2009年8月2日日曜日

第三百十段 中国の北東と南西で進む核開発疑惑

「民主化弾圧への反対」を掲げた西側諸国の各種制裁措置を中国やロシア、北朝鮮といった国々への接近でほぼ無効化(少なくとも軍事政権が倒れない程度には無効化)してきた東南アジアの一国ミャンマーで核開発疑惑が浮上した。2009年8月1日の日経ネットは以下のように伝えている。
ミャンマーの軍事政権が核兵器開発を進めていると1日付の豪紙シドニー・モーニング・ヘラルドが伝えた。軍事政権は北朝鮮の協力で北部の地下に核開 発設備を整備し、国内産のウランを原子炉で燃焼させ、そこからプルトニウムを抽出し2014年にも核兵器の配備を目指しているという。

 同紙によると、豪国立大学の教授と豪州人ジャーナリストが、タイに亡命した元軍人と軍に近い企業の簿記係の2人から2年間にわたり聞き 取った証言から、ミャンマー軍事政権の核兵器開発が浮き彫りになった。お互いの存在を知らない2人の亡命者はほぼ同じ内容の証言をしたという。

 ミャンマーにはロシアから導入した実験用原子炉があるが、国際原子力機関(IAEA)の査察を受けており、軍事転用はしにくい。軍事政 権は地下にこの原子炉とほぼ同じ大きさの別の原子炉などを整備。ロシアの技術者が操作方法などを教えているという。(シドニー=高佐知宏) (22:02)(出典:日経ネット


このニュースが報じる所が事実だとすると、中国の北東たる北朝鮮と南西たるミャンマーという地理的に対照的な地域で核開発が連動して進んでいることになる。そこで気になるのが中国の両国の核開発に対するスタンスである。北朝鮮の核開発については中国は基本的に(抑制的ではあるものの)反対の姿勢を表明している。ミャンマーについてはまだニュースが報じられて日も浅いことから、中国の姿勢が報じられるには至っていないが、恐らくは北朝鮮同様に抑制された反対表明に止まるものと思われる。

しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ「中国がそれを知らないなんてあり得るのか?」と。そもそも北朝鮮とミャンマーの現政権が厳しい国際情勢下で何とか存続しているのは、中国の陰に陽にわたる支援による面が大きい。そんな北朝鮮とミャンマーで核開発が進行しているにもかかわらず、その両国の最大の庇護者たる中国がそれを全く知らないということは、個人的な独断ではあるが些か腑に落ちない。寧ろ北朝鮮の核開発も(報道が事実だとした場合の)ミャンマーの核開発についても、「戦略上は損にならないから」と中国が黙認していると考えた方が座りは良い。

ならば北朝鮮とミャンマーの核開発進展で、中国が黙認の見返りに受けると考えられる利点は何か?

まず北朝鮮核開発については、米日牽制の効用と中国の極東アジア地域における影響力拡大が挙げられる。
仮に台湾有事が不幸にも勃発した場合、反中国陣営に回ると考えられるのが米国と日本である。そこでもし北朝鮮が核開発を進めている、若しくは核兵器保有に成功した場合、日米は戦略資産の一部を北朝鮮への監視・対処に割いた上で中国に対峙しなければならなくなる。どうせ衝突する相手ならば、100%全力の相手よりは90%、80%の力しか出せない相手と衝突する方がマシなことは言うまでもないだろう。
その上、北朝鮮周辺国は北朝鮮の核開発を押し止めるために中国の対北影響力に期待せざるを得なくなり、自然とあらゆる分野において中国の意向に全面的に逆らった行動をとることが難しくなってくる。
以上の二点が中国が北朝鮮の核開発から受けると思われる恩恵である。

次に今回報じられたミャンマーの核開発はどうか? 中国の軍事力や経済力を考えれば、付庸国同然のミャンマーに核を持たせてまで牽制するような(日本や米国のような)強力な潜在的敵対勢力は、東南アジアには存在しないと思われる。
だがここで地図上段を見てみると、ミャンマーの西には中国にとって油断ならぬ大国インドが控えていることに気付かされる。折しもインドは、今年7月26日に2011年の実戦配備を睨んで初の国産原潜を進水させ(出典:日経ネット)、今後十年間で軍艦100隻を建造する計画を発表しており(出典:FT紙)、その軍拡の背景にはインド洋への影響力拡大を望む中国への牽制があるといわれている。
それを頭に入れて地図下段を見てみると、中国にとって今最も油断ならない国の一つであるインドが、親中国で度々インドと矛を交えてきた核兵器保有国パキスタンと、西側制裁無効化のために対中依存を進めてきたミャンマーによって挟み込まれる形になっていることに気付かされる。

その上、最近、政府軍の勝利で一旦終結したスリランカ内戦についても、スリランカ政府に中国が多大な有形無形の援助を与えていたという話が広く語られている他、チベットについても中国政府はダライ・ラマ14世入寂後の亡命チベット人勢力分裂を見越しながら漢人の入植や交通インフラの整備による内地化を促進している。

これらを踏まえれば、インドは北のチベット、南のスリランカ、西のパキスタン、東のミャンマーから発せられる中国の圧力を感じずにはおれない状況下にあるといえる。

そんな状況下で出てきたのが、今回の「ミャンマー核開発疑惑」というニュースである。もしニュースが伝える様に、将来的にミャンマーも核兵器を保有することに成功すれば、インドは親中国の核兵器保有国に東西から挟み込まれる形となる。しかも北方には中国の核が鎮座しており、それも加えれば三方向から核の脅威を突き付けられる形である。安全保障関係者にとって国土を三方から核兵器保有国に包囲されるというのはこれ以上ない悪夢である。

その意味で、今回出てきた「ミャンマー核開発疑惑」は、海空軍を中心に軍の近代化を大々的に打ち出しているインドに対し、中国が牽制のために発した鮮やかなカウンター・パンチだと考えることができる。

その一方で、核兵器を保有した、或いは核兵器保有に一定度の目途をつけた北朝鮮やミャンマーが、これまで通り中国にとって都合のよい手駒として振舞ってくれるかは疑問の余地がある(これは最近の北朝鮮の動きを見れば一目瞭然であろう)。中国の一方的な勢力拡大を喜ばない日本や米国、インドにとっては、そこが附け込む隙になるだろう。