2011年5月22日日曜日

第三百六十二段 制裁は続くよ、どこまでも

金正日総書記の訪中や米キング北朝鮮人権問題担当特使の訪朝(24~28日にかけて行われる予定)でまたぞろ騒がしくなってきた北朝鮮情勢だが、日本は現在以下の根拠法令に基づいて、北朝鮮に対して経済制裁を行っている。

1.特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法(以下「特定船舶特措法」と表記)
2.外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」と表記)

まず特定船舶特措法については、「近年における我が国を取り巻く国際情勢にかんがみ、我が国の平和及び安全を維持するため、特定船舶の入港を禁止する措置について定めるものとする」ことを立法趣旨とし、条文上で北朝鮮を名指しすることはしておらず、閣議において諸条件を定めることによって「特定の外国の国籍を有する船舶 」並びに「特定の外国と前二号の関係に類する特定の関係を有する船舶」を、どれだけの期間にわたって日本国内の港湾に入港禁止とするか定めることを可能としている。
そして当該法律に違反した特定船舶の船長に対しては、「遭難又は人道上の配慮をする必要があることその他のやむを得ない特別の事情がある」と認められるケースを除いて、「三年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金」又はその併科という罰則が規定されている。
また、内閣が「閣議決定に基づく入港禁止の全部若しくは一部を実施する必要がなくなった」と認めた時や「国会が当該閣議決定に基づく入港禁止の全部若しくは一部の実施を終了すべきことを議決した」場合には、内閣は速やかに入港禁止措置の全部ないしは一部の解除を決定し、それを告示することが条文上にて要求されている。

次に外為法だが、こちらは「外国為替、外国貿易その他の対外取引が自由に行われることを基本とし、対外取引に対し必要最小限の管理又は調整を行うことにより、対外取引の正常な発展並びに我が国又は国際社会の平和及び安全の維持を期し、もつて国際収支の均衡及び通貨の安定を図るとともに我が国経済の健全な発展に寄与することを目的とする」という立法趣旨に基づいて運用がなされている。ただし、当該法律は扱う分野の専門性等から、法律自体は骨格的な部分を定めるにとどめ、具体的な部分は政令・省令に委任する形となっている。
そんな外為法及びその関連省令等で規制対象となっている北朝鮮と日本国内業者との取引は以下のとおりである(注1)。なお規制方法としては、条文上に「禁止」と明記するのではなく、取引が合法であると認められるための特定の条件を設定し、実運用上で当該条件が成立しないようにすることで、事実上の禁止効果を発生させている。

<適切な取引と認められる条件:経済産業大臣の許可
1.北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関する者等(注2)との特定資本取引
2.北朝鮮を仕向地とする大量破壊兵器等関連貨物等の輸出
3.貨物の原産地、船積地域又は仕向地が北朝鮮である仲介貿易取引

<適切な取引と認められる条件:経済産業大臣の承認
1.北朝鮮を仕向地とする貨物の輸出
2.北朝鮮を原産地又は船積地域とする貨物の輸出

<適切な取引と認められる条件:財務大臣の許可
1.北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関する者等との以下の取引
 甲.預金契約
 乙.信託契約
 丙.金銭の貸付契約
2.北朝鮮の核関連計画等に貢献しうる活動に寄与する目的で行われる(注3)以下の取引
 子.預金契約
 丑.信託契約
 寅.金銭の貸付契約
 卯.金銭の借入契約又は債務保証契約
 辰.対外支払手段又は債券の売買契約
 巳.証券の取得・譲渡
 午.証券の発行・募集
 未.金融指標等先物契約
 申.不動産取引
 酉.本支店間の資金授受
 戌.居住者と非居住者との間の金の地金の売買契約
3.北朝鮮を仕向地とする貴金属の輸出


<適切な取引と認められる条件:財務大臣と経済産業大臣の許可
1.北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関する者等との支払取引
2.北朝鮮の核関連計画等に貢献しうる活動に寄与する目的で行われる以下の取引
 甲.支払取引
 乙.金融に係る役務取引

これら諸取引について、所定の許可・承認を得ずに行った場合の罰則については第69条の6から第73条までにおいて逐次定められているが、罰金と懲役刑並びにその併科、過料が違反者に対してそれぞれ課されることとなっている。

以上のような法令上の整備に加え、関係省は各金融機関や貿易業者が行う各種資本・貿易取引について内部統制・コンプライアンスを有効に機能させ、ひいては経済制裁の実効性を高めることを目的として各種チェックリストを作成し、提示している。
具体例を挙げると、財務省の「資産凍結等経済制裁に関する外為法令の遵守状況に係るチェックリスト」や「金融機関等の本人確認義務等に関する外為法令の遵守状況に係るチェックリスト」、「外国為替取引に係る通知義務に関する犯罪収益移転防止法令の遵守状況に係るチェックリスト」等がこれに当たる(注4)。

以上のようにしてなされている日本の北朝鮮制裁だが、一方で以下のような問題点も孕んでいる。

1.抜け道
一番単純な話、日本の業者Aと北朝鮮のB機関が直接資本取引や貿易取引を行っていた場合、これは摘発すること自体はさほど困難ではない。しかし、AとBとの間に業者や機関との取引が幾重にも介在し、かつそれが第三国にも及んでいた場合、その取引がAとBとの間での資金や財・サービスのやり取りを本義とするものなのか否かを判断することは難しくなってくる。しかもAが他の業者・機関とも数多くの合法な諸取引を手掛ける存在であった場合、その困難は更に大きくなってくるのは自然の勢いである。
特に貿易取引については、山田吉彦氏は著書「海の政治経済学」において、北朝鮮船籍の貿易船が、日本の制裁措置に対応して規制の緩いモンゴルの船籍を獲得し、名義上のオーナーを中国人とするといったカモフラージュを行った上で、中国(多くの場合は大連)を日朝間の中継地点とすることで制裁の網をすり抜けている事例があることを指摘している(注5)。

2.検証の不在
A国政府がB国に対して自国の意思を押し付けるため軍事制裁を行ったとする。その場合、それは血や爆発といったマスコミ好きのする絵がテンコ盛りなこともあって、軍事制裁について大きな報道が行われる。それに加えてA国民にとっても軍事制裁の今後次第では、自分や或いは自分にとって身近で大切な存在が戦地に送られるかもしれないということで、大きな関心が寄せられることになる。結果、軍事制裁が「自国の意志実現にどの程度役立っているのか?」「いつまで軍事行動を継続するのか?」といった点に世の耳目が集まり、その世論を背景として立法府やその他機関で軍事制裁について様々な検証が行われ易い環境が醸成されることになる。
一方、A国政府がB国に対して自国の意思を押し付けるため経済制裁を行ったとする。その場合、そこにはマスコミが飛びついてきそうな劇的な絵があるわけでもなく、また、圧倒的大多数のA国民にとっても経済制裁のために行われる法令の改正・追加や物流の変化が直接生活に影響を与えるわけでもないことから、世論の経済制裁に対する注目は低調なものとならざるを得ず、結果、立法府やその他機関も経済制裁には大した注意を払わなくなり、「自国の意志実現にどの程度役立っているのか?」「いつまで制裁を継続するのか?」といった検証が行われないまま、経済制裁はずるずると前例踏襲というレールの上を走り続ける傾向がある。
ここで日本の対北朝鮮経済制裁を顧みると、これが日本の「弾道ミサイル及びWMD拡散の阻止」、「朝鮮半島非核化」といった安全保障目標の実現にどの程度寄与したのか、或いはしてないのか、立法府や行政府の諸機関によって大がかりな検証が行われた様子はあまりなく、「拉致問題」が片づいていない中で「制裁撤回」を打ち出した場合の世論の反発への恐怖という消極的な理由からずるずると続いているような印象が拭えない。

上記のような問題点を抱えたまま北朝鮮経済制裁が始まって5年。そろそろ制裁政策の効果について
・制裁で実現しようとしている目標は何なのか?
・その目標実現に、これまで制裁はどの程度寄与してきたのか或いはしてこなかったのか?
・寄与しているとしたら、あとどのぐらいのタイムスケールで目標達成がなるのか?
・寄与していないとしたら、それは何に起因するものなのか?
といった点を明らかにした上で(或いは既に検証結果が存在しているならそれを公開した上で)、制裁を続けるのか否かを含めた次の手を考えてもいい頃なんじゃないかと思う次第。


注釈
注1.なお2011年5月時点で、外為法上における経済制裁の対象となっているものは北朝鮮以外では以下の通りである。
 子.イラク前政権の機関等(国連安保理決議1483号の主文23(a))
 丑.
イラク前政権の高官又はその関係者等(国連安保理決議1483号の主文23(b)
 寅.タリバーン関係者等(平成13年9月22日付外務省告示第332号等)
 卯.テロリスト等(平成14年4月20日付外務省告示第82号)
 辰.ユーゴ・ミロシェビッチ前大統領及び関係者(平成12年12月外務省告示第519号)
 巳.リベリア前政権関係者等(平成16年8月26日付外務省告示第539号)
 午.コンゴ民主共和国に対する武器禁輸措置等に違反した者等(平成17年11月25日付外務省告示第1101号)
 未.コートジボワールにおける和平等に対する脅威を構成する者等(平成18年3月15日付外務省告示第131号)
 申.スーダンにおけるダルフール和平阻害関与者等(平成18年6月30日付外務省告示第374号)
 酉.ソマリアに対する武器禁輸措置などに違反した者等(
平成22年6月付外務省告示第312号

 戌.イランの核活動等に関与する者(平成19年2月16日付外務省告示第93号)
 
亥.イランの核活動等に寄与する目的で行われる支払(平成19年2月16日付外務省告示第92号)

注2.北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関する者等」の詳細は、国連安保理決議に基づく「平成18年9月19日付外務省告示549号 国連安保理決議に基づく資金の移転防止措置の対象となる北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関連する者を指定する件」並びに「平成21年5月22日付外務省告示297号 国連安保理決議に基づく資産凍結等の措置の対象となる北朝鮮の核関連、その他の大量破壊兵器関連及び弾道ミサイル関連計画に関与する者を指定する件」で定められている。
注3.北朝鮮の核関連計画等に貢献しうる活動に寄与する目的で行われるもの」については、国連安保理決議に基づく「平成21年7月7日付外務省告示第365号 国連安保理決議に基づく資金の移転等の防止措置の対象となる北朝鮮の核関連、弾道ミサイル関連又はその他の大量破壊兵器関連の計画又は活動に貢献し得る活動を指定する件」で定められている。
注4.誰だ? 「すごく…めんどくさいです…」と言ってるのは?(゚Д゚)クワッ
注5.なお同書によると、モンゴル政府が船舶登録業務を開始したのは2003年からで、登録の際に船舶検査が殆どなされないといった規制の緩さから、2007年時点で既にモンゴル船籍の船は1000隻を超えたようだという。一方でその審査の緩さから、モンゴルは整備不良船国リストの上位陣に名を連ねるようにもなっている(他の上位国としてはホンジュラスや北朝鮮、インドネシア、グルジアがある)

参考資料
・e-Gov 「特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法」 2004年6月18日公布 
・e-Gov 「外国為替及び外国貿易法」 1949年12月1日公布 2009年6月24日最終改正
・三菱UFJリサーチ&コンサルティング 貿易投資相談部編著 「外為法ハンドブック2010―外為法の実務的アプローチ」 2010年8月 三菱UFJリサーチ&コンサルティング
・山田吉彦 「海の政治経済学」 2009年8月 成山堂書店