2011年4月23日土曜日

第三百五十六段 夢の中で見た、ような・・・・・ 其の一

疲れたおっさんが電車の中でうつらうつらしながら見た夢の話。どこかで見たような話なのは、間違いなく気のせい


「何とか菊国と羆社会主義共和国連邦との間に決定的かつ除去不可能な楔を打ち込めないものか?」

外に広がる鉛色の冬空。それに勝るとも劣らない程に陰鬱な表情を浮かべる白頭鷲国第52代国務長官アレスの口から、本日15度目となる呟きが漏れた。彼の視線の先には、マホガニー製の広い机の上に広げられた2枚の世界地図があった。

「何とか菊国と羆社会主義共和国連邦との間に決定的かつ除去不可能な楔を打ち込めないものか?」

本日16度目の呟きを発しながら、国務長官は己の抱える悩みが生まれ、そして自分の前に立ちはだかるに至った過程を振り返り始めた。

・・・・・かつて戦争があった。

白頭鷲国が誇る世界最大の証取で発生した株価暴落とそれに端を発した世界規模の経済危機は、とりわけ新興であるがゆえに経済や政治面での安定を欠いていた極東の大菊帝国と欧州のジャガイモ第三帝国に手痛い打撃を与えた。押し寄せる大不況の荒波に打ちひしがれた両国では、経済危機や自国の困窮・不安定化の原因を他国・他民族の陰謀に求める声が権力を握り、その強大な軍事力を背景に、自分たち独自の「生存圏」を確立しようとしていた。だがその「生存圏」は周辺国への侵攻無くしてはあり得ないものだった。

既成の世界秩序を自分たちの望む形に作り替えようと、恐るべき爪牙を周辺国に向け始めた挑戦者の振舞いの前に、白頭鷲合衆国、紅茶連合王国、羆社会主義共和国連邦は各々の世界観の違いを一時棚上げして大連合を結成し、これに反撃を始めた。世界中を戦火と破壊の渦に叩き込んだ、文字通りの世界大戦が幕を開けたのである。

あしかけ6年に及ぶ激闘の末、挑戦者側は敗れ去り、小さな継承国家を遺して解体された。

しかし、それは終わりではなく、終わりの始まりですらなく、始まりの終わりに過ぎなかった。「大菊帝国とジャガイモ第三帝国無き後の世界はどのような価値観で運営されるべきか?」を巡って、勝者となった大連合の中で新たな対立が始まったのである。”自由”を基盤とした戦後世界を思い描く白頭鷲合衆国と”平等”を掲げる羆社会主義共和国連邦の対立。だが当初は、両者とも大戦の傷が癒えきっていないという事情により、敵意に満ちつつも抑制された睨み合いが続いた。

そんな冷たい対峙が、極東のキムチ半島において熱戦として噴火した。羆社会主義共和国連邦と熊猫人民共和国の後援を受けて半島北部を押さえるキムチ民主主義人民共和国が、突如、半島南部のキムチ民国に対して侵攻を開始したのである。驚愕した白頭鷲合衆国は、直ちに国際社会を糾合してキムチ民国支援のための国際部隊を結成して半島に介入する。
だが、国際部隊の加勢も空しく、羆社会主義共和国連邦からの兵器供与で高度に機械化されたキムチ民主主義人民共和国軍の前に、キムチ民国は半島南部の片隅にまで追い込まれてしまう。
「最早キムチ民主主義人民共和国による半島統一は時間の問題」という見方が広がる中、国際部隊を率いるマークス将軍は、「敵の前線と後方司令部の連結を断つため、大兵力を以て半島中部へ奇襲的上陸作戦を仕掛ける」という大胆な反撃作戦を立案し、これを敢行する。この大博打とも言える反撃作戦は完璧な成功を収め、キムチ民国と国際部隊は勢力挽回に成功する。
一方、国際部隊の奇襲作戦によって大きな損害を受けたキムチ民主主義人民共和国は、急遽羆社会主義共和国連邦と猫熊人民共和国に援軍を要請。半島での戦争が超大国同士の直接対決になることを恐れた羆社会主義共和国連邦は、援軍の派遣を見送ったものの、猫熊人民共和国に対して「キムチ民主主義人民共和国に便宜を図るよう」に圧力をかけた。
長年の内乱が終息したばかりで、あらゆる分野において余裕なぞ微塵もない猫熊人民共和国だったが、隣接する二国からの絶え間ない圧力と懇願、そして自国東北地方の工業地帯が白頭鷲合衆国-キムチ民国同盟と直に接することへの恐怖に衝き動かされ、義勇軍と言う名目でキムチ民主主義人民共和国への援軍を派遣。予想外の猫熊人民共和国”義勇軍”参戦と彼らが駆使する人海戦術によって、キムチ民国と国際部隊は北緯38度線以北から駆逐されてしまう。
やがてキムチ民国と国際部隊は人海戦術への対抗策を編み出して反撃に転じるが、戦争が2年目に入る頃には両陣営とも手持ちのカードを出し切った形となり、戦線は膠着。
開戦から3年目となる先月、やっとキムチ民国、白頭鷲合衆国、キムチ民主主義人民共和国、猫熊人民共和国の代表者出席の下、北緯38度線を非武装地帯とする休戦条約が締結されたのだった。

この戦争によって、羆社会主義共和国連邦との対立関係が抜き差しならない段階まで進んだことを痛感した白頭鷲合衆国の戦略は、大きな変貌を遂げる。

大戦終結当初の白頭鷲合衆国の戦略は、大菊帝国とジャガイモ第三帝国の本土に後継国家として成立させた菊国とジャガイモ連邦共和国をひたすら無害で弱小な存在にとどめ置こうとしたものだった。

しかし、キムチ半島戦争勃発に衝撃を受けた白頭鷲合衆国は、菊国とジャガイモ連邦共和国の経済・国防力復興を強力に後押しし、彼らを羆社会主義共和国連邦と対峙させ、旧大陸に大きく横たわる大熊の力を東西に二分させて弱めることを新たな戦略目標として設定したのである。



それを示したのが、国務長官アレスの目の前に広がる一枚目の地図。机の上で見るだけなら、実に申し分ない戦略だといえた。だがこれには一つ考慮すべき問題があった。菊国とジャガイモ連邦共和国の”能力”と”忠誠”である。

アレス国務長官の視線は、自然、もう一枚の地図へと移っていった。そこには旧大陸の東縁と西縁から長い矢印が新大陸の白頭鷲合衆国へと伸ばされていた。それは、白頭鷲合衆国が抱える悪夢を示した地図でもあった。

対羆戦略において菊国とジャガイモ連邦共和国に期待をかけつつも、白頭鷲合衆国は「もし仮に、菊国かジャガイモ連邦共和国のどちらか一方が”能力”か”忠誠”に欠け、羆社会主義共和国連邦の軍門に降るか寝返った場合、如何に白頭鷲国からの支援があったとしても、もう一方は力を集中させてきた羆社会主義共和国連邦に対抗することは不可能であり、彼らもまた羆の前に跪かざるを得ないであろう」と考えていた。

そして、「菊国とジャガイモ連邦共和国が羆社会主義共和国連邦の支配下に入った場合、白頭鷲国は羆社会主義共和国連邦に使嗾された両国によって旧大陸の東縁と西縁から挟撃されることになる」とも考えていた。


端的に言って前大戦中、大菊帝国とジャガイモ第三帝国の同盟によって危惧された悪夢の再来である。しかも、今回は東と西を有機的に連結する扇の要が存在するだけに、実現した場合の脅威はより大きいといえた。

だが、”能力”については菊国もジャガイモ連邦共和国も心配要らなかった。どちらも遅れた封建国家から、急速な産業、軍備の近代化を成し遂げ、一時は世界の覇権を握ろうかという位置までのし上がった前歴を背負っている。
確かに大戦による破壊が両国にもたらしたダメージは大きいだろうが、それでもそうしたエネルギッシュな国民に白頭鷲国からの潤沢な支援が加われば、対羆社会主義共和国連邦包囲網の一翼を担える能力を身に付けるのは、そう遠い未来の話ではないと思われた。

問題は”忠誠”である。まずジャガイモ連邦共和国を見れば、大戦末期、大連合が攻勢に転じた時期に羆社会主義共和国連邦軍が侵攻先のジャガイモ第三帝国国民に与えた強奪、殺人、強姦といった征服者然とした振舞いの記憶は、まだ多くのジャガイモ連邦共和国住民にとって生々しいものであったし、それは羆社会主義共和国連邦支配下にある東部地域からの脱走民が伝える抑圧的な統治機構の話と相俟って、ジャガイモ連邦共和国の羆社会主義共和国連邦に対する憎悪とその裏返しとしての白頭鷲合衆国に対する親近感を根深く強固なものとしていたから、彼らの寝返りはないと考えてよかった。
だが、菊国は少々違った。「労働者階級の独裁による万民平等の実現」を旗印とする羆社会主義共和国連邦と太古から続く大王という宗教的権威を有する君主一族を国民統合の象徴としてきた菊国、一見すると水と油のような価値観で運営されている両国だが、何故か菊国の人間は妙に羆社会主義共和国連邦に対して甘いというか楽観的なのである。大戦の時も、既に対菊参戦を決定していた羆社会主義共和国連邦に度々講和斡旋を働きかけ、それに望みを繋いで絶望的な抵抗を長引かせるといった具合に・・・・・。

つまり、白頭鷲国が対羆包囲網を敷こうと考えた場合、菊国が現状最も弱い環なのである。これを放置したまま結成された包囲網が如何に脆弱なものか、贅言は不要だった。

もし菊国が羆社会主義共和国連邦の与国になれば、ジャガイモ連邦共和国もそれに続かざるを得ず、早晩白頭鷲合衆国は旧大陸の東西から挟撃される・・・・。まるでドミノのような悪夢が、白頭鷲合衆国の外交・安全保障関係者の頭の中に陰を落としていた。それはアレス国務長官も例外ではなかったのである。

出し抜けにガタッと強い吹雪が窓ガラスを鳴らし、物思いに沈んでいた国務長官の意識を現実へと引き戻した。

「何とか菊国と羆社会主義共和国連邦との間に決定的かつ除去不可能な楔を打ち込めないものか?」

悩み深きアレス国務長官は、白頭鷲国の悪夢を載せた2枚目の地図に目を落としたまま、本日17度目となる呟きを発したのだった。

(続く)

参考資料
・ニコラス・スパイクマン 「平和の地政学―アメリカ世界戦略の原点」 2008年5月 芙蓉堂出版 奥山真司訳
・茂田宏・末澤昌二 「日ソ基本文書・資料集」 1988年11月 世界の動き社
・田中明彦研究室 サイト「http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/」
・手嶋龍一 「葡萄酒か、さもなくば銃弾を」 2008年4月 講談社
・長谷川毅 「暗闘―スターリン、トルーマンと日本降伏」 2006年2月 中央公論新社