2009年6月26日金曜日

第二百九十二段 窮鳥は懐を目指す

核実験や強硬な外交姿勢で東アジアの安全保障環境を乱しに乱している北朝鮮が、また新たな問題行動を起こしている。6月25日のCNN Japanは以下のように伝えている。

(CNN) ミサイル部品や核関連物資を積載した疑いがある北朝鮮の貨物船「カンナム」がシンガポール経由でミャンマー(ビルマ)へ向かい、米海軍イージ ス艦が追跡している問題で、ミャンマーの国営メディアは25日、コメを積んだ北朝鮮船舶がインドから到着する予定があるものの「カンナム」寄港の情報はな いと報じた。

カンナムのミャンマー行きについては韓国のメディアが報じていたが、国営紙「ミャンマーの新しい灯」は、「関係当局は外国メディアが伝えるような情 報を持っていない」と報道した。ただ、インド・コルカタを出港した北朝鮮の船舶「MV DUMANGANG」が6月27日、コメ8000トンを積み、ミャ ンマーに到着するとした。

一方、シンガポールの海運行政当局者も25日、カンナムが同国への入港を申請した記録はないと述べた。

国連安保理は、北朝鮮が5月25日に実施した2度目の核実験を受けた制裁決議で、大量破壊兵器関連の部品などを積んだ北朝鮮船舶の検査を条件付きで認めている。米政府は、米軍イージス艦の追跡はこれに準じたものとしている。(出典:CNN Japan


東南アジアの軍事独裁国家ミャンマーは、1960年代の軍事政権樹立以来、「人権弾圧」を批判する西側諸国から経済封鎖を受け続けて今日に至っている。
但し、国際政治は殆どの場合「捨てる神あれば拾う神あり」な世界であり、西側諸国の制裁はミャンマー軍事政権を人権問題には頓着しない中国、ロシア、北朝鮮にすり寄らせる以外の結果を生んでいない。
特に中国との関係はもはや宗主国と属国のそれに等しいといわれており、中国は軍事政権を庇護する見返りにミャンマー領ココ諸島におけるレーダー基地・通信傍受施設の設置、シットウェにおける港湾機能拡張、そしてマラッカ海峡をショートカットする目的でミャンマーを縦断するパイプライン設置等を行っている。

その一方でミャンマーは北朝鮮と外界を繋ぐ三つの窓口の一つともなっている(残り二つは韓国との国境に程近い開城、中朝国境地帯の中国都市丹東)。従って、米海軍艦艇の追跡を受けている北朝鮮船が避難先としてミャンマーを選択するのは当たり前と言えば当たり前の選択である。

だが、北朝鮮船がミャンマーに向かうとなれば、ココ諸島の中国軍基地の監視の目を逃れることは難しいだろう。また、首尾よく北朝鮮船が米海軍艦艇の追跡を振り切ってミャンマーに到着したとしても、安心はできない。何故なら、そこは北朝鮮の意向よりも中国の意向が優先される世界だからである。

既に北朝鮮は中国の反対を無視して核実験を行った上、中国が議長を務める六カ国協議についても強い批判を加えてボイコットの姿勢を示している。端的に言えば最近の北朝鮮は一貫して中国の面子を潰し続けている状態なのである。

そんな状態で核関連・ミサイル関連物資の積載が疑われている北朝鮮船は中国の支配領域を目指して航行を続けているわけである。
では、件の北朝鮮船に対して北京政府はどのような決断を下すのだろうか?

個人的には、北京政府はココ諸島に置いた「監視の目」が取得した情報を米海軍の行動支援に利用し、北朝鮮船がミャンマーに着く前に米海軍の手で補足されるように仕向けると考えられる。
何故なら、北朝鮮船がミャンマーに到着してしまった場合、中国はミャンマー政府の行動を通じて世界に北朝鮮側に付くか、米国側につくかの旗幟を鮮明にせざるを得なくなる。そして、その時北京政府が下した決断はどちらの選択肢であっても、国際的な反響のみならず、中国政権内における「北朝鮮は中国の戦略的資産である」と考える一派と「北朝鮮は中国にとってお荷物でしかない」と考える一派の抗争をも呼びかねないからである。それは社会と共産党支配の安定を最重視する胡錦濤現政権にとって最悪の事態だろう。

逆に、北朝鮮船がミャンマーに到着して特に検査が行われずに荷が水揚げされた場合は、中国が東アジアにおいて日米同盟との対決姿勢を強め、北朝鮮を対米・対日戦略における鉄砲玉として利用する道を選択したものと考えられる。その場合、人口減少と経済力の退潮に悩む日本とアフガンを含む中東域での消耗と金融危機の爆発で深手を負った米国にとって、極めて憂鬱な東アジアの政治地図が浮上することになるだろう。

2009年6月22日月曜日

第二百九十一段 何を今更

カルザイ政権を支えるNATO軍、米軍と地元住民の根強い支持を受けるタリバンが泥沼の抗争を続けるアフガニスタンで、米軍が自らの手を縛る行いに出たという。6月22日の共同通信は以下のように伝えている。

【イスラマバード22日共同】アフガニスタン駐留米軍トップのマクリスタル国際治安支援部隊(ISAF)司令官は、民間人が犠牲になる のを防ぐため、空爆による攻撃は部隊が劣勢になった場合などに限定したい考えを示した。米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が22日報じた。

 アフガンで5月、米軍機の爆撃により多数の民間人の犠牲者を出し、批判が高まったことを受けた措置とみられる。

 司令官は、武装勢力が潜む人口密集地の居住区攻撃について「われわれの部隊を守るときだけに(空爆)するべきだ。責任あるやり方をしなければ戦いに負けることになる」と述べた。(出典:共同通信


地の利に加えてある程度の人心すら掌握している地元勢力タリバンの攻勢に他所者の米軍・NATO軍が苦戦しながらも踏み止まってこれたのは、一重に空からの遠慮会釈ない火力投入があればこそである。その唯一の優位点に自ら枷をはめようというのだから、米軍の今回の決断は一見すると愚挙以外の何物でもないように思える。
では、何故米軍は愚断にしか思えないような振る舞いに出たのか? 記事では「民間人被害を抑えるため」としている。今まで空爆に伴う民間人被害を「悲しむべき付属被害」の一言で片づけてきた彼らが、今更人道主義に目覚めたとでも言うのだろうか?
多分にそれは否であろう。寧ろ米国の対アフガン戦略上、空爆を限定的なものにする必要が生じた、ただし、それを正直に表沙汰にすることは憚られるため、「住民保護」という当たり障りのない名目を掲げた、と考える方が遥かに分かり易い。

では空爆を制限する必要性とは何か? 一つの可能性としてタリバンとの和平交渉が考えられる。既にNATO軍や米軍の一部から「タリバン抱き込み」の必要性が度々言及されている。
考えてみれば、米軍やNATO軍はアフガニスタンが国際テロ組織の根城と化していたからこれを攻撃し、国際社会の多くはアフガンにおける米国やNATOの軍事行動を支援してきたのである。もしタリバンが国際テロ組織の受け入れ拒否や自らの厳格なイスラム法統治をアフガン域外に輸出しようとしなければ、西側を中心とした国際社会とタリバンが角突き合わせる必要性は完全に無くなる。
一方、米軍を中心とした多国籍軍が支えるカルザイ政権は、そのひどい腐敗ぶりからアフガン国内の人心を完全に失っており(いつかのインドシナ半島で見た光景・・・・)、各地の軍閥割拠にも何ら有効な対応策を打ち出せていない。
ならば、沈みかけの泥船と化したカルザイ政権を夥しい流血と資金を代償に支え続けていくよりも、一時はアフガン国土の九割を支配下に置き今なおシンパも多いタリバンを新たなアフガンの支配者と認めて支援し、それと引き換えにアル・カイーダといった国際テロ組織との決別をさせる方が国際社会の安定・平和維持に望ましい、という考えも成り立つ。

こうした考えに米国が完全に舵を切ったと考えるのは早計であろうが、カルザイ政権支援のための軍事活動の一方でタリバンとの交渉に乗り出している可能性は十分にある。そしてその秘密交渉での譲歩・妥協の一環として、米軍の空爆制限が発表されたと考えられるのではないだろうか。

ここで気になるのが、タリバンとの強いパイプを有するといわれる諜報機関ISI(統合情報部)を抱えるパキスタンが中央アジアのタジキスタンとエネルギーや貿易面での協力強化で合意した、という6月16日のパキスタン英字紙Business Recorderの報道である(出典:Business Recorder)。

地図を見れば一目瞭然だが、パキスタンとタジキスタンの間にはアフガニスタンの大地が広がっている。もしアフガン情勢が安定化しなければ、パキスタンとタジキスタンのエネルギーや貿易面での協力強化は画餅でしかない。
にもかかわらずパキスタンがタジキスタンとの経済関係強化に動いたということは、パキスタンは近い将来のアフガン安定化を見込んでいると考えてもあながち的外れではないだろう。そしてそのアフガン安定化の主軸となるのは、宿敵インドとの関係が強いカルザイ政権ではなく、ISIと深い関係にあるタリバンだとパキスタンは考えているのではないか。

また、アフガニスタンの政治日程を確認して見ると、8月20日予定の大統領選に向けて、6月16日から選挙戦がスタートした状態にある。この政治日程、そして関係各国の思惑が複雑に重なりあいながら、アフガンの波乱はまだまだ続くのであろう。
個人的に、大きな動きがあるのはアフガン大統領選出後2ヶ月間だと勝手に思っているのだが、さてどうなる事やら・・・・?

2009年6月19日金曜日

第二百八十九段 後生畏るべし・・・・か?

後生畏るべし。焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや。
―――孔子(思想家 B.C.551~B.C.479)

良き性向は、時代によって移動する。かつてはアッシリアにあったそれが、次いではメディアに移り、その次はペルシアに、そしてその後も移動を続けてローマに至り、ローマを隆盛に導いた、というわけである。
―――ニッコロ・マキャヴェッリ(思想家 A.D.1469~A.D.1527)

6月号のフォーサイト誌に「中国の製造業発展は侮れない所まで来ている」という主旨の記事が載っていた。記事では、世界知的所有権機関が年毎に発表する国際特許出願件数で中国の通信機器メーカー華為技術が西側の有力企業(例:パナソニック、シーメンス、ノキア等)を押さえてトップに躍り出たこと、そしてBYDや奇瑞といった民族系自動車メーカーが販売シェアや技術面で急速に力をつけていること等が取り上げられていた。
この記事を読んだ時には「ふ~ん、どっかの「ものづくり」大国の企業も大変ねぇ・・・・」ぐらいにしか思っていなかったのだが、もはや中国の対日キャッチアップは製造業の分野に限定されずに広く確実に進行しているのかもしれない。6月18日、天下に名高いBBCのHPを見に行ってそう思った・・・・というか驚愕した。ありのまま今起こった事を話しそうになるほど驚愕した。

中国のネット事情を伝えるニュースが掲載されていたのだが、まさかBBCでにとりと遭遇するとは夢にも思わなかった。 なんだか妙に心惹かれる画像が掲載されていたのだ(以下図参照)。 


出典:BBC

BBCが取り上げていたニュースの概要は、北京政府がネット統制の一環として、当局が「有害サイト」と認定したサイトへのアクセスを阻止するため、全てのPCに検閲ソフト「Green Dam」のインストールを義務付けたこととそれに対する中国ネットユーザーの反発等を伝えるものであった。
で、画像の娘は、政府の規制策に反発した中国のネットユーザーが、揶揄を込めて「Green Dam」を擬人化したものである。こんな娘にだったら検閲されてもいい・・・・
巨大な災厄に対して、しかめっ面と悲壮感とで対するのではなく、寧ろこれをユーモアで笑いのめすというのはなかなか精神的な余裕というか成熟が無ければできることではない。更に災厄を萌え擬人化して積極的にネタとして楽しんでしまおうという姿勢はなおのことである。
鄧小平が「改革開放」の号砲を鳴らした「南巡講話」から17年で、中国にそんな余裕を身につけた層が登場してくるとは、正直思いもしなかったことである。

ここで愚考を巡らすに、日本は言うに及ばず、読めば思わずニヨニヨしてしまうこと請け合いのコミック『アンニョン!』を産み出した韓国といい、鮮やかな色使いと独特の光沢感で魅せるイラストを世に送り出しているCapura.Lin氏を始めとしたイラストレーターが活躍する現在の台湾といい、萌え文化が栄えているのは、いずれも中華本土の周縁部であった(最近の歴史学で言う所の「海域アジア」、地政学で言う所の「外周の半月弧」と呼ばれる地域。その日韓台いずれもが米国との同盟関係を外交・安全保障の主軸に据えているのは偶然の一致か・・・・?)

一方で中国本土の方から出てくるのは邪神セイバー涼宮ハルビンといった、「ちょっと待て!!」としか言えないような代物ばかり。正直、中国本土に対しては「ユーラシア中央部から溢れ出す遊牧民の圧倒的な破壊力に曝され続けてきたリムランド地域に属する中国本土は、「萌え」を生み出す余裕を持ち得なかったのだろうか?」という疑問を長年抱き続けてきた。
そんな中に彗星の如く現れたのが、今回の一件。

「萌え」の本場とも言える日本では、若年層に対するネットアクセス規制や所謂「エロゲー規制」の成立、国立マンガセンター構想(ナチスの「退廃芸術運動」を知る者としては、同構想は「国が認めてセンターに収録した漫画が正しい文化。そうでないものは下劣で世を乱すので弾圧する」と言っているようにしか聞こえない・・・・)といった具合に、萌え文化の自滅策というか確信犯的な壊滅策がとられつつあることを考えると、「良き性向」が日本から他所に移っていくのもむべなるかなといった所である。BBCのHPに掲げられた彼女の肖像画は、その「萌え」におけるポスト日本の隊列の中に中国が加わりつつあることを如実に示しているものなのかもしれない。

2009年6月18日木曜日

第二百八十八段 紅の楼で見る夢は・・・・

中国の有名な古典小説に『紅楼夢』という作品が御座います。
皇帝の寵を笠にきた賈一族の栄華と没落を背景に、主人公の少年賈宝玉と様々な魅力にあふれた少女たちとの交流・恋愛模様を綴った大河小説です(中国では『三国志』や『西遊記』、『水滸伝』と並んで『四大奇書』と称されているとか・・・・)
そんな本作品の最大の見せ場は、史湘雲の登場シーン三角関係とその主人公に不本意な決着、それが巻き起こす悲劇にあるわけですが、それを頭に入れた上で以下のニュース。6月15日の時事通信社が報じたものに御座います。
【北京15日時事】平壌発の新華社電によると、北朝鮮の労働党機関紙・労働新聞は15日、金正日総書記が最近、中国清代の古典小説「紅楼夢」の歌劇を鑑 賞したと報じた。今回の報道には、中国が国連安保理の対北制裁決議に賛成しても、中朝友好を重視する姿勢に変わりがないと伝える狙いがありそうだ。
観劇したのは咸鏡南道の咸興大劇場で行われた「血海(ピバダ)歌劇団」の公演で、日時は不明。3月には、今年の中朝国交樹立60周年を記念して「紅楼夢」 を上演するため、金総書記が同歌劇団に対し創作を直接指導したと報じられていた。(2009/06/15-19:15)(出典:時事通信

記事では「金正日総書記の『紅楼夢』観劇は北朝鮮の中朝友好重視を示すもの」と書いております。
しかし、繰り返しになりますが、『紅楼夢』の最大の見せ場は史湘雲の登場シーン「三角関係の悲劇的決着」「三角関係の悲劇的決着」にあるわけです。( ・`ω・´)+

で、現在の北朝鮮問題を中国視点で見てみると、一方に旧来の友好国かつ米国(直截的に言えば「在韓米軍」)との便利な緩衝役たる北朝鮮があり、もう一方に中国が今後も発展を続けていく上で欠かせないマネーや技術を有する米国が御座います。
中国が北朝鮮と米国のどちらかに肩入れすれば先にあるのは剣山刀樹(北朝鮮難民の流入、在韓米軍との直接対峙、西側からの孤立、等等等)。
かといって北朝鮮と米国の両方に矛を収めて共存するように仕向けるのも至難の業。今後、中国が「北朝鮮か米国か」という選択を突き付けられる可能性は極めて高いかと思われます。

「選択はしたくない、でもしなければならない」。まさに中国は北朝鮮と米国を睨んでの三角関係に呻吟しているわけですが、そんな所へ流れてきたのが「金正日総書記、中朝友好の証に『紅楼夢』観劇」というニュース。友好の証どころか強烈な当て擦りにしか見えないような気がするのは、点額法師一人だけでしょうか?(今日になって流れた中国発の「北朝鮮後継者、三男で決定か」というニュースは、中国側の意趣返しだったりして)

『紅楼夢』では、三角関係の果てに賈宝玉と結ばれなかった方のヒロインが悲嘆のあまり俄に病没してしまいます。そんな『紅楼夢』の情緒纏綿たる世界とは対極にある21世紀東アジアの国際政治、そこの物騒極まりない三角関係はどのような決着を見せるのでしょうか? 
個人的には、北朝鮮に不本意な状況となった場合、かの国が大人しく悲嘆に暮れるだけとは到底思えませんが・・・・(寧ろ、生霊となり亡霊ともなって光源氏を苦しめた六条御息所の方がしっくりきそう)。

2009年6月12日金曜日

第二百八十六段 音速の遅い読書『孤独のグルメ』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。

孤独のグルメ 【新装版】
久住 昌之
コミック
扶桑社
総合評価 4.5
発売日 2008-04-22

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この作品は、下戸の中年貿易商井之頭五郎の一人メシの様を描いたコミックである。
といっても、贅を凝らした山海の珍味や食通を唸らせる美食が出てくるわけでもなく、食品に対する大層な蘊蓄やご高説が披露されるわけでもなく、ましてや食べた料理に対して感動のあまり「うー・まー・いー・ぞぉぉぉぉっつ!!」と絶叫して巨大化したり口からビームを出したりするわけでは決してない。
出てくる料理は殆どが焼き肉や回転寿司、まめかんやコンビニ食品といったどこでも見かけるようなものである。

出てくる料理は馴染みのあるものばかり、派手なアクションも仰々しい蘊蓄も無い、そんな漫画なのだが読んで退屈することはない。寧ろ主人公井之頭五郎の少しとぼけた感じと微妙な空回り具合、そして印象的なセリフ・独白といった諸要素が渾然一体となって静謐なおかしみに満ちた飽きの来ない作品に仕上がっているのだ。

そんな井之頭語録の中でも点額法師の印象に残っているのが以下に列挙する言葉である。

なかなか適当な食事場所を見つけられない時の一言
焦るんじゃない。俺は腹が減っているだけなんだ。腹が減って死にそうなだけなんだ。

新幹線で苦難の果て(笑)に口に運んだジェット・シューマイに対する感想
うん・・・・・・うまい。確かにうまい。しかし・・・・・・これはどこまでいってもシューマイだな。

チェリオ(メロン味)を飲んでの独白
このワザとらしいメロン味!

一人メシに対する主人公の気構えが実によく窺える台詞
モノを食べる時はね、だれにも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。一人で静かで豊かで・・・・・・。

深夜、仕事での空腹に耐えかねて呟いた独り言
腹もペコちゃんだし、夜食でも食ってひと息つくか。

繰り返しになってしまうが、これら独特の雰囲気を持った台詞・独白が谷口ジロー氏の緻密で静かな作画と組み合わさった時、スルメのようにじわじわとくる魅力が発生するのである。

そしてこの作品、ドラマCDが2009年9月に発売予定だという。
是が非でも入手したいものである。

2009年6月7日日曜日

第二百八十五段 I miss リチウム !!

最近、ガソリン車の後継者としてハイブリッド車や電気自動車への注目が高まっております。そんな事情を反映してか、6月7日の時事通信社で以下のようなニュースが報じられておりました。
 日立製作所など電機メーカーを中心に、自動車向けリチウムイオン電池事業の競争が加速している。3日には三菱重工業も同事業への参入を表明した。自動車産業は現在、米ゼネラル・モーターズ(GM)破綻(はたん)など苦境が続くが、復活に向けハイブリッド車(HV)をはじめ環境性能に優れた「エコカー」がけん引役となるのは確実。その性能を左右するリチウム電池も急成長が必至で、各社とも経営資源を集中する。
 日本自動車販売協会連合会によると、HVは既に5月の新車販売の8台に1台を占めており、エコカー市場は着実に拡大し始めている。しかし一段の普及には電池性能の向上が不可欠。リチウム電池は現在主流のニッケル水素電池に比べ小型・大容量化が可能で、エコカー電池の本命だ。
 日立は今秋にも次世代型電池のサンプル出荷を開始するほか、2010年からはGMに量産型電池を月間30万個供給する予定。GM破綻で計画の遅延も予想されるが、「GMも再生には(HVなど)環境対応が不可欠」(日立ビークルエナジー)とし、計画に大きな狂いはないと見る。
 新規参入を宣言した三菱重工は、12年に量産を開始する予定。当初は自社製フォークリフト向けに供給するが、将来は電気自動車(EV)向けに売り込む。
 リチウム電池で世界シェアの3割を握る三洋電機は、年内にも兵庫県に新工場を建設。10年度から国内2カ所で量産体制に入り、複数の自動車メーカーに供給する考えだ。東芝も新潟県に新型のリチウム電池工場建設を計画しており、エコカーへの供給を見据える。(2009/06/06-05:37)(出典:時事通信

要するに、「次世代自動車の動力源として有望視されているリチウム電池の開発に、日本の有名製造業企業が力を入れているよ」というのが上記記事の内容。

経済状況が大変に厳しい中でも次世代技術の研究・開発に積極的な日本のものづくり企業の姿を見ると、日本国民の一人として大変に心強いものがあります。(^-^)
・・・・なんて品行方正なことを当ブログで書く気は一切ありません。
そもそも「製造業が潤う → 日本全体が潤う」なんて図式はとうの昔に崩壊しており、非製造業部門で働く人間には日本の製造業が強くなろうが弱くなろうが知ったことではない話。その上、点額法師のポートフォリオには日本の製造業は組み込まれていないため、日本の製造業に対する個人的などうでもよさ感は更に強まることになります。

閑話休題。上記記事で注目したいのは「リチウム電池」というもの。どんなものかというと、読んで字の如くリチウムという物質を利用した二次電池です(「二次電池」とは充電することで繰り返し使える電池のこと。逆に一回使い果たしてしまえばそこで終わりの電池を「一次電池」という)。

そのリチウム電池を作る上で欠かせないのが、繰り返しになりますがリチウムという物質です。では、そのリチウムはどこで生産される物質なのか?
JOGMECのHPを利用して調べてみると、リチウムの埋蔵量は約2900万tで塩湖に水溶液の形で存在しているものが内3分の2、鉱石の形で存在しているものが3分の1という状態。
水溶液バージョンの主な生産地は南米(チリ37%、ボリビア29%、アルゼンチン14%)と中国(14%)、米国(6%)。特に中国の場合、リチウムを産出する塩湖はチベットと青海省(どちらもチベット人が多い地域)という実に剣呑な地域に御座います(水源地としての重要性に加え、次世代自動車の動力源材料までが眠っているのだから、中国がチベットや青海省の支配権維持にあらゆる手段を講じているのも実に納得のいくことではあります)。また、南米を見ても埋蔵量29%を占めるボリビアは外交面で強力な反米主義(裏返しとしての中国、ロシアへの接近)を掲げ、資源企業の国有化にも非常に積極的という、西側諸国にとってはなんとも厄介な相手。
では鉱石バージョンはどうかと見てみると、こちらの主要生産国は米国(47%)、コンゴ民主共和国(22%)、ロシア(10%)といった塩梅。

これら諸国と日本との関係を簡単に見てみると、中国は地政学的な対立面を多く抱える一方で経済面等で共通の利害もまた多い複雑な関係、米国は非常に重要な同盟国。されど米中両国とも、自動車産業の次世代の覇者の座を日本から奪取しようとする姿勢は共通しております(GMに対する米国政府の支援、中国でBYDがハイブリッドカー「F3DM」の販売を開始して奇瑞汽車や長城汽車が電気自動車の生産計画を発表しているのも、そうした文脈で捉えるべきものでしょう)。そんな米中両国が気前よくに日本にリチウムを売却してくれるとは少し考え難いものがあります。
ロシアもまた日本との間に領土問題を抱えている他、中国との外交関係、サハリンでの前例を考えるとリチウム供給を全面的に依存するのは少し危険な感じがします。
ボリビアについても「米国との同盟」という日本外交の基軸が逆に足枷になりかねませんし(少なくとも得することはない)、反米外交を掲げる同国に対する中国の接近を常に考慮に入れる必要があるでしょう。それに何より、同国には「リチウム生産が軌道に乗ったと思ったら国有化されていた」なんて危険性が十分にあるわけで、ここも全面的に依存できる供給先とは考えない方が安全かと思われます。

そうなってくると、日本としては比較的政情が安定して外交政策も穏健なチリ、アルゼンチンを主要なリチウム供給先として、他の国々を補完的な供給源とすることになりそうです。
ただ、これは誰でも考え付く話。よって日本の技術覇権を快く思わない国はチリやアルゼンチンへの働きかけを強め、リチウムの囲い込みに動くことが予想されます。

米国や中国の今後の動きが興味深い所です。( ̄w ̄)

2009年6月5日金曜日

第二百八十三段 音速の遅い読書『シルクロードの滑走路』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは以下の作品。

シルクロードの滑走路 (角川文庫)
黒木 亮
文庫
角川グループパブリッシング
発売日 2009-05-23

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本書は2005年に文藝春秋社から刊行された作品を文庫化したものである。

本書の主人公は日本の総合商社員小川智。舞台となるのは中央アジアのキルギス共和国。その舞台の上で、主人公とそのチームが、旧共産主義時代の旧弊に辟易し、国際取引に未熟だったり私腹を肥やすことしか頭にないキルギス側カウンターパート達との交渉に憂き身をやつしながら、国営マナス航空との航空機リース取引を成功させるために悪戦苦闘する、というのが本書の概要である。

因みに、本作品の舞台となるキルギスという国は、1991年のソ連邦崩壊の中から登場し、2005年のチューリップ革命で建国来の支配者たるアカエフ大統領が職を逐われ、2009年にはバキエフ政権の判断で911テロ以降アメリカやNATOが対アフガン作戦の重要拠点としてきたマナス空軍基地が閉鎖された、そんな国である。

さて、そんな本書の見所は、順当に考えれば、普段接する機会の無い航空機リース取引(しかも国際取引)がどのようにして行われるのか、臨場感たっぷりに味あわせてくれる所であろう。そして、主人公小川が出会う中央アジアの情景、行き交う諸民族が背負う歴史の重さ、それらの描写もまた作品に対する奥行きを与えている。

だが点額法師には、そうしたビッグ・ディールや中央アジア点描以上に以下の二人の人物の描写が印象深く思われた。

一人はマナス航空の経理部長。といっても、彼に胸のすくような或いは華々しい活躍の舞台が用意されているわけではない。寧ろ彼はキルギスに残る共産主義の旧弊を体現する人物の一人として、事なかれ主義というか責任回避に全力を挙げては主人公たちの取引を妨害する、敵役としての立ち回りを演じることになる。そんな彼の行状は実に腹立たしくも滑稽であり、それに振り回される主人公たちには同情の念を掻き立てられる。
だが、同時に冷静に我が身の所業を回顧すると、経理部長氏ほど徹底的なものではなくとも、大なり小なり自己保身と責任回避を狙った言動に走ってしまった過去の自分の姿が浮かんでくる。その意味で彼が登場するシーンでは、どうしても微苦笑が浮かんできてしまう。

もう一人は、主人公の協力者であるトルコ人ヤシャール・オルグンである。中央アジア諸国はトルコ系民族が多数派を占めており、政治・経済的にトルコ共和国との関係も深い。そんな背景を知っていれば、取引にトルコ人ブローカーが協力者として登場するということも別段突飛な話とも思えない。だが、本書ではヤシャールについて単なるトルコ人というだけではなく、もう少し細かい設定が置かれている。本書の最初の方で何度か彼の出自等について触れる場面があるのだが、そこでは「杏の取れる褐色の大地」が広がる地方の出身でケマル・アタチュルクには冷淡な態度を示す(これだけで、ある程度中東に関する知識のある人間ならピンと来るものがあろう)、という設定がそれだ。
本作品中では、中央アジアの歴史や自然等について細かい知識が色々と紹介されているため、最初に読んだ段階ではヤシャールの来歴も単に異国情緒を催すための豆知識の披露なのか、それとも何かの伏線なのか俄には判断つかず、少し訝しく思って読み進んでいったのだが、最後まで読んで納得した。要するに文中に出てくるヤシャールの設定もまた伏線の一つだったのだ。

果たして小川はリース取引を無事に成立させることができるのか? そしてトルコ人ヤシャールの伏線はどのように回収されるのか? 経済小説としての情報性のみならず、中央アジアの新興国を舞台にした一種の群像劇としても面白い作品である。

2009年6月3日水曜日

第二百八十二段 音速の遅い読書『ウルトラ・ダラー』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは以下の作品。

ウルトラ・ダラー (新潮文庫)
手嶋 龍一
文庫
新潮社
総合評価 3.0
発売日 2007-11

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本作品の概要を述べると、以下のような感じになる。
2002年のアイルランド・ダブリンで発見された巧妙極まりない新種の偽100USドル札「ウルトラ・ダラー」。その源泉として目されるのが、かつては「地上の楽園」と喧伝された凍土の独裁国家北朝鮮こと朝鮮民主主義人民共和国。彼らがアメリカ財務省の鼻を明かす目的のためだけに偽札発行をするとは考えられない。では北朝鮮が「ウルトラ・ダラー」を発行した真の目的は何か?
BBC職員(東京特派員)にして英国情報部員のスティーブン・ブラッドレーの調査は、やがて一枚の大きな絵画を浮かび上がらせる。そこに描き出された構図は・・・・・。

本作品の中で個人的に印象深かった記述は、以下に列挙する二箇所である。

まず挙げられるのが大学時代の主人公スティーブン・ブラッドレーが恩師と「インテリジェンス」について語り合う場面で、恩師が愛弟子に披露したエピソード。
「フォークランド紛争は、ことインテリジェンスのいくさでは完敗だった。機会があれば西アイルランドの崖の上に隠棲したロイヤル・ネイビーの情報士官を訪ねてみるといい。当時、彼はブエノスアイレスの駐在武官だった。アルゼンチンがフォークランドに侵攻の機会を窺っている事実を公電で本国に警告し続けた。だが、誰ひとり真剣に耳を傾けようとはしなかった。優れた情報は凡庸なものたちの常識を超えるからだ。彼は火のような怒りを抱いて職を辞した。情報が無視されたからではない。彼のブエノスアイレス電を後に記録から抹殺しようとしたからだ。」

昔、何かの漢籍で「国が滅ぶのは人材が無いからではない。人材を正しく登用することができないから滅ぶのだ」といった旨の記述を読んだ記憶がある。人材と情報、その用い方の要諦は意外に近い所にあるらしい。

次に挙げられるのが、外交官のあるべき姿勢についての記述である。
三十年の後、それらの外交文書は機密の封印が解かれて、外交史家の手に委ねられ、歴史の裁きを受けることになる。これは外交官という職業を選んだ者が受けなければならない最後の審判なのだ。
歴史への畏れを抱いた外交官だけが、組織内の栄達や目先の政治情勢に足をとられることなく、筋の通った交渉をやり遂げる。その志が公電のかたちをとって歴史に刻まれていく。
(中略)
外交官たるもの、公電を刻みつづけるという営為を通じて、やがて歴史の審判に身を委ねるという覚悟を持たなければ、いつしか自らも、そして国家も蝕まれていく。
    ※(中略)は点額法師によるもの

何となく楊震の「四知」の故事を彷彿とさせる記述である。そしてこの記述、畏れの対象を「歴史」から「良心」や「信念」に置き換えれば、何も外交官に限定されず、もっと広い範囲の人々にも適用できる話なのだろう(自分の胸に手を当てながらそう思った・・・・)。

さて、本作については、著者が専業の作家ではないこともあってか、読む人によっては「状況描写が平板だ」、「ブランド品等の細部の描写・説明が細かすぎてウザったい」という芳しからぬ評価を受けることもある。
だが点額法師個人としては、学生時代に平板極まりない状況描写と時に過剰な程の細部描写では定評のある『二十四史』や現代日本の各公文書、法律文書に接することが多かったため、巷間指摘されるような欠点はあまり、というか全く気にならなかった。(因みに、個人的に最も記述の平板な書籍は『春秋』のような気がする。実際、王安石から「あんなのは官報の切れっぱしだ」と有難くない評価を頂戴しているし・・・・。( ̄w ̄;))

寧ろ、一見すると似たような記述ばかりで取り付く島もないような膨大なテキストデータ等の中から片言隻句を抽出し、その抽出した個々の情報を頭の中で繋ぎ合わせて「あーでもない、こ~でもない」と考え(悪く言えば「妄想」)を巡らすのが好きな人(嫌な表現をすれば「点額法師と同じような人」)にとっては、話題のリアルタイム性なども考慮して十分に楽しめる作品なのではないかと思う。