2009年12月28日月曜日

第三百四十段 最近の気になったニュースを地図上にまとめる

ここ最近(大体1週間程度)の気になったニュースを戯れ半分に地図上にまとめてみた。


拡大中東地域



アフリカ


やはり個人的にはスーダンとチャドの関係改善の動きが一番気になる。

2009年12月14日月曜日

第三百三十八段 古胡今習?

習近平・中国国家副主席の来日にあたって、民主党が今までの慣例を破る形で副主席と今上天皇との接見を設定したことが国内各所に波紋を呼んでいる。それについてふと思ったことを書き連ねてみる。

考えると最近来日した中国要人で今上天皇と接見した人物と言えばまず2008年に来日した胡錦濤主席、それ以外となると2007年の温家宝首相、さらに遡って1998年の主席時代の江沢民氏となる。いずれも錚々たるメンバーである(因みに、先般来日した梁光烈国防相は今上天皇とは接見せずに帰国している)。しかも、当然ながらこれら中国の主席や首相と今上天皇との接見は今回問題になっている「1ヶ月ルール」に則った形で行われている。

それに比べると、副国家主席に就任してから1年程度の習近平氏に対し、今までの国家主席や首相に対してまで守られてきた慣例を無視して今上天皇との接見を設定するというのは、かなり破格の待遇といってもいいだろう。無論これは中国との関係を重視する日本民主党が新しい政権与党になったという点が大きく、中国に対して警戒心の高い日本国内保守派層を中心とした反発を読んでいる。


一方で今回の今上天皇との接見は、習近平副主席にとってもリスクとなり得る側面がある。例えば今まで国家主席や首相が来日した際に日本の今上天皇と接見したとしても、「首脳外交上の一儀礼」として中国内に説明すれば問題のない話である。
しかし、国家副主席に就任してまだ日が浅く、特に目を引くような功績も無い習近平副主席が来日し、それに日本側が天皇接見を始めとした最高待遇(しかも一部慣例を破ってまでの)で迎えたとしたらどうなるだろう? その場合、習近平氏とその勢力は以下の危険、若しくはそれらが複合化した危険を背負うことになる。

1.胡錦濤現指導部からの疑念
  →今回、就任して日の浅い副国家主席に破格の待遇を日本側は示したわけだが、どうだろう?
   部下が取引相手から自分と同等かそれ以上の待遇で接待されたと分かった時、平静でいられる
   上司はどれだけいるだろうか? 寧ろ部下に対して「早くも俺と同格になったつもりか?」と疑念
   に駆られたり、或いは「部下は取引先と結託して自分の追い落としを図っているのではないか?」
   といった具合に警戒感を高める事の方が多いのではないか?
   少なくとも「君は俺よりも好待遇の接待を受けたのか。そりゃよかった」と喜ぶ上司はいない筈で
   ある。そして未だ政権交代が制度化されておらず、最高指導者の人格に多くの面を負っている
   中国政府の有り様を考えると、今回の日本側の破格の待遇が習近平氏の今後に好影響を与え
   ることは考えにくかろう。

2.対日強硬派からの攻撃
  →たとえば日本で考えてみよう。大臣等に就任してまだ間もない人物が外国訪問をし、そこで
   慣例無視の接待を受けたとする。この時、多くの国民は「わぁ、就任間もない我が国の大臣を
   ここまで歓迎してくれるなんて、あの国は何と良い国なのだろう」と思うだろうか? しかもその国と
   は歴史的にも経済的にも多くの摩擦や問題を抱えているとしたらどうだろう?
   寧ろ多くの人々は「今回の大臣、就任間もないのにあんな関係を受けるなんて、どこか不自然じゃ
   ないか?」と疑念を抱くのではないだろうか?
   そしてそんな状態で対外強硬派が「あの新大臣は相手国に我が日本の国益を売り渡した売国
   奴だ!」と攻撃を加えたらどうなるか? 恐らく事実関係がどうであれ、多くの人は新大臣に対し
   て日本の国益を託すには望ましからざる人物だという印象を抱くと思われる。
   同じことが中国についても当てはまるだろう。しかも、中国共産党の中国支配の正統性は、何よ
   りも「中国大陸の人民を腐敗した国民党と残虐極まりない軍国主義日本から解放した」ことによっ
   ている(というか、それしかないとも言える)。そんな党の要人に「対日宥和派」のレッテルが張られ
   た場合、張られた側の政治的ダメージが如何に大きいか?
   それはかつての国家主席胡耀邦の対日穏健外交が「中曽根首相の靖国参拝を抑え込めなかっ
   た軟弱外交」との批判を浴び、それが彼の後日の失脚の一因ともなったことからも窺える。

以上の点から、今回の今上天皇との接見は、習近平副主席にとっても有難迷惑(贔屓の引き倒し)的な側面があると考えられよう。

逆に言うと日本側としては、習近平国家副主席に訪日以降至れり尽くせりの待遇を続け、中国側に「習近平は日本と親密」というイメージを定着させ、その後「靖国」や「歴史問題」で中国の反日感情をわざと炎上させることで、親日イメージのついた習近平氏の失脚を狙うという火遊びもないわけではない。

そしてそこまで狙って民主党政権が今回の接見設定を行ったのだとしたら、個人的には少しは同政権を見直すのだが、そうは全く見えない所が残念でならない。

そんなことをつらつらと考えていたら、時事通信に興味深いニュースが載っていた。それが以下のニュースである。
 【北京時事】中国国営新華社通信が発行する国際問題紙・国際先駆導報は14日、習近平国家副主席と天皇陛下との会見問題について「日本の民主党は戦後政 治の改革を進めており、宮内庁の主張する(会見1カ月前の申し出という)慣例も改革の対象の一つだ」と指摘し、会見を手配した鳩山由紀夫首相を擁護する論 調の記事を掲載した。
 記事の下には、鳩山首相の写真と民主党の選挙スローガンを入れた同紙年間購読の広告を掲載。記事は「(会見問題は)非難す るほどの問題ではない。中国のために慣例を破ろうが、日本のメディアがあら探しをしようが、共通点を求めて相違点を残し、共に発展を求めることこそが中日 外交の最優先事項だ」という見解を日本の世論として伝えた。(2009/12/14-12:43)(出典:時事通信

最後の「日本の世論」とやらはどう考えても中国共産党指導部の見解にしか見えないのだが、そこはさて置き、「今回の異例の天皇接見は日本側が言いだしたから、仕方なくそれに応じてやっているんだ」という、中国内の対日強硬派に対する予防線というか弁解じみたニュアンスを感じてしまうのは、あまりに牽強付会が過ぎるというものだろうか?

2009年12月11日金曜日

第三百三十六段 ギリシア債務問題に対する地政学的妄想

リーマンショックから1年以上の時を経て幾多の不安を抱えながらもそれなりの回復基調にある世界経済。だが、やはりあちこちに地雷は潜んでいるようで、2009年11月下旬にはドバイ政府系持株会社ドバイ・ワールドの債務繰り延べ要請に端を発する世界的な金融波乱があり、12月に入ってからは南欧ギリシャで財政悪化によるデフォルト懸念が浮上するなど、世界経済は未だ剣が峰を歩むような不安定な状態にあると言えよう。

それら世界経済の懸念材料の中で、ふと気になったのがギリシャの財政悪化である。今の所、EU各国やIMFはこの問題を「ギリシャ政府自身が解決すべき問題だ」として静観の構えをとっている。
そのことの是非やギリシャが果たして自力で財政赤字を解決できるのかについての経済学的な分析は自分の手の及ぶ範囲ではない。
気になったのはギリシャ財政赤字問題が東地中海世界の安全保障に与える影響である。

地図を見てもらえば一目瞭然だが、ギリシャの国土というのはバルカン半島が地中海に深く入り込んだ地帯とその周辺の島嶼部から構成されている。
その中でも注目すべきはクレタ島の存在である。この島は黒海の海軍力(地図内:赤矢印)、そしてレバントの海軍力(地図内:緑矢印)が勢力を地中海に広げようとした場合、真っ先に関門として立ちはだかる要衝にある。
イタリア都市国家のヴェネツィア、そして大英帝国が地中海においてオスマン帝国やロマノフ朝ロシア、フランスといった強大なライバルたちに対して優位に立つことができたのも、ヴェネツィアや大英帝国がクレタ島を押さえ、そこに強力な海軍力を駐留させておいたことに負う面が少なくなかった。また、米海軍がクレタ島を「空母休養寄港地」として頻繁に利用していることからも、同島の戦略的重要性が現代においても大きく減じていないことが読み取れよう。

だが、逆の視点、黒海やレバントに海軍力を展開させている勢力の視点から見れば、クレタ島は自身の勢力拡大を阻む忌まわしい枷以外の何物でもない。もし、この東地中海の「不沈空母」を自国の勢力圏に収める、悪くとも軍事的に無力化させることができる機会があるとすれば、彼らは喜んでそれを利用しようとするだろう。
そんな中で起きたのが、クレタ島を領有するギリシャ政府の財政危機である。「困窮したギリシャ政府に救いの手を差し伸べる。そして見返りにクレタ島の利用権を獲得する(若しくは他の利用者を締め出す)」という取引を持ちかける国があったとしても不思議はない。

そこで注目されるのがロシアの存在である。同じ正教圏の国として、ロシアは帝政の時代からギリシャを支援し続けてきたこともあり、両国関係は強固。そしてロシアはシリアに海軍基地を置くなど、冷戦時代のソ連さながらに地中海域での活動を活発化させていると同時に、現在ウクライナ領クリミアに間借りしている形となっている黒海艦隊の新たな根城を探す必要にも迫られている(現時点ではノヴォロシースクが移転先として有力のようだが)。

これらの事情を考えると、ロシアがギリシャに対する「緊急経済援助」を申し出てそれをギリシャが受け入れた場合、その見返りとして「クレタ島」が俎上に上がる可能性は十分に考えられる。
そして、もしそれが現実のものとなった場合、黒海に続いて東地中海が「ロシアの湖」と化すことになるだろうし、その影響はスエズ運河を超えて紅海、インド洋にも及ぶことになるだろう。

そもそも、ロシアには「アイスランド」という実例がある。

ワシントン(地図内:黄四角)とモスクワ(地図内:赤四角)のほぼ中間、北大西洋と北極海の境目、そして不凍港を有するという格好のロケーションを保持するこの島国が2008年に金融危機の大津波に呑み込まれた時、すかさず救援の第一声を上げたのがロシアだった。
当初アイスランド支援に冷ややかだった欧米はこのロシアの動きの前に掌を返すが如くアイスランド支援パッケージを用意することになる。

結局アイスランドは欧米の支援を受け入れることになり、ロシアの「支援」が実現することはなかったのだが、資源価格上昇を追い風に資金潤沢となったロシアの「通貨外交」の有り様を窺わせるには十分なインパクトがあったというべきだろう。

ここで再度視点をギリシャに移してみるとどうだろう? 一つの可能性として、ロシアの緊急ギリシャ支援発表とそれに慌てて対抗策を発表する欧米の姿が浮かんでこないだろうか? もしこの可能性が実現した場合、出遅れた欧米勢はロシアよりも寛大な援助策をギリシャに提示するか、それとも前述のように東地中海がロシアの勢力圏と化すのを拱手傍観するかの二択を迫られることになるだろう。

はてさて、結局ギリシャ財政問題がどのような決着を見せるのか? 今後が非常に興味深い。

また贅言ではあるが、ギリシャとしては、弱者の恫喝というか、ロシアの存在をちらつかせて米国やEUに迫り、最高の援助政策を勝ち取ることが可能となるかもしれない。

2009年12月5日土曜日

第三百三十五段 米国とイスマイル派の相似形

イスラム教がスンニー派とシーア派の二大潮流に分かれていることは割合人口に膾炙した話である。しかし、それは非常に大雑把な話である。イスラム教が誕生してからほぼ1400年。それだけの長い歴史があれば、当然ながら様々な分派活動があり、一般にスンニー派と称される流派の中にもワッハーブ派やハナフィー派等々様々な流れが存在する。同様の傾向はシーア派にもあり、十二イマーム派やザイド派など幾つかの流派が存在する。そしてそれらの諸流派は長い歴史の中で興亡を繰り返し、ある時代には隆盛を誇ったものが今や全くの少数派に転落してしまったり、滅びたり、或いは逆に今や押しも押されぬ一大勢力に成長しているものもある。

そんなイスラム諸流派の中で今回取り上げるのが、シーア派の中の一流派イスマイル派である。

イスマイル派の来歴や哲学といった詳しい話は省略するが、この教団は敵対する勢力の要人に対して優れた技能を有する暗殺者を派遣し、目標を的確に仕留めることでその威勢を中東一帯に鳴り響かせていた。バグダッドのアッバース朝カリフや各地方政権の君侯たち、そしてレバント地方に割拠する十字軍国家までもが貢納をおさめ、辞を低くしてイスマイル派の脅威から免れようとしたのである。

ではイスマイル派台頭の原動力となった暗殺者を、教団はどのように調達し、そして派遣された暗殺者たちはどのようにして憐れな獲物を屠ったのだろうか。
13世紀に活躍したイタリア商人マルコ・ポーロの旅行記、所謂『東方見聞録』、そして同じく13世紀にモンゴル帝国の中東遠征軍総大将フレグの下にクビライからの使者として派遣された劉郁の著作『西使記』、そしてそのフレグの息子アバカの統治下にあったイラク地方でシーア派集団の顔役として重きをなしたイブン・アッティクタカーの著作『アルファフリー』が一致して語る所によれば、次のようなものであったという。
教団は有能な若者を選抜するや、これに薬を飲ませて気絶させ、これを贅を尽くした秘密の庭園に運び込み、若者が目を覚ますや「ここは天国なのだ」と吹き込んで官能の限りを尽くした歓待を行い、しばらくたつとまた若者に一服盛って気絶させ、これを庭園の外に運び出す。若者はかつて「天国」で受けた歓待を忘れられず、それを再度受けること渇望するようになり、死への恐怖を無くしてしまう。教団はそれを見透かして、若者に短剣を渡し、「もう一度天国に行きたければ、どこそこのなにがしは異端者なのでこれを殺害せよ。そうすればお前の天国行きは約束されたものとなる」と告げるのである。
狂信と天国への渇望止まぬ若者はその短剣を懐に、獲物のいる場所への潜入し、僅かな間隙を縫って獲物の心臓に短剣を突き立てたのだ。
そしてイスマイル教団の暗殺劇は礼拝堂やバザールなど衆人環視の下で行われたのである。

この話を知った時、自分がまず想起したのは米軍の精密誘導攻撃とのあまりの相似であった。

というのも、イスマイル教団には各地に散らばるシンパから各国要人の動向について広汎な情報が寄せられていた。その情報に基づいて教団の勢力伸長にとって邪魔となる人物を特定し、それに対して有能な少数の暗殺者を派遣してこれを屠る。しかも暗殺は衆人環視の環境で行われるため、目撃者は多く、彼らは口で或いは手紙や文書を通じて自らが目撃した事件を相手に吹聴することになる。結果、イスマイル教団の恐るべき戦闘力についていわば口コミで評判が広まり、それが各国に「イスマイル教団侮り難し」との印象をより強めたことは想像に難くない。
米国の精密誘導攻撃もまた同じである。米国は様々な情報源から自国の脅威となる人物や政府(そしてその拠点)を割り出し、そこに少数の巡航ミサイルや精密誘導爆弾を投下して、獲物を屠る。
その有様はCNNやBBCその他の有力国際メディアを通じて世界中に喧伝され、各国は「米国に刃向うとどんなことになるのか」をまざまざと見せつけられることになる。
つまり、少数の攻撃を極めて効率的かつ正確に目標にヒットさせ、その成果を口コミそしてマスコミを通じて広めることで他国に無言の圧力を与えるという点において、イスマイル教団と米国の軍事行動は極めて似通っているのである。

自然界では同じ環境に適応していった結果、全く異なる種類の生き物が見た目では区別がつかないほどに似通う収斂進化という事例が知られている(例:サメとシャチ)。
その収斂進化は政治の世界においてもどうやら通用する理のようである。

第三百三十四段 アメリカのアフガン撤退策についての雑考

些か旧聞で恐縮だが、2009年12月1日にオバマ大統領は泥沼化して久しいアフガン(というか、アフガンが泥沼化していない時代は18世紀のドゥッラーニ朝まで遡らないと見出せない気もするが・・・・)について、「三万人規模の増派」と「2011年7月の撤退開始」を発表した。

かつてニクソン政権が「ベトナム戦争のベトナム化」達成のためにハノイを交渉の場に引きずり出そうとして北爆を強化した故事を彷彿とさせるオバマ政権の発表である。そして個人的には、「2011年からのアフガン撤退開始」を言明したのは実に巧妙な外交的一手だと考えている。その理由は以下の三点に求められる。

1.偉大な損切り
そもそも考えてみるに、911テロの煽りを受けて米国は多額の資金と膨大な兵力をアフガンに投じることになった。その結果生み出された巨額の米財政赤字は深刻な陰影を国際経済に投げかけている。
そしてアフガニスタンでの作戦を成功させるため、米国はロシアや中国、インドといった自国のイスラム勢力弾圧で悪評のある国々との協力関係強化を大っぴらに進めざるを得なくなり、皮肉なことに中東を始めとした世界中のイスラム教徒から向けられる批判と憎悪を増大させている。
その上、米軍が多大な兵力をアフガンに張り付けていることによって、他地域での米国のプレゼンスが惨めな程に低下し、それが特定の国々の地政学的な野心を高める結果に繋がっているのである。
だが、アフガニスタンに、そこまで様々な危険と負担を背負って介入し続けるだけの意味は果たしてあるのだろうか?恐らく「無い」と自分は考えている。何故ならアフガニスタンには見るべき地下資源もあまりなく、人口的に見ても新たな経済フロンティアとしての魅力は薄く、中央アジアの資源をロシアを迂回して運び出すための経路としての重要性も、中国やイラン、そしてアゼルバイジャンといった国々との協力で十分に相殺可能であると考えられるからだ。
つまり、米国にとってアフガンは労多くして益少なき事業の象徴ともいえる存在なのだ。ならばそんな事業は切って捨てるに限る。

2.イランへの牽制

核開発問題で一向に歩み寄りの気配を見せないイランであるが、その強気の判断を支えている根拠の中に「アフガン安定化で米国はイランの協力を必要としている」、「幾ら「軍事行動」の可能性に言及した所で、アフガンであらゆるアセットを消耗している米国にそんなことはできない」というアフガン・ファクターがある可能性は十分に高い。
更に、米国は今までカブール政権を支えるために、タリバンと長年敵対してきたハザラ人等のシーア派勢力にも支援の手を差し伸べてきた。そして米国にとっては皮肉なことに、イランにとっては有難いことに、アフガン国内のシーア派勢力を通じてイランはある程度の影響力をアフガンに及ぼすことができてきた。
だが、仮に米国がアフガンから姿を消したらどうなるだろうか? それはイランにとっての春の終わりを告げるものになるかもしれない。
まず米国は「アフガンの安定化」に口先以上の責任を負う必要性が無くなり、それに応じてイランに配慮を示す必要性も減少する。また、アフガンという傷口の止血に成功した米国はイラン攻撃に乗り出すだけの力をやがて回復させてくるだろう。そうなるとイランの現体制要人は寝ようとする度に枕元に立つ「オシラクの亡霊」にうなされることになるだろう。
更に考えていくと、米軍撤退後のアフガンではタリバンが新たな支配者になることが予想されるが、彼らの90年代の振る舞いを考えると、ハザラ人等のシーア派勢力に対する弾圧・迫害が再開されることは想像に難くない。さて、そうなった時イスラム教シーア派の盟主を以て任じるイランはどのような選択をするのだろう。もし「シーア派保護」を名目にアフガンに出兵すれば、各方面から多大な非難を受ける上、現在の米国が悩まされている問題をそのまま引き継ぐ形になってしまう。
かと言って、ハザラ人等のシーア派勢力に対するタリバンの弾圧を傍観した場合、ヒズボラやハマスでイランに対する不信が高まることは避けられないだろうし、それはイスラエルに対するイランの持ち駒が弱体化することを意味する。
その上、アフガンからの米軍撤退に伴う混乱の惹起は、難民や麻薬のイランに対する流入を加速させることになるかもしれない。
以上のような「米国のアフガン撤退」によってもたらされるであろう事態は、イランの野心に冷や水を浴びせ、より穏健な外交姿勢への転換をもたらすかもしれない。

3.中国への牽制
アフガンからの米国撤退は、恐らくアフガン自体に大きな混乱をもたらすものと考えられる。そしてその影響が波及する国としては前述のイランに加え、パキスタンが予想される。
そのパキスタンという国は、中国の対インド政策にとって欠くべからざる”戦略的資産”である。そこが大規模な混乱に見舞われた場合、中国は救援の手を差し伸べるか、インドのパキスタン介入を座視するか、恐らくはこの二択を突き付けられることになるだろう。もし後者を選択した場合、中国はインド洋への出口を失い、同時にチベットの後背に強大化したインドの存在を許すことになってしまう。これは北京の望む所ではあるまいから、中国は混乱する西方の舎弟救援に乗り出さざるを得なくなると考えられる。自然、北京の注意とアセットは西方にに主に注がれることになり、アジア・太平洋地域における中国のプレゼンス拡大に一定の歯止めをかけることになるだろう。

結語

つまり、米国はアフガンという重荷を投げ捨てることによって、自身が身軽になるばかりではなく、イランや中国といったライバル達の負担を高めることが可能になるのである。これが自分がオバマ大統領の「アフガン撤退」策を妙手と考える理由である。問題は、オバマ政権がぶれずにアフガン撤退を進めることができるか否か。様々な困難や反発が予想されるが、オバマ政権には頑張ってもらいたいものである。