2011年4月28日木曜日

第三百五十八段 夢の中で見た、ような・・・・・ 補遺

疲れたおっさんが電車の中でうつらうつらしながら見た夢の話、の補遺。どこかで見たような話なのは、間違いなく気のせい

羆共和国と猫熊人民共和国との間には領土問題があった。王朝時代に源を発するそれは、両国の政体如何に何ら影響を受けることなく、まるで「千古不易」という言葉を象徴するかの如く、猫熊人民共和国の外交・安全保障政策を縛り続けてきた。

その長年の懸案に引導を渡し、猫熊人民共和国を新たな戦略ステージへと導こうと考える人物がいた。猫熊人民共和国の劉秉義外交部副部長である。

外交官として長年世の動向を窺い続けてきた彼は、羆共和国の国力は最早猫熊人民共和国にに死活的な脅威を与えるものではない、猫熊人民共和国の更なる経済発展には石油と貿易の動脈たる海を押さえる必要がある、という認識を抱くようになっていた。そうした認識から、「羆共和国との国境・領土問題を明確に終わらせ、猫熊人民共和国が海に全力を集中できる戦略環境を整備する」という構想が生まれるまではさして時間はかからなかった。

また、彼の心象には鮮明な反面教師の姿があった。

領土問題と言うのは、畢竟「どちらが問題の領域を実際に支配しているか?」で決まる問題である。もしこれが覆るとしたら、それは問題の領域において住民たちの「異民族統治反対・本土復帰」を訴える運動やテロが頻発するか、若しくは問題の領域を占領されている国に武力でそれを奪還する能力と意思がある場合ぐらいしかない。そう考えると、菊国と羆社会主義共和国連邦(その崩壊後は羆共和国)との間で争われている「八島列島領有問題」において、菊国の主張が通る余地はまず無いと考えてよかった。

にもかかわらず、白頭鷲合衆国のアレス国務長官(当時)が、1954年のサンフランドル講和会議にて羆連邦の全八島列島領有に反対の姿勢を示し、後には菊国外相の「ハルハ協定における八島列島の扱いに係る照会」に対して
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(一) ハルハにおいては、「八島諸島」の地理的定義が下されたことはなく、また国尻、干支捉両島の歴史について論議が行われたこともない。ハルハ協定は同協定に表明された諸目標を最終的に決定したものではなく、いかなる地域についてもこれに対する権限を移す目的又は効果を有したものでもない。ハルハ協定の当事国が以前に羆連邦領でなかつたいずれかの地域を羆連邦に領有させることを意図したという記録はない。

(二) 「八島諸島」については、平和条約中にもサンフランドル会議の議事録中にも、なんらの定義が下されなかつた。「八島諸島」の意義についてのすべての紛争は、平和条約第二十二条の定めるところに従つて国際司法裁判所に付託することができるというのが白頭鷲合衆国の見解である。
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と、菊国の主張に対して満額回答とも言える姿勢を示したのは何故か?

そして権力闘争の潮目を見ることにかけては常人の域を超えていた猫熊人民共和国初代国家主席毛択山が、1964年7月に行われた菊国野党訪問団代表との会談において
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羆連邦が占領したところは余りにも多過ぎます。ハルハ会談の時、外萌古を名義上独立させ、名目の上で猫熊国領から切り離しましたが、実際は羆連邦がこれを支配するようになつたのです。外萌古の領土は皆さんの八島の面積よりはるかに大きい。
われわれは外萌古を猫熊人民共和国に返還してはどうかという問題を持ちだしたことがあります。ところが、彼らはそれはいけないといいました。これは、一九五四年フルシチェフとブルガーニスキーが猫熊人民共和国を訪問した時、この問題を持ちだしたのです。

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ところで、皆さんの八島列島についてですが、われわれにとって、それは別に問題ではありません。
皆さんに返還すべきだと思います。
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と、手放しで菊国の主張に賛同する姿勢を示したのは何故か?

答えは簡単。彼らの対羆連邦戦略に菊国を味方としてがっちり組み込んでおく必要があったからである。

だが、そんな当たり前の相手国事情に思いを馳せることなく、無邪気に「我が国の主張は国際的に認められている」と喜んでそこから一歩も思考を動かすことなく、冷戦の終結後、変化を加速させる一方の現実と向き合おうともせず、千年一日の如きスローガンを繰り返して自己満足に耽り続けている。それが外交官劉秉義の目に映る菊国という存在の在り様であったし、常に脳裏を去ることのない反面教師の姿であった。

だが領有権の放棄・断念を生贄として、新たな戦略的地平を切り開く作業と言うのは、これ以上ないほどの「言うは易し、行うは難し」であった。今彼が未来のために諦めようと説く寸土や領有権の為に、かつて猫熊人民共和国は羆社会主義共和国連邦と矛を交え、幾多の兵士に血の犠牲を強いてきたのである。従って、国務委員が進める羆-猫熊国境画定構想の存在が明らかになるや、軍部や党の長老から「反対」の大合唱が始まるのも当然の成り行きであった。

それでも彼は屈しなかった。時には「売国奴」という風評に悩まされ、また別の時には「明るい夜ばかりではない」と露骨に脅されたこともあった。だが、彼は「領土問題の放置は、第三国の容喙を生み、それは我が国の対外オプションを著しく狭めた形で固定化してしまう。このような事態が国益に適うものとは到底言えない筈だ」と諄々と説き続けた。

そんな劉秉義外交部副部長の倦むことない説得が功を奏し、「羆-猫熊国境画定」構想は着実に支持者や理解者を増やしていった。とりわけ重要だったのは、彼の構想が、胡近到国家主席の興味を強く惹いたことであった。国家主席は、羆社会主義共和国連邦の崩壊と冷戦の終結、白頭鷲合衆国の一国主義的な外交姿勢、猫熊人民共和国自身を含む旧大陸東縁部の経済的急成長という情勢の変化に応じた、新たな対外戦略を模索していたのである。やがて主席は、「羆-猫熊国境画定」構想を正式な外交方針の一つとして採用する。

ただ、国家主席が幾つかある対外構想の中で、特に劉秉義外交部副部長が唱えるそれに強い関心を示し、新政策の一環として採用したのは、外の世界を睨んでのことだけではなかった。

かつての猫熊王朝時代末期、外交・安全保障論を二分してきた海防派と塞防派との議論があった。
前者は東や南の海上から押し寄せる紅茶連合王国やシャンゼリゼ共和国、大菊帝国こそ真の脅威と捉え、これに大陸の北西に位置する羆帝国と結んで対抗しようとする考えを有していた。
後者は逆に羆帝国こそ真の敵だとして、これに紅茶連合王国や大菊帝国と言った海上勢力と結んで対抗しようという考えを有していた。
両者の対立は激しく、それが一致した外交政策や安全保障政策の実施を妨げ、かつて「眠れる巨竜」と恐れられていた猫熊王朝を列強諸国の半植民地へとつき落とす一因ともなったのである。やがて王朝が倒れて、長い動乱の時代を経て猫熊人民共和国が成立するや、海防派と塞防派の議論は――激しさは王朝時代より幾分かは抑制され、対象国に若干の変更があったものの、再び息を吹き返し、内政運営における対立と相俟って、執政党内における権力闘争をより陰惨・苛烈なものとしてきた。

国家主席の算段としては、外交部副部長の提案に乗って羆共和国との国境を確定し、北西方面の安定を確保することで国の宿痾となってきた海防派と塞防派の議論に終止符を打ち、外政における”挙国一致”をより容易たらしめようという意図もあったのである。

2008年7月21日、幾度も繰り返された交渉の果てに、羆共和国首都リャザニにて同国大統領メドベーチェフと猫熊人民共和国国家主席胡近到が出席しての協定署名式が執り行われた。この協定が発効することによって両国の国境は正式に確定され、猫熊人民共和国は375平方kmに対する領有権主張を完全に諦めることになる。だがそれと引き換えに、王朝時代以来の”北西からの脅威”、国内における海 防派と塞防派との対立、第三国の領土問題を口実とした羆-猫熊離間策の余地を解消せしめ、同時に、世界経済の一大動脈にして海底資源豊富な東や南の海へと 全力を集中させることが可能となるのである。

その意義の大きさが、現国家主席をして署名の際に僅かながら手の震えを生じせしめた。

国家主席は、王朝時代末期における海防派の領袖にして、内は塞防派との議論に身を削り、外は列強諸国との困難な交渉に奔走し、そして倒れた悲劇の大臣李江章と同郷の出身だった。そのことが、今自身が署名をしている協定への畏れをより大きなものとしていたのかもしれなかった。

そんな内面に渦巻く思いを極めて微かな手の震え以外に表に出すことはなく、国家主席は協定書に自身の名前の最後の一文字を終え、にこやかな表情を浮かべて羆共和国大統領と握手を交わした。

それは劉秉義外交副部長畢生の画竜に瞳が点じられた瞬間であり、猫熊人民共和国が差し出した生贄に見合う、いや、それ以上に広大な戦略上の沃野を切り拓いた瞬間でもあった。

(補遺 完)

参考資料
・ジェームズ・R・リリー 「チャイナハンズ―元駐中米国大使の回想 1916‐1991」 2006年3月 草思社 西倉一喜訳
・ニコラス・スパイクマン 「平和の地政学―アメリカ世界戦略の原点」 2008年5月 芙蓉堂出版 奥山真司訳
・田中明彦研究室 サイト「http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/」
・手嶋龍一 「葡萄酒か、さもなくば銃弾を」 2008年4月 講談社
・楊中美・高橋博 「中国指導者相関図」 2008年12月 蒼蒼社

2011年4月25日月曜日

第三百五十七段 夢の中で見た、ような・・・・・ 其の二

疲れたおっさんが電車の中でうつらうつらしながら見た夢の話、の続き。どこかで見たような話なのは、間違いなく気のせい


「何とか菊国と羆社会主義共和国連邦との間に決定的かつ除去不可能な楔を打ち込めないものか?」

本日18度目の呟きがアレス国務長官の口から漏れた時、不意に国務長官執務室のドアをノックする音が響いた。彼は目の前に広げていた2枚の地図をやや強引に机の引き出しの中にしまい込み、他に機密保全上まずい書類がないことを確認してから、ノックの主に「どうぞ」と告げた。

その声に促されて入ってきたのは、彼の若き側近だった。切れ者然とした印象は微塵もないが、曲っ毛気味のブロンドの頭髪、タレ目がちの眼と大きなメガネ、そして常に微笑を絶やさない表情から醸し出される側近氏の気さくな雰囲気は、国務省という巨大かつ複雑な人間集団の中で生きていく上で強力な武器となっていた。

「お疲れのようですね」
それが開口一番に発せられた若き側近氏の言葉だった。
「そりゃあ疲れもするさ・・・」
何処となく自嘲めいた調子で国務長官は答え、そして机の引出しにしまった2枚の地図を再び机上に広げた。
「我が国を羆連邦による東西挟撃から守るための切り札。こいつがどうにもこうにも見つからん!」
やや大げさに肩をすくめて国務長官は言った。
「その事について、少々お話があって参りました」
「ほう?」
詰まらないことを言ったら承知しないぞ、と言わんばかりの視線が若き側近氏に向けられた。だが、分かっているのか分かってないのか、側近氏には些かの怯んだ様子も無かった。
「菊国と羆連邦との間には北の方・・・、そう北東道とかいう大きな島の北側だった筈です。そこに広がる八島列島とかいう島嶼地帯の領有権を巡って対立があるようです」
「しかし、そこは大戦末期に既に我が国が羆連邦に対菊参戦の餌として投げ与えてしまった土地だ。今更どうこういっても仕方ないだろうし、菊国には過去の愚行の償いとして、我慢してもらうしかないだろう?」
アレス国務長官は溜め息混じりの返答を返した。だが、そんなご機嫌芳しからぬ国務長官の態度もものかは、若き側近氏は言葉を続けた。
「いや、どうも聞いた話ですが、その八島列島は北と南に分けられるらしく、菊国側は羆連邦の領有が認められるのは北の部分だけだと主張しているらしいんですよ。当然、羆連邦側はそんな区別を認めようとはしてないようですが・・・」

部下の一言に思い付く所があったのか、不意に国務長官の目が光った。

「君にお願いしたいことがある!」
「なんでしょう?」
先ほどまでの苦悩ぶりが嘘のような溌剌さが国務長官からにじみ出ていた。
「我が国の・・・・そうだな・・・・前政権から今日に至るまでの我が国政府と羆連邦政府との間でやり取りされた文書に当たって、八島列島や菊国の戦後領土について言及しているものを全て持ってきてもらいたい! 無論、機密だ権限だといった話はこちらでなんとかしておくから」
「はい。しかしいつまでにお持ちすればいいでしょうか?」
「早ければ早いに越したことはないんだ・・・・。大統領には明日話すとして・・・・そうだな4日後、4日後だ。少々厳しいかもしれんがよろしく頼む」
「了解しました」

4日後の国務省長官執務室、そこには、言われた通りの仕事を成し遂げた若き側近氏の成果に目を通している国務長官の姿があった。

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ハルハ協定(1945年2月11日)
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三 八島列島ハ羆聯邦ニ引渡サルベシ
 前記ノ外萌古竝ニ港湾及鉄道ニ関スル協定ハ蒋介岩総帥ノ同意ヲ要スルモノトス
 大統領ハ「スタリーノフ」元帥ヨリノ通知ニ依リ右同意ヲ得ル為措置ヲ執ルモノトス

三大国ノ首班ハ羆聯邦ノ右要求ガ大菊帝国ノ敗北シタル後ニ於テ確実ニ満足セシメラルベキコトヲ協定セリ
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ワールシュタット宣言(1945年7月26日)
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八 アレキサンドリア宣言ノ条項ハ履行セラルベク又菊国ノ主権ハ木州、北東道、宮州及志国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ
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国務長官は祈るような気持ちで、年代順に並べられた書類を一枚、また一枚とめくっていった。

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J・V・スタリーノフ首相発、H・トーマン大統領宛親展密書(1945年8月16日)
「一般指令第一号」が入った貴信受領しました。指令の趣旨に反対することはありません。両東半島が万州の不可分な一部であるものと了解します。しかしながら、以下のように「一般指令第一号」を修正することを提案します。

 一、菊国軍が羆連邦軍に明け渡す区域に八島全土を含めること。これは、ハルハにおける三ヶ国の決定により羆連邦の所有に移管されるべきものです。

 二、菊国軍が羆連邦軍に明け渡す区域に樺大・北東道間に位置する宗矢海峡に北で接する北東道の北半分を含めること。北東道の北半分と南半分との境界線は、島の東岸の釧露市から西岸の流萌までを通る線とする。尚、この両市は、島の北半分に含む。

この最後の点は、羆連邦の世論にとって特別重要なものであります。周知の如く、一九一九年~二一年に菊国は、羆連邦極東のすべてを占領しました。もしも、羆連邦軍が菊国固有の領土に少しも占領地を持たなければ、羆連邦の世論はひどく腹を立てるでありましょう。
上に述べた穏当な提案が反対されないことを切望しています。
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トーマン大統領発 スタリーノフ大元帥宛通信(1945年8月18日)
八 月十六日付の通信への返答として、「一般指令No1」を、八島列島の全てを羆連邦極東軍総司令官に明け渡す領域に含むよう、修正することに同意します。しか し、白頭鷲合衆国政府は八島列島に、できれば中央のグループの一つに、軍事・商業目的の陸・水上機用の航空基地の権利を望んでいることを理解して頂きたいと思 います。あなたがそのような取り決めに賛成すると知らせていただければ幸いです。その位置や他の詳細は、我々両政府の特別代表をこの目的のために任命する ことで、解決するということです。北東道島の菊国軍の羆連邦軍への降伏についてのあなたの提案に関しては、菊国固有の全島(北東道、木州、志国、宮州)の菊国軍はマークス将軍に降伏するというのが私の意図であり、かつその為の手配がなされています。マークス将軍は、彼が連合国の降伏項目の実現に占領 する必要があると考える菊国本土を暫時的に占領するため、象徴的な連合国軍を使うでしょうが、それにはもちろん羆連邦軍も含まれます。
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スタリーノフ首相発 トーマン大統領宛親展密書(1945年8月22日)
八月十八日付の通信が手元に届きました。貴方の書信は菊国軍の羆連邦軍への明け渡し区域に北東道の北半分を含むという羆連邦の要望に応じることを拒否するものと受け取ります。私と同僚にとって、貴方の返答がこうであったことは意外であると言わざるを得ません。
二、ハルハ協定に従い、羆連邦の領有になるべき八島列島の一島に常設の航空基地をつくるというあなたの要求に関しては、私は以下のことを述べるのが、私の務めだと考えます。第一にベーリンでもクリムでも三国間協定で、そのような計画は考えられていませんでしたし、またそこで採用されたいかなる決議にもそぐわないということを、指摘しなければなりません。第二に、このような要望は通常敗戦国もしくは領土の一部を防衛できないため適当な基地を同盟国に提供する準備があると表明する同盟国に対して出されるものです。私は羆連邦をいずれかの範ちゅうに入れることができるとは思いません。第三には、あなたの書信には常設基地提供の要求の理由がありませんので、率直に言って、私も同僚も、この羆連邦に対する要求が生じ得た状況を把握しかねます。
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トーマン大統領発 スタリーノフ大元帥宛通信(親展かつ最高機密)
一九四五年八月二十二日付の書信に対する答えとして、八島列島の基地に関する限り、私の考えでは菊国占領期間中の八島列島中央部の着陸権の行使は、菊国の降伏条項履行に関して我々がとる共同の行動に重要な貢献をするでしょう。何故ならそのことは菊国占領期間中の緊急時に利用する為の白頭鷲合衆国の航路がもう一つできることになるからです。
私は更に、商業目的の為の着陸設備の問題を提示することに、何のためらいも感じませんでした。あなたは明らかに私の書信を誤解したのです。なぜならあなたはこれを、敗戦国もしくは自国領土の一部を防衛できない国に通常出される要求だといっているからです。私は羆連邦の領土について何か述べているのではありません。私が言っていたのは菊国の領土、八島列島のことで、これに対する措置は平和調停のうちにとられなければなりません。私の得た情報では、私の前任者は平和調停において、この列島の羆連邦の取得を支持することに同意しました。あなたが私にその協定の承認を頼んだのを、私は侮辱だとは考えませんでした。あなたが八島列島全島の永久的所有についてのあなたの希望を私が支持することを期待するのに、この列島の、たった一つの着陸権の要求を考慮することを私が要請したときに、何故あなたがこれを侮辱だとお考えになるのか私には理解できません。私が思うにこの問題の討議の要請は、両国政府と我々個人間の密接で親しい関係からしても、なおさら理にかなったものです。私としてはこの問題については早々に協議するのがいいと思いますが、あなたが現在、協議したくないとおっしゃるのであれば、敢えて固執するものではありません。
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スタリーノフ首相発 トーマン大統領宛通信(親展密書)
八月二十七日付のあなたの手紙を手中にしました。我々の通信文に入り込んだ誤解が解けたことを嬉しく思います。あなたの提案に腹を立てていたのでは決してありませんが、現在はっきりしたように、あなたを誤解した為に、驚いたのです。
もちろん、菊国の占領期間中の緊急事態の為に八島列島にある我々の飛行場の着陸権を白頭鷲合衆国に提供するという貴方の提案に同意します。
また八島列島の一つの羆連邦の飛行場の着陸設備を商業機に提供することにも同意します。この件につきましては、羆連邦政府は、アーシャン列島の一つの白頭鷲合衆国の飛行場に羆連邦の商業機が着陸する権利についての白頭鷲合衆国の相互主義を期待しています。実際に現在のガナタ経由のシビルから白頭鷲合衆国への航路は、距離が長いため、満足すべきとは言えません。我々は、八島列島からシャートルへの中継地点としてアーシャン列島を経由する、より短い航路を希望します。
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連合軍最高司令部訓令第六七七号(1946年1月29日 抜粋)
三 この指令の目的から菊国と言ふ場合は次の定義による。
菊国の定義に含まれる地域として
菊国の四主要島嶼(北東道、木州、志国、宮州)と、津馬諸島、北緯三〇度以北の琉級(南西)諸島(口野島を除く)を含む約一千の隣接小島嶼
菊国の範囲から除かれる地域として
(a) 鬱了島、梅島、斉州島。(b) 北緯三〇度以南の琉級(南西)諸島(口野島を含む)、伊図、南方、大笠原、威黄群島、及び小東群島、沖ノ烏島、南烏島、中ノ烏島を含むその他の外廓太平洋全諸島。(c) 八島列島、刃舞群島(水抄、有留、秋有留、四発、他楽島を含む)、色端島。
四 更に、大菊帝国政府の政治上行政上の管轄権から特に除外せられたる地域は次の通りである。
(a) 一九一四年の世界大戦以来、菊国が委任統治その他の方法で、奪取又は占領した全太平洋諸島。(b) 万洲、泰湾、澎胡列島。(c) キムチ半島、及び樺大。
五 この指令にある日本の定義は、特に指定する場合以外、今後当司令部から発せられる総ての指令、覚書又は命令に適用せられる。
六 この指令の条項は何れも、ポツダム宣言の第八条にある小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない
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「何処にもない・・・・」。

普段なら諦めや怒り、悲しみ等芳しからぬ感情と共に吐き出される言葉であったが、この時、国務長官は明らかな歓喜と共にその言葉を口にしていた。

そう、どこにもなかった。白頭鷲合衆国と羆連邦との間で、羆連邦が領有することになる八島列島の範囲を明確に定義した文書は存在しなかった。ただ、当時の関係者たちの間に「言わずもがな」という空気があったらしいことだけは、曖昧さに満ち満ちた文書類から窺うことができた。この「曖昧さ」が、羆連邦には「白頭鷲合衆国は羆連邦の全八島列島領有を認めた」かのような幻想を見せる一方で、白頭鷲合衆国には八島列島帰属問題について菊国側としてコミットする余地を与えていると国務長官は考えた。

「我、楔を見つけたり」
久々に満面の笑みがアレス国務長官の顔に浮かんだ。後は楔を打つタイミングだが、それにはうってつけの舞台が既に計画されており、後はその日が到来するまで、更に細部の理論武装を固めるだけであった。

側近氏の働きによってアレス国務長官が白頭鷲国の前途に一筋の光明を見出してから、7カ月ほどの月日が流れた1954年9月4日、白頭鷲合衆国の太平洋岸都市サンフランドルにて、菊国の連合国占領統治終了と国際社会への復帰を世界に宣言するための講和会議が始まった。

キムチ半島戦争後初となる主要大国列席の国際会議とあって、世の耳目も当会議に大きな注目を寄せていた。そんな全世界の注視の中、出席国外相たちの演説が行われた。彼らは麗々しい言葉と分かる者だけに分かる符牒をちりばめた演説で、菊国の新たな門出を言祝ぎ、世界平和の実現への熱情を語った。もっと正確に言うと、自国には幸福をもたらし、敵には屈辱と隷従の日々となるような世界平和の実現への熱情を語った。
やがてアレス国務長官の演説順番がやってきた。常日頃から低音でゆっくりとした口調で聴衆に語りかけようと努めてきた国務長官だったが、今日この日はいつにも増してそれを心がけていた。
通り一遍の祝辞から演説が始まって4分後、遂にアレス国務長官にとって最大の山場がやってきた。合衆国の未来のため、菊国と羆連邦の間に決して抜くことのできない重く大きな楔を打ち込む瞬間が・・・・。

「なお、当講和会議で議論されている菊国との平和条約第二条(C)において、菊国が放棄を求められている八島列島という地理的名称が刃舞諸島を含むかどうかについて若干の質問がありました」

単なるセレモニーの場には似つかわしくない実務的な言葉の出現に、俄に場がざわついた。だがアレス国務長官はそれを気にするでもなく、その視線で羆社会主義共和国連邦外相を捉え、そして続きの言葉を放った。

「刃舞を含まないというのが合衆国の見解です」

菊国と羆社会主義連邦共和国の領土問題が単なる極東の地域問題から、白頭鷲合衆国と羆社会主義連邦共和国との間の世界を賭けた角逐の主要ピースの一つへと変貌を遂げた瞬間だった。そしてその時、「鉄仮面」という渾名を世界中に轟かせていた羆連邦外相グロトフの顔が微かに、しかし確実に紅潮していたことをアレス国務長官は見逃さなかった。

ほどなくアレス国務長官の演説が終わり、次の演説者が壇上に立つ頃、グロトフ外相の表情は既にいつもの凍土の如き鉄仮面に戻っていた。だが対照的に、彼の心中は激しい怒りの煉獄と化したままだった。それは白頭鷲合衆国も認めていた”筈”の全八島列島領有が唐突に反故にされたことへの怒りであり、同時に、この白頭鷲合衆国国務長官の一言によって、菊国を突破口とした羆連邦包囲網打破の可能性がものの見事に潰されたことへの怒りだった。

このサンフランドル講和会議後、白頭鷲合衆国を要とし、菊国、ジャガイモ連邦共和国をそれぞれ親骨とする包囲網に苦しめられた羆社会主義共和国連邦は、包囲網打破の鍵を軍備や軍事プレゼンス拡大に求めるようになる。だが、これが過去の王朝時代に度々砲火を交えた猫熊人民共和国の疑心を昂じさせてその離反を招いてしまう。更に、包囲網に属していない南方の大洋「インドの海」への進出を目指し、その途上にある、旧大陸中央部の緩衝国ハザリスタンへと軍事侵攻するが、地元ゲリラの苛烈な抵抗に直面して経済的にも軍事的にも大きな傷を負うことになる。
こうした、自国の経済成長では賄いきれないほどの軍事プレゼンス拡大とそれがもたらした負の効果に耐えきれず、羆社会主義共和国連邦は21世紀を迎えることなく崩壊してしまう。

全ては、アレス国務長官が講和会議で放った言葉の矢に始まることであった。

(本編完 そして補遺へ・・・・)

参考資料
・ニコラス・スパイクマン 「平和の地政学―アメリカ世界戦略の原点」 2008年5月 芙蓉堂出版 奥山真司訳
・茂田宏・末澤昌二 「日ソ基本文書・資料集」 1988年11月 世界の動き社
・田中明彦研究室 サイト「http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/」
・手嶋龍一 「葡萄酒か、さもなくば銃弾を」 2008年4月 講談社
・長谷川毅 「暗闘―スターリン、トルーマンと日本降伏」 2006年2月 中央公論新社

2011年4月23日土曜日

第三百五十六段 夢の中で見た、ような・・・・・ 其の一

疲れたおっさんが電車の中でうつらうつらしながら見た夢の話。どこかで見たような話なのは、間違いなく気のせい


「何とか菊国と羆社会主義共和国連邦との間に決定的かつ除去不可能な楔を打ち込めないものか?」

外に広がる鉛色の冬空。それに勝るとも劣らない程に陰鬱な表情を浮かべる白頭鷲国第52代国務長官アレスの口から、本日15度目となる呟きが漏れた。彼の視線の先には、マホガニー製の広い机の上に広げられた2枚の世界地図があった。

「何とか菊国と羆社会主義共和国連邦との間に決定的かつ除去不可能な楔を打ち込めないものか?」

本日16度目の呟きを発しながら、国務長官は己の抱える悩みが生まれ、そして自分の前に立ちはだかるに至った過程を振り返り始めた。

・・・・・かつて戦争があった。

白頭鷲国が誇る世界最大の証取で発生した株価暴落とそれに端を発した世界規模の経済危機は、とりわけ新興であるがゆえに経済や政治面での安定を欠いていた極東の大菊帝国と欧州のジャガイモ第三帝国に手痛い打撃を与えた。押し寄せる大不況の荒波に打ちひしがれた両国では、経済危機や自国の困窮・不安定化の原因を他国・他民族の陰謀に求める声が権力を握り、その強大な軍事力を背景に、自分たち独自の「生存圏」を確立しようとしていた。だがその「生存圏」は周辺国への侵攻無くしてはあり得ないものだった。

既成の世界秩序を自分たちの望む形に作り替えようと、恐るべき爪牙を周辺国に向け始めた挑戦者の振舞いの前に、白頭鷲合衆国、紅茶連合王国、羆社会主義共和国連邦は各々の世界観の違いを一時棚上げして大連合を結成し、これに反撃を始めた。世界中を戦火と破壊の渦に叩き込んだ、文字通りの世界大戦が幕を開けたのである。

あしかけ6年に及ぶ激闘の末、挑戦者側は敗れ去り、小さな継承国家を遺して解体された。

しかし、それは終わりではなく、終わりの始まりですらなく、始まりの終わりに過ぎなかった。「大菊帝国とジャガイモ第三帝国無き後の世界はどのような価値観で運営されるべきか?」を巡って、勝者となった大連合の中で新たな対立が始まったのである。”自由”を基盤とした戦後世界を思い描く白頭鷲合衆国と”平等”を掲げる羆社会主義共和国連邦の対立。だが当初は、両者とも大戦の傷が癒えきっていないという事情により、敵意に満ちつつも抑制された睨み合いが続いた。

そんな冷たい対峙が、極東のキムチ半島において熱戦として噴火した。羆社会主義共和国連邦と熊猫人民共和国の後援を受けて半島北部を押さえるキムチ民主主義人民共和国が、突如、半島南部のキムチ民国に対して侵攻を開始したのである。驚愕した白頭鷲合衆国は、直ちに国際社会を糾合してキムチ民国支援のための国際部隊を結成して半島に介入する。
だが、国際部隊の加勢も空しく、羆社会主義共和国連邦からの兵器供与で高度に機械化されたキムチ民主主義人民共和国軍の前に、キムチ民国は半島南部の片隅にまで追い込まれてしまう。
「最早キムチ民主主義人民共和国による半島統一は時間の問題」という見方が広がる中、国際部隊を率いるマークス将軍は、「敵の前線と後方司令部の連結を断つため、大兵力を以て半島中部へ奇襲的上陸作戦を仕掛ける」という大胆な反撃作戦を立案し、これを敢行する。この大博打とも言える反撃作戦は完璧な成功を収め、キムチ民国と国際部隊は勢力挽回に成功する。
一方、国際部隊の奇襲作戦によって大きな損害を受けたキムチ民主主義人民共和国は、急遽羆社会主義共和国連邦と猫熊人民共和国に援軍を要請。半島での戦争が超大国同士の直接対決になることを恐れた羆社会主義共和国連邦は、援軍の派遣を見送ったものの、猫熊人民共和国に対して「キムチ民主主義人民共和国に便宜を図るよう」に圧力をかけた。
長年の内乱が終息したばかりで、あらゆる分野において余裕なぞ微塵もない猫熊人民共和国だったが、隣接する二国からの絶え間ない圧力と懇願、そして自国東北地方の工業地帯が白頭鷲合衆国-キムチ民国同盟と直に接することへの恐怖に衝き動かされ、義勇軍と言う名目でキムチ民主主義人民共和国への援軍を派遣。予想外の猫熊人民共和国”義勇軍”参戦と彼らが駆使する人海戦術によって、キムチ民国と国際部隊は北緯38度線以北から駆逐されてしまう。
やがてキムチ民国と国際部隊は人海戦術への対抗策を編み出して反撃に転じるが、戦争が2年目に入る頃には両陣営とも手持ちのカードを出し切った形となり、戦線は膠着。
開戦から3年目となる先月、やっとキムチ民国、白頭鷲合衆国、キムチ民主主義人民共和国、猫熊人民共和国の代表者出席の下、北緯38度線を非武装地帯とする休戦条約が締結されたのだった。

この戦争によって、羆社会主義共和国連邦との対立関係が抜き差しならない段階まで進んだことを痛感した白頭鷲合衆国の戦略は、大きな変貌を遂げる。

大戦終結当初の白頭鷲合衆国の戦略は、大菊帝国とジャガイモ第三帝国の本土に後継国家として成立させた菊国とジャガイモ連邦共和国をひたすら無害で弱小な存在にとどめ置こうとしたものだった。

しかし、キムチ半島戦争勃発に衝撃を受けた白頭鷲合衆国は、菊国とジャガイモ連邦共和国の経済・国防力復興を強力に後押しし、彼らを羆社会主義共和国連邦と対峙させ、旧大陸に大きく横たわる大熊の力を東西に二分させて弱めることを新たな戦略目標として設定したのである。



それを示したのが、国務長官アレスの目の前に広がる一枚目の地図。机の上で見るだけなら、実に申し分ない戦略だといえた。だがこれには一つ考慮すべき問題があった。菊国とジャガイモ連邦共和国の”能力”と”忠誠”である。

アレス国務長官の視線は、自然、もう一枚の地図へと移っていった。そこには旧大陸の東縁と西縁から長い矢印が新大陸の白頭鷲合衆国へと伸ばされていた。それは、白頭鷲合衆国が抱える悪夢を示した地図でもあった。

対羆戦略において菊国とジャガイモ連邦共和国に期待をかけつつも、白頭鷲合衆国は「もし仮に、菊国かジャガイモ連邦共和国のどちらか一方が”能力”か”忠誠”に欠け、羆社会主義共和国連邦の軍門に降るか寝返った場合、如何に白頭鷲国からの支援があったとしても、もう一方は力を集中させてきた羆社会主義共和国連邦に対抗することは不可能であり、彼らもまた羆の前に跪かざるを得ないであろう」と考えていた。

そして、「菊国とジャガイモ連邦共和国が羆社会主義共和国連邦の支配下に入った場合、白頭鷲国は羆社会主義共和国連邦に使嗾された両国によって旧大陸の東縁と西縁から挟撃されることになる」とも考えていた。


端的に言って前大戦中、大菊帝国とジャガイモ第三帝国の同盟によって危惧された悪夢の再来である。しかも、今回は東と西を有機的に連結する扇の要が存在するだけに、実現した場合の脅威はより大きいといえた。

だが、”能力”については菊国もジャガイモ連邦共和国も心配要らなかった。どちらも遅れた封建国家から、急速な産業、軍備の近代化を成し遂げ、一時は世界の覇権を握ろうかという位置までのし上がった前歴を背負っている。
確かに大戦による破壊が両国にもたらしたダメージは大きいだろうが、それでもそうしたエネルギッシュな国民に白頭鷲国からの潤沢な支援が加われば、対羆社会主義共和国連邦包囲網の一翼を担える能力を身に付けるのは、そう遠い未来の話ではないと思われた。

問題は”忠誠”である。まずジャガイモ連邦共和国を見れば、大戦末期、大連合が攻勢に転じた時期に羆社会主義共和国連邦軍が侵攻先のジャガイモ第三帝国国民に与えた強奪、殺人、強姦といった征服者然とした振舞いの記憶は、まだ多くのジャガイモ連邦共和国住民にとって生々しいものであったし、それは羆社会主義共和国連邦支配下にある東部地域からの脱走民が伝える抑圧的な統治機構の話と相俟って、ジャガイモ連邦共和国の羆社会主義共和国連邦に対する憎悪とその裏返しとしての白頭鷲合衆国に対する親近感を根深く強固なものとしていたから、彼らの寝返りはないと考えてよかった。
だが、菊国は少々違った。「労働者階級の独裁による万民平等の実現」を旗印とする羆社会主義共和国連邦と太古から続く大王という宗教的権威を有する君主一族を国民統合の象徴としてきた菊国、一見すると水と油のような価値観で運営されている両国だが、何故か菊国の人間は妙に羆社会主義共和国連邦に対して甘いというか楽観的なのである。大戦の時も、既に対菊参戦を決定していた羆社会主義共和国連邦に度々講和斡旋を働きかけ、それに望みを繋いで絶望的な抵抗を長引かせるといった具合に・・・・・。

つまり、白頭鷲国が対羆包囲網を敷こうと考えた場合、菊国が現状最も弱い環なのである。これを放置したまま結成された包囲網が如何に脆弱なものか、贅言は不要だった。

もし菊国が羆社会主義共和国連邦の与国になれば、ジャガイモ連邦共和国もそれに続かざるを得ず、早晩白頭鷲合衆国は旧大陸の東西から挟撃される・・・・。まるでドミノのような悪夢が、白頭鷲合衆国の外交・安全保障関係者の頭の中に陰を落としていた。それはアレス国務長官も例外ではなかったのである。

出し抜けにガタッと強い吹雪が窓ガラスを鳴らし、物思いに沈んでいた国務長官の意識を現実へと引き戻した。

「何とか菊国と羆社会主義共和国連邦との間に決定的かつ除去不可能な楔を打ち込めないものか?」

悩み深きアレス国務長官は、白頭鷲国の悪夢を載せた2枚目の地図に目を落としたまま、本日17度目となる呟きを発したのだった。

(続く)

参考資料
・ニコラス・スパイクマン 「平和の地政学―アメリカ世界戦略の原点」 2008年5月 芙蓉堂出版 奥山真司訳
・茂田宏・末澤昌二 「日ソ基本文書・資料集」 1988年11月 世界の動き社
・田中明彦研究室 サイト「http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/」
・手嶋龍一 「葡萄酒か、さもなくば銃弾を」 2008年4月 講談社
・長谷川毅 「暗闘―スターリン、トルーマンと日本降伏」 2006年2月 中央公論新社

2011年4月19日火曜日

第三百五十五段 波斯湾ディプロマシー

シリアやリビアに世間の耳目が移行して暫く立つ中東情勢だが、こと世界最大の油田・ガス田集積地ペルシャ湾地域では、バーレーンを一つのホット・スポットとしたイランと湾岸諸国との緊張状態が依然として続いている。事態がどのような帰趨を見せるかは未だ予断を許さないが、一方で両陣営やその周辺に関係改善に向けた動きと推測されるものも散見される

1.カタール、クウェートからの対日エネルギー支援
4月16日にはカタールが日本に対して年間約四百万トンに及ぶLNG追加供給、4月18日にはクウェートが500万バレルの対日原油無償供与をそれぞれ打ち出しており、いずれも「東日本大震災という惨事に直面した日本への衷心・手助け」という面が大きく打ち出されている。
無論、今回のクウェートやカタールの動きにそうした善意が全く無いわけではないだろう。しかし、もう少し引いた視点で眺めた時、上記の動きについて、単にカタールやクウェートと日本との二国間関係や東日本大震災といった局所的なファクターのみならず、「イランとの対峙が続く湾岸諸国の中から、覇権国米国の同盟国かつ歴史的にイランとの関係も深い日本に対して恩が売られた」という構図が浮かんでこよう。
プレゼント(特に危急時の)に対して、お返しへの期待を公言する者はいないが、それに報いない者がどのような評価を受けるか? 様々の故事・古典をひっくり返すに、これについて洋の東西や宗教の別はあまり関係ないようだが、はてさて日本は贈り主や周辺が「見事!」と唸るような返礼が出来るのだろうか? 今後が興味深い所である

非常にどーでもよい話、他人から贈られた恩について、「基本複利なのでさっさと返さないとロクなことにならない」という認識を持っているのは自分だけだろうか・・・・?


2.エリトリア大統領からカタール首長への親書送付
4月18日のカタール英字紙は、エリトリア大統領からカタール首長に親書が送られたことを報じている。意外に知られていないが、紅海沿岸国エリトリアは自国内にイラン海軍の基地設置を認めていること等が示すように親イランの立場を採っている。一方のカタールもまた、度々の首脳相互訪問やエネルギー・通商における二国間関係強化で合意を重ねるといった具合に、イランと対峙している湾岸諸国の中では比較的イランと近い立場にある国である。
親書の中身については、簡単に「bilateral relations and issues of common concern」としか触れていないが、上記のようなエリトリアやカタールとイランとの距離を考えると、「issues of common concern」の中に、イラン側の意向や関係打開に向けた条件等が記されている可能性は十分にあろう。

参考資料
・GulfTimes 「Letter from Eritrea」 2011年4月18日
・Reutaers(日本語版) 「カタール、日本に液化天然ガスを追加供給」 2011年4月16日
・時事通信 「原油500万バレルを無償提供=420億円相当-大震災でクウェート」 2011年4月18日

2011年4月13日水曜日

第三百五十四段 こんな時にルック・ウェスト

東日本大震災発生から早1ヶ月。その間発生した福島第一原発の損傷、並びに、それに対する国や東電のお世辞にも信頼感や安心感を与えるといった所から何万光年も遠いあたふたぶりによって、原発に対する反感や懐疑論が急速に高まっている。

その是非はここでは論じないが、「日本国内の原発は全て廃炉」が実現し、その上、「廃炉とした原発から除去した核燃料等の保管場所も無事決まった」という原発反対派の多くが掲げるゴールに到達した時、本当に日本は原発による諸問題から解放されて、安閑と太平楽を楽しめるような状態になるのだろうか?

それは少し違うような気がする。確かに日本全国の原発を廃炉にすれば、福島第一原発の半径20~30km圏内で見られるような事態は、今後なくなるだろうし、それはそれで意義あることであろう(その代償に、どれだけの経済的便益とそれを基盤とする公共の福利が消失するかは知らないが)。しかし、原発やそれに付随して発生する問題点というのは、何も日本にのみ存在するものではない。

以下の地図に示すように、日本の周辺で原発(核開発)と無縁な国はあんまりないのが現状である。


地図上に示した各国の核関連施設は以下の通り。

韓国(緑四角で表示)
1.蔚珍原発
2.月城原発
3.古里原発
4.霊光原発

北朝鮮(灰色四角で表示)
1.寧辺:再処理・核燃料施設等
2.亀城:ウラン精錬施設
3.博川:ウラン精錬施設、ウラン濃縮疑惑施設
4.天魔山:ウラン精錬施設、ウラン濃縮疑惑施設
5.平山:ウラン精錬施設
6.下甲:ウラン濃縮疑惑施設(地下)
7.嶺底里:ウラン濃縮疑惑施設

台湾(黄色四角で表示)
1.第一原発:新北市石門区
2.第二原発:新北市万里区
3.竜門原発:新北市貢寮区
4.第三原発:屏東縣恆春鎮

中国(赤四角で表示)
1.泰山原発:浙江省
2.田湾原発:江蘇省
3.広東大亜湾原発:広東省
4.広東嶺澳原発:広東省
※以下は建設中のもの
5.三門原発:浙江省 2013~14年運転開始予定
6.海陽原発:山東省 2013~14年運転開始予定
7.陽江原発:広東省 2013~14年運転開始予定
8.紅沿河原発:遼寧省 2012~14年運転開始予定
9.寧徳原発:福建省 2013年運転開始予定
10.方家山原発:福建省 2013~14年運転開始予定
11.福清原発:福建省 2013~14年運転開始予定
12.台山原発:広東省 2013~14年運転開始予定
13.海南昌江原発:海南省 2014~15年運転開始予定
14.広西白龍原発:広西壮族自治区 2015年運転開始予定
※以下は原発以外の核関連施設(予定含む)
15.宜賓核燃料加工工場:四川省
16.蘭州原子力施設群(濃縮、再処理施設等):甘粛省
17.嘉峪関商業用核燃料再処理施設(予定):甘粛省
18.包頭核燃料加工工場:内モンゴル自治区

上記4カ国に加え、地図には示さなかったが、もっと南のベトナムやタイ、マレーシア、インドネシアにも原発建設計画があり、各国は「フクシマ」発生後も「自国の原発政策は推進で変更なし」 という姿勢を維持している。若干の不確定性があるとはいえ、東南アジア諸国の原発建設計画が変更なく実現すると仮定すると、早晩日本は、朝鮮半島からジャワ島に至る原子力施設群の三日月に覆われることになる。こうした状況に風向き・海流・台風といった要素を考え併せると、日本一国のみが「原発全廃」を打ち出し実現したとしても「核リスクフリー」の地位はまだ遠い所にあると考えざるを得ない(ここでは詳述しないが、やや毛色の違う問題として周辺国の核戦力というファクターもあったり)。

従って、もし本気で日本が「核リスクフリー」を目指そうとするならば、自国のみならず、周辺国を巻き込んで原発・核開発の縮小に踏み出す必要があると考えられる。

しかしエネルギー、とりわけ原子力は、その開発(軍民問わず)の歴史においてテクノ・ナショナリズムや安全保障といった、日本国にとってなじみの深い経済的合理性や人命尊重という物差しとはまた別種の評価軸とも深く結びついてきた分野でもある(テクノ・ナショナリズムはそうでもないか・・・)。

不慣れなテクノ・ナショナリズムや安全保障を議論の射程に収め、明白かつ巨大な理と利に裏付けられた説得的な「脱原発戦略」を打ち出し、それを相手国に受け入れてもらう。そんな芸当が今の日本国に可能だろうか? そして日本社会はそれを可能とする人材を輩出できるのだろうか?

外政における日本の行政府や立法府、並びにその母体たる社会の今までの振舞いを鑑みるに、上記の疑問の答えは現時点では極めて否定的なものとならざるを得ない。恐らく、日本国並びにその社会は、自国の原発動向如何とは無関係に、「周辺国の核リスク」を一つの潜在的懸念点としつつ今後も生き続けていくことになるだろう。

なんてことをグダグダ書いてたら、2011年4月14日、「中韓が原発の安全確保等について協力強化で合意」とかいう報道があった。「蓋し健全な警戒感の発露であるなぁ・・・」としみじみ思われることである。

参考資料
・郭四志 「中国エネルギー事情」 2011年1月 岩波書店
・国別情勢研究会 「ARCレポート 台湾 2010/11」 2010年10月 ARC国別情勢研究会
・朝鮮日報(英語版) 「Seoul, Beijing to Strengthen Nuclear Safety Cooperation」 2011年4月14日
・日本原子力研究開発機構 「原子力海外ニューストピックス2010年第6号」 2010年12月
・日本原子力研究開発機構 「原子力海外ニューストピックス2010年第2号」 2010年4月
・東アジア貿易研究会 「ARCレポート 北朝鮮 2006」 2006年11月 世界経済情報サービス
・東アジア貿易研究会 「ARCレポート 北朝鮮 2007」 2007年11月 世界経済情報サービス

2011年4月5日火曜日

第三百五十三段 北朝鮮トランスポート

前段に続いて北朝鮮についてのデータまとめ。今度は前段でも触れた北朝鮮の鉱物資源やその他輸出品を外に送り出すための交通インフラが対象。

鉄道
総延長は約5200km。北朝鮮における全輸送量を交通手段別に分けると9割が鉄道、1割が道路によると見られており、文字通り北朝鮮交通インフラにおける花形的存在である。2002年の韓国建設交通部調査を参照すると、以下に示すように、ある数字だけなら韓国にも引けを取っていないことが分かる。

            北朝鮮         韓国
貨物輸送量     91.37億トン      103.72億トン
機関車        1,119両        2,869両
客車         1,132両         1,636両
貨車         18,119両        15,328両

ただし、上記のような数字の裏で、線路の軌道が統一されておらず、1,520mm広軌の部分が156km、1,435mm標準軌道の部分が4,557km、762mm狭軌の部分が523kmといった具合に混在している、殆どが単線路線で平均時速が30~40kmに抑えられている、電力供給が不安定なために時刻通りの運行に支障をきたしいてる、といった問題点もまた数多い。
主要路線としては以下の路線が挙げられる。

・平義線(平壌~新義州 241km)
平壌と新義州を繋ぐ路線で、更に新義州からは中国・北京、天津まで至る。北朝鮮国内旅客輸送の6割、同貨物輸送の9割を占めるといわれる、北朝鮮の動脈的存在である。

・平南線(平壌~南浦~平南温泉 89km)
平壌と北朝鮮最大の貿易港たる南浦港を結ぶ路線。

・咸北線(羅先~南陽~清津 316km)
「国際貿易港としてのポテンシャルは高い」と評される羅先と大型港清津を繋ぐ路線。途中の南陽では更に中国・延吉とも繋がっている。専ら清津港と中国東北部との間の仲介輸送に利用されているとされる。

・平羅線(平壌~咸鏡~羅先 788km)
平壌と羅先を結ぶ路線。営業距離は北朝鮮最長である。羅先からは露・ハサンを経由してシベリア横断鉄道に繋がっている。

他の交通インフラ同様、中韓露がその整備及び自国路線との連結に関心を示しているとされるが、羅先~中国・琿春間鉄道の整備等といった例外を除き、いずれも2009年の北朝鮮核実験を機に頓挫・中断を余儀なくされているようである。

港湾
北朝鮮の主要港湾としては、以下の各港湾が挙げられる。

・南浦港
南浦特別市に所属する黄海に面した港湾で、荷役能力は750万トン、9つの埠頭を擁し、2万トン級船舶8隻、1万トン級船舶1隻の接岸が可能な北朝鮮最大の貿易港で、国際貿易貨物の3割を取り扱っているとされる。中国・上海や韓国・仁川との間に定期航路が開設されているようである。鉄道や道路の項目で触れるように、首都平壌とは平南線鉄道や高速道路で結ばれている。

・海州港
黄海南道に所属する黄海に面した港湾で、荷役能力は240万トン、ソ連支援下で建設されたセメント専用埠頭を有しているといわれる(戦前には小野田セメント工場があった)。1万トン級船舶3隻の接岸が可能。露・ウラジオストクとの間に定期航路が開設されているようである。

・清津港
咸鏡北道に所属する日本海に面した大型港湾で、大日本帝国時代には日本と大陸を結ぶ要衝でもあった。荷役能力自体は南浦港を上回る800万トン、1万トン級未満船舶の接岸に適した本港、1万トン級船舶が同時に10隻接岸可能な埠頭を要する西港、そして漁港で構成されている。本港では主に一般貨物や穀物、西港では主に鉄鋼関連を取り扱っているといわれる。露・ナホトカとの間に定期航路が開設されているようである。なお1999年能登沖不審船事件で海自や海上保安庁の追跡を振り切った「不審船」が最終的に入港したのが同港である他、日本人拉致事件被害者の入国ルート と目されていたり、在日朝鮮人帰国事業における北朝鮮側迎え入れ港でもあったり、と何かと北朝鮮の暗部とかかわりの深い港湾でもある。

・羅先港
羅先特別市に所属する日本海に面した港湾。荷役能力は300万トン、1万トン級船舶8隻と5千トン級船舶5隻が接岸可能な埠頭を有する。取扱貨物としては石炭や肥料、原木等が多いとされる。2004年にはクレーンやコンテナヤードの改修が行われ、コンテナ取扱量も増えたとされる。韓国・釜山との間に定期航路が開設されているようである。近年は中国が東北3省の海への出口として関心を強めており、2006年には同港の第3、第4埠頭について中国が50年間の使用権を獲得している他、2011年1月には中国吉林省琿春産の石炭を上海に向けて積み出した他、中国軍が港湾設備等保護のために駐留を開始したとも報じられた(後日中国当局は「駐留報道」を否定している)。

これらの他に元山や金策、先鋒等を含めた北朝鮮港湾全体での荷役能力については、約3.5千万トンと見積もられる一方、実際の貨物取扱量はその半分以下の1.5千万トン程度と見積もられている。

道路
北朝鮮において、輸送インフラとしての道路の位置付けは、前述のように鉄道に劣後したものとなっており、全国規模での整備よりも鉄道の駅や港湾といった各拠点間を結ぶ比較的短距離の輸送手段として捉えられているようである。
2006年時点でのWorld Road Statistics調査によれば、北朝鮮における道路の総延長距離は2.5万km強であり、舗装率については2.83%という低い水準にとどまっている。主要道路としては以下が挙げられるが、いずれにおいてもアスファルト舗装は平壌市内と高速道路の一部分に施されているに過ぎないとされる。

・平壌と新義州とを結ぶ西海岸幹線道路(229km)
・元山と羅津を結ぶ東海岸幹線道路(660km)
・平壌-南浦高速道路(44km)
・平壌-開城高速道路(170km)

北朝鮮の道路事情が貧弱なのは、ガソリンの供給不足や工業・経済の遅れによって自動車普及が極めて限定的な水準にとどまっていることが要因として挙げられているが、国民の国内移動を活発化させないためにわざと道路整備を送らせているという見方もある。
以上のような北朝鮮の道路状況について、その整備に関心を示している国として中韓露の名が挙がることがあるが、具体的な動きとしては、中朝間で、遼寧省丹東市と新義州の間に鴨緑江新橋の建設、吉林省琿春市と羅先港を繋ぐ橋及び道路の整備がそれぞれ合意されているに過ぎない(前者2009年10月、後者同年12月)。

参考資料
・WTS 「朝鮮貿易年報2009」 2009年10月
・東アジア貿易研究会 「北朝鮮経済の現状と今後の展望」 2010年3月
・東アジア貿易研究会 「平成21年度北朝鮮の経済動向分析調査-北朝鮮経済総覧-」 2010年3月

2011年4月4日月曜日

第三百五十二段 北朝鮮マイニング

当ブログでも度々触れてきた北朝鮮の地下資源。しかし考えると、今まで何らかのニュースをとっかかりとして断片的に取り上げてきたばかりだったような気がする。

そんなわけで今回は、北朝鮮にとって地下資源が経済やエネルギー事情といった大枠の中で、どのような位置付けにあるのかについてまとめてみようと思う。
もっとも北朝鮮自体、各種統計データの殆どが非公開であり、そもそもそうした統計データの体系的収集を行っているのかさえよく分かってないという現状では、韓国政府や貿易相手国、各国際機関等の推計・調査に多くを依らざるを得ないのだが・・・・。

北朝鮮の外貨獲得手段
08年時点での北朝鮮の貿易額は69億ドルと見積もられており、内訳は輸入が輸出が28億ドル(前年比29%増)、41億ドル(前年比5%増)となっている。その中、鉱物性生産品の輸出額は約6.4億ドル(輸出全体の25%超)、輸入額は約12億ドル(輸入全体の34%強)を占めている。
一見すると鉱物性生産品の輸入が輸出を額、比率共に上回っており、「北朝鮮は地下資源が豊富なんじゃなかったのか?」と疑問を抱かれるかもしれないが、これは鉱物性生産品の中に「石油・瀝青油」が含まれているためである。北朝鮮は過去にも度々油田探査を行っているがこれに成功せず、供給を中国に依存している。その中国からの「石油・瀝青油」輸入額約4.1億ドル(量にして52.9万トン)が、輸入額全体の数字を大きく底上げしているのである(なお、09年になると中国の対北原油・瀝青油輸出は額約1.6億ドル、量38.5万トンと大きく目減りしているが、これは北朝鮮が同年行った核実験に対する制裁的措置と見られている)。
一方輸出品に目を転じれば、無煙炭や鉄鉱石、天然の砂、モリブデンやニッケル、ジルコニウム、タングステンといった鉱物資源がずらっと並んでおり、「北朝鮮の地下資源」が単なるハッタリにとどまらないものであること、北朝鮮の外貨獲得手段として無視できない存在であることが窺える。
主要な品目とその量、額を拾っていくと以下のようになる(数字は2008年時点のもの)。

          金額(1000USD)     数量(1000トン)
1.無煙炭    237,384          2,878
2.鉄鉱石    172,260          1,883
3.亜鉛の塊   77,644           38
4.砂       73,985           14,993
5.マグネシウム 25,796           136


上記の他、2008年にはシリコンの輸出が急増している点も興味深い所である
  
           2007年(1000USD)  2008年(1000USD)
シリコン輸出額  1,848           11,820
           
           2007年(1トン)      2008年(1トン)

シリコン輸出量  1,892            5,353

     
なお、こと中国への輸出価格については、中国が他国から鉱物資源を輸入する際の国際価格に比して著しく低く抑えられているという指摘もある。

北朝鮮のエネルギー源
北朝鮮のエネルギーとなると、日本では大抵の場合、中国から輸入される石油に注目が集まることが多い。確かにその産業面での汎用性や軍事面を考えると、それもある程度納得できる。
しかし、北朝鮮のエネルギー事情を支えているのは、自給可能な石炭である。2005年に大韓鉱業振興公社が発表した「鉱物資源埋蔵現況」によると、その埋蔵量は205億トン(無煙炭45億トン、有煙炭160億トン)。主要産地としては平安南道の徳川や順川等がある。
こうした豊富な石炭埋蔵量を背景として、北朝鮮のエネルギー構成は石炭:1140万TOE、水力:321.5万TOE、石油:123万TOE、その他78万TOEとなっており(2004年に韓国統計庁が推計値として出したデータによる)、大体電力の7割を石炭に依存する形となっている。
因みに、北朝鮮の火力発電所として最大の発電力を有するのは、平安南道にある火倉火力発電所(160万kw)だと言われている。また水力については、大日本帝国統治時代(1944年)に築かれた平安北道の水豊水力発電所が有名である(建設当時の発電能力は60万kw)。

北朝鮮重工業の原材料
北朝鮮で産出される各種鉱物資源が貴重な外貨獲得手段になっていることは前述したが、輸出に全てが回されているわけではなく、自国の重工業の原材料ともなっていることは贅言を要しない。ここでは特に一例として鉄鉱石を挙げることにする。
前述の「鉱物資源埋蔵現況」によると、北朝鮮における鉄鉱石の埋蔵量は30億トン。主要産地は咸鏡北道で、中でも茂山鉱山が埋蔵量13億トンでトップに立っている(同鉱山の開発は、戦前三菱鉱業によって始められた)。
自然、製鉄業もその周辺に集積しており、わけても清津の金策製鉄所は、製銑能力216.7万トン、製鋼能力240万トン、圧延鋼材生産能力147万トンと北朝鮮最大の製鉄能力を有している(因みにどうでもよい話、機械、電機・電子産業は慈江道煕川が主な集積地となっている)。
なお同製鉄所はコークスを使用しない製鉄法による「主体鉄」の生産でも知られるが、これが北朝鮮国内の産業にどの程度影響を与えているのかは、現状ではいまいち判然としない。

参考資料
・WTS 「朝鮮貿易年報2009」 2009年10月
・東アジア貿易研究会 「北朝鮮経済の現状と今後の展望」 2010年3月
・東アジア貿易研究会 「平成21年度北朝鮮の経済動向分析調査-北朝鮮経済総覧-」 2010年3月