2009年12月5日土曜日

第三百三十四段 アメリカのアフガン撤退策についての雑考

些か旧聞で恐縮だが、2009年12月1日にオバマ大統領は泥沼化して久しいアフガン(というか、アフガンが泥沼化していない時代は18世紀のドゥッラーニ朝まで遡らないと見出せない気もするが・・・・)について、「三万人規模の増派」と「2011年7月の撤退開始」を発表した。

かつてニクソン政権が「ベトナム戦争のベトナム化」達成のためにハノイを交渉の場に引きずり出そうとして北爆を強化した故事を彷彿とさせるオバマ政権の発表である。そして個人的には、「2011年からのアフガン撤退開始」を言明したのは実に巧妙な外交的一手だと考えている。その理由は以下の三点に求められる。

1.偉大な損切り
そもそも考えてみるに、911テロの煽りを受けて米国は多額の資金と膨大な兵力をアフガンに投じることになった。その結果生み出された巨額の米財政赤字は深刻な陰影を国際経済に投げかけている。
そしてアフガニスタンでの作戦を成功させるため、米国はロシアや中国、インドといった自国のイスラム勢力弾圧で悪評のある国々との協力関係強化を大っぴらに進めざるを得なくなり、皮肉なことに中東を始めとした世界中のイスラム教徒から向けられる批判と憎悪を増大させている。
その上、米軍が多大な兵力をアフガンに張り付けていることによって、他地域での米国のプレゼンスが惨めな程に低下し、それが特定の国々の地政学的な野心を高める結果に繋がっているのである。
だが、アフガニスタンに、そこまで様々な危険と負担を背負って介入し続けるだけの意味は果たしてあるのだろうか?恐らく「無い」と自分は考えている。何故ならアフガニスタンには見るべき地下資源もあまりなく、人口的に見ても新たな経済フロンティアとしての魅力は薄く、中央アジアの資源をロシアを迂回して運び出すための経路としての重要性も、中国やイラン、そしてアゼルバイジャンといった国々との協力で十分に相殺可能であると考えられるからだ。
つまり、米国にとってアフガンは労多くして益少なき事業の象徴ともいえる存在なのだ。ならばそんな事業は切って捨てるに限る。

2.イランへの牽制

核開発問題で一向に歩み寄りの気配を見せないイランであるが、その強気の判断を支えている根拠の中に「アフガン安定化で米国はイランの協力を必要としている」、「幾ら「軍事行動」の可能性に言及した所で、アフガンであらゆるアセットを消耗している米国にそんなことはできない」というアフガン・ファクターがある可能性は十分に高い。
更に、米国は今までカブール政権を支えるために、タリバンと長年敵対してきたハザラ人等のシーア派勢力にも支援の手を差し伸べてきた。そして米国にとっては皮肉なことに、イランにとっては有難いことに、アフガン国内のシーア派勢力を通じてイランはある程度の影響力をアフガンに及ぼすことができてきた。
だが、仮に米国がアフガンから姿を消したらどうなるだろうか? それはイランにとっての春の終わりを告げるものになるかもしれない。
まず米国は「アフガンの安定化」に口先以上の責任を負う必要性が無くなり、それに応じてイランに配慮を示す必要性も減少する。また、アフガンという傷口の止血に成功した米国はイラン攻撃に乗り出すだけの力をやがて回復させてくるだろう。そうなるとイランの現体制要人は寝ようとする度に枕元に立つ「オシラクの亡霊」にうなされることになるだろう。
更に考えていくと、米軍撤退後のアフガンではタリバンが新たな支配者になることが予想されるが、彼らの90年代の振る舞いを考えると、ハザラ人等のシーア派勢力に対する弾圧・迫害が再開されることは想像に難くない。さて、そうなった時イスラム教シーア派の盟主を以て任じるイランはどのような選択をするのだろう。もし「シーア派保護」を名目にアフガンに出兵すれば、各方面から多大な非難を受ける上、現在の米国が悩まされている問題をそのまま引き継ぐ形になってしまう。
かと言って、ハザラ人等のシーア派勢力に対するタリバンの弾圧を傍観した場合、ヒズボラやハマスでイランに対する不信が高まることは避けられないだろうし、それはイスラエルに対するイランの持ち駒が弱体化することを意味する。
その上、アフガンからの米軍撤退に伴う混乱の惹起は、難民や麻薬のイランに対する流入を加速させることになるかもしれない。
以上のような「米国のアフガン撤退」によってもたらされるであろう事態は、イランの野心に冷や水を浴びせ、より穏健な外交姿勢への転換をもたらすかもしれない。

3.中国への牽制
アフガンからの米国撤退は、恐らくアフガン自体に大きな混乱をもたらすものと考えられる。そしてその影響が波及する国としては前述のイランに加え、パキスタンが予想される。
そのパキスタンという国は、中国の対インド政策にとって欠くべからざる”戦略的資産”である。そこが大規模な混乱に見舞われた場合、中国は救援の手を差し伸べるか、インドのパキスタン介入を座視するか、恐らくはこの二択を突き付けられることになるだろう。もし後者を選択した場合、中国はインド洋への出口を失い、同時にチベットの後背に強大化したインドの存在を許すことになってしまう。これは北京の望む所ではあるまいから、中国は混乱する西方の舎弟救援に乗り出さざるを得なくなると考えられる。自然、北京の注意とアセットは西方にに主に注がれることになり、アジア・太平洋地域における中国のプレゼンス拡大に一定の歯止めをかけることになるだろう。

結語

つまり、米国はアフガンという重荷を投げ捨てることによって、自身が身軽になるばかりではなく、イランや中国といったライバル達の負担を高めることが可能になるのである。これが自分がオバマ大統領の「アフガン撤退」策を妙手と考える理由である。問題は、オバマ政権がぶれずにアフガン撤退を進めることができるか否か。様々な困難や反発が予想されるが、オバマ政権には頑張ってもらいたいものである。