2009年5月14日木曜日

第二百七十一段 音速の遅い読書『歴史学 未来へのまなざし―中世シチリアからグローバル・ヒストリーへ 』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。

歴史学 未来へのまなざし―中世シチリアからグローバル・ヒストリーへ (historia)
高山 博
単行本
山川出版社
総合評価 5.0
発売日 2002-07

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21世紀初頭の日本において、「シチリア」と言えば、イタリア南部のどうしようもない貧しさ、或いはレモンかマフィアぐらいしか思い浮かばないという人も多いのではないか(映画好きなら『山猫』若しくはマフィア映画の傑作『ゴッド・ファザー』を連想するかもしれないが・・・・)。

しかし10~13世紀、一般に「中世」と呼ばれる時代において、シチリアは豊かで強大な中東から貧しく野蛮な欧州に富や様々な文物、そして先進的な諸学問が流入する際の玄関口の一つとして、殷賑を極めた地域であった。そこを統治したのがカソリックを奉じるノルマン系の王家とそれを支えるイスラム教徒やギリシア人を中心とする官僚組織から成る「中世シチリア王国」である。

本書は、そのシチリア王国の行政府機構を研究対象とする西洋史学者高山博氏(東京大学大学院教授)の手による一冊である。といってもハードカバーの分厚い大著というわけではなく、選書サイズでページ数は190ページ程度のソフトカバーという仕様になっているため、ちょっとした外出等のお供にもできるのが嬉しい所である。

構成は三章からなり、第一章はシチリア王国の来歴と著者の研究テーマ、第二章は歴史研究で必要となる考え方と姿勢、第三章は著者の目から見た「現在」という時代の有り様をそれぞれ扱っている。

歴史を顧みることの重要性と楽しさは古今東西の賢人たちが称揚する所であり、中でも英国の誇る歴史学者の一人E・H・カーは「歴史とは現在と過去との生き生きした対話である」と述べているが、本書を読むと実にそれももっともなことだと思わされる。

第一章で興味深かったのが、前述したようにカソリック教徒やギリシア正教徒、そしてイスラム教徒が併存・共存する中世シチリア王国の有り様である。しかし、それが実現したのは、当時の彼らが進歩的な人権思想に目覚め、慈愛と寛容の精神に殊更富んでいたからという訳でもなかった。著者は以下のように語っている。
このような異文化集団の併存を可能としたのは、この地に住む人々の宗教的・文化的寛容性ではない。強力な王権がアラブ人を必要とし、彼らに対する攻撃や排斥を抑制していたからである。したがって、戦争や騒乱の際には必ずといってよいほど、異文化集団に対する略奪や攻撃が行われている。

民族間・宗派間の憎悪が止まないサダム・フセイン政権崩壊後のイラク、軍閥や宗教過激派が跋扈するソ連邦撤退後のアフガニスタン、カリスマ指導者チトー死亡で中央政府が著しく弱体化したユーゴスラビア、そして中央政府が全く機能していないアフリカの諸国、これらの地域で発生した血腥い出来事を思う時、上記の言葉は一層の重みを伴って点額法師の頭に響いてきた。

第二章では歴史研究にあたって必要とされる姿勢や考え方が記述されているのだが、中でも印象に残ったのが、以下の記述である。
私たちは、無限に広がる過去を認識するために、通常は誰かがつくった枠組みを使う。誰かがつくってくれた枠組みを借りて物事を認識しているのである。自分の頭で考えていると思っても無意識のうちに誰かの枠組みを使っている場合が多い。もし、本当に過去が知りたければ、知りたい関心に応じてそのような枠組みを修正したり、自分自身の枠組みをつくらなければならない。

最近名誉復興が著しい経済学者ケインズの「現在の為政者や知識人は、すべて過去の知識人や過去の思考の奴隷なのだ」という言葉にも一脈通じる文章だが、自分の思考の枠組みを把握し、必要に応じてそのアップデートを図ることは、歴史学のみならず、実際のビジネスや情報分析においても必要な作業だろう。

最後に第三章だが、著者は現在世界について「過渡期」として認識しているという。つまり、国境内に絶対的な支配力を有する近代国家の時代、そして国境を越えて生じる様々な重大問題に対処し得るだけの強制力を持った組織が登場してくる時代、その両者の狭間にある時代が「現在」という時代なのだ。
そんな「現在」という時代を特徴づけるものは、統制力の弱った国家と基本的に無秩序なグローバル市場の二重構造に起因する不安定さだという。
この認識はスーザン・ストレンジが『カジノ資本主義』等の著作で示した認識、そして田中明彦教授が『新たな中世』等で示した現状認識と共通する部分が多い(実際、本書にはS・ストレンジの著書『国家の退場』から引用した個所がある他、田中明彦教授の『新たな中世』を意識したと思われる記述も見られる)。
米国発の世界的な金融危機について、世界各国は国際協調的を前面に押し出して対応策の立案と実施を迫られている(最も象徴的な例が所謂「G20」であろう)。これもグローバル化した市場に対して独力で立ち向かえる国家が存在しないことを如実に示すものと言えよう。

謎に包まれた過去の時代について、様々な断片を集めながら、それを慎重に調査・検討して組み合わせ、一つのビッグピクチャーを描き出し、更にそれを現在という時代と比較することで、現在という時代の特徴を鮮明にし、そこから更には未来の有り様までもおぼろげながらに浮かび上がらせる、そんな歴史学の醍醐味を味わうことができる作品である。