2011年3月31日木曜日

第三百五十一段 緬甸デベロップメント

長らく剥き出しの軍部独裁政権が続いてきたミャンマーだが、今年4月1日より、テインセイン首相を大統領とする「文民政権」という衣をまとった政府が発足する運びとなった。

そんなミャンマーについて、二つほど興味深いインフラ開発の動きがある。一つは、ミャンマー-中国パイプライン計画。もう一つは、ミャンマー南部ダウェイでの港湾開発計画である。

まず一つ目のミャンマー-中国パイプライン計画だが、これはベンガル湾に面したミャンマー・チャウッピュー港と中国雲南省昆明を結んで石油及び天然ガスを輸送しようというもので、総距離約1100km、見積り総コスト約20億ドル、完成予定2013年、その原油輸送能力は年間2200万トンでと見られている。
中国がこの計画を実行に移した背景には「米国の影響力の強いマラッカ海峡を迂回して、石油・ガスの宝庫たる中東湾岸地域へのアクセスを確保する」という戦略目標があるとされている。
そんなミャンマー-中国パイプラインについて、PIPELINES INTERNATIONALは、3月15日を以てイラワジ川越えの工事が開始されたことを報じている。単純な距離にしてこれでほぼ3分の1の敷設が終わった形である。完成予定年を考えると、現在順調に工事が進捗しているようだが、当該パイプラインの完成によって、マラッカ海峡から南・東シナ海にかけてのシーレーンへの依存を低減した中国が、同じ海域における自己抑制をどの程度緩めてくるのか、気懸りな所ではある。

次はダウェイ港開発である。これもまた、マラッカ海峡を経ずして直接東南アジア工業地帯とインド洋航路を繋げようという試みであり、現在タイが音頭を取って進めようとしている(もっとも、米国と良好な関係を維持しているタイがマラッ カ海峡をスルーしようとするのは、米海軍の脅威というよりも、海賊対策や商業上のコスト・タイムロス削減という面が大きいと考えられる)。
このダウェイ港開発には、日本の経団連も関心を示しているという報道がある。確かに、東南アジア大陸部で進む南北回廊や東西回廊、第二東西回廊といった高速道整備とダウェイ港開発をリンクさせることで、東南アジアに進出している日本企業が物流面で受ける恩恵も大きいと予想される。
しかし一方で、日本政府が「自由・人権・民主主義」を旗印に掲げてミャンマー制裁を実施している欧米諸国と歩調を合わせる姿勢を現時点で崩していないこと、更には3月11日に東日本大震災が発生したこともあり、ダウェイ港開発計画に日本政府・企業群がコミットしてくる可能性は低いだろう(なお3月24日にミャンマーで強い地震の発生が報じられたが、震源が東北部シャン州ということもあり、ミャンマー-中国パイプライン敷設工事及びダウェイ港開発計画に目立った影響は出ていないようだ)。

東南アジア大陸部や中国南奥部とインド洋の結節点という地理的ポテンシャルの高さ、制裁側に回る先進諸国と投資を活発化させる新興国との対比、その投資を活発化させる新興国内でのミャンマーに対する影響力を巡る競争(主な参加者:中国、インド、タイ)といった要素を織り込みながら、ミャンマーのインフラ開発が今後どのように展開していくか、今後も要注目である。


参考資料
・郭四志 「中国エネルギー事情」 2011年1月 岩波書店
・PIPELINES INTERNATIONAL 「Myanmar – China Pipeline commences Irrawaddy River crossing」 2011年3月15日
・JETRO 「深海港ダウェイ開発が始動(ミャンマー、タイ)」 2010年12月1日
・Bangkok Post 「Japanese keen on Dawei work」 2011年2月18日

2011年3月27日日曜日

第三百五十段 北朝鮮とリビアを睨む向こう三ヶ月間

3月も終りが見えてきたこの時期、今後の国際情勢について2つほど気になる報道があった。一つは北朝鮮の食糧事情悪化への警告と支援の必要性をWFP等が指摘しているというニュース。もう一つは現在多国籍軍による空爆が実施されているリビアについて、ロシアから「近々NATOの地上兵力が展開されるのではないか?」という観測が出ていることである。

これら、各機関や識者等が予想した時期を、4~5月の主要政治日程の中に埋め込んでみたのが以下の日程表。

2011年4~7月の主要日程

4月、5月 北朝鮮の食糧難が顕在化(三星経済研究所・董龍昇氏予測
4月中 BRICSサミット(北京)
4月2日~10日 米印海軍等共同演習マラバール2011(沖縄近海)
4月3〜5日 中国の清明節
4月14〜15日 NATO外相会合(ベルリン)、第43回日韓経済人会議(済州島)

4月後半 NATO地上兵力のリビア展開開始(露情報機関筋予測)

4月20日 北朝鮮経済代表団訪米
4月30日 米韓共同演習フォール・イーグル終了
4月30日〜5月2日 中国の労働節

5~7月 北朝鮮の食糧難が顕在化(WFP等予測)
5月2〜6日 IAEA理事会(ウィーン
5月3〜4日 ASEAN+3財務相会合、非公式東アジアサミット財務相会合(ハノイ)

5月7〜21日 APEC高官会合(米国・モンタナ州ビッグスカイ
5月18〜21日 ASEAN国防相会合(ジャカルタ)

5月24日 EU外相理事会(防衛・開発)
5月25〜26日 OECD閣僚会合(パリ)

5月26〜27日 G8サミット(フランス・ドービル)
6月2日 OPEC総会(ウィーン)

6月15日 SCOサミット(カザフスタン・アスタナ)

6月中頃 
北朝鮮の食糧難が顕在化(クリスチャン・フレンズ・オブ・コリア予測)
7月1日 アフガン駐留米軍撤退開始、中国共産党90周年


なお北朝鮮の食糧危機については、WFP等の警告と支援呼び掛けがなされている他、既に米国が「▼必要な水準▼支援の緊急度▼支援した食糧が住民に配給されたかどうかを確認できること」といった条件を付けた上で応じる姿勢を見せており、単純に顕在化する可能性は低いかと思われる(無論、北朝鮮が援助条件についてかたくなな姿勢を示す可能性もないではないが・・・)。
それより興味深いのは、「食料援助を気に米朝関係が一気に進展した場合の日中韓の反応」並びに「国連その他から対北人道援助への参加を日韓が求められた場合の、それぞれの反応」といった所か?

また、リビアに対するNATOの地上兵力展開については、既に露が「リビアに対する地上兵力の展開は同国に対する占領に等しい」として難色を示している。もっとも、「NATOの地上兵力展開」は、現在実施中の空爆によるカダフィ軍の損失、態勢を立て直した反カダフィ軍の進撃具合によって左右される度合いも大きく、未だ流動的と見たほうがいいだろう。ただ6月2日のOPEC総会7月1日からの開始予定となっている米軍のアフガン撤退を睨みながら、各勢力がどのような判断を下していくか、大変に興味深い。

参考資料
<北朝鮮>
・時事通信社 北朝鮮に43万トンの食料援助を=国連、調査結果を各国に説明 2011年3月26日
・聯合ニュース 「北朝鮮経済代表団が来月訪米、VOA報じる」 2011年3月4日
・聯合ニュース 「対北朝鮮食糧支援、米国が条件付きで前向き検討」 2011年3月2日
・東亞日報 「食糧難重なり4、5月がヤマ場 中東・阿の情勢、北朝鮮への影響は?」 2011年2月25日
<リビア>
・RIA Novosti 「Ground operation in Libya could start in April - Russian intelligence」 2011年3月25日
・RIA Novosti 「Military ground operations qualify as occupying Libya - Russia NATO envoy」 2011年3月26日
<主要政治日程>
・JETRO 世界の政治経済日程 2011年2月28日

2011年3月26日土曜日

第三百四十九段 憧れの津軽海峡航路

津軽海峡のイメージというと、マグロやイカと言った海産物、「津軽海峡冬景色」に代表される荒涼とした風景を思い浮かべる向きも多いかと思われる。
しかし、そんなイメージとはまた別に、竹村慎治、赤倉康寛両氏の論文「東アジア-北米航路コンテナ船の日本周辺での通航海域に関する分析」によれば、 最近、津軽海峡を通じて東アジア(主に韓国や中国)と北米(主に米国やメキシコ)を結ぶ航路(以下「津軽海峡航路」と表記)が発展してきているという。

同論文は、津軽海峡航路の発展の要因と利用状況について以下のように記している。

<津軽海峡航路発展の要因>
・韓国釜山港のハブ機能強化
・中国北部の急速な経済発展

<2009年時点の津軽海峡航路利用状況(カウント対象はフルコンテナ船のみ)>
・日中韓台から北米へ:1059隻
 内訳:韓国764隻、中国北部232隻、中国南部26隻、台湾37隻、日本0隻
・北米から日中韓台へ:739隻
 内訳:韓国449隻、中国北部82隻、中国南部25隻、台湾160隻、日本23隻

このように津軽海峡が海上交通のハイウェイとして活況を呈しているのを見る時、気になるのが北朝鮮の羅先港である。
(以下の地図にて赤四角で表示)
後背地として鉱物資源等が豊かな露極東部やモンゴル、古くからの重工業地帯にして中国政府が振興に力を入れるマンチュリアを控えていること、そして上述のように近年活況を増している津軽海峡航路へのアクセス等、地の利は極めて良好である(因みに、あの石原莞爾も羅先港について「真に東亜における第1の天然の良港である」と評し、満州経営の中核的役割を担う港湾として、同港に期待していた)。

実際周辺国の注目度も以前から高く、今年になってからは、「中国が吉林省の石炭を羅先港から出荷」「中国軍、港湾警備等を目的に先特区に駐屯」といったニュースも報じられている(なお、「羅先への中国軍進駐」というニュースについては、後日、中国側がこれを否定する公式声明を出している)

一方で、羅先周辺(というよりも日本海周辺)に設置されている各国軍の基地という存在を考えると、津軽海峡航路が今後も活況を維持し、そこに羅先港もアクセスできるか否かは、北朝鮮とそれを取り巻く各国の安全保障政策に大きく左右されると考えられる。

だが、こと北東アジアの安全保障環境において、WMD開発や恫喝的な外交姿勢といった諸問題(日韓の場合、更に自国民の拉致問題や離散家族問題も加わる)、決して絵空事ではない政権崩壊に伴う混乱の可能性等等、北朝鮮から伸びる毒棘はいずれも頑固で根が深い難題として周辺国を悩まし続けている。

そんな諸々の毒棘を解除・回避し、羅先港と津軽海峡航路を結びつけ、低廉な労働力や豊かな鉱物資源という利点を有する北朝鮮を国際経済により強く押しはめることによって、自国の経済的利益と北朝鮮のソフトランディングという安全保障上の要請を両立させる智慧を見せるのが、中韓米日、どの国になるのか? 実に興味深い所である。


参考文献
・竹村慎治、赤倉康寛 「東アジア-北米航路コンテナ船の日本周辺での通航海域に関する分析」 2010年9月
・朝鮮日報 「中国、北朝鮮・羅先港経由で石炭積み出し」 2011年1月
・朝鮮日報 「中国軍が北朝鮮・羅先特区に駐屯、港湾施設など警備」 2011年
・船橋洋一 「青い海をもとめて」 2005年11月 朝日新聞社

2011年3月23日水曜日

第三百四十八段 他国の視線

3月23日、東北から関東に至る広い範囲に大きな爪痕を刻んだ東日本大震災の発生からはや10日以上。その間、震災のもたらした悲劇・被害は勿論、そこからの立ち直りを目指す復興議論、政府を含む各機関・団体や個々人が見せた素晴らしき行い、浅ましき行いもそれぞれに報じられている。

ここでふと思ったのだが、諸外国政府の日本ウォッチャー(なるものが存在するとしたら)の目から見れば、今回の震災は「日本の政府、社会が突発的非常事態にどのような反応を見せるのか? 彼らは打たれ強く冷静な態度を保持し、決断を下せるのか?」という問題に対する答を出す上で、「尖閣問題」と並ぶこれ以上ない実例だと考えられる。

彼らは、3月11日以来、自らが見聞した事や各種報道等・報告を手掛かりに「日本の政府及び社会の突発的非常事態に対する即応性」を評価・分析し、レポートにまとめる筈であろうし、そのようなレポートが提出された場合、それは恐らく、諸外国政府が「今後日本という国とどのように付き合っていくか?」を判断する上で一定の影響を与えることになるだろう。

もしレポートの末尾が、「日本という国の政府及びその社会は、決して侮れない底力と冷静さ、決断力を有し、今回の悲劇について感嘆すべき即応性の高さを見せた」という旨で締められていれば良し。だがそうではなかったら・・・・?

2011年3月22日火曜日

第三百四十七段 リビア情勢四つのシナリオ

遂に米英仏を中心とした多国籍軍によるリビア・カダフィ政権に対する空爆が現実のものとなった。

正直、自分は、米英仏の軍事力がアフガニスタンという重荷を抱えていること(米国に関して言えば、東日本大震災にも空母や複数の大型揚陸艦、海兵隊を投入して大規模な支援活動を行っている)、そして極めて抑制的な予算配分による英仏等欧州軍事力の限界、トルコやドイツの反対等を背景に、「空爆実施の可能性はそんなに高くない」と考えていたのだが、それがものの見事に外れた形である。

そんな自分のションボリ予測能力は重々承知した上で、今後のシナリオを4つ考えてみた。

東西分断固定
米英仏を中心とした多国籍軍の空爆によって痛めつけられたカダフィ軍は、反政府派の拠るベンガジの攻略並びに反カダフィ感情の強いとされる東部地域の維持を諦め、首都トリポリを中心とした西部地域の掌握に専念することを決断。
一方、多国籍軍の空爆によって九死に一生を得た反カダフィ軍も、西部で守りを固めるカダフィ軍を打ち破るだけの力は残っておらず、こちらも根拠地たるベンガジを中心とした東部地域の維持に専念することを決断。
こうして飛行禁止区域の設定と多国籍軍による監視の下、リビアは東西に分裂し、両者の対峙状態が続くことになる。

カダフィ政権崩壊(1)
米英仏を中心とした多国籍軍の空爆によってカダフィ大佐自身が死亡する、若しくは多国籍軍の空爆によって勢いを盛り返した反カダフィ軍の反撃の成功などによって、カダフィ政権は崩壊し、反カダフィ派による新統一政権が樹立される。
新政権は民主主義に基づく自由なリビアの誕生を宣言すると共に、旧カダフィ政権下で統治実務に当たってきた人々についても、最大限これを新政権下に引き継ぐ寛容な姿勢を示し、西側諸国の支援を受けつつ、戦乱で荒れた国土の復興に取り組む。

カダフィ政権崩壊(2)
米英仏を中心とした多国籍軍の空爆によってカダフィ大佐自身が死亡する、若しくは多国籍軍の空爆によって勢いを盛り返した反カダフィ軍の反撃の成功等によって、カダフィ政権は崩壊し、反カダフィ派による新統一政権が樹立される。
新政権はカダフィ政権下で統治実務に当たっていた人々に対して大規模なパージを実施すると共に、今までカダフィ政権の地盤となってきた西部地域やその出身者に対して報復的な弾圧政策を行う。
これによって、当初は反カダフィ政権側を支援してきた欧米諸国の間に「新政権の行いはカダフィ政権のそれと変わらないではないか」という幻滅感・反感が広がり、欧米諸国の新政権に対する支援は消滅することになる。
結果、カダフィ政権対反政権派の対立が西部地域対東部地域の対立へと姿を変え、長期にわたる戦乱が続くことになる。

空爆尻すぼみ
当初華々しく始まった米英仏を中心とした多国籍軍による空爆だが、「反対派は叩き潰す」というカダフィ大佐の意志を挫くには至らず、ずるずるとその実施が長引いていくことになる。やがて空爆による市民の被害を強調するカダフィ政権側の宣伝の成功、中東諸国における過去イラク・フセイン政権に寄せられたのと相似したカダフィ同情論の高まり等によって、多国籍軍の空爆に対する内外の支持は急速に退潮していく。
そんな中、遂にカダフィ軍の対空砲火によって多国籍軍兵士に死者が発生し、欧米世論の多数は決定的に空爆反対派と化す。これを受けて、近く(2012年)大統領選を控えるサルコジ仏大統領は空爆停止を宣言。音頭役の仏が降りたことで、多国籍軍も自然消滅。
何とか空爆をしのぎきったカダフィ軍は、反政権派の拠るベンガジの攻略に向けて動き出すのだった。

以上4つのシナリオ(最初の「東西分断固定」は、今回空爆反対にまわった独やトルコ、露中印等の仲介で実現する可能性もある)、その実現可能性について順位を付けることは現時点で難しいが、米英仏の考えを推し量るに、残酷な独裁者の排除がさらに残酷な宗派・地域対立をもたらした「イラクの悪夢」がまだ生々しいことを考えると、多国籍軍が積極的にカダフィ政権崩壊を狙ってくるとは少し考えにくい(無論、それをわざわざ口に出してカダフィ側に安心材料を与えることはしないだろうが)。
かといってだらだらと空爆を続けた末に「空爆尻すぼみ」のシナリオに突入することも望まないだろう(もし仮に当該シナリオが実現し、英仏や米国の軍事力について「張り子の虎」という評価が広まった場合、一部の国々について冒険的な対外政策への心理的ハードルが下がることが予想される。そうなった場合、問題は地中海という一地域を超えた厄介な広がりを持つことになろう)。
そうなると、シナリオ中最初に挙げた「東西分断固定」の実現が多国籍軍の当面の目標となると考えるのが妥当に思える。

過去を振り返ると、コソボ紛争においてNATOが空爆によってセルビアを和平案受諾に追い詰めるまでにはほぼ3ヶ月を要した。さて今回は・・・・?

2011年3月3日木曜日

第三百四十六段 韓国経済異常あり?

サムソン等一部企業の躍進に注目が集まって久しい韓国だが、最近少し気がかりなニュースがちらほらと出てきたように思う。

近い所では昨日の聯合ニュースが伝えた以下のニュース。

2月の消費者物価上昇、08年11月以来の高水準に
【ソウル2日聯合ニュース】統計庁は2日、2月の消費者物価が前年同月比4.5%上昇したと発表した。消費者物価の前年同月比上昇率は2カ月連続で 同4%台。前月比でも0.7%上昇した。消費者物価の前年同月比の上昇幅は2008年11月(4.5%)以来の高水準となった。

 中東情勢を受けて、石油類が前年同月比12.8%上昇。食料品なども高い物価上昇を続けている。生鮮食品は前年同月比25.2%の大幅増となった。前月比でも0.8%の上昇。

 企画財政部の尹琮源(ユン・ジョンウォン)経済政策局長は、「原油価格の衝撃が予想より大きかった。農産物の価格上昇は気温の上昇とともに緩和されそうだ。ほかの物価も4月以降は落ち着くだろう。ただ、中東情勢という不確定要素がある」と述べた。

  生鮮食品は先月に続いて大きく上昇した。ハクサイが同94.6%、ネギが89.7%、ニンニクは78.1%上昇。ほかにサバ(44.6%)、豚肉(35.1%)なども上昇幅が大きかった。

 エネルギーと食品を除くコア指数は、前年同月比3.1%上昇し、2009年8月(3.1%)以降で最大となった。コア指数は前月比でも0.7%上昇した。

 部門別で前年同月比の増加幅をみると、農産物(21.8%)、畜産物(12.3%)水産物(11.4%)。原油の高騰で工業製品は5.0%上昇した。サービス部門は2.5%の上昇を記録した。

 工業製品の中では、国際金価格の急騰に伴い、金の指輪が19.9%上昇した。そのほか、灯油が19.3%、軽油が14.6%、ガソリンが11.1%の上昇を記録した。


以前にも口蹄疫や天候不順で農作物や食肉の値上がりを伝えるニュースが流れていたが、価格上昇の波がそうした一次産品以外の広い範囲に及んでいることが改めて鮮明になった。

こうなると、単純に考えれば「中銀が物価抑制のために利上げに乗り出してくるぞ」という流れになるのだろうが、実際のところ、韓国中銀の姿勢はあまり利上げに積極的な様には見えず、市場では利上げ観測が後退するなどしている。

物価上昇傾向が鮮明なのに中銀は利上げに慎重。一見すると何とも不思議な状態なわけだが、ふと思い出したのが、東亜日報の二つの記事。

まず今年2月11日に「国民の財産、6分の1が減少 金利上昇局面で最大の不安要因に」というニュースが報じられている。長いので一部抜粋して紹介させてもらう。
住宅ローンは増えたものの、金融貯蓄は減り、家計負債は平均315万ウォンが増加した。同期間、家賃が14%上昇したことも、家計負債が増加した要因と見 られる。40代以上の中高年世帯主や所得下位40%の低所得層であるほど、不動産価値の下落や負債増加という「借金の落とし穴」に陥っている現象が目立っ ており、彼らが家計負債問題の引き金になる可能性が高いことが分かった。

次に挙げるのが、今年1月29日の「カード負債が危ない! 金融界は「第二のカード大乱」を警告」という記事。こちらも長いので一部抜粋

03年のクレジットカード大乱以降、しばらく鳴りを潜めていたクレジットカード市場で再び異常兆候が現れ始めている。

昨年9月末を基準に、経済活動人口1人当たりの保有カードは平均4.59枚。これはクレジットカード大乱直前の02年の4.57枚を超える 数値だ。02年に8万7700人余りに上ったクレジットカード募集人は04年は2万人にまで激減したが、昨年、カード会社間の競争が激化し、再び5万人を 上回っている。


これらに加えて住宅金融支援機構の「韓国の住宅ローン証券化市場」という資料を読むと、09年3月末時点で韓国の住宅ローン残高は約26兆円(なお同時期の日本のそれは180兆円)。うち92%が変動金利で占められているという。

これらの情報をまとめると、なるほど韓国中銀もおいそれと利上げに踏み切れない事情があるのだと良く分かる。

果たして韓国経済、物価上昇と家計負債の双方に目を配って軟着陸を首尾よく成し遂げることが出来るのか? 北朝鮮が金正日政権から次への移行期に入るという難しい時期にある中、韓国経済の変調はすぐさま安全保障環境に跳ね返りかねない怖さがあるだけに、目が離せない状態である。

2011年3月2日水曜日

第三百四十五段 音速の遅い読書「岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁 」

欧米日の経済が不況にのたうつのを尻目に好調な経済成長を続け、今年1月にGDPが日本を抜き去った経済大国としての中国、好調な経済を背景に積極的な軍備近代化を進める軍事大国としての中国、或いは共産党支配下で政治的自由に様々な制約が課された独裁国としての中国・・・・・等等、中国を巡っては正誤を問わず、様々なイメージや側面が語られている。

だが、そうした数々の見方がどこまでの妥当性を持つものなのか? 

今回の音速の遅い読書で取り上げる「岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁 」日本経済新聞出版社  2011/2/26 津上俊哉著)は、現在の中国が目覚ましい成功を成し遂げつつも、内部に深刻な病巣を抱えていることをトータルな形で浮き彫りにした一冊である。



本書では現在中国が抱える問題のうち、以下の七つを中国の未来に立ちはだかる「壁」として列挙し、それらが今後解決されるか否かについて、最良のシナリオと最悪のシナリオ双方を提示している。

1.人民元問題
2.都市と農村の二元社会

3.「国退民進」から「国進民退」への逆行
4.政治体制改革
5.歴史トラウマと漢奸タブー
6.未富先老
7.外交理念

上記「七つの壁」、古くから論じられてきたものもあれば、耳に新しい言葉もあって興味をそそられるが、本書では、各事例について、紋切り型の観念論やセンセーショナル性頼みに陥ることなく、豊富なデータや中国内で行われている議論に基づいた分析や現状紹介が行っている。
と言うと、白書的な無味乾燥的文書を想像してしまうが、そうしたデータや事例の列挙・分析の合間に著者の体験談等が挟まれており、読んでて飽きない構成ともなっているのが、本書の魅力と言えよう。

中でも思わずにやりとしてしまった箇所が2点ある。

まず「岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁 」の前書きで以下のようなエピソードが紹介されている(引用箇所の赤太字部分並びに注はブログ管理人による。以下同じ)。
一九六九年に桑原武夫、小田実、菊地昌典など当代の錚々たる顔ぶれが集まったセミナーで、当時文革の真っ最中にあった中国について討論したそうだが、そこで話題に上がったのは、「党内の権力闘争、体制批判の不自由さ、ナショナリズム、所得格差、中華思想、情報封鎖、民衆の日本に対する無知」であったという。  7頁より


今日の日本で中国を論じる時によく見かけるトピックとなんら変わってない。これを見て「中国は変わっていない」と結論付けることは容易である(実際変わっていない部分もあるのだろう)。しかし、本書の著者は「外から経済だけ見ても、あれだけ大きな変化が起きているのだ。中国の社会や国民意識が変化しないはずがない」とし、日本人の対中観こそが百年一日の如く固定化・陳腐化してしまっている可能性について、さり気なく警鐘を発している。
芭蕉の言葉に「不易流行」とあるように、物事は変化に乏しい部分と転変目まぐるしい部分の両頭からなることが一般的である。恐らくは中国もその例外ではないのだろう。そう考えた上で改めて著者が挙げたこの40年以上前のエピソードを前にする時、自分の対中観について「流行の部分がすっかり抜け落ちているのではないか?」、「流行の部分を不易と誤認識したまま今日に至っているのではないか?」と反省してしまうことしきりであった。

次に挙げるのは序章の記述。ここで著者津上氏は中国の「愛国教育」について以下のような疑問を呈す。
日本では「中国共産党が統治の正当性を強化するために愛国教育をやってきた」という理解が通念化している。敷衍して「愛国教育は一九八九年の天安門事件の後、共産党に対する国民の信認が地に落ちたのがきっかけで始まった」とか、「江沢民前主席が愛国教育を強化した」などとも言われる。たしかに、過去二〇年の間にそう受け取ってもおかしくない出来事があった。抗日戦争が共産党の中国にとって欠かせない「建国神話」であることも事実だ。しかし、物事をときどきの共産党の統治の都合に帰してしまうような理解には違和感があった。そんな根の浅い話なのだろうかと。  18頁より


著者は、この後、リットン報告書を引用しながら、中国の排外的な「愛国教育」が共産党政権の専売特許ではなく、もっと古く第二次大戦前から続く「根の深い傾向なのだ」と結論付けている。

この文章を読んだ時に真っ先に自分が連想してしまったのが、戦前、ジャーナリストとして上海に身を置き、同時に日本と中国(当時は国民党蒋介石政権)のパイプ役としても活躍した松本重治氏の回顧録「上海時代」の以下の文章である。
王寵恵(注1)は首相官邸で岡田首相(注2)に挨拶を述べ、その足で陸相官邸を訪ねて林陸相(注3)と一時間会談した。その新聞発表によれば、林陸相は、「中国が欧米諸列強に依存して、ややともすれば日本に対し排斥的言動に出づることを止めしめるのが必要である。・・・・・日中関係を今日の状態にまで導いた主たる原因は過去における排日、侮日の結果であるといっても過言ではないと考える。日中提携の促進を計るためには、この排日を止められることが先決条件であると思う。・・・・・南京政府(注4)としては排日は行っておらぬといわれることも一応認めるとしても、各地方における排日の事実もあれば、また青少年に対する排日教育も相当根強いものがあるように承知している。」  上巻277頁より


上記は一九三五年の出来事を記したものである。林陸相の言自体、今の日本においてもまま見かける言説と瓜二つな所が何やらおかしみを誘うが、閑話休題、中国の反日的な「愛国教育」が決してここ最近始まった新奇な出来事ではないことが、ここからもよく分かる。

そして、こうした排外的な愛国教育の裏には苦難の近現代史の中で培われた「歴史トラウマと漢奸タブー」があり、これが中国にとって、外交・安全保障における選択肢を狭め、日本を始めとした周辺国の猜疑心を徒に煽り立てる結果となってしまっていることを著者の津上氏は指摘している(これが「第五の壁」に繋がってくる)。蓋し卓見と言えよう。

こうした含蓄深い前書きや序章から本論たる「七つの壁」について論は進んでいくのだが、前述したように、各種データや中国内での議論を踏まえつつ、具体的な形で論が展開されるため、各事項の問題の大きさに比して上滑りした印象は全くなく、それどころか大いに知的好奇心を刺激してくれる内容となっている(特に第4の壁「政治体制改革」においては、行政機構のプロフェッショナル化・専門化が効率化のみならず、外部からの監督を困難にする一面を伴いながら急速に進行しているという現実が、人民解放軍の統制問題とも絡んで論じられており、安全保障に関心のある自分には実に興味深く読めた)

現在の中国という国家が光と影、強みと弱み、その両方を抱えた、本質的には至極当たり前の存在であるという冷静な認識を持ち、その上で日本(或いはそこに生きる個人・法人)がどのようにすれば、よりマシな対中関係を持てるか、というのを考える上で本書は好個の一冊だと言える。

【注】
注1.王寵恵:一八八二~一九五八年 中華民国の政治家。主に外交分野で活躍し、日本のみならず米英とも強いパイプを有していた。一九三七年には国民党政権における外交部長(外相)にも就任している。
注2.岡田首相:岡田啓介 一八六八~一九五二年 第31代内閣総理大臣。海軍軍人としてキャリアを重ね、一九三二年のロンドン軍縮会議においては海軍内の強硬派を抑えて条約締結を実現させた。連合艦隊司令長官や海軍大臣も務めている。
注3.林陸相:林銑十郎 一八七六~一九四三年 岡田内閣における陸軍大臣。陸軍軍人としてキャリアを重ね、一九三一年に朝鮮軍司令官を務めていた時、満州事変が勃発するや独断で指揮下の軍をマンチュリアに進め、「越境将軍」と渾名された。第33代内閣総理大臣も務めている
注4.南京政府:蒋介石率いる中国国民党政権のこと。南京に首都を置いていたのでこう呼ばれる。


※2012年1月28日に図の追加とそれに伴う段落の変更を行った。