2009年4月5日日曜日

第二百四十四段 極氷消失 ~Lost Ice

資源開発や新航路開通、安全保障と言った観点から、当ブログでも注目している北極海氷融解の進捗状況だが(第五十九段第百七十五段等参照)、今までは「早ければ21世紀後半あたりに北極の海氷全消失だろう」という見込みがIPCC等によって示されていた。ところがここにきて、融解進捗度が速度を上げてきている可能性があるという。米国海洋大気局とワシントン大学の共同研究チームが、そんな調査結果を公表した。

4月4日の共同通信は、以下のように伝えている。

北極の氷30年以内に消滅も

米研究チーム予測

【ワシントン3日共同】地球温暖化の進行で、夏の北極の海氷は2037年までにほぼ完全に消滅すると、米海洋大気局(NOAA)とワシントン大の研究チームが、3日付の米地球物理学会誌に発表した。

 07年に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次報告書は「21世紀後半までに消滅するとの予測がある」としたが、より早く30年以内に現実になるとの指摘だ。

 北極の海氷面積は07年9月に観測史上最小を記録、08年9月には史上2番目に小さくなった。チームがこれら最新のデータを取り入れ、IPCC報告書で使われている気候モデルで再計算したところ、37年9月にほぼ消滅するとの結果が得られた。

 夏に海が拡大することで吸収された熱が、秋以降に海から大気に放出されて気温が高くなり、それが海氷の融解を加速する現象が起きているという。

 チームは「温暖化以外の、自然変動による不確実さも考慮に入れると、20年代後半には消滅する可能性もある」と指摘している。(出典:共同通信)


因みに、海氷が全くない状態の北極の地図が以下の通り。

もし海氷が消滅して海洋資源の開発が容易になれば、利益を挙げる企業として最初に考えれられるのが、ノルウェーの石油・天然ガス会社スタトイルハイドロ、ロシアの天然ガス企業ガスプロムであろう。

日本の個人投資家が投資可能かを見れば、ガスプロムについてはロシア株を取り扱っているネット証券で取り扱っているので、さしたる困難は無い(もっとも、ロシア株全般について言えることだが、手数料が他の金融商品に比べて割高になりがちという面がある)。
一方のスタトイルハイドロはノルウェー・オスロ証券取引所の他に、米国NY市場にもADR(sto:NYSE)を上場しているものの、ネット証券で同銘柄を取り扱っている所は今のところ無いので、敷居は高い。

他に関連銘柄として考えられるのは、スタトイルハイドロ同様に北海での海洋資源開発のノウハウを有する英国のBP(bp:NYSE)、米国の深海油田掘削サービス大手のトランスオーシャン(rig:NYSE)と言った所か。この2企業については楽天証券の取り扱いがあるので、投資自体はさして困難ではない(詳しい人が見れば、まだまだ北極海氷全消で恩恵を受ける企業があるかもしれない)。

また、新航路としての可能性だが、沿岸国の政情不安定に起因する海賊の横行が見られるインド洋航路(例:ソマリア海賊、マラッカ海賊等)に比して、北極海沿岸国は比較的政情・治安が安定していることもあり(ロシアが若干不安といえば不安であるが・・・)、各海運会社にとって安全面での魅力は高いものと思われる。また、燃料コストについても、東京~ロンドンを例として航行距離を見てみれば、、パナマ運河利用航路で約2.3万km、スエズ運河利用航路で約2.1万kmかかるのに対し、北極海航路では約1.6万kmと前述2航路に対して大体3分の2の距離で済むことから、燃料コスト面での優位も十分にあろう。

このように海氷消失によって新たな可能性の開けてきた北極海について、沿岸各国は権益の確保・維持に向けて着々と動き出している。中でもロシアの動きが気を見るに敏と言うか、非常に素早い。既に彼の国は、北極海の権益確保・維持、そして北極海を通じたテロリストの浸透や麻薬貿易等の抑止に向けて、北極地域を主担当とする軍の特別部隊編成を開始している。部隊の設立と実際の展開は2020年までに完了の見込みだという。ロシアの通信社Novostiは以下のように伝えている。

Russia to deploy special Arctic

force by 2020 - Security Council

MOSCOW, March 27 (RIA Novosti) - Russia will create by 2020 a group of forces to protect its political and economic interests in the Arctic, but does not plan to militarize the region, a spokesman for the Russian Security Council said on Friday.

He said the council had recently posted on its website a document, "The fundamentals of Russian state policy in the Arctic up to 2020 and beyond," which outlines the country's strategy in the region, including the deployment of military, border and coastal guard units "to guarantee Russia's military security in diverse military and political circumstances."

"However, it does not mean that we are planning to militarize the Arctic. We are focusing on the creation of an effective system of coastal security, the development of arctic border infrastructure, and the presence of military units of an adequate strength," the official said.

According to some sources, the Arctic Group of Forces will be part of the Russian Federal Security Service, whose former chief and current secretary of the Security Council, Nikolai Patrushev, is a strong proponent of an "aggressive" state policy in the Arctic.

Another goal of the new strategy is to "optimize the system of the comprehensive monitoring of the situation in the Arctic," including border control at checkpoints in Russia's arctic regions, coastal waters and airspace, the spokesman said.

The strategy envisions increased cooperation with neighboring countries in the fight against terrorism, drug-trafficking, illegal immigration and environmental protection.

The document also prioritizes the delineation of the Arctic shelf "with respect to Russia's national interests."

High Arctic territories, seen as key to huge untapped natural resources, have increasingly been at the center of mounting disputes between the United States, Russia, Canada, Norway, and Denmark in recent years as rising temperatures lead to a reduction in sea ice.

President Dmitry Medvedev said in September at a Russian Security Council session that the extent of the Russian continental shelf in the Arctic should be defined as soon as possible.

Medvedev also said the Arctic shelf is a guarantee of Russia's energy security and that the Arctic should become the resource base for Russia this century, adding that "about 20% of Russia's GDP and 22% of Russian exports are produced" in the area.

Russia has undertaken two Arctic expeditions - to the Mendeleyev underwater chain in 2005 and to the Lomonosov ridge in the summer of 2007 - to support its territorial claims in the region. Moscow pledged to submit documentary evidence to the UN on the external boundaries of Russia's territorial shelf by 2010.

A Russian proposal on creating security structures in the Arctic region will be discussed at a ministerial meeting of the Arctic Council in April.

The Arctic Council was established in 1996 to protect the unique nature of the Arctic region. The intergovernmental forum comprises Denmark, Finland, Iceland, Canada, Norway, Russia, Sweden and the United States.(出典:Novosti)

冷戦時代は西側盟主米国と東側盟主ソ連が直接対峙するホット・ゾーンとして少なくない注目を浴び、冷戦の崩壊とともに忘れられた地域と化していた北極海が、「環境問題」という極めて今日的な問題によって再び脚光を浴びようとしている。これは歴史の皮肉と言えるかもしれない。

また、もし北極海を利用した海運が実現すれば、中東もまた大きな影響を受けることになるだろう。今まで湾岸諸国産の化石燃料は、インド洋からマラッカ海峡を通って一大需要地域たる東アジアに供給されてきた。
しかし北極海航路が開通すれば新たに2つ輸送ルート誕生が考えられる。
一つは、湾岸産の化石燃料をトルコやシリアといった地中海沿岸国の港までパイプラインで輸送し、そこから地中海からジブラルタル海峡を抜けて北極海に至る航路で東アジアに運ぶルートである。
もう一つは、湾岸産の化石燃料をトルコやシリアといった地中海沿岸国を経由して欧州を南北に貫くパイプラインによって直接欧州の北海・大西洋沿岸部に運び、そこから北極海航路を利用して東アジアに輸送するというルートである。
もしこれらの新オイルルートが実現することになれば、トルコやシリア、ヨルダンといった比較的化石燃料の恩恵から遠い所にいた諸国に新たなチャンスをもたらすことになるだろう。それは恐らく、中東の政治地図にも影響を与えずには済まない筈である。

・・・・最近、ロシアがトルコに盛んにアプローチをかけているのも、ひょっとしたら北極海航路(の可能性)が一因になっているのかしらん。