2011年3月2日水曜日

第三百四十五段 音速の遅い読書「岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁 」

欧米日の経済が不況にのたうつのを尻目に好調な経済成長を続け、今年1月にGDPが日本を抜き去った経済大国としての中国、好調な経済を背景に積極的な軍備近代化を進める軍事大国としての中国、或いは共産党支配下で政治的自由に様々な制約が課された独裁国としての中国・・・・・等等、中国を巡っては正誤を問わず、様々なイメージや側面が語られている。

だが、そうした数々の見方がどこまでの妥当性を持つものなのか? 

今回の音速の遅い読書で取り上げる「岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁 」日本経済新聞出版社  2011/2/26 津上俊哉著)は、現在の中国が目覚ましい成功を成し遂げつつも、内部に深刻な病巣を抱えていることをトータルな形で浮き彫りにした一冊である。



本書では現在中国が抱える問題のうち、以下の七つを中国の未来に立ちはだかる「壁」として列挙し、それらが今後解決されるか否かについて、最良のシナリオと最悪のシナリオ双方を提示している。

1.人民元問題
2.都市と農村の二元社会

3.「国退民進」から「国進民退」への逆行
4.政治体制改革
5.歴史トラウマと漢奸タブー
6.未富先老
7.外交理念

上記「七つの壁」、古くから論じられてきたものもあれば、耳に新しい言葉もあって興味をそそられるが、本書では、各事例について、紋切り型の観念論やセンセーショナル性頼みに陥ることなく、豊富なデータや中国内で行われている議論に基づいた分析や現状紹介が行っている。
と言うと、白書的な無味乾燥的文書を想像してしまうが、そうしたデータや事例の列挙・分析の合間に著者の体験談等が挟まれており、読んでて飽きない構成ともなっているのが、本書の魅力と言えよう。

中でも思わずにやりとしてしまった箇所が2点ある。

まず「岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁 」の前書きで以下のようなエピソードが紹介されている(引用箇所の赤太字部分並びに注はブログ管理人による。以下同じ)。
一九六九年に桑原武夫、小田実、菊地昌典など当代の錚々たる顔ぶれが集まったセミナーで、当時文革の真っ最中にあった中国について討論したそうだが、そこで話題に上がったのは、「党内の権力闘争、体制批判の不自由さ、ナショナリズム、所得格差、中華思想、情報封鎖、民衆の日本に対する無知」であったという。  7頁より


今日の日本で中国を論じる時によく見かけるトピックとなんら変わってない。これを見て「中国は変わっていない」と結論付けることは容易である(実際変わっていない部分もあるのだろう)。しかし、本書の著者は「外から経済だけ見ても、あれだけ大きな変化が起きているのだ。中国の社会や国民意識が変化しないはずがない」とし、日本人の対中観こそが百年一日の如く固定化・陳腐化してしまっている可能性について、さり気なく警鐘を発している。
芭蕉の言葉に「不易流行」とあるように、物事は変化に乏しい部分と転変目まぐるしい部分の両頭からなることが一般的である。恐らくは中国もその例外ではないのだろう。そう考えた上で改めて著者が挙げたこの40年以上前のエピソードを前にする時、自分の対中観について「流行の部分がすっかり抜け落ちているのではないか?」、「流行の部分を不易と誤認識したまま今日に至っているのではないか?」と反省してしまうことしきりであった。

次に挙げるのは序章の記述。ここで著者津上氏は中国の「愛国教育」について以下のような疑問を呈す。
日本では「中国共産党が統治の正当性を強化するために愛国教育をやってきた」という理解が通念化している。敷衍して「愛国教育は一九八九年の天安門事件の後、共産党に対する国民の信認が地に落ちたのがきっかけで始まった」とか、「江沢民前主席が愛国教育を強化した」などとも言われる。たしかに、過去二〇年の間にそう受け取ってもおかしくない出来事があった。抗日戦争が共産党の中国にとって欠かせない「建国神話」であることも事実だ。しかし、物事をときどきの共産党の統治の都合に帰してしまうような理解には違和感があった。そんな根の浅い話なのだろうかと。  18頁より


著者は、この後、リットン報告書を引用しながら、中国の排外的な「愛国教育」が共産党政権の専売特許ではなく、もっと古く第二次大戦前から続く「根の深い傾向なのだ」と結論付けている。

この文章を読んだ時に真っ先に自分が連想してしまったのが、戦前、ジャーナリストとして上海に身を置き、同時に日本と中国(当時は国民党蒋介石政権)のパイプ役としても活躍した松本重治氏の回顧録「上海時代」の以下の文章である。
王寵恵(注1)は首相官邸で岡田首相(注2)に挨拶を述べ、その足で陸相官邸を訪ねて林陸相(注3)と一時間会談した。その新聞発表によれば、林陸相は、「中国が欧米諸列強に依存して、ややともすれば日本に対し排斥的言動に出づることを止めしめるのが必要である。・・・・・日中関係を今日の状態にまで導いた主たる原因は過去における排日、侮日の結果であるといっても過言ではないと考える。日中提携の促進を計るためには、この排日を止められることが先決条件であると思う。・・・・・南京政府(注4)としては排日は行っておらぬといわれることも一応認めるとしても、各地方における排日の事実もあれば、また青少年に対する排日教育も相当根強いものがあるように承知している。」  上巻277頁より


上記は一九三五年の出来事を記したものである。林陸相の言自体、今の日本においてもまま見かける言説と瓜二つな所が何やらおかしみを誘うが、閑話休題、中国の反日的な「愛国教育」が決してここ最近始まった新奇な出来事ではないことが、ここからもよく分かる。

そして、こうした排外的な愛国教育の裏には苦難の近現代史の中で培われた「歴史トラウマと漢奸タブー」があり、これが中国にとって、外交・安全保障における選択肢を狭め、日本を始めとした周辺国の猜疑心を徒に煽り立てる結果となってしまっていることを著者の津上氏は指摘している(これが「第五の壁」に繋がってくる)。蓋し卓見と言えよう。

こうした含蓄深い前書きや序章から本論たる「七つの壁」について論は進んでいくのだが、前述したように、各種データや中国内での議論を踏まえつつ、具体的な形で論が展開されるため、各事項の問題の大きさに比して上滑りした印象は全くなく、それどころか大いに知的好奇心を刺激してくれる内容となっている(特に第4の壁「政治体制改革」においては、行政機構のプロフェッショナル化・専門化が効率化のみならず、外部からの監督を困難にする一面を伴いながら急速に進行しているという現実が、人民解放軍の統制問題とも絡んで論じられており、安全保障に関心のある自分には実に興味深く読めた)

現在の中国という国家が光と影、強みと弱み、その両方を抱えた、本質的には至極当たり前の存在であるという冷静な認識を持ち、その上で日本(或いはそこに生きる個人・法人)がどのようにすれば、よりマシな対中関係を持てるか、というのを考える上で本書は好個の一冊だと言える。

【注】
注1.王寵恵:一八八二~一九五八年 中華民国の政治家。主に外交分野で活躍し、日本のみならず米英とも強いパイプを有していた。一九三七年には国民党政権における外交部長(外相)にも就任している。
注2.岡田首相:岡田啓介 一八六八~一九五二年 第31代内閣総理大臣。海軍軍人としてキャリアを重ね、一九三二年のロンドン軍縮会議においては海軍内の強硬派を抑えて条約締結を実現させた。連合艦隊司令長官や海軍大臣も務めている。
注3.林陸相:林銑十郎 一八七六~一九四三年 岡田内閣における陸軍大臣。陸軍軍人としてキャリアを重ね、一九三一年に朝鮮軍司令官を務めていた時、満州事変が勃発するや独断で指揮下の軍をマンチュリアに進め、「越境将軍」と渾名された。第33代内閣総理大臣も務めている
注4.南京政府:蒋介石率いる中国国民党政権のこと。南京に首都を置いていたのでこう呼ばれる。


※2012年1月28日に図の追加とそれに伴う段落の変更を行った。