2009年7月30日木曜日

第三百八段 東南アジア色々

2009年7月もまさに終わらんとする昨今、東南アジア地域について幾つか気になるニュースがあった。

一つは、中国がマレー半島横断パイプラインの実現に向けてマレーシア企業と組んで調査を行ったというもの。7月28日、共同通信社は以下のように伝えている。

【シンガポール共同】マレー半島を横断する石油パイプライン計画を中国側が提案し、既に調査を行ったと、マレーシアの石油精製会社ムラポ・リソーシズのナズリ・ラムリ会長が明らかにした。28日付のマレーシア紙ビジネス・タイムズが報じた。

 中国の増大するエネルギー需要に対応するための提案で、中東からの石油をマラッカ海峡経由で運ぶ代わりに、マレー半島西岸にあるマレーシアのクダ州から東岸のタイ・ソンクラー県へパイプラインで運ぶ。

 会長は提案者の具体名を明らかにしていない。ムラポはクダ州で中国企業などと共同で大型石油精製施設を計画しているという。

 過密状態のマラッカ海峡に代わってマレー半島を横断する構想としては、これまでもタイ側、マレーシア側で別個にパイプライン計画が持ち上がっている。(出典:共同通信


中国が自国への石油移送について、アメリカ海軍の影響下にあるマラッカ海峡をスルーさせたいと考えるのは当然と言えば当然のこと。何しろ、将来的に中国が米国と朝鮮半島、琉球諸島、台湾、西沙・南沙諸島の支配権・宗主権を賭けてあらゆる手段を通じた競争関係に陥る可能性は十分にあるわけで、そんな時に、産業や軍事において血液の役割を果たす石油の供給路がライバルたる米国に握られているというのは中国にとって悪夢以外の何物でもないからだ(因みに、70年ほど前、米国に石油供給を押さえられているのに対米開戦した某国は、原子爆弾二発と米国側に付いたソ連の攻撃によってこの世から抹消されるに至った)。
中国としては、米国が中東での泥沼に嵌って東アジア情勢に積極的に関与する余裕のないうちに、自国の戦略環境を優位にするための既成事実をできるだけ積み重ねておきたい所だろう。まして今という時期は、米国の東アジアにおけるジュニア・パートナー日本国もまた与党自民党の弱体化で政治的混乱の季節を迎えようとしているし、台湾は政権が親中派な上に経済面での対中依存が益々強化されているという、中国の東アジア圏での影響力拡大にとってこれ以上ない好機なのだから。

二つ目は、華人主体の都市国家にして親米国でもあるシンガポールのSWFテマセクの動向である。7月29日のブルームバーグは以下のように伝えている。

7月29日(ブルームバーグ):シンガポールの政府系投資会社、テマセク・ホールディングスは、長期的な投資収益を目指し、目先の利益のために資産を売却 することはしない方針だ。将来は民間からの投資を募ることも検討する。ホー・チン最高経営責任者(CEO)が29日、シンガポールで語った。

  同CEOによると、同社保有資産の価値は過去1年に400億シンガポール・ドル(約3兆7600億円)余り目減りした。同CEOは30年程度の長期間でのリターンを目指すと表明した。

  シンガポールのリー首相の夫人である同CEOは「目先の利益のために家宝を売ることはしない」とし、われわれの「利害をしっかりと守っていく」と語った。

  同CEOはシンガポール外へ投資先を広げるとともに、金融関連の資産を増やした。米メリルリンチや英バークレイズ、スタンダード・チャータード銀行の株価は下落し、テマセクのポートフォリオの価値目減りにつながった。

  同CEOはまた、将来的にテマセクに対する政府以外の投資家グループを形成することを検討する方針を示し、民間からの投資を募る可能性があると述べ た。5-8年以内に「高い能力のある」投資家を募り、その後8-10年内にリテール(小口)投資家の出資を受け入れることを検討するという。(出典:ブルームバーグ


記事中で個人的に注目したいのが、テマセクが「将来的には小口投資家の出資も検討する」というもの。将来的に納付額以下のリターンしか見込めないくせに月々の給料から保険料を徴収していく日本の公的年金、企業年金に比べれば、SWFの老舗として高いパフォーマンスに定評のあるテマセクに出資する方が遥かに建設的な選択肢に思えて仕方がない(個人的な独断と偏見に過ぎないが、平時の市場環境時に日本の公的年金や企業年金が運用でテマセクに勝てるとは思えないし、テマセクが傷を負うような波乱の市場環境時に日本の公的年金や企業年金が無傷や最小限度の被害で済むとは全く考えられない)。
持続性の無い社会保障制度を押し付けられる極東の亡国に住む人間としては、テマセクが将来的に海外の個人投資家にも出資を認めてくれるよう祈念するだけである。

三つ目は、東南アジアの資源・人口大国たるインドネシアが金融危機に端を発する予算の問題で、外国からの武器購入計画を棚上げするというもの。ロシアの通信社Novostiは7月30日に以下のように伝えた。

JAKARTA, July 30 (RIA Novosti) - Indonesia has put off until 2011 plans to buy two submarines and several warplanes due to financial problems, the Antara national news agency reported on Thursday.

"Although the government will increase the fund allocation by 20% in the 2010 state budget, the increase is not yet enough to purchase main weapon systems such as submarines and new jet fighters," the agency quoted a Defense Ministry spokesman as saying.

Indonesia was planning to buy two submarines in 2010 from a yet-to-be-chosen country. Possible suppliers included Russia, Germany, South Korea and France.

The Defense Ministry said a decision would not be made any time soon.(出典:Novosti


米国にとって、人道的には問題だったかもしれないが地政学的な重要性はあまり高くない東ティモール問題によって、東シナ海とインド洋を結ぶ要衝に鎮座する資源・人口大国インドネシアとの関係が冷え込んでしまったのは痛恨事としか言いようのないものであった。そのおかげで兵器市場インドネシアはロシアや中国等が存在感を強めるに至ったのだが、上記記事が示すように、それも金融危機の余波で揺らぎが見えている。米国にはこれを奇貨としてにインドネシア関係を本格的に巻き返し、将来が嘱望されるこの高成長国に米国防衛企業が売り込みをかけ易い、契約を獲得し易い環境を構築して欲しいものである。

東南アジア地域地図

2009年7月18日土曜日

第三百三段 資源国モンゴルへの注目

モンゴルという国がある。多くの人々にとって草原と朝青竜を始めとした力士の出身国といったイメージが真っ先に思い浮かぶであろう同国だが、最近は鉱物資源開発のフロンティアとして、オユトルゴイ鉱区等に眠る莫大な資源が注目を浴びることが増えている(因みにブルームバーグの伝える所では、モンゴルの総輸出額25億ドルの7割以上が銅や金といった鉱物資源の輸出によるものだという(2008年時点))。

そのモンゴルから来日したサンジャー・バヤル首相は、麻生政権と原子力分野に関する協力、鉱業分野への日本企業の進出を促進するための法律整備で合意に達した他、来日中にブルームバーグとの取材に応じ、以下のように発言している(出典:ブルームバーグ
年間で1件以上の大規模な開発を行う。そのために毎年50億ドルの投資が必要。
・日本のような環境に配慮する技術を持つ国の投資が重要だ。

ウラン開発では、20億-30億ドル程度の投資が必要。

2008年年間GDPが約30億ドルの国の首相としては思い切った額を出してきたものである。そして考えると50億ドルという数字は、米国政府が今年4月にGMへの支援融資額として発表した数字と同じ。同じ金額を投じるとしたら、品質でも価格競争力でも完全に力を失った企業に融資するよりは、新興資源国への投資に投じた方が遥かに生産的と思われるのは、気のせいだろうか?

閑話休題、ブルームバーグという国際的メディアでの取材で多額の投資額や日本企業招致に意欲的な意向を口にしたバヤル首相の狙いとしては、基本的にモンゴルに流入する投資資金を少しでも増やし、経済の近代化を図ろうという意図があると考えられる。

視点を日本側に移せば、ウランや銅を始めとした各種鉱物資源の自給がほぼ不可能(所謂「都市鉱山」の活用を除いて)な日本にとって、比較的近い距離にあるモンゴ
ルを新たな大規模資源供給国とすることができれば、その利益は実に大きいものと推測される。
一方でモンゴルという国は、以下の地図に示すように、北はロシア、東西南を中国に囲まれた内陸国である。従って採掘した鉱物資源やその半加工品を日本に運ぶとすれば、ウラジオストク(地図中黄色四角で示す)や天津(地図中)といった中露の
港湾を利用しなければならない(他に北朝鮮の清津(地図中黄緑四角で示す)という選択肢も無いわけではないが、昨今の政治情勢やインフラの整備状況を考えれば、あくまで将来的な検討課題に止まるだろう)。



つまり、モンゴルの資源に対して日本がアクセスを確保しようとすると、どうしてもモンゴルとの関係のみならず、中露との関係を考慮に入れる必要が出てくる。では日本と中露との関係は最近どうなっているかというと、以下のようにあまり芳しからぬ状態となっている。
・ロシア → 日本が北方領土法改正で「北方領土は日本固有の領土である」旨を明記したこと
        に
ロシア側が反発し、関係は停滞中。
・中国 → ウイグル問題やリオ問題で中国は国際的な孤立感を強めており、日本が手を差し伸べ
       には絶好のシチュエーションなのだが、麻生政権弱体化と政権交代がほぼ確実視
されて
       いる衆院選が控えていることもあって日本動けず。

対露係については、「固有の領土」という従来通りのスローガンを法律に明記するだけでなく、対日返還後の国後水道や択捉水道を通じた海自や米海軍のオホーツク海進出制限を交渉の俎上に載せるといったメッセージを出しておけば、ロシアの反応もまた違ったものとなっただろう。
現在のオホーツク海はロシアにとってSLBM搭載原潜の聖域となっている。それは、ロシアが千島列島全体を押さえることで、他国の海軍艦艇がロシア側に察知されずにオホーツク海に進出することを困難にしていることによる。ロシアが北方領土、とりわけ国後島と択捉島の返還を渋る一因は、両島が日本に返還された場合、ロシアにとって”千島防壁”の南部に穴が生じることになり、そこの穴を通じて海自、そして米海軍の艦艇がオホーツク海に進出し、ロシアのSLBM原潜の安全を脅かす可能性を考慮していることにある。

よって返還後の国後水道、択捉水道の扱いについて日本が対露配慮を示す姿勢を示せば、それが領土問題でロシア側からの譲歩を引き出す突破口になる可能性があるのである。だが、今回の北方領土法改正について、そうした工夫は見られず、徒にロシアの反感を強めるだけに終わった。

そして
、外交功者の中国が珍しく見せた窮地。そこで日本は何も動くことができなかった。ひょっとして日本は対中関係について長蛇を逸したのかもしれない

こうした日本と中露との関係停滞は、後々、日本が資源国モンゴルにアクセスを図る上でよろしくない結果を生じてこよう。

個人的には、バヤル首相が前向きな資源開発への日本企業参入活発化が実現した場合、株式を保有しているBHPビリトンやカメコのモンゴルにおける便宜というか権益に悪影響が出なければ、それで全てOKではある

2009年7月15日水曜日

第三百二段 音速の遅い読書『朝鮮戦争』

今回の音速の遅い同書で取り上げるのは、以下の作品。

朝鮮戦争
マシュウ.B. リッジウェイ
単行本(ソフトカバー)
恒文社
総合評価 3.0
発売日 1994-10

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この作品は、1950年6月にソ連製の重火器で武装した北朝鮮軍の韓国に対する電撃的な奇襲で幕を開け、その後、米軍を中心とする国連軍や中国人民解放軍"義勇軍"の介入を招きながら、1953年7月の停戦に至るまで朝鮮半島全体を戦火の渦に叩き落した朝鮮戦争について、D・マッカーサーの後任として第八軍司令官となり、遂にはGHQ総司令官及び国連軍総司令官となって朝鮮戦争を戦い抜いたマシュー・リッジウェイが同戦争を回顧し、また、そこから導き出した幾つかの教訓を述べた作品である。

構成は以下のようになっている。
・序
・第一章 朝静かなる国 ―――嵐の前夜
・第二章 挑戦と応戦 ―――スミス支隊の勇敢な抵抗
・第三章 国連軍の攻勢 ―――仁川上陸と釜山防衛線突破
・第四章 鴨緑江岸の悲劇 ―――中国の参戦・第一海兵師団の撤退
・第五章 司令官の交代 ―――第八軍を引継ぐ―戦意の立て直し―攻勢へ転換
・第六章 マッカーサーの免職 ―――トルーマン大統領とマッカーサー元帥―マッカーサーの免職
                       ―原因と結果―中国軍の撃退
・第七章 嶺上の激戦 ―――休戦交渉と手詰まり状態―嶺上の激戦―敵の性質
・第八章 最後の数ヶ月 ―――最後の数ヶ月―捕虜の暴動―後任者クラーク着任―休戦協定調印
・第九章 マッカーサー論争の意味 ―――問題と解答―マッカーサー論争の意味―その軍事的
                          政治的意味
・第十章 平和探求への道 ―――学び得た教訓と学び得ていない教訓―われわれが平和を探求
                     する際のそれらの意義
・補遺
・訳者あとがき
・地図

前述と重複してしまう部分もあるが、朝鮮戦争とは、スターリン率いるソ連を盟主とする共産主義陣営と米国を中心とした自由主義陣営の地球規模での対立―――冷戦という国際構造を背景に、北朝鮮や韓国といった朝鮮半島の国のみならず、米国や中国、そして間接的にはソ連をも巻き込んで展開された熱戦であった。

本書はその戦争を実際に司令官として戦い抜いた人物の手による作品だけあって、北朝鮮軍奇襲による開戦とその一方的な進軍、釜山に追い詰められた米軍と韓国軍の必死の抵抗、米軍を中心とした国連軍の結成、国連軍総司令官マッカーサーの名声を不動のものとした仁川奇襲攻撃の成功と韓国軍・国連軍の北進、米軍との直接対峙を恐れる中国の援朝抗米義勇軍(実態は人民解放軍正規軍)派遣、北朝鮮軍と中国軍の反撃による二度目のソウル放棄、マッカーサーの総司令官解任、後任リッジウェイ指揮による反撃作戦の成功、そして板門店での休戦交渉に至る足かけ3年の戦いの様子が緊張感を感じさせる文章で鮮明に描き出されている。

その中で、特に点額法師の印象に残った文章を感想と共に挙げていきたい。

まず最初に挙げるのは、大日本帝国崩壊によって朝鮮半島の管理を任された米ソ両国のうち、ソ連の戦略的な動きについて述べた以下の一文である。
ソヴィエトは最初から、朝鮮半島は、ソ連以外のどの国からも干渉されないという"独立"を計画していた。

当時、ソヴィエトはスターリンの統治下にあった。そのソ連の朝鮮半島での動向を評した上記一文は、『アジア冷戦史』(2004年 中公新書 下斗米伸夫著)に出てくる、ミコヤンがスターリンの千島列島占領を後年評して言った「いかに彼が遠くを見ていたか、当時わからなかった」という言葉を彷彿とさせる。また、ここでは挙げないが、著者は、ソ連とは対照的に当時の米国に戦略的な朝鮮半島政策が無かったことも指摘している。その彼我の差が朝鮮戦争勃発の一因となったことは想像に難くない。

ソ連が朝鮮半島を自国の勢力圏とすべく半島北部を中心に着々と布石を打っていくのに対し、半島南半分を押さえる米国は第二次大戦という悪夢への解放感から、駐留兵力を大規模に削減し、金日成とその背後にいるソ連の蠢動について何ら手を打つことは無かった。この米国の「無警戒」が朝鮮戦争勃発の一つの伏線となっていくことは論を俟たない。朝鮮戦争勃発後の世界に生きる者にとって当時の米国の行動を非難することは非常に容易い。だが、リッジウェイはそうした後世の非難者達に対して以下の様に問い掛けている。
もしいかなる政治家でも、国家を依然として戦争体制下におき、本国から八〇〇〇マイルも離れた場所に大部隊を駐留させたままにしておくことを主張したならば、あの時代にはたして彼の政治生命は保障されたであろうか。

この問いかけは、軍事分野に限定されない、民主主義自体の宿痾を衝いたものと言える。将来の災厄を防ぐために現在に負担を要請するという困難。理想論で言えば、その難事を弁舌を以って平和裏に達成できる者こそ民主政治における政治家の有り様と言えよう。しかし、ルネサンスの賢人マキャヴェッリが喝破したように、民衆というものが「しばしば表面上の利益に幻惑されて、自分たちの破滅につながることさえ望む」存在である以上、その民衆に死命を握られた民主政治家が理想論通りに動くことは容易ではないだろう。

戦争開始の号砲を鳴らした北朝鮮の奇襲、国連軍・韓国軍に二度目のソウル陥落という煮え湯をのませた中国人民解放軍の半島介入。これらは完全な隠匿の下で実行されたものではなかった。北朝鮮軍が38度線付近に兵力を集中していること、中国が朝鮮半島に大軍を送り込んだこと、これらについて米国は多くの、そして時には決定的とも言える情報を掴んでいた。だが、それらの情報は他の多くの情報の中に紛れ、或いは決定者の先入観や思い込みの類によって慎重な検討に与れないまま、埋没していき、やがて予兆は誰の目にも明らかな嵐へと成長して眼前に現れることとなった。リッジウェイは本書でそうした実例を挙げた上で以下のように述べている。
われわれは敵の意図を自己流の解釈で判断する傾向があって、敵の戦力についての知識を尊重しなかった。

カエサルの「人は、ほとんどいつも、望んでいることを信じようとする」という警句を見ると、人間とは2000年やそこらでは進歩しない存在であるようだ。尤もこれは他ならぬ自分自身についても当てはまる言葉であり、拳拳服膺、肝に銘ずべき言葉だと思える。

最後に挙げるのは、以下の言葉である。
北朝鮮やジャングル地帯のような荒廃した国においては、補給線を「締め上げる」簡単な方法はない。自分の補給物資と武器を背に負い、夜間に行動するか、または日中は空から見つけることのできない小道を通って移動する、アジアの自給自足の敵兵の場合には、敵に爆弾を落とすことによって撃滅することができると考えるのは、自己満足に過ぎない。

21世紀の現在、米軍がもがき苦しんでいるアフガンの状況を考えると実に示唆的な言葉である。著者は、そうした「自給自足の敵兵」に対抗するには、こちらも応分の地上戦力を投入して直に相手と戦うしか道が無いことを述べている。だが、イラクで消耗し金融危機で経済が大きく傷んだ現在の米国に「応分の地上戦力」をアフガンに投入し続けられる余裕があるとは考えにくい。
ならばどうするか? 周辺国及び地元有力勢力と協力・妥協ぐらいしか実現可能な方法はあるまい。要は、米国がアフガンを起点とした国際テロリズムを討伐しようとするなら、イランやタリバンと妥協するしかないだろう。これが現時点での点額法師の考えである。

朝鮮戦争という歴史上の出来事に限定されない数々の教訓や警句の宝庫として、そして北朝鮮の核実験やミサイル実験に揺れる朝鮮半島情勢の根っこの部分を理解するための一助として、実に興味深い作品と言えよう。

2009年7月13日月曜日

第三百一段 ナブッコ・パイプライン、建設へ前進

「ナブッコ・パイプライン計画」というものがある。要は、中東やコーカサス、中央アジアの天然ガスをロシアを迂回したルートで欧州に供給しようという計画である。ロシアへの天然ガス依存が高まる一方の現状に危機感を抱いたEUが米国の支援も受けながら2002年以来実現に向けて動いてきたのだが、経由国間の意見・利害調整に手間取り、ずっと画餅に過ぎない状態となっていた。

以下がナブッコ・パイプラインの経路図(図中、水色ラインで表示)であるが、トルクメニスタンやアゼルバイジャンから始まって、グルジア、トルコ、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリーを経てオーストリアのウィーンに帰着する経路を見るだけでも、如何に各国の利害調整が大変かは容易に想像がつこう。


いや、大変なのはパイプライン経由国との交渉だけではない。それにも増して「ナブッコ・パイプライン計画」の実現性を危険に曝し続けていたのは、「何処からパイ プラインで運ぶ天然ガスを持ってくるか?」という問題であった。当初予定されていたのはアゼルバイジャンやトルクメニスタンといったカスピ海沿岸国、そし てイランであったが、カスピ海沿岸国はあからさまにロシアを避けたルート設定の「ナブッコ・パイプライン計画」に参加することでロシアの逆鱗に触れること を恐れ、イランの参加についても核問題や対米関係がその実現を困難なものとしていた。

また、ナブッコ・パイプラインが実現した場合、欧州に対する天然ガスという外交上のアドバンテージを失うことになるロシアが「ナブッコ・パイプライン計画」への対抗策を打ち出してきた。
一つは「サウスストリーム計画」というもので、これはを黒海海底を通ってブルガリアを経由し、その後、セルビアとハンガリーを経由しオーストリアとスロ ヴェニアに向かうルートと、ギリシャを経由しイタリア南に向かうルートの2方向に分岐するパイプラインを敷設する構想である。
もう一つが、天然ガス供給国への働きかけである。具体的な動きとしては、ロシア国営のガスプロムがアゼルバイジャンと接触し、同社がアゼルバイジャンの天然ガスを優先的に輸入する権利を取得する、といった動き等がある。

こうした諸事情から「構想は素晴らしいが、実現性は・・・・」というのが「ナブッコ・パイプライン計画」に対する大方の評価であった。

しかし、最近はこうした逆風が俄におさまってきたようである。というのも、歴史的にあまりロシアと折り合いの良くないアゼルバイジャンは、結局ロシアとの天然ガス取引きを成立させる一方で「ナブッコ・パイプライン計画」へのガス供給から撤退することは無かった。
そしてここにきてトルクメニスタンもまた今月10日に、ベルドイムハメドフ大統領が「ナブッコ・パイプライン計画」に参加の用意があることを表明した(出典:共同通信)。
また、直接的な支援材料という訳ではないが、ナブッコ・パイプラインの経由国たるグルジアについて、米国はイージスミサイル駆逐艦スタウトを7月中旬に予定されているグルジア海軍の演習に参加させることとし、米国がグルジアから手を引くつもりはないことを如実に示した(出典:Novosti)。

こうした直接的・間接的な追い風を受けて、遂に関係国のうち、ブルガリア、ルーマニ ア、ハンガリー、オースリア、トルコがEUの仲介によってパイプラインの敷設に向けた協定で合意に達した。7月13日のブルームバーグは以下のように伝えている。

  7月13日(ブルームバーグ):トルコとブルガリア、ルーマニ ア、ハンガリー、オースリアの5カ国は13日、ガスパイプラインの プロジェクト「ナブッコ」を推進することで合意した。同プロジェク トはロシア産天然ガスへの欧州の依存低下を目指すもので、総額79 億ユーロ(約1兆170億円)規模。

  米国も支援する同プロジェクトは少なくとも2004年から計画さ れていたが、顧客や通過各国、ガス供給源などの確約が得られず遅れ ていた。

  トルコのエルドアン首相はアンカラでの調印式で、「ナブッコ・ プロジェクトは夢のような構想だとも言われているが、実際には成功 物語となり、疑問視していた人々が間違っていたことが証明されるだ ろう」と意気込みを示した。

  欧州へのガス供給は過去3年に2回、ロシアによる供給停止によ て滞った。欧州はこのプロジェクトでロシアへの依存低下を目指す。 カスピ海周辺で産出された最大310億立方メートルの天然ガスをト ルコ経由でオーストリアに送る同プロジェクトは2014年の輸送開始 を目指すが、ガス供給源確保でまだ競争にさらされている。

  エルドアン首相は、同「プロジェクトを支援する」さらなる合意 が半年以内に署名されるだろうと語った。欧州連合(EU)の欧州委 員会のバローゾ委員長は、プロジェクトに関与するパートナーらは、 年末までに「容量契約」を結ぶことを目指すと語った。

  合意を仲介したEUによれば、天然ガスはグルジア、イラン、イ ラク、シリア4カ国のうち3カ国からトルコに運ばれる。ナブッコは 今までにアゼルバイジャンやイラク、トルクメニスタンなどのカスピ 海沿岸諸国と天然ガス供給で交渉している。(出典:ブルームバーグ


さて、一方のロシアはどう動いてくるのか? 為す術もなく「ナブッコ・パイプライン計画」の完成を指をくわえてみているのか? それとも「ナブッコ・パイプライン計画」自体を葬り去ることに成功するのか? 或いは自国の損害を最小限に抑えた上で「ナブッコ・パイプライン計画」と共存していくことになるのか? 今後の展開が実に興味深い(それにしても、マジャール人やモンゴル人、オスマン帝国といった東方勢力の欧州進出を阻んできた城塞都市ウィーンが、21世紀には東からの天然ガス受入れ拠点となるとは、歴史の皮肉というか因縁を感じずにはいられない)。

2009年7月12日日曜日

第三百段 中国の資源獲得を巡る動き

一時の恐慌的な底値からは脱したものの、世界経済の冷え込みで実需が弱っているため、最近はどうも力強い騰勢に欠けた展開の続くコモディティ市場ですが、そんな状態での「押目買い」を狙ってのことでしょうか、中国の資源獲得の動きは今もなお活発のようで、幾つか注意を引かれる報道が御座いました。

まず一つ目が、中国がアフガン領内での銅鉱脈探査を実施しているというニュース。7月10日のカタールの英字紙Gulf Timesは以下のように伝えております。
A Chinese firm yesterday started work on a copper deposit in Afghanistan, part of a multi-billion dollar project and the first major foreign investment of its kind in Afghan history, an official said. State-owned China Metallurgical Group Corp and China’s top integrated copper producer Jiangxi Copper Co won a 2008 tender to explore and develop the vast Aynak Copper Mine south of the capital Kabul. Aynak is thought to contain up to 13mn tonnes of copper and is regarded as one of the major ore bodies in the world. The deposit was discovered in 1974 and surveyed by Soviet geologists in 1979 has never been developed until now.(出典:Gulf Times

記事によれば探査に乗り出した企業は、国営の中国冶金科工集団と銅生産中国最大手で香港上場の江西銅業公司とのことだそうですが、巷間知られているように、今アフガンは攻勢に出ているタリバンへの対抗策として米海兵隊が大規模な反撃攻勢作戦を展開している最中、そして8月には大統領選を控えており、政治的には何があってもおかしくない物騒な状態。そんな状態で将来に向けた投資を行うというのだから、現カブール政権のみならず、東南部で優勢を誇る(そして場合によっては将来のアフガン支配者)タリバンとも何らかの渡りをつけたということなんでしょうか?
中国とパキスタンの蜜月は広く知られている通りなので、パキスタン軍情報部ISIを通じればそれも不可能ではないのでしょうが・・・・。(w ̄)

二つ目が、7月11日のパキスタンの英字紙Business Recorderからで、イラン-パキスタン間ガス・パイプラインの敷設について中国とアブダビの企業が12億ドルの融資を申し出たというニュース。記事は以下の通りです。
KARACHI (July 12 2009): Two international firms have offered financing for the construction of $1.2 billion Iran-Pakistan (IP) gas pipeline project. This was stated by the Advisor to the Prime Minister on Petroleum and Natural Resources, Dr Asim Hussain while talking to media at the oath-taking ceremony of SSGC Peoples Labour Union (CBA), here on Saturday.

The advisor said the offer has been given by a Abu Dhabi-based company and a Chinese firm. He said work on the route survey has been started. He pointed out that the total cost of the project through land route is estimated around $1.2 billion while through sea route it would increase to $2 billion.

Dr Asim said the government has planned to invite more international oil and gas exploration companies for drilling in various fields. In this regard, he said, the government will organise road shows in various countries. He pointed out that two international companies will start drilling in current year while another company will initiate work next year.

He was optimistic that a huge foreign investment amounting to over $10 billion will come in the oil and gas sector in next five years. He said the government will obey the Supreme Court order with regard to petroleum prices. The advisor said the government did not impose carbon surcharge or petroleum levy on jet fuel to compete in the international market.

He pointed out that the prices of jet fuel are much lower than various competitor countries including Dubai. Any further increase in jet fuel can force the international airlines to stop fuelling from Pakistan, he added. Regarding the demands of SSGC employees, the advisor said that he has directed the company's management to start negotiations with the CBA on its charter of demand. He also directed the company to restore employees' quota of son and to provide them medical facilities after retirement.

He also announced to construct a low-cost housing scheme for SSGC employees. He said the cost of land for this scheme would be borne by the company. Earlier, speaking at the ceremony, Dr Asim said the government will announce new labour policy soon. He said the government wants to revive trade union activities in the country so that the workers could play their role for the development of the country.He said that some elements want to destabilise the system and they are misleading the people over various issues.

The recent global recession has hit almost all the countries in the world. However, the recent economic issues in the country are the result of wrong policies of the previous government. Umair Ahmed Khan, MD SSGC said the company will take every possible decision for the welfare of its employees. He said the company management has started negotiations with CBA on employees' charter of demand and it would be finalised soon.

Ejaz Baloch, President, SSGC Peoples Labour Union, Riaz Akhtar Awan, Chairman and others also spoke on the occasion. Sindh Minister for Katchi Abadis Rafiq Engineer, Secretary, People Labour Bureau, Khawaja Muhammad Awan, Advisors to Sindh Chief Minister Rashid Rabbani and Waqar Mehdi and a large number of PPP leaders and companies officials attended the ceremony.(出典:Business Recorder

もしイランの天然ガスをパイプラインでパキスタンまで運べば、採算性の問題はひとまず置けば、更にパキスタンから中国領ウィグル自治区までパイプラインを敷設し、そこから西気東輸(新疆ウイグル自治区タリム盆地~上海市間)のパイプラインに繋ぐという構想も成り立ちます。問題は道中に跋扈するイスラム過激派諸組織ですが、これは前述の内容とも重なってしまいますが、パキスタンのISIを通じた懐柔で対応することが可能と考えられます。さてさて、今後の展開が楽しみなニュースです。( ̄w ̄)

三つ目は、7月11日の中国の英字紙China Dailyが伝える所で、中国の石油大手ペトロチャイナが新日本石油の精油施設に対して出資するというもの。記事は以下の通りです。

The Chinese government has confirmed it granted PetroChina approval in June to take a stake in Nippon Oil Corp's Osaka refinery, a move to feed growing demand for oil in China.

The National Development and Reform Commission said on its website on Friday that the approval for the purchase in Japan's largest refiner had been given to PetroChina International Co in June, without giving details.

The two companies agreed in May last year to establish a joint venture to operate the refinery with a capacity of 115,000 barrels per day.

The Chinese oil giant would acquire a 49 percent stake in the venture and Nippon Oil would own the other 51 percent, they said.

Dai Peng, analyst with the Zheshang Securities, said the deal between the two oil giants will allow PetroChina to use surplus capacity of the Japanese company to refine oil. It is also an important step for PetroChina to expand its operation in Asia, he said.

Yang Wei, analyst with the Guotai Junan Securities, echoed with Dai, adding the deal will help cut refining cost for PetroChina as the company has a large output of oil overseas.

They both agreed the purchase would have little impact on PetroChina's performance in a short term.

Nippon Oil has provided PetroChina with refining services since 2004.(出典:China Daily


今年5月にペトロチャイナはシンガポールの石油精製大手シンガポール石油に最大22億ドルの出資を行い、シンガポール石油の完全子会社化に向けて動き出しております(出典:ブルームバーグ)。
今回の新日本石油精油所に対する出資と併せ、ペトロチャイナの川下部門の強化姿勢がより鮮明になってきたと言えるでしょう。

中国が打つこれらの布石が果たして成功するのか、そして危機脱却後の世界でどういった意味を持ってくるのかを考えるのは、実に楽しきことに御座います。

2009年7月10日金曜日

第二百九十八段 ウルムチの波紋

中国領の西辺、天然ガスと石油の宝庫にしてユーラシア中央部に睨みを利かせるための前線基地、そしてウイグル人を筆頭にイスラム教を奉じる少数民族が多く居住する新疆ウイグル自治区(省都ウルムチ)で7月5日に騒擾事件が発生し、7月8日には、イタリアでのサミットに参加予定であった胡錦濤国家主席は首脳国会議を蹴ってまで帰国の途に着くなど、事態は緊迫の度を増している。

そして武装警察のウイグル人に対する荒っぽい騒擾鎮圧や金曜礼拝の中止に対して、ウイグル自治区のみならず、世界中のイスラム教徒が中国政府への不満を高めつつある(金曜日はイスラム教にとっての安息日であり、集団礼拝が義務付けられている特別な日である)。

日本政府は9日に東京都内で開かれた「日中人権対話」で今回の騒擾事件を取り上げ、自治区住民に対する人権と基本的自由の尊重を中国側に要請したという。

ウイグル自治区の住民にとっては「ロクでもない事態」としか言いようのない今回の一件であるが、こと日本にとっては幾つかの点で悪い話ではない。というのも、ウイグル自治区での振る舞いで中国が世界中のイスラム教徒の反感を買うようになった場合、以下のことが考えられるからだ。


1.中東や北アフリカ、中央アジアやコーカサスといったイスラム教徒が多数を占める地域での、
  
中国のビジネスチャンスの減少(相対的に日本のビジネスチャンスが拡大する)。
2.中国の東方拡大の抑制(中国が西部地帯にリソースを回さざるを得なくなることで、
  日本との
係争が続く東シナ海ガス田地帯や尖閣諸島での中国の行動が抑制される)。
3.国際的イスラム過激派組織の目標の分散(非常に大雑把な話、目標が日米から
  日米中になることで、一国当たりのイスラム過激派による攻撃への遭遇率は低下する)。
4.中国の対日姿勢軟化(外交にあっては慎重居士の中国が、イスラム勢力を敵に回した
  状態で、同時に日本に対しても強硬姿勢に出ることは考えにくい)

実際、既にトルコではウイグル自治区騒擾事件に対する中国政府の行動に対する批判として、中国製品ボイコットの呼びかけが始まっているという。パキスタンの英字紙Business Recorderは以下のように伝えている。
ANKARA (July 10 2009): Turkey's Industry and Trade Minister on Thursday called on Turks to stop buying Chinese goods to protest the ethnic violence in Xinjiang province. Nihat Ergun's office said the minister asked Turks to boycott Chinese-made goods but that government had no plans for an official boycott.

``Let's check to see whether the country whose products we are consuming respects humanity,' the minister said during a visit to the central province of Yozgat, according to the private Dogan News Agency. Deputy Prime Minister Bulent Arinc accused Chinese militia forces of hunting down minority Muslim Uighurs.

Turks have close ethnic and cultural bonds to the Uighurs and Turkey has been vocal in its criticism of China despite growing economic ties to China. Arinc put the number of Uighurs based in Turkey at around 300,000. ``Now both the Chinese army is occupying the streets and militia called the Han Chinese, armed with batons and lethal instruments, are hunting down for Uighurs,' Arinc said. ``They are raiding homes, taking away children and women and there are a great number of deaths.'

``Unfortunately China, with its economic power, its influence and its power over world politics, is trying to cover up these incidents,' Arinc said. Arinc said he wanted China to investigate the events in a way ``that will not damage relations between China and Turkey.'

He said Turkey was prepared to help in the investigation. The rioting, sparked by a brawl between Uighur and Han Chinese factory workers, began Sunday and also left more than 1,000 injured. Uighurs beat Han - members of the majority ethnicity in China - and torched their shops and cars. After security forces quelled the riots, vigilantes on both sides attacked people in the regional capital Urumqi.

It was not known how many Uighurs and Han Chinese died. Turkish media and pro-Uighur associations however, have suggested that most of the victims were Uighurs, triggering daily protests outside Chinese diplomatic missions in Turkey. Several lawmakers have resigned from a Chinese-Turkish parliamentary friendship group in protest.(出典:Business Recorder

イスラム世界に反中感情が燃え上がるのが早いか、それとも中国が新疆の秩序を「正常化」するのが早いか、実に興味深い所である。

日本政府にとって対応が難しくなるのは、中国沿海部に出稼ぎに出て来ているウイグル人が騒擾やテロに走って沿海部の消費と生産に悪影響を及ぼしかねなくなった時であろう。中国沿海部の消費と生産は日本経済にとって重大な意味を有している。従って、そこが危機にさらされた場合、日本が既成秩序の担い手である北京政府支持に回るのは当然の帰結である。一方であまりに北京政府への肩入れが過ぎてしまうと、中国内におけるウイグル人等イスラム系少数民族の扱いに不満を募らせるイスラム諸国の心証を害してしまう危険性がある。原油の8割~9割を中東に依存する日本にとってそれは避けたい事態であろう。
中国をとるかイスラム教国をとるか、日本にとって実に悩ましいジレンマである。
中国が速やかに新疆の不満分子を平定してくれれば、日本がそのジレンマに悩むこともないのだが・・・。

2009年7月9日木曜日

第二百九十七段 音速の遅い読書『大英帝国の外交官』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。

大英帝国の外交官
細谷 雄一
単行本
筑摩書房
総合評価 5.0
発売日 2005-05-23

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この作品は、近代日本有数の政治家の一人である吉田茂が回想録で引用した「ディプロマチック・センスのない国民は、必ず凋落する」という言葉で幕を開ける。ではディプロマチック・センスとは何か。それは本書の言葉を借りれば、「海図の無い国際政治の舞台で、いかにして自らの国益を定義して、いかにして自国の安全と国益を守り、国家の進路を展望する」ことだという。
通信技術や移動技術の発展により、海外情報や外国政府との接点が外交官の独占状態から多くの他省庁、民間企業や個人にまで開放された、また、世論というものを無視しては外交政策がもはや成り立たなくなった、そんな現在21世紀初頭の時代にあって、「ディプロマチック・センス」を育て磨きあげていくべき必要があるというのが本作品著者の問題意識である。

本書は、その「ディプロマチック・センス」について考えを深めるための具体的なケーススタディとして、第一次大戦終結から冷戦時代初期までの時代、英国で異彩を放った五人の外交官、ハロルド・ニコルソン、E・H・カー、ダフ・クーパー、アイザイア・バーリン、オリヴァー・フランクスにスポット・ライトを当てて、当該時代における英国外交の軌跡を辿ったものである。
ナポレオン戦争や日英同盟等、外交史の話題には事欠かない英国について、何故本書で取り扱う期間を第一次大戦後から冷戦時代初期までとしたのか?
本書の記述から窺うに、その時代が以下の3点で外交史上大きな転機であったからということらしい。
1.欧州に加えてアフリカやアジアが新たな外交の舞台として浮上したこと。
2.均質な外交環境を提供してきた欧州各王朝や貴族制が大戦と革命で崩壊したこと。
3.新たに世論が外交の主となったこと。

そんな本書の構成は以下のようになっている。
・はじめに
・プロローグ

・第一章 「外交官」の誕生

・第二章 「古典外交」の黄昏―――ハロルド・ニコルソン
・第三章 「新しい社会」という誘惑―――E・H・カー

・第四章 パリを愛するイギリス人―――ダフ・クーパー

・第五章 思想家としての外交官―――アイザイア・バーリン

・第六章 ワシントンの哲学者―――オリヴァー・フランクス

・エピローグ―――「外交官」の終わり?

・あとがき

・主要参考文献

上記の内、特に点額法師が個人的に印象深かったのが、第二章のハロルド・ニコルソン、第三章のE・H・カー、第六章のオリヴァー・フランクスである。

ハロルド・ニコルソンは外交官としての業績によるよりも、寧ろ『外交』という書物の著者として有名な人物である(日本語版は東京大学出版会より出版されている)。この『外交』は本作品の言葉を借りれば「おそらく世界で最も広く読まれている外交理論の書」であり、「フランスのカリエールが基礎をつくり、イギリスのアーネスト・サトウが発展させた「旧外交」の時代の外交理論を、最も体系的かつ魅力的に完成させた」作品である。
ニコルソンがそんな作品をものにすることができたのは、やはり外交実務の場で経験を積んだればこそであった。彼は30台という若さでパリ講和会議を始めとした第一次大戦の戦後処理に携わり、その能力を存分に発揮していく。だが、パリ講和会議では、列国の首脳が国内世論のウケを狙ってドイツに実現不可能な経済的懲罰と第一次大戦に係る全ての道義的責任の押し付けを強硬に主張し、或いは予備知識のない地域の国境線を無造作としか言いようのない不用心さで決定していく様を目にし、強い憤慨を抱くことになる。彼はとりわけりわけ英ロイド・ジョージ、仏クレマンソー、米ウィルソンの「三巨頭」について以下のように述べている。
それにしても、これら三人の無知で無責任な男たちが、ケーキを切るかのように小アジア(Asia Minor)を切り刻むのは、怖ろしいことです。そして私以外は誰も、事実としてこの小アジアとはこれまで何ら関連した仕事をしたことが無いのです。

こうした、民主選挙で選ばれただけで、必ずしも国際政治や他国の情勢に通じたわけでもない政治指導者が外交をリードすることへの不満の高まりが、やがて彼をして43歳の若さでの外務省辞職へと走らせることになる。そして外務省辞職後の文筆家家業の中で生まれたのが『外交』という作品なのである。
何となく、無実の罪による宮刑を発奮材料として不朽の名作『史記』を書きあげた司馬遷の姿と二重写しになるように思える。

E・H・カー、彼もまたハロルド・ニコルソン同様、外交官としての一面よりも別の一面で果たした業績が有名な人物である。彼は歴史学者としてロシア革命の研究に大きな足跡を残した。一方で彼のナチス・ドイツやソ連に対する宥和的な態度は、彼の論敵にとって格好の的であった。だが彼は凡庸な親独や親ソのイデオローグではなかった。実際、彼は外務省職員時代、ロシア革命の勃発とボルシェビキ政権について以下のような感想を残している。
彼らの崩壊をもたらす可能性が最も高いのは、ペトログラードとモスクワを飢餓に陥れることであるから、もしもわれわれが食糧を提供したとしたら、自らの目的を単純に放棄してしまうことになるだろう。

本書では彼のこうした言動を追いながら、カーのことを以下の様に評している。
カーの心の中には、ヒューマニティの精神が欠けていた。そこにあったのは冷徹に社会を洞察する眼識と、複数の価値観を均衡させる構想力と、社会に対しても自己に対しても本質的に懐疑的な精神であった。
また、カーの親ドイツ的な姿勢の背後にも「英国がドイツに対抗するには米国かソ連の協力が必要である。だが、英国は米国ともソ連とも対独協力体制を構築できなかった。ならば英国はドイツに宥和的であるしかない」という冷徹なパワーバランスに対する計算があったからだと本書は指摘している。
考えるとカーの生きた時代とは世界恐慌でレッセフェールな自由経済体制に重大な疑問符が付き、第一次大戦の惨禍が人間の合理性に対する楽観的な信頼を粉微塵に打ち砕いた時代でもあった。そして現在もまたサブプライム問題に端を発する世界的な金融危機の広まりによって市場経済に重大な疑問符が付き、宗教過激派の巻き起こす惨禍が「理性と対話」に対する信頼を大きく動揺させている時代である。この時代の相似形を考える時、カーの持っていた眼識、構想力、懐疑的精神というものは、現代人が世を渡っていく上でも大きな示唆に富んでいると言えるだろう。

オリヴァー・フランクス、彼は激化する冷戦を背景にマーシャル・プランや北大西洋条約締結といった多事に米英関係が揺らぐ中、駐米大使として米英関係の舵取りを任された人物であり、同時に哲学者としても有能な人物であった。だが、そんな彼の洋々たる経歴以上に印象に残ったのが、英米関係について述べた以下の言葉である。
特別の関係(the special relationship)とは、英語を使用する人々の間での、共有された伝統という神秘主義の上に成り立っているのではない。それは共通の目的と相互的な必要性によって成立するのである。それは、相互の信頼感という感情により動かされる共同作業という強靭な習慣に根付いたものなのだ。
本書でも指摘されているが、日本で米英関係の強固さについて語る時、「同じアングロ・サクソン国家だから」、「同じキリスト教文明圏にある」といった具合に文化や宗教、言語などにその強固さの淵源が求められがちである。しかし、オリヴァー・フランクスは、米英関係の強固さが文化や宗教といった「神秘的主義」によって自然発生的にもたらされるという考え方を斥け、強い目的意識と相互協力があって初めて成り立つものであることを説いている(そもそも言語や宗教、文化の共通性が自動的に国家間の協力体制をもたらすならば、アラブ諸国はとっくの昔にEU的、NATO的な枠組みの構築に成功してもおかしくはない。だが現実は・・・)。
だが、この相互協力というのも口で言うほど簡単なものではない。とりわけ相手が超大国米国ともなれば尚更である。米国との協力は時に「米国の犬」、「対米従属」という痛罵を浴び、威勢のいい「独自外交論」が幅を利かせることも少なくない。そんな中でも自国の国益を見定め、単純な従属でもなく敵対でもなく、地道に共同作業を積み重ねて超大国米国との関係を補強していく、そういう地味ながらも優れた対米外交を歴代政権が続けてこれた英国というのは、やはり成熟した国家にふさわしい見識というものを持った国家なのだろう。

書物を紐解く楽しみの一つは、地理的時間的制約を超えて魅力的な人物、興味深い人物、共感できる人物と巡り合えることである。そんな書物の楽しみを存分に味あわせてくれる作品である。

2009年7月6日月曜日

第二百九十六段 サウジ、航空会社を民営化のこと

危機に瀕した金融機関だけかと思えば、売れない車しか作れない自動車会社やら「いつ潰れてもおかしくない」と衆目一致する航空会社、時期的に疑問符の付くMSCB発行で「好況時の1000億円に匹敵する500億円」を用意した筈の半導体製造会社・・・・・、「100年に1度の危機」の掛け声の下、有象無象の企業に対する節操無き公的資金注入が跋扈する何とも嫌な世の中。

そんな梅雨空の如く鬱陶しい経済情勢に、一陣の涼風とも呼べる快事がありました。

快事の発生源はニューヨークやロンドン、東京といった資本主義の中心地から離れたサウジアラビア。快事の内容をUAEの英字紙GulfNewsは以下のように伝えております。
Riyadh: The Saudi Shura Council on Sunday submitted a recommendation that the government review a previous proposal to privatise the country’s national airline carrier, Saudi Arabian Airlines (SAA), the local Arabic daily Al Riyadh reported.

The Council had unanimously agreed that no less than 40 per cent of SAA’s shares be offered to the public as an IPO sale, while the government maintains an ownership of 51 per cent.

The Council also suggested that the airline’s fleet of medium and small aircrafts be expanded. (出典:GulfNews

記事の概要は、サウジが国営航空会社サウジアラビア航空(SAA)を民営化する方針であるというもの。株式の51%はサウジ政府が保有し続けるものの、40%以上がIPO時に売りに出されるとのこと。地域のアラビア語紙Al Riyadh紙の報道として伝えております。

ここで某国の航空業界を見てみれば、何時まで経っても経営改善が進まずに赤字を垂れ流し、長期展望に欠けた経営陣と労組が(仲良く)喧嘩を繰り返してばかりという某国のナショナル・フラッグ・キャリア(これでも一応民営)もあるわけですが、SAAにはそんなだらしない航空会社を反面教師として大きく世界に羽ばたいていって欲しいものです。(´ヮ`)

で、気になるのがこのSAAのIPOで何処の金融機関が幹事となるかというもの。おりもおり、日本の野村證券がサウジで事業を開始するというニュースが伝えられております(出典:日経ネット)。
事業を開始してすぐに現地の大型IPOを射止めるというのはあまりにファンタジー過ぎる展開ではありますが、このSAA以降もサウジの国営企業民営化もそれなりに進んでくるでしょうから、今後が興味深い所ではあります。( ̄w ̄)

・・・・それにしても、資本主義の主流であった北大西洋地域が今回の金融危機で深く傷つく中、中東では今回の件や2009年3月にシリア・ダマスカスで証券取引所が開設される(実際は40年振りの再開らしい・・・・)など、着実に地域内に資本主義が広がりつつあります。
ルネサンス期の賢人マキャヴェッリは『政略論』の中で「繁栄の基は時代とともに移動する」という旨の発言をしていますが、さて、中東は今新たに「繁栄の基」を迎え入れている段階なのでしょうか?

2009年7月2日木曜日

第二百九十四段 サウジ、国境警備システム強化のこと

2009年6月29日、イラク駐留米軍戦闘部隊が都市部からの撤退を完了させた。これによって、2003年3月19日のイラク戦争開始後のイラクにおいて一つの政治的節目が打たれたことになる。

しかし、今まで散々血で血を洗う凄惨なテロが繰り返されてきたイラク都市部が、突然「米軍撤退後は見違えるほど平和になりました」なんて展開はまずあり得ないと見てよいだろう。寧ろ、米軍戦闘部隊撤退によって巨大な力の空白が生じ、それを埋めようとする諸勢力が抗争を更に激化させる可能性が高い。そしてその抗争はイラク内の無秩序と混乱を増幅させ、テロリストや難民の流入といった厄介な問題を周辺国に投げかけることになるだろう。

7月2日にBBCが報じた以下のニュースは、そんなイラク情勢が背景にあるものと考えられる。

Defence and aerospace group EADS has won a contract worth an estimated $2.27bn (£1.4bn) to help Saudi Arabia improve its border security.
The five-year deal will expand on the pan-European firm's existing contract with the Saudis to improve security along its border with Iraq.
The new deal covers all of Saudi Arabia's other land and sea boundaries.
EADS will provide everything from new radar stations to camera systems and reconnaissance aircraft.
'Increased ability'
Analysts said the Saudi government is particularly determined to strengthen its border with southern neighbour Yemen, which it blames as the main source of smuggled weapons used by militants.
"You want to increase the ability of the border guards to achieve their goals," Saudi Interior Ministry spokesman Mansour al-Turki told the AP news agency.
"It's not enough to rely on traditional technology."
EADS is said to have beaten France's Thales, UK firm BAE Systems, and US group Raytheon to win the contract.
Saudi Arabia has the world's ninth largest defence budget, spending $38.2bn last year, according to the respected Stockholm International Peace Research Institute.(出典:BBC

記事の概要は、サウジが国境警備能力強化のために欧州防衛大手EADS(最近よく墜落するエアバスの親会社)と総額22億ドル以上の契約を締結したというもの。当該契約は元々EADSとサウジがイラク国境警備を強化するために締結していた有効期間5年の契約が拡張されたもので、EADSが警備強化を支援する国境はイラク・サウジ国境からサウジの全国境に拡大されることとなったという。

記事内では、当該契約の目的として、サウジは国内の反体制派に対する主要な武器補給路と化しているイエメン国境の警備強化を狙っているという専門家の取り上げているが、サウジが当該契約を発表したタイミングを考えれば、EADSとの契約はサウジが米軍撤退後のイラクに何ら楽観的な見方を抱いていないことを示しすものだといえよう。油田開発への外資参入等が注目を浴びるイラクだが、その安定化は依然として遥かな道程のようである。

・・・・で、そんな国士様的な意見はひとまず置くとして、個人的に最も衝撃的(痛撃的)だったのは、サウジ国境警備支援契約受注でEADSに敗れた企業の中に我らがレイセオンが含まれていたこと。・・・・泣いてもいいですか?(なに
前回の「サウジ、ユーロファイター導入」といい、どうも中東防衛市場での米国勢退潮を感じさせるニュースが続いている・・・・。全く憂鬱なことである。(´・ω・`)ションボリ