2009年12月11日金曜日

第三百三十六段 ギリシア債務問題に対する地政学的妄想

リーマンショックから1年以上の時を経て幾多の不安を抱えながらもそれなりの回復基調にある世界経済。だが、やはりあちこちに地雷は潜んでいるようで、2009年11月下旬にはドバイ政府系持株会社ドバイ・ワールドの債務繰り延べ要請に端を発する世界的な金融波乱があり、12月に入ってからは南欧ギリシャで財政悪化によるデフォルト懸念が浮上するなど、世界経済は未だ剣が峰を歩むような不安定な状態にあると言えよう。

それら世界経済の懸念材料の中で、ふと気になったのがギリシャの財政悪化である。今の所、EU各国やIMFはこの問題を「ギリシャ政府自身が解決すべき問題だ」として静観の構えをとっている。
そのことの是非やギリシャが果たして自力で財政赤字を解決できるのかについての経済学的な分析は自分の手の及ぶ範囲ではない。
気になったのはギリシャ財政赤字問題が東地中海世界の安全保障に与える影響である。

地図を見てもらえば一目瞭然だが、ギリシャの国土というのはバルカン半島が地中海に深く入り込んだ地帯とその周辺の島嶼部から構成されている。
その中でも注目すべきはクレタ島の存在である。この島は黒海の海軍力(地図内:赤矢印)、そしてレバントの海軍力(地図内:緑矢印)が勢力を地中海に広げようとした場合、真っ先に関門として立ちはだかる要衝にある。
イタリア都市国家のヴェネツィア、そして大英帝国が地中海においてオスマン帝国やロマノフ朝ロシア、フランスといった強大なライバルたちに対して優位に立つことができたのも、ヴェネツィアや大英帝国がクレタ島を押さえ、そこに強力な海軍力を駐留させておいたことに負う面が少なくなかった。また、米海軍がクレタ島を「空母休養寄港地」として頻繁に利用していることからも、同島の戦略的重要性が現代においても大きく減じていないことが読み取れよう。

だが、逆の視点、黒海やレバントに海軍力を展開させている勢力の視点から見れば、クレタ島は自身の勢力拡大を阻む忌まわしい枷以外の何物でもない。もし、この東地中海の「不沈空母」を自国の勢力圏に収める、悪くとも軍事的に無力化させることができる機会があるとすれば、彼らは喜んでそれを利用しようとするだろう。
そんな中で起きたのが、クレタ島を領有するギリシャ政府の財政危機である。「困窮したギリシャ政府に救いの手を差し伸べる。そして見返りにクレタ島の利用権を獲得する(若しくは他の利用者を締め出す)」という取引を持ちかける国があったとしても不思議はない。

そこで注目されるのがロシアの存在である。同じ正教圏の国として、ロシアは帝政の時代からギリシャを支援し続けてきたこともあり、両国関係は強固。そしてロシアはシリアに海軍基地を置くなど、冷戦時代のソ連さながらに地中海域での活動を活発化させていると同時に、現在ウクライナ領クリミアに間借りしている形となっている黒海艦隊の新たな根城を探す必要にも迫られている(現時点ではノヴォロシースクが移転先として有力のようだが)。

これらの事情を考えると、ロシアがギリシャに対する「緊急経済援助」を申し出てそれをギリシャが受け入れた場合、その見返りとして「クレタ島」が俎上に上がる可能性は十分に考えられる。
そして、もしそれが現実のものとなった場合、黒海に続いて東地中海が「ロシアの湖」と化すことになるだろうし、その影響はスエズ運河を超えて紅海、インド洋にも及ぶことになるだろう。

そもそも、ロシアには「アイスランド」という実例がある。

ワシントン(地図内:黄四角)とモスクワ(地図内:赤四角)のほぼ中間、北大西洋と北極海の境目、そして不凍港を有するという格好のロケーションを保持するこの島国が2008年に金融危機の大津波に呑み込まれた時、すかさず救援の第一声を上げたのがロシアだった。
当初アイスランド支援に冷ややかだった欧米はこのロシアの動きの前に掌を返すが如くアイスランド支援パッケージを用意することになる。

結局アイスランドは欧米の支援を受け入れることになり、ロシアの「支援」が実現することはなかったのだが、資源価格上昇を追い風に資金潤沢となったロシアの「通貨外交」の有り様を窺わせるには十分なインパクトがあったというべきだろう。

ここで再度視点をギリシャに移してみるとどうだろう? 一つの可能性として、ロシアの緊急ギリシャ支援発表とそれに慌てて対抗策を発表する欧米の姿が浮かんでこないだろうか? もしこの可能性が実現した場合、出遅れた欧米勢はロシアよりも寛大な援助策をギリシャに提示するか、それとも前述のように東地中海がロシアの勢力圏と化すのを拱手傍観するかの二択を迫られることになるだろう。

はてさて、結局ギリシャ財政問題がどのような決着を見せるのか? 今後が非常に興味深い。

また贅言ではあるが、ギリシャとしては、弱者の恫喝というか、ロシアの存在をちらつかせて米国やEUに迫り、最高の援助政策を勝ち取ることが可能となるかもしれない。