2009年7月13日月曜日

第三百一段 ナブッコ・パイプライン、建設へ前進

「ナブッコ・パイプライン計画」というものがある。要は、中東やコーカサス、中央アジアの天然ガスをロシアを迂回したルートで欧州に供給しようという計画である。ロシアへの天然ガス依存が高まる一方の現状に危機感を抱いたEUが米国の支援も受けながら2002年以来実現に向けて動いてきたのだが、経由国間の意見・利害調整に手間取り、ずっと画餅に過ぎない状態となっていた。

以下がナブッコ・パイプラインの経路図(図中、水色ラインで表示)であるが、トルクメニスタンやアゼルバイジャンから始まって、グルジア、トルコ、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリーを経てオーストリアのウィーンに帰着する経路を見るだけでも、如何に各国の利害調整が大変かは容易に想像がつこう。


いや、大変なのはパイプライン経由国との交渉だけではない。それにも増して「ナブッコ・パイプライン計画」の実現性を危険に曝し続けていたのは、「何処からパイ プラインで運ぶ天然ガスを持ってくるか?」という問題であった。当初予定されていたのはアゼルバイジャンやトルクメニスタンといったカスピ海沿岸国、そし てイランであったが、カスピ海沿岸国はあからさまにロシアを避けたルート設定の「ナブッコ・パイプライン計画」に参加することでロシアの逆鱗に触れること を恐れ、イランの参加についても核問題や対米関係がその実現を困難なものとしていた。

また、ナブッコ・パイプラインが実現した場合、欧州に対する天然ガスという外交上のアドバンテージを失うことになるロシアが「ナブッコ・パイプライン計画」への対抗策を打ち出してきた。
一つは「サウスストリーム計画」というもので、これはを黒海海底を通ってブルガリアを経由し、その後、セルビアとハンガリーを経由しオーストリアとスロ ヴェニアに向かうルートと、ギリシャを経由しイタリア南に向かうルートの2方向に分岐するパイプラインを敷設する構想である。
もう一つが、天然ガス供給国への働きかけである。具体的な動きとしては、ロシア国営のガスプロムがアゼルバイジャンと接触し、同社がアゼルバイジャンの天然ガスを優先的に輸入する権利を取得する、といった動き等がある。

こうした諸事情から「構想は素晴らしいが、実現性は・・・・」というのが「ナブッコ・パイプライン計画」に対する大方の評価であった。

しかし、最近はこうした逆風が俄におさまってきたようである。というのも、歴史的にあまりロシアと折り合いの良くないアゼルバイジャンは、結局ロシアとの天然ガス取引きを成立させる一方で「ナブッコ・パイプライン計画」へのガス供給から撤退することは無かった。
そしてここにきてトルクメニスタンもまた今月10日に、ベルドイムハメドフ大統領が「ナブッコ・パイプライン計画」に参加の用意があることを表明した(出典:共同通信)。
また、直接的な支援材料という訳ではないが、ナブッコ・パイプラインの経由国たるグルジアについて、米国はイージスミサイル駆逐艦スタウトを7月中旬に予定されているグルジア海軍の演習に参加させることとし、米国がグルジアから手を引くつもりはないことを如実に示した(出典:Novosti)。

こうした直接的・間接的な追い風を受けて、遂に関係国のうち、ブルガリア、ルーマニ ア、ハンガリー、オースリア、トルコがEUの仲介によってパイプラインの敷設に向けた協定で合意に達した。7月13日のブルームバーグは以下のように伝えている。

  7月13日(ブルームバーグ):トルコとブルガリア、ルーマニ ア、ハンガリー、オースリアの5カ国は13日、ガスパイプラインの プロジェクト「ナブッコ」を推進することで合意した。同プロジェク トはロシア産天然ガスへの欧州の依存低下を目指すもので、総額79 億ユーロ(約1兆170億円)規模。

  米国も支援する同プロジェクトは少なくとも2004年から計画さ れていたが、顧客や通過各国、ガス供給源などの確約が得られず遅れ ていた。

  トルコのエルドアン首相はアンカラでの調印式で、「ナブッコ・ プロジェクトは夢のような構想だとも言われているが、実際には成功 物語となり、疑問視していた人々が間違っていたことが証明されるだ ろう」と意気込みを示した。

  欧州へのガス供給は過去3年に2回、ロシアによる供給停止によ て滞った。欧州はこのプロジェクトでロシアへの依存低下を目指す。 カスピ海周辺で産出された最大310億立方メートルの天然ガスをト ルコ経由でオーストリアに送る同プロジェクトは2014年の輸送開始 を目指すが、ガス供給源確保でまだ競争にさらされている。

  エルドアン首相は、同「プロジェクトを支援する」さらなる合意 が半年以内に署名されるだろうと語った。欧州連合(EU)の欧州委 員会のバローゾ委員長は、プロジェクトに関与するパートナーらは、 年末までに「容量契約」を結ぶことを目指すと語った。

  合意を仲介したEUによれば、天然ガスはグルジア、イラン、イ ラク、シリア4カ国のうち3カ国からトルコに運ばれる。ナブッコは 今までにアゼルバイジャンやイラク、トルクメニスタンなどのカスピ 海沿岸諸国と天然ガス供給で交渉している。(出典:ブルームバーグ


さて、一方のロシアはどう動いてくるのか? 為す術もなく「ナブッコ・パイプライン計画」の完成を指をくわえてみているのか? それとも「ナブッコ・パイプライン計画」自体を葬り去ることに成功するのか? 或いは自国の損害を最小限に抑えた上で「ナブッコ・パイプライン計画」と共存していくことになるのか? 今後の展開が実に興味深い(それにしても、マジャール人やモンゴル人、オスマン帝国といった東方勢力の欧州進出を阻んできた城塞都市ウィーンが、21世紀には東からの天然ガス受入れ拠点となるとは、歴史の皮肉というか因縁を感じずにはいられない)。