2009年5月24日日曜日

第二百七十六段 音速の遅い読書『聖王ルイ―西欧十字軍とモンゴル帝国』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。

聖王ルイ―西欧十字軍とモンゴル帝国 (ちくま学芸文庫)
ジャン・ド ジョワンヴィル
文庫
筑摩書房
総合評価 4.0
発売日 2006-11

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この作品が成立したのは1309年。著者のジャン・ド・ジョワンヴィルは、フランス王国はシャンパーニュ伯領の大家老であり、、シャンパーニュ伯の名代として時のフランス王ルイ9世が率いる第七次十字軍に参加した。内容は、その第七次十字軍の顛末を中心に、遠征を通じて著者と昵懇の仲となったルイ9世の人となり等を記したものとなっている。

ところで、本書の主人公たるフランス王ルイ9世が「聖ルイ」と呼ばれるのは、国王としては実に珍しくローマ教会から「聖人」に列せられたからなのだが、その列聖の最大の理由は「イスラム世界への侵攻軍(所謂「十字軍」)を率いて野蛮な異教徒たちに正義の鉄槌を下したから」という、どっちが野蛮人か分からない理由によるもの。

そんな彼の業績を冷静に見ると、中東に侵攻したはいいものの、イスラム勢力、キリスト教勢力、そして当時東方から勃興しつつあったモンゴル帝国の思惑が複雑怪奇に絡み合う当地の情勢に彼の軍はいいように翻弄され、なんら得る所はなく彼の事業は幕を閉じている。
こう言っては何だが、当地の政治情勢の複雑さやセンシティブさに一片の注意も払わないまま、「中東の民主化」、「大量破壊兵器の脅威からの世界の解放」といったよく分からない大言壮語を掲げてイラクに侵攻し、そこで泥沼にはまった某超大国の前大統領とやっていることはあまり変わらない(因みに、その某超大国にある「セントルイス」という都市名は、当該作品の主人公たるルイ9世に依っている)。

本書の構成は、ルイ9世の人となりを描写した序編、そして以下の部からなる本篇から構成されている。
・第一部:英王、国内諸侯との領土争い
・第二部:エジプト遠征
・第三部:パレスチナで
・第四部:帰国後のルイ。第八回十字軍

このうち、序編については取り敢えず「ルイ9世は人格的に立派な人でした」ということを具体例を挙げながら(くどくどしく)説明しているだけなので、あまり読んでも面白くない(ハッキリ言えば、「ルイ9世は人格的に立派な人でした」というのが著者の主張なのだと頭に入れておけば、読む意味はあまりない)。・・・といった紹介の仕方もあまりにあまりなので、如何にルイ9世がこの上なきキリスト者であったかを示す彼の言葉を序編から取り上げてみたい。

俗界の人間は、キリストの教えがけなされるのを耳にしたら、剣以外でこれを擁護すべきではなく、相手の腹のど真ん中を刃が入るだけずぶりとやるべきなのだ。
―――ルイ9世

第二部ではマルセイユから出航して、途中キプロスに寄港し、エジプトの地中海側都市ダミエッタを占領、そしてマンスーラの戦いを経て疫病によって打ちのめされる十字軍(笑)の有様が描写されている。もっと具体的に言うと、エジプトのイスラム王朝アイユーブ朝側が仕掛けた焦土作戦だとも気付かずにダミエッタ占領に浮かれて、軍紀引き締めもままならないまま調子に乗ってカイロを目指して進軍するものの、途中イスラム側のゲリラ戦術に翻弄され、その果てにマンスーラの戦いで大敗し、将の主だったもの(ルイ9世含む)が捕虜となる中、疫病に悩まされつつも必死で捕虜解放交渉に勤しむ十字軍の姿が活写されている。

第三章では、マンスーラでの敗北後、苦闘の末に(身代金的な意味で)解放されたルイ9世以下の十字軍がパレスチナに撤収し、そこで行ったカイロのマムルーク朝政権、ダマスカスのアイユーブ朝政権、レバノンのイスマーイール教団との外交交渉(そして散発する武力衝突の模様)、そしてモンゴル帝国から帰還した使者による現地報告、モンゴル軍のバグダッド攻略の状況を述べている。

第四章では、ルイ9世のフランス帰国までの道中、そして帰国後は内政に勤しむルイ9世の姿、そして再度十字軍遠征を企て第8回十字軍を率いて北アフリカ・チェニスに侵攻するも間もなく病没してしまったルイ9世の遺言といった事柄を記して、著者は筆を置いている(第8回十字軍の詳細については、著者自身は企て自体に乗り気ではなく、実際参戦していなかったこともあってか、記述される所は殆ど無い)。

さて、前述部分と重複してしまう部分もあるが、本書ではマムルークのクーデターによるエジプト王朝の交代劇や中東支配を目論むモンゴル帝国との外交交渉、イスラム教シーア派の一派で「暗殺教団」として恐れられたイスマーイール教団の詳細、パレスチナの十字軍国家や中東各地に割拠するイスラム諸王朝との複雑な合従連衡といった具合に、歴史学や国際関係のケーススタディとして非常に興味深い記述も多い。
ただ、それらを時として霞んだものにしてしまうほどの滑稽さがルイ9世とその周辺からあふれ出して止まらないのである(特に第二章)。

人格者としては極めて立派だが、政治的嗅覚というか現実主義を持ち合わせない人物がリーダーとなった場合に生じる悲劇(傍から見れば最高の喜劇)を存分に堪能させてくれる作品と言えよう(多分、というか間違いなく著者はそんなつもりでは書いていないのだろうが・・・・)。