2011年5月26日木曜日

第三百六十三段 民主的でない共和国?

「共和」という言葉の意味を「大辞泉」で引くと以下のような記述がある。

主権が国民にあり、直接または間接に選出された国家元首や複数の代表者によって統治される政治形態。少数の特権階級に主権がある貴族的共和制・寡頭的共和制などがあるが、一般には国民の意志に基づく政治が行われる民主的共和制をいう。


現代日本では、単に「共和」という言葉を使用した場合(こと政治分野において使用した場合)、上記で言う所の「民主的共和制」のみを指すことが殆どであるため、それに慣れてしまい、民主的な統治構造を欠く国々が「共和国」を名乗っていたりすると、違和感を覚えると共に「どこがだよッ!」というツッコまずにはいられない人も多いかと個人的に勝手に推測していたりする。

しかし、本当に”共和”国を名乗るのに、民主的な諸制度は必要なのだろうか?

そもそも「共和」という言葉が文献上初めて現れるのは、前漢時代に司馬遷によって編纂された歴史書「史記」内の周王朝の歴史を扱った「周本紀」という部分においてである。

其のあたりの話を以下に掲載する(本文の略、強調部分及び和訳は著者による)。

王行暴虐侈傲,國人謗王。召公諫曰:「民不堪命矣。」 王怒,得衞巫,使監謗者,以告則殺之。其謗鮮矣,諸侯不朝。三十四年,王益嚴,國人莫敢言,道路以目。
厲王喜,告召公曰:「吾能弭謗矣,乃不敢言。」 召公曰:「是鄣之也。防民之口,甚於防水。水壅而潰,傷人必多,民亦如之。是故為水者決之使導,為民者宣之使言。(後略)」
王不聽。於是國莫敢出言,三年,乃相與畔,襲厲王。厲王出奔於彘。
(中略)
召公、周公二相行政,號曰「共和」。共和十四年,厲王死于彘。太子靜長於召公家,二相乃共立之為王,是為宣王。

<和訳>
王(厲王)が暴虐を行い贅沢に溺れたので、国民はこぞって王を非難した。(大臣の)召公が王を諫めて言った、「民は王の無茶な命令に耐えかねております」と。王はこれを聞いて激怒し、衞の国から巫女を呼び寄せ、それに不平を洩らす者を監視させ、報告があれば直ちに名の挙がった者を殺した。不平を口にする者は少なくなり、(密告を恐れた)諸侯も宮廷に参内しなくなった。(厲王が即位してから)三十四年目の年、王は監視の目を益々強めた。国民は言葉を発さず、道すがら目配せを交わすだけになった。
厲王は(不満の声が出なくなったことを)喜び、召公を呼び寄せて言った、「私は不平不満を押さえ込んだぞ。誰も(非難を)口にしない」と。召公が答えて言った、「これは口を塞いだに過ぎません。民の口を塞ぐのは、水を塞ぐより危険です。水が塞がれて決壊すれば人を必ず大いに傷つけます。民の口を塞ぐこともまた同じです。ですから、水を治める者は流路を設けて(水が安全に流れるよう)誘導してやり、民を治める者は民が口をひらいて十分に議論ができるようにしてやるのです。(後略)」と。
厲王は召公の諫言を聞き入れなかった。誰も不満を口にすることが無くなって三年、遂に反乱が起き、その火の粉が王宮にまで及ぶと、厲王は彘という地方に逃げ込んでしまった。
(中略)
(王が都からいなくなったので)召公と周公という二人の大臣が国政を司った。このことを「共和」と言った。共和は十四年に及んだが、その間、厲王が(逃亡先の)彘で崩じた。召公の屋敷に引き取られていた厲王の太子が成長したので、召公と周公はこれを新たな王として即位させた。これが(周の)宣王である。


後になって、日本の江戸時代後期の地理学者箕作省吾が「republic」の訳語としてこの「共和」を充ててしまったために若干の混乱を招くことになるが、上記の「史記」のエピソードからも分かるように、「共和」という言葉の原義は「複数人の協議によって政治が進められること」を指す以上のものではなく、まして、その政治を協議によって進める複数人が民主的な手段で選出されたものか否かという判断は全く含まない言葉なのである(上述の「大辞泉」の説明でいえば、「少数の特権階級に主権がある貴族的共和制・寡頭的共和制」が、「共和」という言葉が生まれた当時の意味に近い存在だと言える)。

従って、民主的な諸制度を欠く国が”共和”国を名乗っても、言葉本来の意味からすれば単なる看板とは言い切れない面があり、同時に、他国人からの「どこがだよッ!」というツッコミが常に正鵠を射たものとなるとは限らないのである。

そして、ここで民主的な諸制度を欠く”共和”国の一例として中華人民共和国を見てみたい。
中華人民共和国の政治状況、当初は毛沢東や鄧小平といった革命元勲の中でも一頭地を抜いたストロング・マンによる鶴の一声で政治が進められてきた。しかし、鄧小平の引退から江沢民、胡錦濤政権と続く中で、ストロング・マンによる統治という状態は影をひそめ、中国共産党を中核に人民解放軍、国営企業等等から構成されるエスタブリッシュメント層内の様々な利益集団、政治派閥の競争や協力で政治が進められる傾向がほぼ定着している。
強権的な王は去り、支配層の中の有力者や有力勢力の協議によって政治が進められるようになったのだ。実に正しい”共和”国の有り様と言えよう。

で、気になって来るのは、支配層内の各グループ、有力者による”共和”が行われるようになった中華人民共和国が今後「人民による共和」へと全面的に移行する可能性なのだが、現時点で、自分自身はそれについては極めて懐疑的である。
まぁ、これについては、後日、ウィットフォーゲルの「オリエンタル・デスポティズム――専制官僚国家の生成と崩壊」等の読書感想を述べる際等にでもまた改めて・・・・・


参考資料
・司馬遷 「史記」本紀巻四 周本紀第四 (台湾中央研究院 漢籍電子文献より)

2011年5月22日日曜日

第三百六十二段 制裁は続くよ、どこまでも

金正日総書記の訪中や米キング北朝鮮人権問題担当特使の訪朝(24~28日にかけて行われる予定)でまたぞろ騒がしくなってきた北朝鮮情勢だが、日本は現在以下の根拠法令に基づいて、北朝鮮に対して経済制裁を行っている。

1.特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法(以下「特定船舶特措法」と表記)
2.外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」と表記)

まず特定船舶特措法については、「近年における我が国を取り巻く国際情勢にかんがみ、我が国の平和及び安全を維持するため、特定船舶の入港を禁止する措置について定めるものとする」ことを立法趣旨とし、条文上で北朝鮮を名指しすることはしておらず、閣議において諸条件を定めることによって「特定の外国の国籍を有する船舶 」並びに「特定の外国と前二号の関係に類する特定の関係を有する船舶」を、どれだけの期間にわたって日本国内の港湾に入港禁止とするか定めることを可能としている。
そして当該法律に違反した特定船舶の船長に対しては、「遭難又は人道上の配慮をする必要があることその他のやむを得ない特別の事情がある」と認められるケースを除いて、「三年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金」又はその併科という罰則が規定されている。
また、内閣が「閣議決定に基づく入港禁止の全部若しくは一部を実施する必要がなくなった」と認めた時や「国会が当該閣議決定に基づく入港禁止の全部若しくは一部の実施を終了すべきことを議決した」場合には、内閣は速やかに入港禁止措置の全部ないしは一部の解除を決定し、それを告示することが条文上にて要求されている。

次に外為法だが、こちらは「外国為替、外国貿易その他の対外取引が自由に行われることを基本とし、対外取引に対し必要最小限の管理又は調整を行うことにより、対外取引の正常な発展並びに我が国又は国際社会の平和及び安全の維持を期し、もつて国際収支の均衡及び通貨の安定を図るとともに我が国経済の健全な発展に寄与することを目的とする」という立法趣旨に基づいて運用がなされている。ただし、当該法律は扱う分野の専門性等から、法律自体は骨格的な部分を定めるにとどめ、具体的な部分は政令・省令に委任する形となっている。
そんな外為法及びその関連省令等で規制対象となっている北朝鮮と日本国内業者との取引は以下のとおりである(注1)。なお規制方法としては、条文上に「禁止」と明記するのではなく、取引が合法であると認められるための特定の条件を設定し、実運用上で当該条件が成立しないようにすることで、事実上の禁止効果を発生させている。

<適切な取引と認められる条件:経済産業大臣の許可
1.北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関する者等(注2)との特定資本取引
2.北朝鮮を仕向地とする大量破壊兵器等関連貨物等の輸出
3.貨物の原産地、船積地域又は仕向地が北朝鮮である仲介貿易取引

<適切な取引と認められる条件:経済産業大臣の承認
1.北朝鮮を仕向地とする貨物の輸出
2.北朝鮮を原産地又は船積地域とする貨物の輸出

<適切な取引と認められる条件:財務大臣の許可
1.北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関する者等との以下の取引
 甲.預金契約
 乙.信託契約
 丙.金銭の貸付契約
2.北朝鮮の核関連計画等に貢献しうる活動に寄与する目的で行われる(注3)以下の取引
 子.預金契約
 丑.信託契約
 寅.金銭の貸付契約
 卯.金銭の借入契約又は債務保証契約
 辰.対外支払手段又は債券の売買契約
 巳.証券の取得・譲渡
 午.証券の発行・募集
 未.金融指標等先物契約
 申.不動産取引
 酉.本支店間の資金授受
 戌.居住者と非居住者との間の金の地金の売買契約
3.北朝鮮を仕向地とする貴金属の輸出


<適切な取引と認められる条件:財務大臣と経済産業大臣の許可
1.北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関する者等との支払取引
2.北朝鮮の核関連計画等に貢献しうる活動に寄与する目的で行われる以下の取引
 甲.支払取引
 乙.金融に係る役務取引

これら諸取引について、所定の許可・承認を得ずに行った場合の罰則については第69条の6から第73条までにおいて逐次定められているが、罰金と懲役刑並びにその併科、過料が違反者に対してそれぞれ課されることとなっている。

以上のような法令上の整備に加え、関係省は各金融機関や貿易業者が行う各種資本・貿易取引について内部統制・コンプライアンスを有効に機能させ、ひいては経済制裁の実効性を高めることを目的として各種チェックリストを作成し、提示している。
具体例を挙げると、財務省の「資産凍結等経済制裁に関する外為法令の遵守状況に係るチェックリスト」や「金融機関等の本人確認義務等に関する外為法令の遵守状況に係るチェックリスト」、「外国為替取引に係る通知義務に関する犯罪収益移転防止法令の遵守状況に係るチェックリスト」等がこれに当たる(注4)。

以上のようにしてなされている日本の北朝鮮制裁だが、一方で以下のような問題点も孕んでいる。

1.抜け道
一番単純な話、日本の業者Aと北朝鮮のB機関が直接資本取引や貿易取引を行っていた場合、これは摘発すること自体はさほど困難ではない。しかし、AとBとの間に業者や機関との取引が幾重にも介在し、かつそれが第三国にも及んでいた場合、その取引がAとBとの間での資金や財・サービスのやり取りを本義とするものなのか否かを判断することは難しくなってくる。しかもAが他の業者・機関とも数多くの合法な諸取引を手掛ける存在であった場合、その困難は更に大きくなってくるのは自然の勢いである。
特に貿易取引については、山田吉彦氏は著書「海の政治経済学」において、北朝鮮船籍の貿易船が、日本の制裁措置に対応して規制の緩いモンゴルの船籍を獲得し、名義上のオーナーを中国人とするといったカモフラージュを行った上で、中国(多くの場合は大連)を日朝間の中継地点とすることで制裁の網をすり抜けている事例があることを指摘している(注5)。

2.検証の不在
A国政府がB国に対して自国の意思を押し付けるため軍事制裁を行ったとする。その場合、それは血や爆発といったマスコミ好きのする絵がテンコ盛りなこともあって、軍事制裁について大きな報道が行われる。それに加えてA国民にとっても軍事制裁の今後次第では、自分や或いは自分にとって身近で大切な存在が戦地に送られるかもしれないということで、大きな関心が寄せられることになる。結果、軍事制裁が「自国の意志実現にどの程度役立っているのか?」「いつまで軍事行動を継続するのか?」といった点に世の耳目が集まり、その世論を背景として立法府やその他機関で軍事制裁について様々な検証が行われ易い環境が醸成されることになる。
一方、A国政府がB国に対して自国の意思を押し付けるため経済制裁を行ったとする。その場合、そこにはマスコミが飛びついてきそうな劇的な絵があるわけでもなく、また、圧倒的大多数のA国民にとっても経済制裁のために行われる法令の改正・追加や物流の変化が直接生活に影響を与えるわけでもないことから、世論の経済制裁に対する注目は低調なものとならざるを得ず、結果、立法府やその他機関も経済制裁には大した注意を払わなくなり、「自国の意志実現にどの程度役立っているのか?」「いつまで制裁を継続するのか?」といった検証が行われないまま、経済制裁はずるずると前例踏襲というレールの上を走り続ける傾向がある。
ここで日本の対北朝鮮経済制裁を顧みると、これが日本の「弾道ミサイル及びWMD拡散の阻止」、「朝鮮半島非核化」といった安全保障目標の実現にどの程度寄与したのか、或いはしてないのか、立法府や行政府の諸機関によって大がかりな検証が行われた様子はあまりなく、「拉致問題」が片づいていない中で「制裁撤回」を打ち出した場合の世論の反発への恐怖という消極的な理由からずるずると続いているような印象が拭えない。

上記のような問題点を抱えたまま北朝鮮経済制裁が始まって5年。そろそろ制裁政策の効果について
・制裁で実現しようとしている目標は何なのか?
・その目標実現に、これまで制裁はどの程度寄与してきたのか或いはしてこなかったのか?
・寄与しているとしたら、あとどのぐらいのタイムスケールで目標達成がなるのか?
・寄与していないとしたら、それは何に起因するものなのか?
といった点を明らかにした上で(或いは既に検証結果が存在しているならそれを公開した上で)、制裁を続けるのか否かを含めた次の手を考えてもいい頃なんじゃないかと思う次第。


注釈
注1.なお2011年5月時点で、外為法上における経済制裁の対象となっているものは北朝鮮以外では以下の通りである。
 子.イラク前政権の機関等(国連安保理決議1483号の主文23(a))
 丑.
イラク前政権の高官又はその関係者等(国連安保理決議1483号の主文23(b)
 寅.タリバーン関係者等(平成13年9月22日付外務省告示第332号等)
 卯.テロリスト等(平成14年4月20日付外務省告示第82号)
 辰.ユーゴ・ミロシェビッチ前大統領及び関係者(平成12年12月外務省告示第519号)
 巳.リベリア前政権関係者等(平成16年8月26日付外務省告示第539号)
 午.コンゴ民主共和国に対する武器禁輸措置等に違反した者等(平成17年11月25日付外務省告示第1101号)
 未.コートジボワールにおける和平等に対する脅威を構成する者等(平成18年3月15日付外務省告示第131号)
 申.スーダンにおけるダルフール和平阻害関与者等(平成18年6月30日付外務省告示第374号)
 酉.ソマリアに対する武器禁輸措置などに違反した者等(
平成22年6月付外務省告示第312号

 戌.イランの核活動等に関与する者(平成19年2月16日付外務省告示第93号)
 
亥.イランの核活動等に寄与する目的で行われる支払(平成19年2月16日付外務省告示第92号)

注2.北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関する者等」の詳細は、国連安保理決議に基づく「平成18年9月19日付外務省告示549号 国連安保理決議に基づく資金の移転防止措置の対象となる北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関連する者を指定する件」並びに「平成21年5月22日付外務省告示297号 国連安保理決議に基づく資産凍結等の措置の対象となる北朝鮮の核関連、その他の大量破壊兵器関連及び弾道ミサイル関連計画に関与する者を指定する件」で定められている。
注3.北朝鮮の核関連計画等に貢献しうる活動に寄与する目的で行われるもの」については、国連安保理決議に基づく「平成21年7月7日付外務省告示第365号 国連安保理決議に基づく資金の移転等の防止措置の対象となる北朝鮮の核関連、弾道ミサイル関連又はその他の大量破壊兵器関連の計画又は活動に貢献し得る活動を指定する件」で定められている。
注4.誰だ? 「すごく…めんどくさいです…」と言ってるのは?(゚Д゚)クワッ
注5.なお同書によると、モンゴル政府が船舶登録業務を開始したのは2003年からで、登録の際に船舶検査が殆どなされないといった規制の緩さから、2007年時点で既にモンゴル船籍の船は1000隻を超えたようだという。一方でその審査の緩さから、モンゴルは整備不良船国リストの上位陣に名を連ねるようにもなっている(他の上位国としてはホンジュラスや北朝鮮、インドネシア、グルジアがある)

参考資料
・e-Gov 「特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法」 2004年6月18日公布 
・e-Gov 「外国為替及び外国貿易法」 1949年12月1日公布 2009年6月24日最終改正
・三菱UFJリサーチ&コンサルティング 貿易投資相談部編著 「外為法ハンドブック2010―外為法の実務的アプローチ」 2010年8月 三菱UFJリサーチ&コンサルティング
・山田吉彦 「海の政治経済学」 2009年8月 成山堂書店

2011年5月11日水曜日

第三百六十一段 巽感あり

中国の海外基地・軍事施設設置の動きと言えば、西沙・南沙諸島からミャンマー、バングラデシュ、スリランカ、パキスタンに至る各国・地域での港湾・通信傍受施設等獲得・設置の動き、所謂「真珠の首飾り」政策が有名である。
しかし中国、ユーラシア大陸辺縁部に拠点を求める従来の「真珠の首飾り」政策の他に、もう少し太洋側に出張った形での港湾等確保も狙っているようである。

まず、今年1月3日付のインドネシア英字紙The Jakarta Postが、最近ガス田開発の動きが活発なニューギニアに中国大使が中国企業9社の幹部を伴って来訪し、ソロン、ビアク、ジャヤプラ、マノクワリ、ティミカにおける港湾及び空港の整備に強い関心を示したことを報じた。
当該案件については、その後目立った続報もなく、先月末に行われた温家宝首相のインドネシア訪問で何らかの動きがあるかと注目していたが、それも特に無かったようである。
ただし、西沙・南沙諸島の領有権を巡って複数のASEAN加盟国と対立を抱える中国が、直接の領有権対立を抱えず且つASEAN議長国のインドネシアと海洋協力委員会設置で合意したことは注目される。

続いては、時事通信が今年5月11日に豪紙報道として伝えたもので、「中国が2007年暮れに東ティモールに対してレーダー施設の設置(しかも建設や運営費の全てを中国側負担で)を持ちかけるも、東ティモール側の拒絶にあっていた」というものである。

左地図を見れば一目瞭然だが、ニューギニアといい、東ティモールといい、今まで「真珠の首飾り」政策の一環として中国が権益確保に動いている(或いは確保した)とされてきた港湾等施設に比べて、かなり大洋側に出張った地域での港湾等施設の権益確保行動だと言える。

また面白いのが、中国の安全保障面における有力なライバルたる日米同盟との地理的関係である。

まずニューギニアだが、歴史的に見ると太平洋戦争においてフィリピン-台湾-沖縄という進撃ルートの開拓を狙う米軍とそうはさせじとする大日本帝国軍が激しく戦った場所である。
そして現代においては豪州と日本を繋ぐ海路がすぐ北を通り、海上自衛隊が重視するTGT三角海域の底辺を窺う地域となっている。斯様な地勢を鑑みれば、当該地域の港湾・空港設備増強に寄せる中国の関心が、ガス田開発や物流・交易拠点といった経済上の必要性のみによって発生したものとはやや考えにくい。

そして中国がレーダー施設設置を申し入れて拒否された東ティモールだが、そのすぐ対岸には豪大陸ダーウィンが存在する。奇しくもこのダーウィン、安全保障問題に造詣の深いジャーナリストとして知られるロバート・カプラン氏が米国の外交専門誌「Foreign Affairs (2010 May / June)」等にて「米国が中国の海洋拡大を牽制する上で有望な拠点足り得る」と指摘する地でもある。
となれば、中国の「東ティモールへのレーダー基地設置」に向けた働きかけも一度きりで終わるとは、こちらもやや考えにくいものがある。

「中国の海洋進出」と聞くとどうしても領有権争いやオイルロードの絡みで南シナ海やインド洋方面に目が向きがちだが、そればかりに気を取られていると、東南方向のインドネシア東部、東ティモール、そしてパプア・ニューギニア(今の所目立った動きは報じられてないが)で起きている事態を見過ごしてしまう危険性があるのかもしれない。


参考資料
・AFP 「E.Timor snubbed China radar over spy fears: report」 2011年5月9日
・Robert D. Kaplan 「The Geography of Chinese Power」 Foreign Affairs, May / June所収 Council on Foreign Relations 2010年6月
・The Jakarta Post 「China to build seaports and airports in Papua」 2011年1月3日
・時事通信 「海洋協力委設置へ=中国とインドネシア」 2011年4月29日

<2011年11月12日追記>
時事通信社の2011年5月11日「東ティモールにレーダー=中国が提案、拒否される‐豪紙」が削除されていたため、これを参考資料から外し、ほぼ同内容を伝えるAFPの「E.Timor snubbed China radar over spy fears: report」を改めて参考資料として追加したもの

2011年5月4日水曜日

第三百六十段 デンマーク企業、グルジア・ポチ港を買う

2011年4月26日付の日本海事新聞に、興味深い記事があった。それは「港湾大手APMターミナルが、UAEのラス・アル・カイマ投資庁からの株式取得等によってグルジア・ポチ港の所有権80%を獲得した。また同社は今後5年間で総額1億ドルを投じて施設増強を行う予定」というものである。

ポチ港とは黒海に面したグルジアの主要港の一つで、岸壁延長は2,900km、バース数は15、2010年貨物取扱量はコンテナが21万TEU、液体(ほぼ原油)が110万トン、バルクが380万トン、RORO船による車両取扱台数が2.3万台とそれぞれなっている。
また、こうした民間港としての側面の他に、グルジア海軍司令部や同国沿岸警備隊指揮所の所在地という軍港としての側面もあり、2008年8月に勃発したロシアとの軍事衝突(所謂「五日間戦争」)では、当然の如くロシア軍の空爆や破壊工作を受け、一時占領もされた、ある意味いわくつきの港湾とも言える。

そんな港湾に経営者として乗り込んでくるというのだから、なかなかのリスクテイクである。

そもそもポチ港を含む黒海地域の歴史を回顧してみると、大体14世紀頃までの黒海は、コンスタンチノープル(現在のイスタンブール)に本拠を置くビザンツ帝国との同盟関係を背景としたイタリア諸都市国家海軍の湖であった。中でも特に強力であったヴェネツィアやジェノバはクリミア半島沿岸部を中心に交易拠点を構え、ロシアや更に東方の地域からもたらされる穀物や材木、鉱石、奴隷、琥珀等を盛んに買入れ、西欧や中東といった一大消費地に売り捌いて多大な利益を得ていたのである。(注1)
そうした黒海におけるイタリア諸都市国家の天下も、やがてアナトリアに勃興したオスマン帝国の勢力拡大によって浸食されていく。特にメフメト2世によるバルカン半島での活発な領土拡大、コンスタンチノープル攻略(1453年)、クリミア半島を押さえるモンゴル・トルコ系政権クリミア・ハン国の従属化(1475年)によって、黒海は「トルコの湖」と呼ばれるようになる。
だが、オスマン帝国の黒海掌握もまた別の新興勢力によって脅かされるようになっていく。その新興勢力とはロマノフ朝ロシア帝国である。不凍港とインドへの道を求めるロマノフ朝は、ピョートル一世以来黒海への進出を図るようになりオスマン帝国と衝突、1700年のコンスタンチノープル条約では黒海北部アゾフ海を獲得する。後のエカチェリーナ2世の代になると、露土戦争に勝利してキュチュク・カイナルジ条約を締結(1774年)し、オスマン帝国に対してクリミア・ハン国への支配権放棄を認めさせ、9年後の1783年にはこれを併合する。また同時にオスマン帝国から南コーカサスの支配をもぎ取ることにも成功し、爾来ロマノフ朝、ソビエト連邦と政体は変わりつつも、黒海は一貫して「ロシアの湖」として存在し続けることになる。
それが揺らぎだすのが1991年のソ連崩壊である。これによって黒海沿岸部のウクライナ、グルジアが独立し、しかも新たな安全保障上の保護者・協力相手として米国やEU、NATOとの関係強化を図りだした。また、米国や欧州各国、EUも新たな油田・ガス田地域として勃興してきたカスピ海地域の出口として黒海沿岸諸国、特にグルジアに注目し、関係強化に積極的に応じていった。(注2)
こうして200年以上の長きにわたるロシアの黒海独占に大きな揺らぎが生じ始め、現在に至っているのである。

こうした黒海の来歴を顧み、かつ現在においては以下のような動きが繰り広げられているのを併せて考えると、デンマーク(EU及びNATO加盟国)に拠点を置くAPMターミナルのグルジア・ポチ港買収が有する意義は、単なる経済上の損得にとどまらないと考えられる。

1.ロシアが対欧州への天然ガス供給路として黒海海底を東西に走るサウスストリーム・パイプラインの敷設計画を推進し、かつトルコ・ボスポラス海峡における船舶渋滞を避けるため、ブルガリア・ブルガスとギリシャ・アレクサンドルーポリを結ぶパイプラインの敷設計画の音頭を取っている。
2.露のサウスストリーム計画に対抗するかのようにルーマニア、グルジア、アゼルバイジャンという親米の黒海周辺国が「アゼルバイジャンからグルジア・クレビまでパイプラインで天然ガスを運びそれをLNG化若しくはONG化し、そしてタンカーでルーマニアまで運ぶ」という三カ国共同ガス輸送計画推進をぶち上げ、MOU締結まで行っていること。
3.黒海地域における政治・経済的影響力を巡ってロシアの新たな競争相手として浮上してきた米国の欧州軍司令官ジェームス・スタビリディス将軍(海軍大将)が、米海軍の黒海における活動を拡大させる意向を示していること。
4.かつて黒海の支配者であったオスマン帝国の後継たるトルコにて、エルドアン首相がボスポラス海峡の船舶渋滞緩和を目的としたイスタンブール近郊での運河掘削計画を発表したこと。(注3)


恐らくロシアの目からするとAPMターミナルのグルジア・ポチ港買収は上記の米国やトルコの動きと連動した、黒海におけるロシアの支配権に対する西側の挑戦の一環として映り、一方グルジアのサアカシュビリ政権にとっては自国に対する「西側のコミットメント」を示す出来事として映っているのではないだろうか(実際そうなのか否かは別として)。となると、露-グルジア間で今なお燻る南オセチア問題への波及が気になってくるところだが・・・・。

<注釈>
1.因みに、13~14世紀の黒海と言うのは、当時のイタリア商人にとって中国への主要な玄関口でもあった。『東方見聞録』で有名なヴェネツィアの商人マルコ・ポーロの父と叔父は、クリミア半島からウクライナ黒土地帯~カザフステップ~モンゴル高原~華北と続く所謂「ステップ・ルート」を通って、当時モンゴル帝国の支配下にあった中国との貿易を行っていた。また、 マルコ・ポーロの活躍にやや遅れる14世紀前半、フィレンツェの商人ペゴロッティは貿易指南書「商業指南」を著し、その中で黒海沿岸ターナからステップルートを経てモンゴル帝国首都カンバリク(漢文資料では「大都」と表記される。現在の北京)に至るルートを紹介し、「身近に通った商人たちによれば、日中であろうと夜間であろうと、道中は絶対に安全である」と記している。
また、黒海を通じた東方との交易は、欧州に富だけではなく恐怖の種をももたらすことになる。ユーラシア東部に淵源を持つペストを欧州に持ち込んだのは、クリミア半島の港町カッファから欧州に向けて出港した貿易船であった。ペストが14世紀欧州にどのような惨事と恐怖を撒き散らしたかについては、同時代人ボッカッチョの手による説話集「デカメロン」の冒頭に詳しい。
2.なおグルジア、自国の石油精製能力向上のため、クウェートに協力を求めていたりもする。
3.予定されている当該運河の規模は全長45~50km、最大幅 150m、水深約25mというもので、トルコ共和国建国百周年に当たる2023年完成予定。なおスエズ運河は全長164km、最大幅205m、水深約 24mとなっている。

参考資料
・APM Terminals 「APM Terminals Expands into Eastern Black Sea Port」 2011年4月18日
・JOGMEC 「ユーラシア:アゼルバイジャンとトルコがガス販売・通過の条件で基本合意/正念場を 迎えるナブッコ・パイプライン計画」 2010年6月14日
・Naval-technology.com 「US Navy May Widen Activity Area in Black Sea」 2011年4月4日
・News.Az 「Georgia, Kuwait to built oil refinery」 2010年12月2日
・Oil & Gas Eurasia 「Azerbaijan, Georgian and Romanian Presidents To Meet on Joint Gas Project」 2010年9月13日
・PIPELINES INTERNATIONAL 「MoU signed for AGRI pipeline」 2010年4月20日
・大野正美 「ユーラシアブックレットNo.140 グルジア戦争とは何だったのか」 2009年6月 東洋書店
・共同通信 「イスタンブールに大運河建設 トルコ首相が計画発表」 2011年4月27日
・日本海事新聞 2011年4月26日

2011年5月2日月曜日

第三百五十九段 以商逼政タイムアタック

「以商逼政」という言葉がある。日本風に訓じれば「商を以て政に逼る」となるこの言葉、意味する所は、ビジネス・経済上の関係強化を政治的影響力に転化するというものであり、中台経済関係が深化の一途を辿る中、中国の台湾政策を示す言葉としてまま用いられている。対して台湾は、中国との経済的繋がりが強固なものとなる中、中国経済からの恩恵はフルに活用する一方で、それが政治面(特に安全保障面)における対中脆弱性を高めないようにする、謂わば「政経分離」の実現に心を砕いている。

だが、一歩引いてアジア太平洋地域を眺めてみると、この「以商逼政」と「政経分離」のせめぎ合いと言う構図は、何も中台関係だけではなく、日本、韓国、ベトナム、マレーシア、フィリピン等等、いずれも中国経済の急拡大から恩恵を受けながら、領有権問題や安全保障環境において中国との対立点を抱える国々に共通して見られるものと言えよう。

そして、対中関係において斯くの如き共通の問題を抱える周辺国同士の接近に中国が神経を尖らせ、例えば「南シナ海領有権問題」について多国間枠組みでの解決を頑なに拒否し、あくまで二国間協議による決着を唱えて止まない所は、戦国時代の秦が周辺国の合従を突き崩し、連衡の形成に力を注いだ故事を彷彿とさせるものがある。

実際、胡錦濤政権においては、周辺諸国の合従を食い止め、連衡を構築するために経済力で相手の歓心を惹きつけようとする或いは自国の強さを誇示するかのような様々な動きが、前政権に比してより頻繁に見られるようになってきた。例えば、東南アジア諸国に対する矢継ぎ早のインフラ支援や借款・贈与、尖閣や南沙・西沙諸島の領有権問題における鄧小平の遺訓「韜光養晦」にそぐわない様な強硬姿勢である。そして、これらの動きは多くの場合、中国の経済大国化に伴う「強さの表れ」として捉えられてきた。

だが、中国のこれらの動きの背後には、「強大な中国」というイメージにはそぐわない、中国側の焦りがあると考えられる。

現在、高い経済成長率と増大する対外影響力によって我が世の春を謳歌するにも似た中国に、一体何の焦りがあるのか? それは多分に人口問題、もっと言えば少子高齢化の進行である。実際、日本経済研究センターは、2007年に発表した報告「人口が変えるアジア 2050年の世界の姿」の中で、中国の人口ボーナスの終わる時を2015年と予測している。

中国の人口動態の変化(日本との比較 2005~10以降は日本経済研究センター予測)
                             中国                日本
合計特殊出生率が2.1を下回った時期     1990~95             1960~65
老年人口割合が14%以上に達する時期    2025~30             1990~95
労働力人口が減少に転じる時期         2015~20             2000~05
総人口が減少に転じる時期            2025~30             2005~10

日本が「合計特殊出生率が2.1を下回っ」てから「総人口が減少に転じる」に転じるまで、大体50年近くかかっているが、中国はそれを10年程度上回る速度で事態が進行している。しかも、日本と比して巨大な(地域、階層毎の)経済格差やあまり整備されていない福祉制度といった問題が残ったままの状態で。
(なお、中国の人口問題については、今年2月に出版された津上俊哉氏の「岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁」においても、今後中国が直面する7つの障壁のうちの一つとして詳しく触れられており、一読の価値大いに有りである)

その上悩ましいのは、「フェルドシュタイン・ホリオカのパズル」が指摘する、国内貯蓄と国内投資との間の正の相関である。一般に高齢化は国内貯蓄の低下をもたらすと言われており、単純に考えと国内投資もまた、国内貯蓄率の低下に伴って減少することになる。
無論、米国のように、海外の投資家にとって魅力的な収益機会を提供できる環境を用意することで、海外からの活発な投資によって国内貯蓄率の低さにによる投資への悪影響を補っているケースも存在する。
しかし、米国に代表される「海外の投資家にとって魅力的な収益機会を提供できる環境」というのは、長年の法制度や会計、情報通信サービス等の様々な社会インフラの整備の上に成立したものであり、如何に中国政府が有能で実行力に溢れていたとしても、一朝一夕に成し遂げられるものではない。そう考えると、中国経済が人口ボーナス終了による悪影響、特に高齢化に伴う貯蓄率低下とそれによる国内投資の低減に直面する可能性は高いと推測される。

参考データ:中国に対する周辺国の2009年時点直接投資状況
日本 約550億ドル
韓国 約20億ドル
台湾 約71.4億ドル
なお台湾の対中投資総額について、台湾政府当局は941.3億ドルとの数字を出しているが、非公式な投資を含めると1800~2300億ドルに増加するという声もある

この時限爆弾にも似た人口問題があるからこそ、中国政府は、経済が紛うこと無き有卦に入っている今のうちに、自国の富強ぶりを見せつけ、最大限有利な外交・安全保障環境を構築しようとしており、それが多額の援助外交や周辺国への強引・強硬な外交姿勢が矢継ぎ早に繰り出される背景となっていると考えられる。

では、内に「人口ボーナス終了」という爆弾を抱える中国は、今後どのような道筋を辿って行くのだろうか? 現状では断言することは難しいが、可能性として明暗二つのシナリオを提示してみたい。
暗のシナリオは、迫る人口ボーナス終結の時に怯えた中国の強引・強硬な外交スタンスが周辺諸国との緊張を高め、かつEUや米国において「中国異質論」を伴った対中警戒心を昂じせしめることにより、中国は少子高齢化社会の進展とそれによる国内貯蓄率低下で制約を受けるようになった国内投資を支え得るだけの投資を呼びこめなくなるというもの。その場合、経済失速とそれが巻き起こす中央政府への失望・不満が、地域や民族、宗教、階層・・・と幾重にも中国内に走る断層を揺り動かし、中国大陸の政治状況を不安定なものとするだろう(かつての歴代王朝末期のように)。そして、かつて「強大な中国」に悩んでいた周辺国は、今度は逆に難民発生や核管理の緩み、宗教・民族紛争に揺れる「弱く不安定な中国」に悩まされることになろう。
明のシナリオは、中国政府による少子高齢化対策が成功し、少子高齢化の進展に打つ手なしの他のアジア諸国を尻目に比較的高い経済成長率を維持し、引き続き外国からの投資も活発に行われ、それが更なる成長をもたらすという好循環を手にするというもの。

明と暗、今後の事態がどちらか一方に振り切れるとは考えにくいが、大体どの位の明暗比率で事態が推移していくのか、実に興味深いことである。

※ なお、本旨とは直接の関係はないが、参考とした「人口が変えるアジア 2050年の世界の姿」の中に気になる記述があったので、口直しと言うか箸休め的な意味で掲げておく。
ただし、少子化が止まり子供の数が増え始めると一時的に子供のための負担が増える分だけ生産年齢人口への負担が増えるという局面が来る。この部分は新概念なので定着した用語はないが、ここでは一応「未来のためのコスト」と名付けておこう。人口オーナスから脱却するためには、どこかの世代が一度だけ「未来のコストを払わなければならないのである。

参考資料
・小峰隆夫/日本経済研究センター編 「超長期予測 老いるアジア」 2007年10月 日経新聞社
津上俊哉 「岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁」 2011年2月 日経新聞社
・日本経済研究センター 「人口が変えるアジア 2050年の世界の姿」 2007年3月
・日本政策金融公庫 「JBIC台湾レポート 2011年1月号」