2009年5月27日水曜日

第二百七十九段 テルアビブ-モスクワ-ニューデリー枢軸?

イスラエルの英字紙Jerusalem Post紙が去りし2009年5月24日報じた所によれば、イスラエルがインドへのAWACS(早期警戒管制機)売却(契約総額約11億ドル)を着々と進めているらしい。記事は以下の通りである。

Israel Aerospace Industries (IAI) and India are in the advanced stages of talks regarding New Delhi's interest in purchasing three new Phalcon Airborne Warning and Control Systems (AWACS) from Israel, in what could turn into the largest defense contract in the country's history.

On Sunday, and after a five-year delay, Israel will deliver the first of three AWACS ordered by India in 2004 for $1.1 billion. The plane is scheduled to take off from Ben-Gurion Airport in the afternoon. The remaining two planes are scheduled to reach India in 2010.

The Phalcon (phased array L-band conformal radar) was designed and manufactured by Elta, a subsidiary of IAI. It includes radar, electronic intelligence systems and communication equipment. The company has already sold a similar system to Chile's air force.

The Phalcon will enhance India's ability to detect aerial threats and serve as a platform for directing combat jets to targets. It is an all-weather system capable of tracking 60 targets simultaneously and can operate to a range of up to 400 km.
Officials said that the Indian Defense Ministry was currently holding internal debates over the possibility of purchasing three additional aircraft. India has also expressed interest in the Eitam, an intelligence-gathering plane also developed by IAI.

A new Phalcon deal with India would involve planes with the same configuration as those purchased in the 2004 order and would include a radar and electronic intelligence system designed and manufactured by Elta Systems Group installed in an Ilyushin-76 aircraft, which would be supplied by Russia. However, IAI is reportedly asking 30 percent more money for another three aircraft.(出典:Jerusalem Post


冷戦時代、「非同盟外交(実態は親ソ連外交)」を掲げるインドは外交上一貫してパレスチナ支持の姿勢を採り、イスラエルに対しては比較的冷淡な態度を示していた。
しかし、イスラム過激派の活動が活発化するに従って、インドは同様の問題を抱えるイスラエルとの関係強化に舵を切り、イスラエル-インド関係は現在極めて良好な状態にある。
今回のニュースは、今年の4月20日にBBCが報じた「インド、イスラエル製の監視衛星を打ち上げ」というニュース(出典:BBC)と併せ、両国の蜜月が強化されていることを示すものと言えよう。

また、同紙は同日日付でイスラエルがロシアに対するUAV売却契約の履行に向けて着々と動いていることも伝えている(出典:Jerusalem Post)。
記事によればUAV売却の契約額は5000万ドルで、ロシアはUAVを売ってもらう見返りとして以下の意向をイスラエルに対して示したという。
・対空迎撃システムS-300の対イラン売却を行わない。
・シリアに対するMig-31戦闘機売却を中止する。

ここで歴史を振り返れば、ロシアにはロマノフ朝の昔から欧州でも有数規模のユダヤ人社会が存在していた。その多くは「ポグロム」と呼ばれるロシア人からの迫害、革命や二つの世界大戦による混乱を受けて海外に新天地を求めてロシアの大地を後にする。そうした海外移動組のうち、とりわけ米国に移住したグループが時として米国の政治・経済政策に影響力を振るうまでの存在となったことは有名だが、1948年のイスラエル建国後にソ連・ロシアからイスラエルに移住した者も多く存在した。
特に1980年代から2000年までに旧ソ連地域からイスラエルに移住した人々は「新移民」と呼ばれ、その数はイスラエル人口の約20%程度(実数で言えば100万人前後)を占め、イスラエル-ロシア関係のみならず、民主国家イスラエルの内政事情にも大きな影響を与えている。
また、現在のロシアにも数は激減したものの今なおユダヤ人は存在し、実業界や政治の世界で活躍する者も少なくない(因みに、メドベージェフ大統領も母方からユダヤ系の血を引いているといわれる)。

そしてインドがソ連時代の昔からロシアとの強固な軍事協力体制を築き上げていることについては、贅言を要しない。

これらの事実を挙げていくと、まるでユーラシア西半にテルアビブ-モスクワ-ニューデリーという新たな枢軸が構築されつつあるようにも見えてしまう(右記地図参照)。
更にイスラエル、ロシア、インドの三カ国が「イスラム過激派」という共通の脅威を抱えており、しかも世界のイスラム過激派諸組織が、部分的とは言え、高度化された情報通信技術や交通・移動手段を利用して地球規模の連帯を構築していることも考え合わせれば、いよいよ以って、テルアビブ-モスクワ-ニューデリー枢軸の成立が信憑性を持ってくる。

但し、このこの枢軸関係が直ちに一貫性を有した同盟関係・協力関係に移行するとは考えにくい。何故ならイスラエル、ロシア、インドの三カ国には大きな戦略的相違が存在するからだ。

まず相違点として最初に挙げられるのは、イランである。現在、イスラエルの安全保障にとって最大の脅威がイランであることは論を俟たない。イランは、ヒズボラ、ハマスといったテロ組織や弾道ミサイル等で直接的・間接的にイスラエルの生存を脅かしている。一方でロシアにとってイランは原子力技術や兵器の有数のお得意様であるし、対西側外交における貴重な連携相手でもある。そしてインドにとっても、イランは天然ガス・石油の供給源として非常に魅力的な存在であるし、パキスタンとタリバンの脅威を共有してアフガンの北部同盟とその継承者たる現カブール政権を協力して支えてきた間柄でもある(もっとも、イランは二股膏薬よろしくタリバン側とも一定の接触・協力をもっているようであるが・・・・)。

次に挙げられるのが、中国である。ロシアは中国に盛んに兵器を売却している他、外交面でも中国を歩を合わせて西側に対抗する場面は珍しくない。また、イスラエルにとっても中国は(往々にして米国の横槍が入るものの)兵器のお得意様である。一方、インドにとって中国は、パキスタンやカシミール、チベットやミャンマーを巡って軍事的・外交的衝突を繰り返し、最近ではインド洋での影響力を賭けて熾烈な鍔迫り合いを行う等、強い緊張関係を抱える相手である(経済関係は強化されつつあるものの・・・・)。
尚、冒頭記事でイスラエルがインドへの売却を進めているAWACSファルコンについては、1998年にイスラエルが中国への売却を進めていたが(細かく言えば、イスラエルはファルコンで使用するレーダを中国に売り、中国はそれをロシア製航空機に搭載して運用する計画であった)、米国の圧力によって2000年になって交渉を潰される、という因縁めいた話が存在する。

最後に挙げるのが米国である。ロシアはコーカサスや中央アジアの権益を巡って度々米国と衝突している他(最近の派手な例はグルジア紛争)、中国と組んでSCO(上海協力機構)を設置し、米国の覇権に挑戦的な姿勢を示している。インドは、そのSCOにオブザーバーとして参加し、ロシアとの伝統的な協力関係を維持しながらも、同時に経済面を中心に米国との関係強化を追求している(今の所、この米露を両天秤にかけた外交政策は成功している)。イスラエルにとって米国は今もなお最大の庇護者であり、その米国が主導するNATOについても、度々「イスラエル加盟」の話が浮上と沈潜を繰り返している。

以上の点から、繰り返しになってしまうが、点額法師はテルアビブ-モスクワ-ニューデリー枢軸が一貫性を持った同盟関係・協力関係に成長する可能性は低いと考えている。

但し同時に、日本と領土紛争を抱えると同時にエネルギー開発のフロンティアたる北極圏に大きな影響力を持つロシア、そして中国に匹敵する膨大な人口(=巨大な消費市場としての可能性)を擁すると同時に東アジアの巨竜たる中国への対抗心を隠さないインド、この両大国を動かすファクターの一つとして、イスラエルの動向にはこれまで以上の注意が必要になってくるものと考えている。