2011年7月20日水曜日

第三百七十八段 漠北ワイヤートラップ

3月11日に発生した東日本大震災とそれに伴う福島第1原発事故により、日本国内では「原発推進か? 脱原発か?」という議論が喧しい状況となっている。ただ、原発推進は勿論、脱原発に舵を切って現在ある原発を廃炉にする上でも避けて通れないのが、「使用済み核燃料を何処に置くか?」という問題である。
日本では当初青森県むつ市にリサイクル燃料貯蔵センターを建設し、そこを中間貯蔵施設として順次同県六ヶ所村の核燃料再処理施設に送り込むという青写真を描いていたものの、肝心の核燃料再処理計画が上手く進まず、処理を待つ使用済み核燃料が六ヶ所村の再処理工場内にある貯蔵プールや各発電所内の貯蔵施設に溜め込まれる一方となっている。
当然、それらの貯蔵地にも容量の限界はあり、かといって新たに核燃料最終処分場計画を進めようにも福島第1原発事故で国民の不安感・不信感が湧きあがった現状ではそれも難しい、と一見すれば八方塞にも等しい状況の中、今年5月9日付の毎日新聞が「核処分場:モンゴルに建設計画 日米、昨秋から交渉 原発ビジネス拡大狙い 」という興味深いニュースを報じた。

このモンゴル核燃料処分場計画については、その後、当のモンゴル政府自身が否定しているという報道もあったが(注1)、以下に掲げた2011年7月18日の共同通信の報道を見ると、計画は死んではいなかったようである。
モンゴル産のウラン燃料を原発導入国に輸出し、使用済み核燃料はモンゴルが引き取る「包括的燃料サービス(CFS)」構想の実現に向けた日本、米国、モンゴル3カ国政府の合意文書の原案が18日明らかになった。モンゴル国内に「使用済み燃料の貯蔵施設」を造る方針を明記し、そのために国際原子力機関(IAEA)が技術協力をする可能性にも触れている。

モンゴルを舞台としたCFS構想が実現すれば、核燃料の供給と、使用済み燃料の処分を一貫して担う初の国際的枠組みとなる。福島第1原発事故を受け、当面は構想の実現は難しいとみられるが、民間企業も含め後押しする動きが依然ある。

個人的には、自国内で処分できなかった放射性物質を、相手の合意を取り付けた上とは言え、他国にたらい回すことには何となく釈然としない思いがあるものの、当のモンゴル政府の視点に立って考えると、この「核燃料処分場計画」が安全保障面から見て極めて面白い一手であることに気づいた。

まずモンゴルという国の地勢を確認すると、地図を見れば一目瞭然のように、四方のうち北をロシア、東西南を中国に囲まれた内陸国となっている。ここから、モンゴルという国の独立や安全保障にはロシアと中国が大きな影響を与えているであろうことを読み取るのは難しくない。


次にモンゴルという国の歴史、特に近現代史を振り返ると、それは中露の支配とそこから逃れようとする歴史であった。
長く清王朝の支配下にあったモンゴル人たちは、19世紀になって清王朝の支配力が凋落するや、漢人商人の経済的収奪や漢人農民の違法な入植にひどく悩まされることとなり、加えて北のロマノフ朝ロシアからの脅威についても清朝政府の保護を期待することができなくなるという困難な状況下に置かれる。やがて、こうした状況に不満を募らせたモンゴル人たちは独立運動を起こし、遂に1924年にソ連の後援を受けてモンゴル人民共和国の独立を宣言するに至った。
だが、この独立はソ連が新たなモンゴルの支配者となったことを示す以外のものではなかった。文字を始めとしたモンゴル固有の文化はことごとくソヴィエト・ロシア式に染め変えられ、民族の英雄であったチンギス・カンもソ連の指導下「残虐な殺戮者」という烙印が押され、対外的には「モンゴルはソ連第16番目の共和国」とみなされた。更に1960年以降中ソ対立が深まって来ると、モンゴルには多くのソ連軍が駐留し、北京に突きつけた匕首の役目をも背負わされたのである(注2)。
このソ連の軛からモンゴルが脱するには、冷戦とソ連の崩壊を待たねばならなかった。

以上のように、南北を中露に囲まれた地勢とその歩んできた歴史を振り返れば、現在のモンゴルの為政者にとって「中露の容喙・干渉を如何に防ぐか?」が極めて重要な意義を有していると想像される。だが悲しいかな、軍事力、経済力、人口、その他様々な指標を見ても、モンゴルが独力で中露に抗していくことは夢想の世界の出来事でしかない。だからこそモンゴルは、中露に対抗できる大国として米国との友好関係に心を砕いてきた。タリバン政権崩壊後のアフガンやイラク戦争において、モンゴルが米国陣営の一員として派兵に踏み切ったのは、その極めて分かり易い例である。

では、上記の如き地勢、歴史から派生した現在モンゴルの外交戦略に件の「核燃料処分場計画」を位置づけてみたらどうなるか?
もし仮にモンゴルの地に日米の核燃料処分場ができれば、それはモンゴルという国が米国とその与国たる日本のエネルギー政策に強く紐付けられたことを意味する。そんな国に対して中国やロシアが一方的な影響力拡大を図ったらどうなるか? 恐らく日米は中露のそうした目論見の打破に動くだろうし、その結果としてモンゴルの独立は守られることになる。
別の言い方をすれば、モンゴルが日米の核燃料処分場を受け入れるということは、中露に対しては「もし我が国を屈服させようとすれば、米国や日本が黙ってませんよ」というメッセージを送り、日米に対しては「貴方達の核燃料処分場を抱える我が国が、中国やロシアの言いなり・属国になったら困るでしょ?」というメッセージを送ることとほぼ等しいと考えられるのである。
つまり、モンゴルにとっての核燃料処分場は、中露が彼らの独立・安全保障に手を出してきた時、すかさず日米の反撃を浴びるように設けられたワイヤー・トラップだと位置付けられよう。

してみると、日米蒙核燃料処分場計画、単に「豊かな日米が貧しいモンゴルの頬を札束で引っ叩いて押し付けた案件」では片付けられない、モンゴル側のしたたかな狙いを含んだ案件なのかもしれない。

注釈
注1.新華社記事「蒙古国否认建核废料基地传言」参照
注2.なおモンゴル国境から北京までは大体590km弱。日本で言えば東京~岡山市間の距離に相当する。


参考資料
・共同通信 「使用済み核燃料をモンゴルに貯蔵 日米との合意原案判明」 2011年7月18日
・新華社 「蒙古国否认建核废料基地传言」 2011年5月11日
・毎日新聞 「核処分場:モンゴルに建設計画 日米、昨秋から交渉 原発ビジネス拡大狙い」 2011年5月9日