2009年7月15日水曜日

第三百二段 音速の遅い読書『朝鮮戦争』

今回の音速の遅い同書で取り上げるのは、以下の作品。

朝鮮戦争
マシュウ.B. リッジウェイ
単行本(ソフトカバー)
恒文社
総合評価 3.0
発売日 1994-10

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この作品は、1950年6月にソ連製の重火器で武装した北朝鮮軍の韓国に対する電撃的な奇襲で幕を開け、その後、米軍を中心とする国連軍や中国人民解放軍"義勇軍"の介入を招きながら、1953年7月の停戦に至るまで朝鮮半島全体を戦火の渦に叩き落した朝鮮戦争について、D・マッカーサーの後任として第八軍司令官となり、遂にはGHQ総司令官及び国連軍総司令官となって朝鮮戦争を戦い抜いたマシュー・リッジウェイが同戦争を回顧し、また、そこから導き出した幾つかの教訓を述べた作品である。

構成は以下のようになっている。
・序
・第一章 朝静かなる国 ―――嵐の前夜
・第二章 挑戦と応戦 ―――スミス支隊の勇敢な抵抗
・第三章 国連軍の攻勢 ―――仁川上陸と釜山防衛線突破
・第四章 鴨緑江岸の悲劇 ―――中国の参戦・第一海兵師団の撤退
・第五章 司令官の交代 ―――第八軍を引継ぐ―戦意の立て直し―攻勢へ転換
・第六章 マッカーサーの免職 ―――トルーマン大統領とマッカーサー元帥―マッカーサーの免職
                       ―原因と結果―中国軍の撃退
・第七章 嶺上の激戦 ―――休戦交渉と手詰まり状態―嶺上の激戦―敵の性質
・第八章 最後の数ヶ月 ―――最後の数ヶ月―捕虜の暴動―後任者クラーク着任―休戦協定調印
・第九章 マッカーサー論争の意味 ―――問題と解答―マッカーサー論争の意味―その軍事的
                          政治的意味
・第十章 平和探求への道 ―――学び得た教訓と学び得ていない教訓―われわれが平和を探求
                     する際のそれらの意義
・補遺
・訳者あとがき
・地図

前述と重複してしまう部分もあるが、朝鮮戦争とは、スターリン率いるソ連を盟主とする共産主義陣営と米国を中心とした自由主義陣営の地球規模での対立―――冷戦という国際構造を背景に、北朝鮮や韓国といった朝鮮半島の国のみならず、米国や中国、そして間接的にはソ連をも巻き込んで展開された熱戦であった。

本書はその戦争を実際に司令官として戦い抜いた人物の手による作品だけあって、北朝鮮軍奇襲による開戦とその一方的な進軍、釜山に追い詰められた米軍と韓国軍の必死の抵抗、米軍を中心とした国連軍の結成、国連軍総司令官マッカーサーの名声を不動のものとした仁川奇襲攻撃の成功と韓国軍・国連軍の北進、米軍との直接対峙を恐れる中国の援朝抗米義勇軍(実態は人民解放軍正規軍)派遣、北朝鮮軍と中国軍の反撃による二度目のソウル放棄、マッカーサーの総司令官解任、後任リッジウェイ指揮による反撃作戦の成功、そして板門店での休戦交渉に至る足かけ3年の戦いの様子が緊張感を感じさせる文章で鮮明に描き出されている。

その中で、特に点額法師の印象に残った文章を感想と共に挙げていきたい。

まず最初に挙げるのは、大日本帝国崩壊によって朝鮮半島の管理を任された米ソ両国のうち、ソ連の戦略的な動きについて述べた以下の一文である。
ソヴィエトは最初から、朝鮮半島は、ソ連以外のどの国からも干渉されないという"独立"を計画していた。

当時、ソヴィエトはスターリンの統治下にあった。そのソ連の朝鮮半島での動向を評した上記一文は、『アジア冷戦史』(2004年 中公新書 下斗米伸夫著)に出てくる、ミコヤンがスターリンの千島列島占領を後年評して言った「いかに彼が遠くを見ていたか、当時わからなかった」という言葉を彷彿とさせる。また、ここでは挙げないが、著者は、ソ連とは対照的に当時の米国に戦略的な朝鮮半島政策が無かったことも指摘している。その彼我の差が朝鮮戦争勃発の一因となったことは想像に難くない。

ソ連が朝鮮半島を自国の勢力圏とすべく半島北部を中心に着々と布石を打っていくのに対し、半島南半分を押さえる米国は第二次大戦という悪夢への解放感から、駐留兵力を大規模に削減し、金日成とその背後にいるソ連の蠢動について何ら手を打つことは無かった。この米国の「無警戒」が朝鮮戦争勃発の一つの伏線となっていくことは論を俟たない。朝鮮戦争勃発後の世界に生きる者にとって当時の米国の行動を非難することは非常に容易い。だが、リッジウェイはそうした後世の非難者達に対して以下の様に問い掛けている。
もしいかなる政治家でも、国家を依然として戦争体制下におき、本国から八〇〇〇マイルも離れた場所に大部隊を駐留させたままにしておくことを主張したならば、あの時代にはたして彼の政治生命は保障されたであろうか。

この問いかけは、軍事分野に限定されない、民主主義自体の宿痾を衝いたものと言える。将来の災厄を防ぐために現在に負担を要請するという困難。理想論で言えば、その難事を弁舌を以って平和裏に達成できる者こそ民主政治における政治家の有り様と言えよう。しかし、ルネサンスの賢人マキャヴェッリが喝破したように、民衆というものが「しばしば表面上の利益に幻惑されて、自分たちの破滅につながることさえ望む」存在である以上、その民衆に死命を握られた民主政治家が理想論通りに動くことは容易ではないだろう。

戦争開始の号砲を鳴らした北朝鮮の奇襲、国連軍・韓国軍に二度目のソウル陥落という煮え湯をのませた中国人民解放軍の半島介入。これらは完全な隠匿の下で実行されたものではなかった。北朝鮮軍が38度線付近に兵力を集中していること、中国が朝鮮半島に大軍を送り込んだこと、これらについて米国は多くの、そして時には決定的とも言える情報を掴んでいた。だが、それらの情報は他の多くの情報の中に紛れ、或いは決定者の先入観や思い込みの類によって慎重な検討に与れないまま、埋没していき、やがて予兆は誰の目にも明らかな嵐へと成長して眼前に現れることとなった。リッジウェイは本書でそうした実例を挙げた上で以下のように述べている。
われわれは敵の意図を自己流の解釈で判断する傾向があって、敵の戦力についての知識を尊重しなかった。

カエサルの「人は、ほとんどいつも、望んでいることを信じようとする」という警句を見ると、人間とは2000年やそこらでは進歩しない存在であるようだ。尤もこれは他ならぬ自分自身についても当てはまる言葉であり、拳拳服膺、肝に銘ずべき言葉だと思える。

最後に挙げるのは、以下の言葉である。
北朝鮮やジャングル地帯のような荒廃した国においては、補給線を「締め上げる」簡単な方法はない。自分の補給物資と武器を背に負い、夜間に行動するか、または日中は空から見つけることのできない小道を通って移動する、アジアの自給自足の敵兵の場合には、敵に爆弾を落とすことによって撃滅することができると考えるのは、自己満足に過ぎない。

21世紀の現在、米軍がもがき苦しんでいるアフガンの状況を考えると実に示唆的な言葉である。著者は、そうした「自給自足の敵兵」に対抗するには、こちらも応分の地上戦力を投入して直に相手と戦うしか道が無いことを述べている。だが、イラクで消耗し金融危機で経済が大きく傷んだ現在の米国に「応分の地上戦力」をアフガンに投入し続けられる余裕があるとは考えにくい。
ならばどうするか? 周辺国及び地元有力勢力と協力・妥協ぐらいしか実現可能な方法はあるまい。要は、米国がアフガンを起点とした国際テロリズムを討伐しようとするなら、イランやタリバンと妥協するしかないだろう。これが現時点での点額法師の考えである。

朝鮮戦争という歴史上の出来事に限定されない数々の教訓や警句の宝庫として、そして北朝鮮の核実験やミサイル実験に揺れる朝鮮半島情勢の根っこの部分を理解するための一助として、実に興味深い作品と言えよう。