2009年4月19日日曜日

第二百五十六段 音速の遅い読書『三日月(クレセント)の世紀―「大航海時代」のトルコ、イラン、インド』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。

三日月(クレセント)の世紀―「大航海時代」のトルコ、イラン、インド (新潮選書)
那谷 敏郎

新潮社
発売日 1990-05

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当該作品が取り上げるのは、12~18世紀のイスラム圏(大体、現在の中東、中央アジア、北インド地域にかけての一帯)における諸王朝の興亡である。特にメインとなるのが、本書の副題にある様に一般に「大航海時代」と呼ばれる15~17世紀である。この時代、貧しい欧州が香料と金を求めて大西洋に漕ぎ出したことが広く知られている一方、オスマン帝国やサファヴィー朝、ムガル朝といったイスラム諸王朝が空前の繁栄下にあったことはあまり知られていない。その歴史の暗がりに明かりをともしたのが本書である。

当該作品を読んで、個人的に興味深かったのは以下の二点である。

一つは、中東を中心とした地域で繰り広げられた現実主義外交である
本書では、各イスラム王朝や欧州諸国が、自国の安全と国益を賭けて繰り広げた複雑な合従連衡の有様が活写されている。
例えば、イスタンブールを根拠に強大な勢力を誇るオスマン帝国に対し、イラン高原を支配するサファヴィー朝と欧州のハプスブルグ王朝やイタリアの諸都市国家との間では、オスマン帝国を東西から挟撃するための同盟工作が行われている。
一方のオスマン帝国もそれを指をくわえて静観しているわけでは全くない。オスマン帝国は欧州の覇権を巡ってハプスブルグ王朝と鋭く対立し、イタリア半島に領土的野心を燃やすフランス・ヴァロア朝と同盟を締結する他、イラン高原を背後から脅かす中央アジアの遊牧民族と連携してサファヴィー朝を牽制している。
そしてサファヴィー朝も欧州諸国と結ぶ一方でアフガンから北インド一帯に勢力を張るムガル朝との関係も強化することで、オスマン帝国と結んだ中央アジアからの脅威に対抗している。
そこにはイスラム教もキリスト教も無い。ただ「敵の敵は味方」という千古不易の戦略原則があるだけなのである。
ここで視点を現在に移せば、各種報道は、中東や中央アジアの諸国や諸勢力と欧米や日本といった国々との関係についてどうしても「イスラム教」というフィルターをかけて報じがちである(例えば「イスラム教対キリスト教」とか「イスラム教だから反米的」とか・・・)。しかし、地政学的得失や安全保障上の損得というのは、そうした宗教やイデオロギーの相違を超えて共通する(単純な話、どんな宗教・イデオロギーを採っていようが、自国が敵対的な勢力に包囲されて喜ぶ国は無い)。そこを踏まえなければ、どんな理念や理想を掲げようが、実りある対話は生まれないことを本書は浮き彫りにしている。

二つ目に興味深かったのは、地域を超えた共時性である。
具体例として鉄砲隊の活躍が挙げられる。
日本列島では1575年に長篠合戦で織田信長軍は鉄砲を大量に運用することで武田軍を撃破している。
欧州では1503年にハプスブルグ朝スペイン軍がパヴィアの戦いで鉄砲を活用してフランス軍を大破している。
本書が取り上げるイスラム圏ではどうか?
1514年にチャルディラーンの戦いにおいて鉄砲と大砲で装備したオスマン帝国の大軍が騎馬兵主体のサファヴィー朝軍を撃破している。
1526年にパーニーパットの戦いでムガル朝軍は鉄砲隊を活用することで北インドのライバルであったロディー朝軍を撃破している。
鉄砲隊を戦場の檜舞台に押し上げた合戦が、いずれの地域でも1500年代に集中しているというのが実に興味深い。

本書は取り扱う地域も時代もそれなりに広い。その上、地域柄、多くの日本人にとって耳慣れない王朝名や人物名、地名も頻出する(黒羊朝やジャライル朝、タフマースプ、トランスオクシアナ等等)。従って、本書に最初目を通した時は若干読みにくさを感じるかもしれない。しかし、現在はネットやWikiという文明の利器が存在する。これらをお供にすれば、本書の読みにくさも大半が解消しようし、それらの読みにくさを踏まえた上でも、本書は十分に面白い。