2009年4月7日火曜日

第二百四十六段 音速の遅い読書『ヤルタ会談 世界の分割―戦後体制を決めた8日間の記録』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。

ヤルタ会談 世界の分割―戦後体制を決めた8日間の記録 (Nigensha Simultaneous World Issues)
アルチュール コント
単行本
二玄社
発売日 2009-03

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著者はフランスの代議士たるアルチュール・コント氏。
彼はフランス社会党議員として仏サルス市市長、産業通商大臣、欧州議会仏代表、西欧連合議会議長といった役職を歴任した後、1962年からは右派の共和国民主連合に身を投じてジスカール・デスタン政権を支える等、波瀾万丈の政治家人生を歩む一方、文筆家としても多数の著作をものにし、世の評価を受けた人物である(政治家として成功する一方で執筆業でも成功を収める辺り、どこか本書の主人公の一人である英国のチャーチル首相を彷彿とさせる)。

そんな彼が題材に選んで本書で活写したのが「ヤルタ会談」。ナチス・ドイツ、大日本帝国の同盟に対抗するために手を結んだ米国のF・ローズヴェルト大統領、英国のチャーチル首相、ソ連のスターリン首相という連合国首脳による、枢軸国制圧後を見据えた文字通りの”世界分割”協議である。

その世界分割協議がワシントンでもニューヨークでもロンドンでもなく、ソ連の一地方クリミア半島のヤルタで開催されたという事実、もっといえば、19世紀以来常に世界の頂点に君臨してきた大英帝国の首相と活力と理想に満ちた世界最大の工業国アメリカ合衆国の大統領が、1917年の建国以来、国際社会から一貫して異物視されてきた社会主義国ソヴィエト連邦の首相に会うために何千キロの旅路を駆けつけるという事実。それはまさに、ソヴィエト連邦が世界大国として浮上したことを鮮明に示す時代の瞬間であった。

そのソヴィエト連邦を率いるヨセフ・スターリンという存在を本書は以下の様に描写している。
その本質的なところとは、スターリンは一人の人間である以上に、ある抽象的観念、というよりもむしろ一つの方法を体現していることである。彼は実地のマルクス=レーニン主義なのだ。彼はその厳格さと自意識のすべてにおいて革命的弁証法なのである。
ならばスターリンという存在が体現する革命的弁証法とは何か? 引き続き本書から引用すれば、それは以下のようなものである。
資本家の社会は「絶対に異常」だとする闘士、資本主義の衰退を頑として信ずるマルクス主義者、その衰退は危険を伴うとする通暁せるレーニン主義者、そして「一国社会主義」の原則から「社会主義国が非社会主義社会の問題に関与する」という原則に移行したスターリン主義者、そういう人々の緻密で深い分析による確固とした信念なのである。
このような信念の体現者たるスターリンが率いるソ連代表団とF・ローズヴェルト大統領やチャーチル首相がそれぞれ率いる英米代表団の三者は、著しく弱体化しながらも抵抗を止めない枢軸国の動向を横目に見ながら、どのようにして交渉を行い、どのような合意を形成していったのか?
そこが本書の見所である。

かつて毛沢東は「戦争とは血を流す政治であり、政治とは血を流さない戦争である」と喝破したが、その血を流さない戦争のスリリングさを簡にして要たる文章で堪能させてくれる一冊と言えよう。

最後に贅言だが、本書は一仕事終えた一人の老人の安堵と感傷とで幕を下ろす。やがてその老人の”一仕事”が欧州で、中東で、中国大陸で、インドシナで、そして朝鮮半島で不穏な煙を発し、やがてその中の幾つかが本格的に発火するのを人々は目にするだろう。その時、世界はこの老人の陶酔が新たな”世界大戦”の引き金を引いたことに卒然と気付くのである。だが、それはまた別の話・・・・・。