2009年12月5日土曜日

第三百三十五段 米国とイスマイル派の相似形

イスラム教がスンニー派とシーア派の二大潮流に分かれていることは割合人口に膾炙した話である。しかし、それは非常に大雑把な話である。イスラム教が誕生してからほぼ1400年。それだけの長い歴史があれば、当然ながら様々な分派活動があり、一般にスンニー派と称される流派の中にもワッハーブ派やハナフィー派等々様々な流れが存在する。同様の傾向はシーア派にもあり、十二イマーム派やザイド派など幾つかの流派が存在する。そしてそれらの諸流派は長い歴史の中で興亡を繰り返し、ある時代には隆盛を誇ったものが今や全くの少数派に転落してしまったり、滅びたり、或いは逆に今や押しも押されぬ一大勢力に成長しているものもある。

そんなイスラム諸流派の中で今回取り上げるのが、シーア派の中の一流派イスマイル派である。

イスマイル派の来歴や哲学といった詳しい話は省略するが、この教団は敵対する勢力の要人に対して優れた技能を有する暗殺者を派遣し、目標を的確に仕留めることでその威勢を中東一帯に鳴り響かせていた。バグダッドのアッバース朝カリフや各地方政権の君侯たち、そしてレバント地方に割拠する十字軍国家までもが貢納をおさめ、辞を低くしてイスマイル派の脅威から免れようとしたのである。

ではイスマイル派台頭の原動力となった暗殺者を、教団はどのように調達し、そして派遣された暗殺者たちはどのようにして憐れな獲物を屠ったのだろうか。
13世紀に活躍したイタリア商人マルコ・ポーロの旅行記、所謂『東方見聞録』、そして同じく13世紀にモンゴル帝国の中東遠征軍総大将フレグの下にクビライからの使者として派遣された劉郁の著作『西使記』、そしてそのフレグの息子アバカの統治下にあったイラク地方でシーア派集団の顔役として重きをなしたイブン・アッティクタカーの著作『アルファフリー』が一致して語る所によれば、次のようなものであったという。
教団は有能な若者を選抜するや、これに薬を飲ませて気絶させ、これを贅を尽くした秘密の庭園に運び込み、若者が目を覚ますや「ここは天国なのだ」と吹き込んで官能の限りを尽くした歓待を行い、しばらくたつとまた若者に一服盛って気絶させ、これを庭園の外に運び出す。若者はかつて「天国」で受けた歓待を忘れられず、それを再度受けること渇望するようになり、死への恐怖を無くしてしまう。教団はそれを見透かして、若者に短剣を渡し、「もう一度天国に行きたければ、どこそこのなにがしは異端者なのでこれを殺害せよ。そうすればお前の天国行きは約束されたものとなる」と告げるのである。
狂信と天国への渇望止まぬ若者はその短剣を懐に、獲物のいる場所への潜入し、僅かな間隙を縫って獲物の心臓に短剣を突き立てたのだ。
そしてイスマイル教団の暗殺劇は礼拝堂やバザールなど衆人環視の下で行われたのである。

この話を知った時、自分がまず想起したのは米軍の精密誘導攻撃とのあまりの相似であった。

というのも、イスマイル教団には各地に散らばるシンパから各国要人の動向について広汎な情報が寄せられていた。その情報に基づいて教団の勢力伸長にとって邪魔となる人物を特定し、それに対して有能な少数の暗殺者を派遣してこれを屠る。しかも暗殺は衆人環視の環境で行われるため、目撃者は多く、彼らは口で或いは手紙や文書を通じて自らが目撃した事件を相手に吹聴することになる。結果、イスマイル教団の恐るべき戦闘力についていわば口コミで評判が広まり、それが各国に「イスマイル教団侮り難し」との印象をより強めたことは想像に難くない。
米国の精密誘導攻撃もまた同じである。米国は様々な情報源から自国の脅威となる人物や政府(そしてその拠点)を割り出し、そこに少数の巡航ミサイルや精密誘導爆弾を投下して、獲物を屠る。
その有様はCNNやBBCその他の有力国際メディアを通じて世界中に喧伝され、各国は「米国に刃向うとどんなことになるのか」をまざまざと見せつけられることになる。
つまり、少数の攻撃を極めて効率的かつ正確に目標にヒットさせ、その成果を口コミそしてマスコミを通じて広めることで他国に無言の圧力を与えるという点において、イスマイル教団と米国の軍事行動は極めて似通っているのである。

自然界では同じ環境に適応していった結果、全く異なる種類の生き物が見た目では区別がつかないほどに似通う収斂進化という事例が知られている(例:サメとシャチ)。
その収斂進化は政治の世界においてもどうやら通用する理のようである。