2009年7月9日木曜日

第二百九十七段 音速の遅い読書『大英帝国の外交官』

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。

大英帝国の外交官
細谷 雄一
単行本
筑摩書房
総合評価 5.0
発売日 2005-05-23

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この作品は、近代日本有数の政治家の一人である吉田茂が回想録で引用した「ディプロマチック・センスのない国民は、必ず凋落する」という言葉で幕を開ける。ではディプロマチック・センスとは何か。それは本書の言葉を借りれば、「海図の無い国際政治の舞台で、いかにして自らの国益を定義して、いかにして自国の安全と国益を守り、国家の進路を展望する」ことだという。
通信技術や移動技術の発展により、海外情報や外国政府との接点が外交官の独占状態から多くの他省庁、民間企業や個人にまで開放された、また、世論というものを無視しては外交政策がもはや成り立たなくなった、そんな現在21世紀初頭の時代にあって、「ディプロマチック・センス」を育て磨きあげていくべき必要があるというのが本作品著者の問題意識である。

本書は、その「ディプロマチック・センス」について考えを深めるための具体的なケーススタディとして、第一次大戦終結から冷戦時代初期までの時代、英国で異彩を放った五人の外交官、ハロルド・ニコルソン、E・H・カー、ダフ・クーパー、アイザイア・バーリン、オリヴァー・フランクスにスポット・ライトを当てて、当該時代における英国外交の軌跡を辿ったものである。
ナポレオン戦争や日英同盟等、外交史の話題には事欠かない英国について、何故本書で取り扱う期間を第一次大戦後から冷戦時代初期までとしたのか?
本書の記述から窺うに、その時代が以下の3点で外交史上大きな転機であったからということらしい。
1.欧州に加えてアフリカやアジアが新たな外交の舞台として浮上したこと。
2.均質な外交環境を提供してきた欧州各王朝や貴族制が大戦と革命で崩壊したこと。
3.新たに世論が外交の主となったこと。

そんな本書の構成は以下のようになっている。
・はじめに
・プロローグ

・第一章 「外交官」の誕生

・第二章 「古典外交」の黄昏―――ハロルド・ニコルソン
・第三章 「新しい社会」という誘惑―――E・H・カー

・第四章 パリを愛するイギリス人―――ダフ・クーパー

・第五章 思想家としての外交官―――アイザイア・バーリン

・第六章 ワシントンの哲学者―――オリヴァー・フランクス

・エピローグ―――「外交官」の終わり?

・あとがき

・主要参考文献

上記の内、特に点額法師が個人的に印象深かったのが、第二章のハロルド・ニコルソン、第三章のE・H・カー、第六章のオリヴァー・フランクスである。

ハロルド・ニコルソンは外交官としての業績によるよりも、寧ろ『外交』という書物の著者として有名な人物である(日本語版は東京大学出版会より出版されている)。この『外交』は本作品の言葉を借りれば「おそらく世界で最も広く読まれている外交理論の書」であり、「フランスのカリエールが基礎をつくり、イギリスのアーネスト・サトウが発展させた「旧外交」の時代の外交理論を、最も体系的かつ魅力的に完成させた」作品である。
ニコルソンがそんな作品をものにすることができたのは、やはり外交実務の場で経験を積んだればこそであった。彼は30台という若さでパリ講和会議を始めとした第一次大戦の戦後処理に携わり、その能力を存分に発揮していく。だが、パリ講和会議では、列国の首脳が国内世論のウケを狙ってドイツに実現不可能な経済的懲罰と第一次大戦に係る全ての道義的責任の押し付けを強硬に主張し、或いは予備知識のない地域の国境線を無造作としか言いようのない不用心さで決定していく様を目にし、強い憤慨を抱くことになる。彼はとりわけりわけ英ロイド・ジョージ、仏クレマンソー、米ウィルソンの「三巨頭」について以下のように述べている。
それにしても、これら三人の無知で無責任な男たちが、ケーキを切るかのように小アジア(Asia Minor)を切り刻むのは、怖ろしいことです。そして私以外は誰も、事実としてこの小アジアとはこれまで何ら関連した仕事をしたことが無いのです。

こうした、民主選挙で選ばれただけで、必ずしも国際政治や他国の情勢に通じたわけでもない政治指導者が外交をリードすることへの不満の高まりが、やがて彼をして43歳の若さでの外務省辞職へと走らせることになる。そして外務省辞職後の文筆家家業の中で生まれたのが『外交』という作品なのである。
何となく、無実の罪による宮刑を発奮材料として不朽の名作『史記』を書きあげた司馬遷の姿と二重写しになるように思える。

E・H・カー、彼もまたハロルド・ニコルソン同様、外交官としての一面よりも別の一面で果たした業績が有名な人物である。彼は歴史学者としてロシア革命の研究に大きな足跡を残した。一方で彼のナチス・ドイツやソ連に対する宥和的な態度は、彼の論敵にとって格好の的であった。だが彼は凡庸な親独や親ソのイデオローグではなかった。実際、彼は外務省職員時代、ロシア革命の勃発とボルシェビキ政権について以下のような感想を残している。
彼らの崩壊をもたらす可能性が最も高いのは、ペトログラードとモスクワを飢餓に陥れることであるから、もしもわれわれが食糧を提供したとしたら、自らの目的を単純に放棄してしまうことになるだろう。

本書では彼のこうした言動を追いながら、カーのことを以下の様に評している。
カーの心の中には、ヒューマニティの精神が欠けていた。そこにあったのは冷徹に社会を洞察する眼識と、複数の価値観を均衡させる構想力と、社会に対しても自己に対しても本質的に懐疑的な精神であった。
また、カーの親ドイツ的な姿勢の背後にも「英国がドイツに対抗するには米国かソ連の協力が必要である。だが、英国は米国ともソ連とも対独協力体制を構築できなかった。ならば英国はドイツに宥和的であるしかない」という冷徹なパワーバランスに対する計算があったからだと本書は指摘している。
考えるとカーの生きた時代とは世界恐慌でレッセフェールな自由経済体制に重大な疑問符が付き、第一次大戦の惨禍が人間の合理性に対する楽観的な信頼を粉微塵に打ち砕いた時代でもあった。そして現在もまたサブプライム問題に端を発する世界的な金融危機の広まりによって市場経済に重大な疑問符が付き、宗教過激派の巻き起こす惨禍が「理性と対話」に対する信頼を大きく動揺させている時代である。この時代の相似形を考える時、カーの持っていた眼識、構想力、懐疑的精神というものは、現代人が世を渡っていく上でも大きな示唆に富んでいると言えるだろう。

オリヴァー・フランクス、彼は激化する冷戦を背景にマーシャル・プランや北大西洋条約締結といった多事に米英関係が揺らぐ中、駐米大使として米英関係の舵取りを任された人物であり、同時に哲学者としても有能な人物であった。だが、そんな彼の洋々たる経歴以上に印象に残ったのが、英米関係について述べた以下の言葉である。
特別の関係(the special relationship)とは、英語を使用する人々の間での、共有された伝統という神秘主義の上に成り立っているのではない。それは共通の目的と相互的な必要性によって成立するのである。それは、相互の信頼感という感情により動かされる共同作業という強靭な習慣に根付いたものなのだ。
本書でも指摘されているが、日本で米英関係の強固さについて語る時、「同じアングロ・サクソン国家だから」、「同じキリスト教文明圏にある」といった具合に文化や宗教、言語などにその強固さの淵源が求められがちである。しかし、オリヴァー・フランクスは、米英関係の強固さが文化や宗教といった「神秘的主義」によって自然発生的にもたらされるという考え方を斥け、強い目的意識と相互協力があって初めて成り立つものであることを説いている(そもそも言語や宗教、文化の共通性が自動的に国家間の協力体制をもたらすならば、アラブ諸国はとっくの昔にEU的、NATO的な枠組みの構築に成功してもおかしくはない。だが現実は・・・)。
だが、この相互協力というのも口で言うほど簡単なものではない。とりわけ相手が超大国米国ともなれば尚更である。米国との協力は時に「米国の犬」、「対米従属」という痛罵を浴び、威勢のいい「独自外交論」が幅を利かせることも少なくない。そんな中でも自国の国益を見定め、単純な従属でもなく敵対でもなく、地道に共同作業を積み重ねて超大国米国との関係を補強していく、そういう地味ながらも優れた対米外交を歴代政権が続けてこれた英国というのは、やはり成熟した国家にふさわしい見識というものを持った国家なのだろう。

書物を紐解く楽しみの一つは、地理的時間的制約を超えて魅力的な人物、興味深い人物、共感できる人物と巡り合えることである。そんな書物の楽しみを存分に味あわせてくれる作品である。