしている。この大部分の日本人の生活レベルは、同時代のアフリカやアフガンの人々は無論のこと、ほんの200~300年前の王侯貴族のそれを遥かに凌駕するものである。この繁栄の大部分が、日本が同盟国米国の強大な海軍が睨みを利かせる”海上の道”を通じ、原材料を輸入して優れた工業品に加工し、それを世界中に売り捌いている事実に依っていることを否定する人はまずいないだろう。

逆に、日本が”海上の道”から目を背けた時代は、同時に停滞と貧窮の時代であった。1867年の明治維新の以前の日本列島、江戸幕府という政権が世界と政治的・経済的繋がりをほぼ遮断し、完全な自給自足体制を築きあげていた時代がその典型である。
人口は大体3000万程度で安定していた。もしこのラインを越えて人口が増加した場合でも農業を基盤とした脆弱な社会はこれを強固に支えることはできず、冷害や旱魃による飢饉、疫病といった調整役によって、増えた人口は”いつもの水準”にまで戻るのである。
生活水準はどうか? 当時の世界各地域と比して特段貧しいという訳でもなかろうが、特段豊かとも言えないというのが妥当な所だろう。少なくとも、現代の一般的な日本国市民はおろか、昭和期や大正期、明治後期の大日本帝国臣民が好き好んで回帰したいと願うほど魅力的なものとは考えにくい

閑話休題、その海に背を向けた貧しい江戸幕府の時代と海を利用することで世界屈指の豊かさを手にした日本国の時代、その中間には大日本帝国の時代が存在する。この大日本帝国の時代は、その海洋戦略によって前期と後期に分けることができる。

1867年の明治維新で産声を上げた大日本帝国は、当初強大な海上力を有するイギリスとの友好関係(後に同盟)を外交の柱として国際社会の荒波に漕ぎ出し、やがて日清戦争(1894年)、日露戦争(1904年)の両戦役を経て列強の一角を占めるに至る。これが前期である。
大国の仲間入りを果たした大日本帝国は、第一次大戦(1914年)を戦勝国として乗り切るや(必ずしも大日本帝国の意図にのみ依るわけではないが)日英同盟を破棄し、自らが海洋大国となって太平洋地域の主導権を握る道を目指すことになる。これが後期である。

後期の大日本帝国の行動は、太平洋に大きな関心を抱くもう一つの大国アメリカ合衆国の反発を招くことになる。両者の対立は大日本帝国連合艦隊の米国領ハワイ島真珠湾攻撃(1941年)によって幕を開け、日本本土に対する二発の原爆投下とソ連の突然の対日参戦による大日本帝国の降伏で幕を閉じる。所謂「太平洋戦争」の顛末である。

本書は、その太平洋戦争においてアメリカ太平洋艦隊を統率したニミッツ提督が、戦後、広大な太平洋を舞台に繰り広げた大日本帝国海軍との国家の生存を賭けた熾烈無惨な戦闘を振り返り、自身が如何に考え、判断し、作戦を実施したか、そして当時実施された日米両軍の作戦に対する自身の見解をまとめた作品である。

大日本帝国軍の敗因として軍内に蔓延るセクショナリズムが挙げられることは多いが、本書を読む限りでは米軍のセクショナリズムもなかなかのものである。いや、兵站の軽視を除けば、大日本帝国軍の敗因として語られる事象は、結構当時の米軍においても認められるものであったといえよう。

それでも米国が勝って戦後の覇権を握り、大日本帝国は敗北して滅亡したのは何故か? やはり大日本帝国軍は兵站を軽視し、米軍はそうでなかったというのが大きいのだろうし、他にも多くの要因があろうが、本書を読むと、米軍の改善主義もまた勝敗に大きな影響を与えたように思える。
要するに、米国は失敗した場合、着実にその要因を分析し、得た教訓を次に反映しているが、大日本帝国軍はそうではなかったのである。同じ過ちを度々繰り返しているのである。
結果、米軍は戦えば戦うほどに強くなったものの、対する大日本帝国軍は戦う毎に同じ過ちを繰り返し続けて消耗する一方となったのである。

もとより本書は題名に「ニミッツの」と銘打たれているように、ニミッツ提督の目に映った太平洋戦争の様相を記したものである。だから本書の記述には、当然ながら完全な公正無私、厳正な不偏中立といったものは期待すべきではなかろう(但し、本書では大日本帝国を悪、米国を善と道徳的に色分けする記述は全く無い。あくまで生存を賭けて争う二つ国家の軍勢が如何に戦ったかをできるだけ客観的に記そうとしている)。
それでも、真珠湾の衝撃に沈む米海軍が、ニミッツ提督の指揮下、態勢を立て直し、優勢な敵軍の前によく粘り、やがては形成を逆転に導き、敵国を降伏させるに至る経過は実に興味深い。戦史としての面白さ以外に、日常においても生かせる教訓や考え方に満ちた作品と言えよう。

2009年4月8日水曜日

第二百四十七段 北朝鮮狂騒曲

北朝鮮のミサイル騒動を見ていて、心の浮かんだ由無し事などを一つ、二つ・・・・。

<構成要素>

テポドンミサイルの構成要素を答えよ。
回答
・日本からの流出技術
・日本からの不正送金
・北朝鮮の国旗マーク

<不安>
今回のミサイル騒動で不安を掻き立てられた人たち
・日本の人々
・韓国の人々
・北朝鮮からミサイルを買った国々の首脳

<存在>

実在するか怪しいもの
・幽霊
・UFO
・北の人工衛星

<誤報>
官房長官:ミサイル誤報の原因は何だ?
防衛大臣:現場からは正しい報告書類が送付されてきています。
官房長官:なら何故、誤報が発生するんだ?
麻生首相:すまん、俺が読み間違えた。

<天気>

記者会見中、福島みずほ社民党党首が突如傘をさした。
記者:福島党首、本日は快晴ですが・・・・?
福島党首:平壌はいま雨よ。

<断念>
Q:シリアが突如核兵器開発を断念したのは何故か?
A:載せるミサイルが全て北朝鮮製であることに気づいたからだ。

<先進性>
平壌でのイデオロギーテスト
教師:唾棄すべき資本主義経済の現状を答えよ。
生徒:唾棄すべき資本主義経済は、絶望の崖っぷちにあります。
教師:よろしい。では輝ける主体主義経済の現状を答えよ。
生徒:輝ける主体主義経済は、常に資本主義経済の一歩先にあります。

<月>
北朝鮮が遂に月に宇宙飛行士を送り込むことに成功した。
その時の通信の一コマ。
将軍様:月の大地の様子はどうだ?
宇宙飛行士:はい、偉大な祖国の大地と何ら変わる所はありません。

こんな由無し事が浮かぶ一方で、テポドン2号の打ち上げ映像を見て「真宵フラグゲットじゃよ」が連想されたのは、また別の話・・・・。

2009年4月7日火曜日

第二百四十六段 音速の遅い読書『ヤルタ会談 世界の分割―戦後体制を決めた8日間の記録』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。

ヤルタ会談 世界の分割―戦後体制を決めた8日間の記録 (Nigensha Simultaneous World Issues)
アルチュール コント
単行本
二玄社
発売日 2009-03

アマゾン通販


著者はフランスの代議士たるアルチュール・コント氏。
彼はフランス社会党議員として仏サルス市市長、産業通商大臣、欧州議会仏代表、西欧連合議会議長といった役職を歴任した後、1962年からは右派の共和国民主連合に身を投じてジスカール・デスタン政権を支える等、波瀾万丈の政治家人生を歩む一方、文筆家としても多数の著作をものにし、世の評価を受けた人物である(政治家として成功する一方で執筆業でも成功を収める辺り、どこか本書の主人公の一人である英国のチャーチル首相を彷彿とさせる)。

そんな彼が題材に選んで本書で活写したのが「ヤルタ会談」。ナチス・ドイツ、大日本帝国の同盟に対抗するために手を結んだ米国のF・ローズヴェルト大統領、英国のチャーチル首相、ソ連のスターリン首相という連合国首脳による、枢軸国制圧後を見据えた文字通りの”世界分割”協議である。

その世界分割協議がワシントンでもニューヨークでもロンドンでもなく、ソ連の一地方クリミア半島のヤルタで開催されたという事実、もっといえば、19世紀以来常に世界の頂点に君臨してきた大英帝国の首相と活力と理想に満ちた世界最大の工業国アメリカ合衆国の大統領が、1917年の建国以来、国際社会から一貫して異物視されてきた社会主義国ソヴィエト連邦の首相に会うために何千キロの旅路を駆けつけるという事実。それはまさに、ソヴィエト連邦が世界大国として浮上したことを鮮明に示す時代の瞬間であった。

そのソヴィエト連邦を率いるヨセフ・スターリンという存在を本書は以下の様に描写している。
その本質的なところとは、スターリンは一人の人間である以上に、ある抽象的観念、というよりもむしろ一つの方法を体現していることである。彼は実地のマルクス=レーニン主義なのだ。彼はその厳格さと自意識のすべてにおいて革命的弁証法なのである。
ならばスターリンという存在が体現する革命的弁証法とは何か? 引き続き本書から引用すれば、それは以下のようなものである。
資本家の社会は「絶対に異常」だとする闘士、資本主義の衰退を頑として信ずるマルクス主義者、その衰退は危険を伴うとする通暁せるレーニン主義者、そして「一国社会主義」の原則から「社会主義国が非社会主義社会の問題に関与する」という原則に移行したスターリン主義者、そういう人々の緻密で深い分析による確固とした信念なのである。
このような信念の体現者たるスターリンが率いるソ連代表団とF・ローズヴェルト大統領やチャーチル首相がそれぞれ率いる英米代表団の三者は、著しく弱体化しながらも抵抗を止めない枢軸国の動向を横目に見ながら、どのようにして交渉を行い、どのような合意を形成していったのか?
そこが本書の見所である。

かつて毛沢東は「戦争とは血を流す政治であり、政治とは血を流さない戦争である」と喝破したが、その血を流さない戦争のスリリングさを簡にして要たる文章で堪能させてくれる一冊と言えよう。

最後に贅言だが、本書は一仕事終えた一人の老人の安堵と感傷とで幕を下ろす。やがてその老人の”一仕事”が欧州で、中東で、中国大陸で、インドシナで、そして朝鮮半島で不穏な煙を発し、やがてその中の幾つかが本格的に発火するのを人々は目にするだろう。その時、世界はこの老人の陶酔が新たな”世界大戦”の引き金を引いたことに卒然と気付くのである。だが、それはまた別の話・・・・・。

2009年4月5日日曜日

第二百四十四段 極氷消失 ~Lost Ice

資源開発や新航路開通、安全保障と言った観点から、当ブログでも注目している北極海氷融解の進捗状況だが(第五十九段第百七十五段等参照)、今までは「早ければ21世紀後半あたりに北極の海氷全消失だろう」という見込みがIPCC等によって示されていた。ところがここにきて、融解進捗度が速度を上げてきている可能性があるという。米国海洋大気局とワシントン大学の共同研究チームが、そんな調査結果を公表した。

4月4日の共同通信は、以下のように伝えている。

北極の氷30年以内に消滅も

米研究チーム予測

【ワシントン3日共同】地球温暖化の進行で、夏の北極の海氷は2037年までにほぼ完全に消滅すると、米海洋大気局(NOAA)とワシントン大の研究チームが、3日付の米地球物理学会誌に発表した。

 07年に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次報告書は「21世紀後半までに消滅するとの予測がある」としたが、より早く30年以内に現実になるとの指摘だ。

 北極の海氷面積は07年9月に観測史上最小を記録、08年9月には史上2番目に小さくなった。チームがこれら最新のデータを取り入れ、IPCC報告書で使われている気候モデルで再計算したところ、37年9月にほぼ消滅するとの結果が得られた。

 夏に海が拡大することで吸収された熱が、秋以降に海から大気に放出されて気温が高くなり、それが海氷の融解を加速する現象が起きているという。

 チームは「温暖化以外の、自然変動による不確実さも考慮に入れると、20年代後半には消滅する可能性もある」と指摘している。(出典:共同通信)


因みに、海氷が全くない状態の北極の地図が以下の通り。

もし海氷が消滅して海洋資源の開発が容易になれば、利益を挙げる企業として最初に考えれられるのが、ノルウェーの石油・天然ガス会社スタトイルハイドロ、ロシアの天然ガス企業ガスプロムであろう。

日本の個人投資家が投資可能かを見れば、ガスプロムについてはロシア株を取り扱っているネット証券で取り扱っているので、さしたる困難は無い(もっとも、ロシア株全般について言えることだが、手数料が他の金融商品に比べて割高になりがちという面がある)。
一方のスタトイルハイドロはノルウェー・オスロ証券取引所の他に、米国NY市場にもADR(sto:NYSE)を上場しているものの、ネット証券で同銘柄を取り扱っている所は今のところ無いので、敷居は高い。

他に関連銘柄として考えられるのは、スタトイルハイドロ同様に北海での海洋資源開発のノウハウを有する英国のBP(bp:NYSE)、米国の深海油田掘削サービス大手のトランスオーシャン(rig:NYSE)と言った所か。この2企業については楽天証券の取り扱いがあるので、投資自体はさして困難ではない(詳しい人が見れば、まだまだ北極海氷全消で恩恵を受ける企業があるかもしれない)。

また、新航路としての可能性だが、沿岸国の政情不安定に起因する海賊の横行が見られるインド洋航路(例:ソマリア海賊、マラッカ海賊等)に比して、北極海沿岸国は比較的政情・治安が安定していることもあり(ロシアが若干不安といえば不安であるが・・・)、各海運会社にとって安全面での魅力は高いものと思われる。また、燃料コストについても、東京~ロンドンを例として航行距離を見てみれば、、パナマ運河利用航路で約2.3万km、スエズ運河利用航路で約2.1万kmかかるのに対し、北極海航路では約1.6万kmと前述2航路に対して大体3分の2の距離で済むことから、燃料コスト面での優位も十分にあろう。

このように海氷消失によって新たな可能性の開けてきた北極海について、沿岸各国は権益の確保・維持に向けて着々と動き出している。中でもロシアの動きが気を見るに敏と言うか、非常に素早い。既に彼の国は、北極海の権益確保・維持、そして北極海を通じたテロリストの浸透や麻薬貿易等の抑止に向けて、北極地域を主担当とする軍の特別部隊編成を開始している。部隊の設立と実際の展開は2020年までに完了の見込みだという。ロシアの通信社Novostiは以下のように伝えている。

Russia to deploy special Arctic

force by 2020 - Security Council

MOSCOW, March 27 (RIA Novosti) - Russia will create by 2020 a group of forces to protect its political and economic interests in the Arctic, but does not plan to militarize the region, a spokesman for the Russian Security Council said on Friday.

He said the council had recently posted on its website a document, "The fundamentals of Russian state policy in the Arctic up to 2020 and beyond," which outlines the country's strategy in the region, including the deployment of military, border and coastal guard units "to guarantee Russia's military security in diverse military and political circumstances."

"However, it does not mean that we are planning to militarize the Arctic. We are focusing on the creation of an effective system of coastal security, the development of arctic border infrastructure, and the presence of military units of an adequate strength," the official said.

According to some sources, the Arctic Group of Forces will be part of the Russian Federal Security Service, whose former chief and current secretary of the Security Council, Nikolai Patrushev, is a strong proponent of an "aggressive" state policy in the Arctic.

Another goal of the new strategy is to "optimize the system of the comprehensive monitoring of the situation in the Arctic," including border control at checkpoints in Russia's arctic regions, coastal waters and airspace, the spokesman said.

The strategy envisions increased cooperation with neighboring countries in the fight against terrorism, drug-trafficking, illegal immigration and environmental protection.

The document also prioritizes the delineation of the Arctic shelf "with respect to Russia's national interests."

High Arctic territories, seen as key to huge untapped natural resources, have increasingly been at the center of mounting disputes between the United States, Russia, Canada, Norway, and Denmark in recent years as rising temperatures lead to a reduction in sea ice.

President Dmitry Medvedev said in September at a Russian Security Council session that the extent of the Russian continental shelf in the Arctic should be defined as soon as possible.

Medvedev also said the Arctic shelf is a guarantee of Russia's energy security and that the Arctic should become the resource base for Russia this century, adding that "about 20% of Russia's GDP and 22% of Russian exports are produced" in the area.

Russia has undertaken two Arctic expeditions - to the Mendeleyev underwater chain in 2005 and to the Lomonosov ridge in the summer of 2007 - to support its territorial claims in the region. Moscow pledged to submit documentary evidence to the UN on the external boundaries of Russia's territorial shelf by 2010.

A Russian proposal on creating security structures in the Arctic region will be discussed at a ministerial meeting of the Arctic Council in April.

The Arctic Council was established in 1996 to protect the unique nature of the Arctic region. The intergovernmental forum comprises Denmark, Finland, Iceland, Canada, Norway, Russia, Sweden and the United States.(出典:Novosti)

冷戦時代は西側盟主米国と東側盟主ソ連が直接対峙するホット・ゾーンとして少なくない注目を浴び、冷戦の崩壊とともに忘れられた地域と化していた北極海が、「環境問題」という極めて今日的な問題によって再び脚光を浴びようとしている。これは歴史の皮肉と言えるかもしれない。

また、もし北極海を利用した海運が実現すれば、中東もまた大きな影響を受けることになるだろう。今まで湾岸諸国産の化石燃料は、インド洋からマラッカ海峡を通って一大需要地域たる東アジアに供給されてきた。
しかし北極海航路が開通すれば新たに2つ輸送ルート誕生が考えられる。
一つは、湾岸産の化石燃料をトルコやシリアといった地中海沿岸国の港までパイプラインで輸送し、そこから地中海からジブラルタル海峡を抜けて北極海に至る航路で東アジアに運ぶルートである。
もう一つは、湾岸産の化石燃料をトルコやシリアといった地中海沿岸国を経由して欧州を南北に貫くパイプラインによって直接欧州の北海・大西洋沿岸部に運び、そこから北極海航路を利用して東アジアに輸送するというルートである。
もしこれらの新オイルルートが実現することになれば、トルコやシリア、ヨルダンといった比較的化石燃料の恩恵から遠い所にいた諸国に新たなチャンスをもたらすことになるだろう。それは恐らく、中東の政治地図にも影響を与えずには済まない筈である。

・・・・最近、ロシアがトルコに盛んにアプローチをかけているのも、ひょっとしたら北極海航路(の可能性)が一因になっているのかしらん。