2011年8月26日金曜日

第三百九十七段 アフリカ反イスラエル勢力包囲網?

あと三分の一を残した状態で気の早い話だが、今年2011年を回顧すると、アフリカ、特にその北側については大きな動きが相次いだ年だったと言えよう。

まず1月、今まで比較的政情の安定していると思われていたチュニジアで、国民の大規模な反ベン・アリ政権デモが発生し、これに軍が呼応する形となってベン・アリ政権が崩壊した。
そして、これに触発されたのか、時を置かずしてエジプトで反ムバラク政権デモが発生し、2月上旬になって長年大統領として同国に君臨してきたムバラク氏が権力の座から引きずり降ろされた。
2月中頃になると、隣接するチュニジアとエジプトの混乱を尻目に不気味な静けさを保っていたリビアでも反カダフィ勢力の政権打倒運動が勃発した。当初、各都市の支配を巡ってカダフィ政権側と反カダフィ派との間で熾烈な取ったり取られたりのシーソーゲームが続くが、徐々に重火器類で勝るカダフィ政権側が優勢が報じられるようになる。そして反カダフィ派を東部ベンガジにまで追い詰めることに成功したカダフィ軍だったが、3月下旬になると、今までカダフィ政権の”蛮行”を非難してきた英仏米やその与国が対リビア軍事介入を開始。以後、米英仏等の軍事介入によって態勢を立て直すことに成功した反カダフィ派が反撃に転じ、遂に8月22日、カダフィ政権の根拠地であったリビア首都トリポリが陥落の運びとなった。
また、少し南の方に目を向ければ、7月9日、1955年から断続的に続いた長い内戦の果てに、アラブ系イスラム教徒が権力を握るスーダンから、黒人キリスト教徒が多数を占める南スーダンが念願の独立を果たした。

以上が今年三分の二を終えた時点でのアフリカ北部における主要な動きである。これらの動きが発生した背景或いはそれがもたらす今後の地域秩序への影響等は様々に論じられているが、当ブログでは「そこにイスラエルを絡めて見ると興味深い構図が浮かび上がるよ」という事を論じてみたい。

まずエジプトだが、第四次中東戦争後、時のサダト大統領はアラブ諸国首脳として初めてイスラエルとの共存を外交の柱に据えた。この対イスラエル共存策は、彼が暗殺の凶弾に斃れた後も後継者ムバラク大統領に継承され、長らく中東の地域秩序を支える前提の一つとして機能してきた。
しかし、そのムバラク大統領が政権を逐われるや、今まで政権によって押さえこまれてきた国民の反イスラエル感情が、ムスリム同胞団といった宗教勢力の伸長、政権崩壊後も改善の兆しが見えない経済事情等を背景に政治的主張として大きな力を持ち始めてきた。
また、政権崩壊の混乱の中で、従来から治安把握の脆弱性を指摘されてきたシナイ半島の掌握が一層弱まり、イスラエルやヨルダン向けガス・パイプラインの爆破が相次いだ他、ガザ地区への武器密輸も取締が緩んできたとされている。無論、エジプトの現政権もこれを座視しているわけではなく、シナイ半島の治安回復を目的として、同半島北部を中心に1000人規模の兵力を展開したのだが、そこにガザ空爆中のイスラエル軍機によるエジプト兵誤射事件が発生し(エジプト側に死者が発生)、両国間で緊張が激化する事態となっている。

次にリビアだが、カダフィ政権はアラブ民族主義の立場から、長らくイスラエルやそれと共存する道を選んだ隣国エジプトを声高に非難してきた。しかし、カダフィ政権の打倒に成功したリビア国民評議会政府は、以下のようにイスラエルとの友好も重視する姿勢を現時点で示している。
Libya needs any help it can get from the international community, including from Israel, a spokesman for the opposition to Muammar Gadhafi's regime told Haaretz Tuesday by phone from London.

When asked what sort of assistance Libya required, Ahmad Shabani, the founder of Libya's Democratic Party, said: "We are asking Israel to use its influence in the international community to end the tyrannical regime of Gadhafi and his family."

Shabani, 43, is the son of a former minister in the cabinet of Libya's king, who was deposed in 1969. After the military coup led by Gadhafi, the Shabani family fled Libya and settled in London.

Shabani, who was educated in Britain, later returned to Libya and began working for an opposition group.

In March, he began to speak out against the regime, but he returned to London when he felt his life was in danger.

The weight he carries in Libya's emerging political fabric is unclear. But in recent months Shabani has appeared in the Western media as a spokesman for the opposition.

When Shabani was asked whether a democratically elected government in Libya would recognize Israel, he responded: "That is a very sensitive question. The question is whether Israel will recognize us."

Shabani mentioned Gadhafi's eccentric ideas about the resolution of the Israeli-Palestinian conflict, including the founding of a single country to be called "Israstine." But Shabani said his group believed in two countries, Israel and Palestine, living side by side in peace - the two-state solution.

Regarding Gadhafi's claims that Al-Qaida operatives were supporting the rebels, Shabani said the opposite was true. He said Al-Qaida activists have been working for Gadhafi, among them Libyans and, according to reliable intelligence reports, foreigners who infiltrated the country's porous borders.

According to Israeli intelligence, since the uprising, as part of a huge black market in weapons in Libya, arms have been smuggled from Libya to the Gaza Strip via Egypt. Shabani said the opposition was aware of the smuggling and hoped to end it.

According to Shabani, the transition to the new Libya needed an organization under the aegis of the United Nations to supervise democratic elections. He said he hoped to see a South Africa-style reconciliation committee established to prevent acts of revenge or a new civil war.

2011年8月14日 HAARETZ


三つ目に南スーダンだが、イスラム法による全土統治を掲げるハルツーム政権と長年血で血を洗う抗争劇を繰り広げてきた彼らは、独立後、最初に大使館を設置する国のリストの中に米国等の西側諸国に加えてイスラエルを入れている。
独立以前の南スーダンとイスラエルとの関係については不明な部分も多く、当ブログでは、ハルツーム政権が長年紅海を通じたパレスチナ人勢力への武器等密輸を黙認してきたこともあり、イスラエルと南スーダンが独立以前からハルツーム政権を共通の敵とした何らかの協力関係を築いていても不思議はないことを指摘するにとどめたい。

以上三カ国に以前よりイスラエルと良好な関係にあるエチオピア(注1)、そしてダルフール紛争とそこから発生する難民の問題等でスーダン・ハルツーム政権と度々対立して来たチャド(注2)を考慮に入れて地図を眺めてみると、実に面白いことに気づかされる。


アフリカ北東部、ムバラク後のエジプト、そしてスーダン・ハルツーム政権というイスラエルとの関係がしっくりいっていないグループ(地図上、首都の位置を緑四角、主な軍事力展開方向を緑矢印で表示)を置く。次にイスラエルとの友好関係にある若しくはその構築に前向きなリビア(国民評議会政府)、南スーダン、エチオピア、イスラエルとの関係は不明だがスーダン・ハルツーム政権とは度々対立してきたチャドのグループ(地図上、首都の位置を黄色四角)を置く。
するとどうだろう? イスラエルとの関係が芳しくない緑グループに対し、地中海からサハラ砂漠を通ってエチオピア高原に至る弧状の包囲線が浮かび上がるのである。つまり、今後の国造りに成功したリビアや南スーダンに加え、隣国エリトリアとの関係改善に成功したエチオピア、チャドが仮にその軍事力の矛先を緑グループの国に向けたとしたら(地図上、黄色矢印で表示)、エジプト並びにスーダン・ハルツーム政権は完全に袋の鼠となりかねない形勢なのである(更に加えて言うならば、ナイル河という水源を考えた場合、エチオピア並びに南スーダンが上流国、エジプト、スーダン・ハルツーム政権が下流という立ち位置となることにも注意が必要であろう)。

この包囲線、果たして現実のものとなるのか否か・・・・?

注釈
注1.隣接するアラブ諸国の敵意に晒され続けてきたイスラエルは、更にその近隣アラブ諸国の外縁に位置する非アラブ諸国との友好関係構築に注力してきた。具体的な協力相手としてはエチオピア以外、トルコ(ただしAKPが政権を握って以降はやや冷却化)、王制イラン(イラン・イスラム革命によって友好関係は断絶)、インドが挙げられる。
注2.チャドについては過去にスーダンとの関係改善に動いているという旨の報道もあったが、具体的な成果は今の所上がっていない


参考資料
・Ahram 「Egypt army officer, 2 security men killed in Israeli border raid」 2011年8月19日
・Gulf Times 「Sudan: Chad ties thaw after talks」 2009年12月26日
・HAARETZ 「Egypt deploys thousands of troops and tanks in Sinai, in coordination with Israel」 2011年8月14日
・HAARETZ 「Rebel spokesman to Haaretz: Libya needs world's help, including Israel's」 2011年8月24日
・Jerusalem Post 「Sudan FM: Fatal hit on car 'absolutely an Israeli attack'」 2011年4月6日
・Jerusalem Post 「Potential to make money in South Sudan is ‘enormous’」 2011年7月11日
・Jerusalem Post 「'Explosion hits natural gas pipeline in Sinai Peninsula'」 2011年7月30日
・RIA Novosti 「South Sudan to open embassies in 21 countries after gaining independence」 2011年6月19日

※2012年2月16日、リビア反カダフィ派要人のイスラエルに好意的な発言記事の引用が抜けていたので、改めてこれを追加。

2011年8月22日月曜日

第三百九十二段 韓国併合101年目に思ったこと

2011年8月22日は韓国併合101周年という日であったりする。

過去の歴史を振り返れば、大和朝廷の昔から朝鮮半島の動向が日本列島の政権にとって大きな安全保障上の課題であり、更には変革をもたらす要因ともなってきたことに改めて気付かされる。

7世紀後半、長年続いた高句麗、百済、新羅の三国鼎立時代から新羅統一時代への転換点に当たる白村江の戦いでは、大和朝廷も百済側として参戦し新羅・唐連合軍に大敗。その衝撃が豪族の連合政権「大和朝廷」が律令国家「日本」へと脱皮する引き金となった。
13世紀後半には、高麗王家の王氏が武臣勢力に対抗するためにモンゴルと手を結ぶと決断したことが、モンゴルの日本侵攻、所謂「文永・弘安の役」への伏線の一つとなったし、その「文永・弘安の役」の負担が鎌倉幕府の崩壊の一因ともなった。
16世紀末には、豊臣秀吉の朝鮮、唐、天竺までも支配下に置こうという意図の下、豊臣政権の朝鮮出兵、所謂「文禄・慶長の役」が行われるが、明・李氏朝鮮連合の抵抗の前に大陸に寸土を獲得することすらあたわず、寧ろその失敗は豊臣政権の崩壊を早めることにもなった。

こうした歴史の教訓があったからこそ、19世紀明治時代、岡倉天心は「朝鮮半島をどこかの敵国が占領すれば、日本へ陸軍を容易に投じうるが、それは朝鮮が匕首のように日本の心臓部を指しているからである」と喝破し、時の大日本帝国を率いる政治家・軍人は、かつての大帝国の夢よもう一度と粘る清朝や南下政策を採るロシアが朝鮮半島を支配下に置いて日本列島を脅かすことを恐れ、財政や軍事能力の多くを傾けて日清・日露の両戦争を戦って勝利し、朝鮮半島を併合して自らの支配下に置く道を選択したのである。
つまり、本日101周年を迎えた韓国併合は、いわば明治時代の人々なりの”歴史への回答”であったと言えよう。

やがて20世紀中頃、大日本帝国は日中戦争も片づかないうちに太平洋戦争を開始するという無謀な戦線拡大の果てに滅亡する。そして日本列島を占領した米国は、当初、旧大日本帝国のがれきの中から生まれた日本国を農業と多少の軽工業を有する無力な非武装国家という立ち位置に封じ込めようとしたが、結局は、復活した重工業とある程度の軍事的自衛力を持つ富強な反共のパートナー(無論、完全な対等関係ではないにしろ)として遇する道を選択した。
この米国の豹変をもたらしたのも、やはり朝鮮半島ファクターであった。自身の手による朝鮮半島統一の野心に燃える北朝鮮・金正日が直接の引き金を引いて勃発した朝鮮戦争により、かつて連合国の空爆で叩きのめされた日本の産業はその特需によって息を吹き返し、また米国が太平洋戦争中に抱いていた「社会主義国とも衝突なしに上手くやっていける」という考えが幻想に過ぎないことを思い知らされたことで、経済的に豊かで、自衛隊という他国と比較すれば一風変わった軍隊を持ち、対米同盟を外交上の基軸とする、今の我々がよく知る日本国へと至る道が切り拓かれたのである。

では、前近代、帝国主義、冷戦という時代を経た現在にあって、日本列島に位置する国家にとっての朝鮮半島の重要性は減じてしまったのだろうか?

答えは恐らく「否」だろう。確かに一頃のような”ロシアの脅威”は無くなったかもしれない。国家間において経済の相互依存が進んで直接的な武力衝突が生じる余地は小さくなったのかもしれない。
しかし、核兵器開発やミサイル開発を進めて恫喝的な瀬戸際外交を繰り広げる北朝鮮が存在し、驚異的な経済成長とそれによって手にした国際的影響力を有しながらも穏健で安定した国際秩序の担い手たるのかかつての日独のような現状破壊勢力たるのかいまいち判然としない中国が存在する現状では、ユーラシア大陸の東縁からにょきと日本列島側に伸ばされた朝鮮半島は、依然として日本の安全保障上大きな意味を有していると考えられる。

その朝鮮半島に対して、日本国はどのように相対していくのか?

一つ考えられるのは、かつて大日本帝国がそうしたように、朝鮮半島を直接日本国の支配下に置くというやり方である。ただし、これは日本国が有する軍事能力や財政の限界、異民族統治の困難性、更に米国や中国、ロシアといった周辺国が日本国の朝鮮半島征服を容認・黙認するとはとても思えないことから単なる机上の空論でしかないだろう。
次に考えられるのが、朝鮮半島に存在する国家との間で協力関係を構築・強化するやり方である。となると日本が協力相手として選ぶ対象には韓国と北朝鮮が浮上することになる。どちらも領土問題や歴史問題、核開発問題といった懸念材料を抱えているが、経済や政治の運営体制に共通の面を持ち、共に米国を同盟国としているという点で、韓国がまだましな協力相手となろう。
極論として朝鮮半島敵視という考えもあろうが、これは、ロシアとの関係も領土問題でしっくりいっていない、中国との関係も領土や歴史問題があって緊張気味という現在日本の状況下、好き好んで敵を増やす自滅策としか言いようがあるまい。





なお全くの余談だが、東アジアの近代史を振り返ると、時の政権が排外感情の抑え込みに失敗した(或いはそれに悪乗りした)場合、それは大抵当該政府(というか「統治システム」と言い換えてもいいかもしれない)の滅亡フラグであった。曰く義和団事変、曰く東学党の乱、曰く「英米本位の平和主義を排す」や「暴支膺懲」論。
さて、火遊びの果てに瓦解した大日本帝国の残骸の中から日本国が立ち上がって早59年、その統治システムに色々なガタが目立ち始めたのと軌を一にするかのように嫌韓、嫌中といった感情が噴出し始めた昨今、何とも気になる事象ではある。

2011年8月21日日曜日

第三百九十一段 「近い外国」が「緑の津波」に呑み込まれる日

一時は1バレル=150ドルに迫ろうかという勢いであった原油価格が、その後リーマンショックの混乱の中で1バレル=40ドルを割り込む水準へと下落したことも今は昔、その後2009年、10年、11年8月に至るまで原油価格が右肩上がりの堅調な展開を続けたこともあり、それを追い風としたロシアの軍事分野への予算投入も活発化している。
今年に入ってからは、フランスからのミストラル級揚陸艦の購入契約がその額や安全保障分野への影響から強い注目を集めたが、他にもロシアは、仏SAGEM社とは新鋭歩兵戦闘キット「フェリン」の売買交渉、仏バナール社や伊イベコ社とは軽装甲車両売買交渉をそれぞれ進め、独ラインメタル社との間では陸軍戦闘訓練センター建設契約を調印している(注1)。
また7月8日には、コーカサスや中央アジア山岳地帯での作戦行動が増えると考えたものか、スイスとの間で山岳部隊訓練における協力協定を調印した(注2)。

斯くの如き良好な経済環境に恵まれたロシアの防衛分野における積極的な動きについて、旧ソ連圏諸国、ロシアからは所謂「近い外国」と呼ばれる幾つかの国々は当然ながら対露警戒感を強めている。即ち、「高い石油の恩恵でよみがえったロシア軍が、再び自分たちを支配下に置こうと行動を起こすのではないか?」というわけだ。
一方で、ロシア軍が依然として個々の兵士の福利厚生やそれを背景にしたモチベーションの改善に成功しておらず、指揮・通信・監視・偵察における近代化・情報化でもNATO諸国等に比して立ち遅れた状態にあることも確かであり、こうした弱みがある限り、今進められているロシアの軍事能力拡張の動きは見かけ倒し以上のものにはなり得ないと指摘する声もある。
そうしたロシア軍にやや厳しい目を注ぐ一人である軍事専門紙「ボエンノ・プロムイシュレンヌイ・クリエール」紙の記者フラムチーヒン氏は、NATO諸国軍のアフガン撤退後を見据え、ロシアにとって不吉極まりない以下のような見通しを語っている(注3)。

1.新型自動指揮統制システムYeSU TZの開発・導入に遅延が発生する等、ロシア軍の現状は、効率的な指揮統制系統の確立に依然として遠い所にあり、NATO諸国軍撤退後のアフガンを起点として発生するであろうイスラム過激派の勢力拡大、所謂「緑の津波」が旧ソ連領中央アジアを呑み込んでいくことを阻止するだけの力を持ち得ない。

2.ロシアとイスラム過激派との抗争はタジキスタン、キルギス、ウズベキスタン南部にかけての山岳地帯やフェルガナ盆地を舞台として繰り広げられ、長期戦の末、タジキスタン、キルギス、ウズベキスタンがイスラム過激派の支配下に入るという結果で終わるだろう。

ロシアにとっては実に陰鬱な中央ユーラシアの未来予想図である。だが、「誰かの不幸は誰かの幸運」というのがこの世の習い。もしフラムチーヒン氏の予想が実現すれば、それは日韓台ASEAN諸国といった中国の海洋進出に神経を尖らすユーラシア極東部の国々にとっての僥倖となるかもしれない。
何故なら、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタンでイスラム色の強い政権が成立することは、そのすぐ東に存在する中国領新疆のウィグル人たちを刺激せずにはおれないだろうし、イスラム過激派政権の支配下に入ったウズベキスタン、キルギス、タジキスタンは、北京政府に対して武装闘争も辞さないウィグル過激派にとって恰好の補給・訓練基地となると考えられる。その結果上手く新疆ウィグル自治区での分離独立闘争が活発化すれば、北京政府は安全保障上の重点を西方に移さざるを得なくなり、自然、東方の海洋部では自重した振舞いを余儀なくされると推測されるからだ。
更にもし欧米軍撤退後のアフガンでタリバンが支配権を確立したことに刺激され、パキスタンでもイスラム過激派の反政府武装闘争が活発化して一種の内戦状態に陥った場合、それは南アジアにおいて中国の”戦略的資産”(注4)が使い物にならなくなることを意味する。と同時に、中国の戦略的ライバルたるインドに核兵器等の安全確保等を名目としたパキスタン介入の大義名分を与えることにも繋がろう。

果たしてNATO諸国軍撤退後のアフガンを起点として「緑の津波」は巻き起こるのか、そして起きたとしたらそれはどの程度周りの国々を巻き込み、新疆ウィグル自治区を揺り動かすことになるのか、今後の展開が実に興味深い所である。

注釈
注1.当該戦闘訓練センターの建設コストは3.98億ドルが見込まれており、建設地はニジニーノブゴロド州ムリノとなっている。2013年には中隊レベル、2014年には大隊レベルの演習が可能となる予定である。またロシアは同種の訓練センターを各地に設置するため、ラインメタル社との間でライセンス取得交渉も進めている。
注2.なお、ロシアの山岳戦闘旅団は2007年に初めて編成され、現在ではダゲスタン・ボトリフに第33自動車化狙撃旅団、カラチャイ・チェルケシア共和国ゼレ ンチュクスカマに第34自動車化狙撃旅団を配置している。これら自動車化狙撃旅団は南部国境防衛支援を任務としている他、露南部ソチにおける2014年冬 季五輪の警備にも投入される予定となっている。北オセチアのアラニヤ、カバルジノ・バルカル、カフミンボドゥイ等に付属部隊が配置されている

注3.もし中央アジアでイスラム過激派の勢力拡大が始まった場合、これに対応するのはロシア軍中央軍管区(司令部エカテリンブルク)になる。中央軍管区は現状、戦車旅団1、自動車化狙撃旅団7(うち1つは現在解体中)、ミサイル旅団2、防空ミサイル旅団2、ロケット砲兵旅団1、貯蔵・修理基地5、クラスノヤルスク及びスベルドロフスクの予備戦車基地、ウリヤノフスクの第31空爆旅団といった戦力を擁しているが、フラムチーヒン記者は練度が低く、指揮系統等の近代化が進んでいない現状では、「緑の津波」を防ぐには能力不足であるとしている。
注4.中国にとってパキスタンは、対印牽制の駒、インド洋への出口という戦略的意義を有している。


参考資料
・共同通信 「ロシア・東欧ファイル」 2011年7月1日
・共同通信 「ロシア・東欧ファイル」 2011年7月22日
・共同通信 「ロシア・東欧ファイル」 2011年8月4日

2011年8月20日土曜日

第三百九十段 中東紛争ベルト地帯

一向に収束の気配が見えないシリア内戦状態が世の耳目を集める中東情勢だが、最近になってトルコ、イランとクルド人勢力との紛争再開やガザ地区からの対イスラエル攻撃とそれに対するイスラエルの報復攻撃、シナイ半島北側における1000人規模のエジプト軍展開等、どうもキナ臭い動きが相次いでいる。

それらを地図上にプロットしたのが以下の図表である。

黄色火花1.トルコ軍とクルド人分離独立勢力PKKとの衝突再開。
トルコ南東部からシリア北東部、イラク北部、イラン北西部にかけて広がる所謂「クルディスタン」の独立を巡って、クルド人独立派勢力と各国政府は長年抗争を続けてきた。その中でも最も規模が大きいのがトルコとクルド人独立派勢力PKKの抗争である。
2003年のエルドアン政権成立後は、EU加盟交渉における人権分野の改善アピールといった目的もあってか、クルド人の権利拡大もある程度進んだものの、最近は政権の強硬姿勢が目立ち、今月に入ってからは、トルコ-イラン国境地帯(クルディスタン地域)を走るガス・パイプラインで爆破事件が発生(爆破はトルコ領側で発生)、トルコ南東部においてPKKによると見られる攻撃でトルコ側に8名の死者が発生、トルコ軍によるPKK基地を狙ったイラク北部への2度の空爆といった事例が相次いでいる。
なお、トルコ・エルドアン政権の対クルド強硬策への転換が、EU加盟交渉を必ずしも重視しないという外交スタンスへの転換をも象徴するものなのかは興味深い所である。

黄色火花2.イラン革命防衛隊とクルド人分離独立勢力との衝突
上記の通り、クルド人独立派が分離独立活動を繰り広げている地域は、トルコに限られたものではない。イランでもまたPKK傘下組織たるPJAK等がクルディスタン独立に向けた武力闘争を行っている。
イランでは今年に入ってから革命防衛隊を投入してのクルド人独立派掃討作戦を強化している。最近伝えられた、ゴム地域革命防衛隊司令官の一人が北西部サルダシュトでの掃討作戦中に戦死、新たなクルド難民の発生、トルコ-イラン間を走るガス・パイプラインの爆破事件(上記のトルコでの爆破事件とは別物)、イラン革命防衛隊がPKK幹部(組織のNo.2)たるKarayılanの捕獲成功といった事例を見ると、クルド側の抵抗はあるものの、概ねイランの掃討作戦は順調に推移しているといえそうである。

黄色火花3.シリア・アサド政権と反アサド勢力との内戦状態
こちらは世のマスコミがこぞって伝えている所でもあり、詳細は省くが、シリア軍がラタキア攻撃の際に同地のパレスチナ難民キャンプも攻撃したことが伝えられている。これがガザやヨルダン川西岸、そして中東各国に在住するパレスチナ人を刺激する可能性には注意が要るだろう。

黄色火花4.ガザ地区からのパレスチナ人勢力による対イスラエルテロの発生とイスラエル国防軍による報復
今月18日にイスラエル南部エイラートでイスラエル人の乗ったバス等を狙ったパレスチナ人のテロが相次ぎ、これに対してイスラエル国防軍はガザ地区に対して報復攻撃を行っている。その報復攻撃の最中、イスラエル国防軍の軍用ヘリがエジプト軍兵士を誤射してしまい、エジプト側に死傷者が発生したことが報じられた。以下に述べるように、現在シナイ半島ではエジプト軍が1000人規模の兵力を展開中であり、イスラエル-エジプト両国関係が当該誤射事件で悪化した場合、両国国境で危険なエスカレーションが発生する可能性がある。

黄色火花5.シナイ半島における「テロ組織、過激派、ベドウィンが跋扈する無政府状態を終わらせ、エジプト政府の支配権を確立すること」を目的としたエジプト軍の展開
四度にわたる中東戦争で干戈を交えたエジプト-イスラエルが相接するシナイ半島は、ために長年、その広大さやスエズ運河、エジプトとイスラエル、ヨルダンを結ぶガス・パイプラインが走るといった重要性の割に極めて限定された形でしかエジプト軍・警察部隊の展開が許されず、結果、同半島は皮肉にもベドウィンやエジプト本土等で活動の場を失った過激派・テロ組織の割拠する一種の無法地帯と化してきた。
この状況に長年目をつぶり続けてきたカイロ政権だが、2011年に入ってイスラエルやヨルダンに向かうガス・パイプラインへの爆破攻撃が相次いで発生したことから、遂にエジプトはイスラエルと調整を行った上で今年2月にシナイ半島に800人の兵力を増派し、それと合わせた1000人以上の兵力で同半島でのベドウィンや過激派、テロ組織の取締作戦を8月上旬から開始した。作戦は現在も実行中だが、シナイ半島北部のガザ-エジプト境界地帯で、ガザへの報復攻撃を行っていたイスラエル軍ヘリによるエジプト軍兵士誤射事件が発生したこともあり、両国の兵力が近接した状態で、両国間の緊張が高まるという剣呑な状態も想定される。

黄色火花6.レバノンにおけるテロ事件の発生
レバノンの安定が隣国のシリアの動向に大きな影響を受けていることは従来より度々指摘されてきたことだが、それだけにシリアにおけるアサド政権と反アサド派の対立・衝突が発生した時、その混乱がレバノン国内に飛び火する可能性が懸念された。
実際レバノン政府も6月下旬にシリア国境地帯に兵力を展開し、混乱するシリアからの難民、武器等の流入を阻止しようとしてきた。
そうしたレバノン政府の努力もあってか、現時点では大規模な反政府活動や各党派間の武力衝突といった事態は発生していないが、イスラエル-レバノン国境の監視に当たる南レバノン国連軍への路肩爆弾による攻撃、レバノン有力党派ヒズボラのナスラッラ書記長を狙ったと思われるベイルート南部での爆破事件(なおレバノンのイスラム教シーア派住民を支持基盤とするヒズボラは、長年イランやシリアと強固な協力関係下にあることが知られている)といった事件も発生しており、予断を許さない状況下にあると考えられる。

こうした事例を並べていくと、トルコ・イラン・イラク国境地帯からシリア・レバノンを経てシナイ半島に至る紛争ベルト地帯(上記地図内赤枠で示す)が成立していることに気付く。
その紛争ベルト地帯の中にあって、現状、奇妙なほどに静寂を保っているのがヨルダン川西岸、イスラエル・ヨルダン国境地帯である。もしここもまた他地域と同様に発火することになれば、イスラエルは南北東の三方向に紛争地帯を抱えることになる。果たしてヨルダン川西岸、イスラエル・ヨルダン国境地帯の安定はいつまで保たれるのだろうか・・・・?

参考資料
・Ahram 「Egypt army officer, 2 security men killed in Israeli border raid」 2011年8月19日
・Gulf Times 「Hundreds displaced as Iranians clash with Iraq Kurds」 2011年7月26日
・HAARETZ 「Report: Lebanon bombing was attempted hit on Hezbollah chief」 2011年8月2日
・HAARETZ 「Egypt deploys thousands of troops and tanks in Sinai, in coordination with Israel」 2011年8月14日
・Hurriyet Daily News 「Iranian gas flow to Turkey halted by explosion」 2011年8月12日
・Hurriyet Daily News 「Turkish jets bomb PKK bases in Iraq」 2011年8月18日
・Iran Japanese Radio 「イラン北西部で、テロリスト多数が死傷」 2011年7月16日
・Iran Japanese Radio 「イラン革命防衛隊の司令官が、PJAK掃討作戦で殉教」 2011年7月23日
・Iran Japanese Radio 「「爆発で破壊されたガスパイプラインはまもなく復旧」」 2011年7月29日
・Jerusalem Post 「Egyptian army deploys additional soldiers in Sinai」 2011年2月18日
・Jerusalem Post 「Israel sees Lebanon bombing as warning to UNIFIL」 2011年7月28日
・Jerusalem Post 「'Explosion hits natural gas pipeline in Sinai Peninsula'」 2011年7月30日
・THE JORDAN TIMES 「Lebanon sends troops after residents clash on Syria」 2011年6月19日
・・TODAYS ZAMAN 「‘Mystery’ still surrounds reported capture of PKK leader Karayılan」 2011年8月14日
・TODAYS ZAMAN 「7 soldiers, one village guard killed in PKK ambush 」 2011年8月17日
・TODAYS ZAMAN 「Turkish military attacks PKK camps in Iraq for second day」 2011年8月18日
・共同通信 「連続襲撃で7人死亡 イスラエル、ガザ空爆」 2011年8月19日
・毎日新聞 「シリア:弾圧、パレスチナ難民に被害 北部攻撃4日目、5000人以上脱出」 2011年8月17日

2011年8月18日木曜日

第三百八十九段 暇潰しの思考実験

日頃は安全保障や外交、戦争といった問題に全く目を向けることのない日本国内で、例外的にそれらにスポットライトが当たるのが、第二次大戦における二度の原爆投下日や所謂「玉音放送」のあった日を抱える8月である。

そしてその8月に頻繁に目にするのが、「過去の戦争の惨禍を後世に語り継ぎ、二度と戦争を繰り返さないようにしよう」という意見である。なるほど、確かに太平洋戦争に限らず、古今東西の戦争やそれに従軍した人々の記録を見れば、戦争というものがもたらす悲惨さはよく分かるし、少なくとも政策遂行の一手段として軽々しく発動するにはあまりに犠牲が大きすぎるという考えを持たざるを得ない。

ただ一方で、「戦争の悲惨さを語り継ぐ」ことで人々の厭戦気分を盛り上げ、その結果もたらされた平和は、果たしてどの程度持続性を有するのだろうか? 試しに思考実験をしてみたい。

20XX年、世界の人々が戦争の悲惨さと悲劇性を深く自覚し、結果、あらゆる政府が「外交の場において戦争回避のためならあらゆる譲歩を受け入れる」状態になったとする。こうなると確かに暫くは世界で平和が保たれることになるだろう。

しかし、世界各国が「外交の場において戦争回避のためならあらゆる譲歩を受け入れる」状態に留まり続けることは決してないだろう。何故なら、周辺国が「外交の場において戦争回避のためならあらゆる譲歩を受け入れる」状態にあるならば、交渉の場において軍事力を見せびらかし戦争の可能性をちらつかせることで自国の利益を最大化できることに気付く国が早晩現れるからだ。
そうなると、脅迫国の交渉相手となった国は、脅迫国にとことんまで譲歩し続け自らの存続が叶わなくなるまでに収奪され続けるか、脅迫を無効とするため「脅迫国との戦争も辞さない」姿勢を取ることを余儀なくされるかの二者択一を迫られることになる。
そして時期を追うに従って、前者の道を選んだ政府は収奪され続けた末に瓦解していき、残るのは戦争の恐怖で相手を脅す政府か、それに対して「戦争も辞せず」として相手の脅迫を突っぱねる政府のみということになっていくだろう。
また、ある国の脅迫戦略が成功し、それが多大な利益を脅迫国にもたらすことが明らかになった場合、恐らく多くの国もそれに追随して脅迫戦略を採用することになるだろうから、「外交の場において戦争回避のためならあらゆる譲歩を受け入れる」麗しき国々の集まりであった世界は、かなりの速度と規模で脅迫者と強硬な抵抗者の闘争の場に代わることになるだろうし、そこでは脅迫と抵抗のエスカレーションが戦争にまで至る事態も珍しくはなくなるだろう。

では戦争を忌み嫌う人々の楽園が、上記のような崩壊の道を歩まないようにするにはどういった方法が考えられるのだろうか?

1つ考えられるのは、ある国家なり国際機関に、脅迫国が周辺国に横暴な要求を突きつけた場合にこれを懲罰できるだけの武力を与え、一種の用心棒として働いてもらう方法である。ただし、この方法を用いたとしても、用心棒役の国家なり国際機関が収奪役に回り、それに反発した国々が頑強な抵抗者に姿を変え、両者の間で緊張激化或いは戦火勃発という事態に至る可能性は排除しきれない。

従って、戦争の悲惨さ・苛酷さを訴えて人々の嫌戦感情を高め、それによって国際平和がもたらされたとしても、それは持続性に欠けたものとならざるを得ないと考えられよう。

2011年8月10日水曜日

第三百八十八段 ロシアは天丼がお好き

最近のエネルギー資源関連のニュース・報道を見ていると、表題のような感想が脳裏をかすめることがある。とはいっても、ここでいう「天丼」とは、あのどんぶり飯の上に海老天等が乗っかった魅惑の食べ物のことではなく、「同じギャグ・ボケを繰り返す」ことでウケを狙うお笑いの手法のことだ。

具体的な「天丼」事例を挙げていくと、露-欧州間のガス・パイプラインでウクライナやベラルーシ経由のものがある所に、バルト海海底を経由して独露を直結する「ノルドストリーム」計画をぶち上げてこれを実現し(注1)、EUがトルコ、バルカン半島を経由してカスピ海地域等の天然ガスを欧州に運ぼうとする「ナブッコ・パイプライン」計画を立ち上げるや、同地域の天然ガスを黒海海底、バルカン半島を通じて欧州に運ぼうとする「サウスストリーム」計画を発表するといった具合である。

無論、露が実現させた或いは提唱している「ノルドストリーム」や「サウスストリーム」は単なる物真似や対抗心から生まれたものではなく、寧ろ、「対欧州エネルギー供給から発生するロシアの対外的影響力を些かなりとも毀損する動きがあれば、それに対抗・代替的な計画を宣言して相手の計画を潰し、以て自国の対外影響力を保持しよう」とするしたたかな計算の下に繰り出されてきたものであることは、今までにも多数の専門家たちによって指摘されている。

そんな露の「天丼」政策に、最近新たな事案が加わった。場所はバルト海地域と東欧。ロマノフ朝、ソ連と長らくロシア勢力が強大な影響力を誇り、それゆえに現地諸国・諸民族の対露警戒感が根強い地域でもある。当該地域では、現在、以下のように2つの原発建設案件が進められている。

リトアニア・ビサギナス原発
・建設はGE日立が受注
・総工費30~40億ユーロを見込む
・2020年稼働予定
・現状見込まれている原発プロジェクト会社の株主構成は51%:GE日立、34%:リトアニア政府、残余:エストニア、ラトビア、ポーランドの各投資家

ポーランド原発
・3000MW級原発2基の建設を予定
・建設地としてはジェルノビェツが有力と目されている
・7月6日にポーランド議会が原子力法案を可決したことで、当該原発建設に向けた法的枠組みの整備が完了。
・2016年着工、1号機は2020年稼働予定
・GE日立、東芝WH、アレバ・EdF連合の三者が応札予定(GE日立は2011年7月29日に現地企業エネルゴプロジェクト・ワルシャワと当該案件に関する協力で合意し、MOUを締結している)
・総工費180~210億ズロチを見込む

これら原発案件が、エネルギー供給を梃子としたロシアの影響力を少しでも削減しようとする各国の意図に発することは言うまでもない(注2)。

それにロシアが対抗して繰り出してきた「天丼」は、カリーニングラード及びベラルーシにバルト諸国並びに東欧、ドイツへの電力供給を目的とした原発を建設するというもの。
ただ、ベラルーシ建設案はロシア-ベラルーシ関係に左右される面も大きく現時点では具体性に欠けたものとなっており、またカリーニングラード建設案についても、設立予定の原発プロジェクト会社株式についてその49%までをEU諸国に開放する意向を露が示していること以外は不透明な部分が多く、今回露が繰り出してきた「天丼」はインパクトに若干欠けたものとなってしまっている。

ではロシアは今回の事案において、「天丼」を繰り出した甲斐もなく、リトアニアやポーランドでの原発建設によってエネルギー供給を梃子としたバルト三国や東欧に対する影響力が削られてしまうのを指をくわえてみているしかないのだろうか?

そうではない。2011年7月19日、EUによって、ロシアにとって対欧州諸国への影響力維持・拡大の切り札になり得べきカードがもたらされたのだ。
それが使用済核燃料等核廃棄物処分計画策定義務付け規則の発表である。
当該規則の概要は以下の通り。
・当該規則は2011年9月末までの発行を予定
・EU加盟国原子力当局は、2015年末までに最終処分施設建設等の具体的処理計画をまとめた上、欧州委員会に当該計画を提出することが求められる。
・EU加盟国原子力当局から提出された処理計画に不十分な点があれば、欧州委員会はその変更を指示することができる。
・1つの最終処分施設を複数国で利用することも可能。
・核廃棄物のEU外輸出は、輸出国が高深度処分施設等を保有している場合のみ可能。

原発を運用していれば必ず発生してしまう使用済核燃料の処分について、如何に「1つの最終処分施設を複数国で利用することも可能」とはいえ、ポーランドやバルト三国といった諸国よりも、ソ連時代の遺産として多くの再処理施設を擁し、かつシベリアという広大、人煙希薄、地震等の危険性も低いという最終処分場増設にはうってつけの領域を抱えるロシアの方が遥かに幅広い選択肢を有していることは否めないだろう(実際、上述のEU規則も「高深度処分施設等を保有している」国への核廃棄物輸出は認めているわけで・・・・)。

そう考えると、ポーランドやリトアニアでの原発案件、原発建設とそこからの電力供給という点で今回のロシアの「天丼」策が結実する可能性は低いと見られるが、「使用済核燃料の受入」によってバルト三国や東欧諸国へのロシアの影響力を保持・拡大することは十分に可能であろう。

注釈
注1.ノルドストリームは2011年5月7日に敷設工事を完了している。

注2.ポーランドはガス供給の対露依存を軽減するため、自国内のシェールガス開発にも積極的な姿勢を示している。

参考資料
・FBC 「東欧経済ニュース」No732 2011年7月6日
・FBC 「東欧経済ニュース」No734 2011年7月20日
・共同通信社 「ロシア・東欧ファイル」 2011年7月20日
・共同通信社 「ロシア・東欧ファイル」 2011年7月22日
・共同通信社 「ロシア・東欧ファイル」 2011年7月29日
・共同通信社 「ロシア・東欧ファイル」 2011年8月3日
・日刊工業新聞社 「原子力年鑑」2011年版 2010年11月

2011年8月4日木曜日

第三百八十三段 「セラフィールドMOXプラント閉鎖」の報で思った由無し事

日本で発生した使用済み核燃料の再処理で重要な働きを果たしてきた英セラフィールドMOXプラントがどうやら閉鎖されるらしい。

World Nuclear Newsのサイトでは、8月3日付で以下のように報じている。

The manufacture of mixed oxide (MOX) nuclear fuel at Sellafield is to stop "at the earliest practical opportunity" to reduce the financial risks to British taxpayers from events in Japan.

The closure comes as a result of the Fukushima accident, which dramatically increased uncertainty for the ten Japanese utilities that had placed contracts for supplies of MOX fuel. This is made by combining uranium with plutonium recovered by reprocessing used nuclear fuel.

The Nuclear Decommissioning Authority (NDA), which owns all the UK state's nuclear assets, said it reviewed the risk profile for operation of Sellafield MOX Plant (SMP) and "concluded that in order to ensure that the UK taxpayer does not carry a future financial burden from SMP that the only reasonable course of action is to close SMP at the earliest practical opportunity."

Separately Areva last week announced the cancellation of orders for uranium and nuclear fuel amounting to €191 million ($273 million) as a result of the shutdown of reactors in Japan and Germany.

The NDA's move to close SMP will be a grave disappointment for the plant's 600 workers, who had celebrated success in raising performance to commercially acceptable levels. Despite being designed to produce 120 tonnes of fuel per year, it never operated properly and was downrated to just 40 tonnes per year. In its nine years of operation to 2010 it produced only 15 tonnes of fuel.

However, in 2010 the NDA and ten Japanese utilities agreed on a plan to refurbish the SMP "on the earliest timescale" using technology from France's Areva. A new rod manufacturing line was being installed which, as well as improving overall performance, was meant to ultimately replace the existing one.

The NDA's Sellafield site - including the SMP - is managed by Nuclear Management Partners, a consortium of URS of the USA, AMEC of the UK and Areva of France.

Taking the back-end forward

The two major elements in the UK's strategy for the back-end of the nuclear fuel cycle were SMP and the Thermal Oxide Reprocessing Plant (Thorp), at which used nuclear fuel is reprocessed to separate uranium and plutonium from wastes that go on to be vitrified ready for permanent disposal.

A document released in March 2010 highlighted that Thorp would require refurbishment or replacement to handle the complete inventory of used nuclear fuel it was built to process - all that coming from the fleet of Advanced Gas-cooled Reactors (AGR) as well as international contracts. Some 6600 tonnes of AGR fuel remains outstanding, with options for storing it unclear until a permanent repository is available in about 2030.

Simultaneously, the UK is considering the future of some 100 tonnes of civil plutonium, which is currently classified as a 'zero value asset'. A public consultation on this ran from February to May.

In late March the former science advisor to Tony Blair, Sir David King, presented a range of options which in essence showed it makes sense to produce MOX fuel from the plutonium. The question for the UK is whether it wants to offset the cost of this with extra savings and revenues from the potentially expensive return to the full nuclear fuel cycle that would come with a refurbishment of Thorp.

A cost-benefit analysis of a new MOX plant has been commissioned by the Department of Energy and Climate Change and a decision based on that is expected before the end of this year.


要は、 福島第1原発事故の発生により同プラントにとって最大の顧客である日本のプルサーマル計画の先行きが不透明となったことで、プラント運営に当たって将来的に納税者負担が発生する可能性が高まったことを受け、負担が現実化する前に英原子力廃止措置機関が”可及的速やか”なプラント閉鎖を決定したというもの。

これだけなら、「あ~、日本の使用済み核燃料の行き場がなくなっていくなぁ・・・・」という感想しか浮かばないのだが、そこに中国という要素を絡めてみると、また違った情景が浮かんでくるように思える。

この「英MOXプラント閉鎖」にどう中国が絡んでくるかというと、時間を若干遡ること去る今年7月23日、原子能科学研究院院長兼快堆産業化技術創新戦略聯盟理事長という中国原子力開発の指導的立場に立つ万鋼氏が「高速増殖炉技術・産業の発展に関する中長期目標」を提示した。そこでは、以下のような目標が掲げられていた。

1.2025年までに2~3基の商業用高速増殖炉を建設する(注1)。
2.2025年までに商業用MOX燃料製造工場を1つ建設する。
3.2025年までに加圧水炉使用済み燃料再処理工場を1つ建設する。

上記目標の中で特に注目したいのが2番目の「MOX燃料製造工場建設」である。で、今回英で運営停止が決まったのも「MOX燃料製造工場」。つまり、中国が「MOX燃料工場を建設するよ!」という意気込みを明らかにしたその直後、英国では長年MOX燃料を生産し続けてきたセラフィールドのプラント群が操業を停止、謂わば無用の長物と化すことになったわけで・・・・。
近年の中国がその巨大な外貨準備高の一部を利用して、あるいは国営企業等を通じて資源権益や外国の技術取得を積極的に行ってきたことを考えると、セラフィールドのMOXプラントの行き先についても「中国が触手を伸ばしてくるのでは?」という想像がどうしても脳裏に浮かんできてしまうのだ。

無論、安全保障とも密接に絡んだ核技術やその関連施設が自動車や家電の製造ラインと同じような感覚で売買されるとは全く思っていない。
しかし、それでも、それでもなお、中国が対外的にその経済力や「12億人市場」の魅力等を切り札として多少の障害なら強引に捩じ伏せて望みの結果を得てきたこと、そしてEU内で「対中武器禁輸措置解除論」が根強いことに代表されるように欧州諸国は東アジアのパワーバランスについて意外に無頓着であることを考え合わせた時、「中国がセラフィールドMOXプラント取得に動く」というシナリオを杞憂として一笑に付すことがどうしてもできないのである。

注釈
注1.中国は既に高速増殖炉CEFR(実験炉)を稼働させている。同炉は2010年7月21日に臨界を迎え、2011年7月21日には電力供給を開始している。

参考資料
・World Nuclear News 「Sellafield MOX plant to close 」 2011年8月3日
・World Nuclear News 「Chinese fast reactor starts supplying electricity 」 2011年7月21日
・東西貿易通信社 「East & West Report」No.11029 2011年8月1日

2011年8月1日月曜日

第三百八十二段 冴えた意趣返しのやり方

金や権勢のある人の周囲に人が集うこと昼間の市場の如く、無位無官、金にも権勢にも無縁の雌伏を強いられている人に寄り付く者が無いこと夜中の墓場の如し、というのはさして珍しい光景ではないし、近親者だからと言って無条件でこのゲンキンな世のあり様から隔絶されているわけでもない。

このことに何を思うかは人それぞれであろうし、中にはそれへの意趣返し・復讐の念に燃える人もいるかと推測されるが、今回は「そんな世知辛い周囲への意趣返し一つとっても色んなやり方があるんですよ」という話(ぇー

引用するのは、B.C.206年からA.D.8年にかけて中国大陸を支配した前漢王朝の歴史を記した「漢書」の中にある朱買臣という人物の列伝(本文の略、強調部分及び和訳は著者による)。
朱買臣字翁子,吳人也。家貧,好讀書,不治產業,常艾薪樵,賣以給食,擔束薪,行且誦書。其妻亦負戴相隨,數止買臣毋歌嘔道中。買臣愈益疾歌,妻羞之,求去。買臣笑曰「我年五十當富貴,今已四十餘矣。女苦日久,待我富貴報女功」。妻恚怒曰「如公等,終餓死溝中耳,何能富貴?」 買臣不能留,即聽去。
其後,買臣獨行歌道中,負薪墓間。故妻與夫家俱上冢,見買臣饑寒,呼飯飲之。
後數歲,買臣隨上計吏為卒,將重車至長安,詣闕上書,書久不報。待詔公車,糧用乏,上計吏卒更乞匄之。會邑子嚴助貴幸,薦買臣。召見,說春秋,言楚詞,帝甚說之,拜買臣為中大夫,與嚴助俱侍中。
(中略)
會稽聞太守且至,發民除道,縣吏並送迎,車百餘乘。入吳界,見其故妻、妻夫治道。買臣駐車,呼令後車載其夫妻,到太守舍,置園中,給食之。居一月,妻自經死,買臣乞其夫錢,令葬。悉召見故人與飲食諸嘗有恩者,皆報復焉。

<和訳>
朱買臣、字は翁子。呉の人。家が貧しかったが読書を好み、ロクに仕事もせず、薪を売って生活しており、薪を担いで歩きながら書を読んでいた。
妻もそれに同行したが、朱買臣が道で歌を歌うのを止めさせようとしても改まらず、余計に歌うようになったので、妻は恥じて離縁しようとした。彼は「私は50歳になったら富貴な身分になるが、もう40歳以上になっている。お前は今までずっと苦労していたから、私が富貴になるのを待っていれば大いに報いようではないか」と言ったが、妻は「貴方と一緒にいてものたれ死ぬだけです。どうして富貴になれましょう」と怒ったので、彼は離縁を許した。
その後、朱買臣は独りで薪を背負いつつ歌を歌った。墓場で薪を拾っていた時に元の妻とその夫が困窮している彼を見かけると、元の妻は彼に食事を恵んでやった。
その後、朱買臣は上計吏に随行する卒となり、長安へ行った。そこで皇帝に上書したがなかなか返事がなかった。待つうちに食うものに困るようになったので、仲間の卒が食事を恵んでやった。
そんな折、同じ呉の人間である嚴助が朱買臣を推薦したため、武帝が召し出した。彼は「春秋」について説き、楚詞について語った。武帝は大変喜んで朱買臣を中大夫に任命し、嚴助と共に侍中とした。
(中略)
会稽郡太守(朱買臣)が着任すると、郡では民を使って道を清め、吏がこぞって送迎した。呉県に入ると、彼は元の妻とその夫が道を清掃しているのを発見した。朱買臣は二人を車に乗せて太守の公舎に置いて食事を給したが、元の妻は一月ほどして自殺してしまったので、その夫に葬る費用を与えた。その他にもかつて恩があった者と会食し、その恩に報いた。

一見するとお人よしにも見えるような朱買臣の元妻に対する扱いだが、自分がこれを目にした時、先ずもって想起したのがユダヤ教の聖典「タルムード」に記されている以下の挿話であった(注1)。
「鎌を貸してくれ」とある男が言った。相手は「嫌だ」と拒絶した。しばらくして逆にその拒絶した男が「馬を貸してくれ」と言ってきた。すると相手は「お前は鎌を貸してくれなかったから、俺は馬を貸さない」と言った。これは復讐である。
「鎌を貸してくれ」とある男が言った。相手は「嫌だ」と拒絶した。しばらくして逆にその拒絶した男が「馬を貸してくれ」と言ってきた。初めの男は馬を貸してやったが、貸す時に「貴方は鎌を貸してくれなかったけれども、私は貴方に貸してやる」と言った。これは憎悪である。

恐らく元妻は、朱買臣の”温情”を受ける度に己がかつてした振舞いと元夫から現在受けている振舞いの落差からくる疾しさ、大器を見抜けなかった己の不明を恥じる心に苛まれ、また過去の自分の行いに対する世間の侮蔑を含んだ視線に晒され続けた結果、自死へと追い込まれたのだろう。

「老子」には以下のような文言が収められている(注2)、
將欲歙之、必固張之。將欲弱之、必固強之。將欲廢之、必固興之。將欲奪之、必固與之。

<和訳(岩波文庫「老子」に拠る)>
縮めてやろうとするならば、かならずしばらく拡張してやれ。弱めてやろうとするならば、かならずしばらく強めてやれ。廃してやろうとするならば、かならずしばらく挙げてやれ。奪ってやろうとするならば、かならずしばらく与(あた)えてやれ。

かつての自分につらく当たった元妻に対する朱買臣の真意について断言することはできないが、もし彼が元妻に対して恨みの感情を抱いていたとしたなら、それをおくびにも出さず、己の世評を傷つけることもなく、相手に物を与えるだけ与えてその自壊を誘発した手腕たるや見事としか言いようがない。

そして、これらの一見そうとは分からない入り組んだしっぺ返しのやり方を見てると、「ハンムラビ法典」の「目には目を、歯には歯を」の明瞭性が寧ろ稚気に富んだ微笑ましいものに映ってくるから不思議なものである。

注釈
注1.「ユダヤ5000年の知恵」に拠る
注2.「老子」第36章に拠る


参考資料
・ラビ・M・トケイヤー 「ユダヤ5000年の知恵」 1971年10月 実業之日本社 加瀬英明訳
・班固 「漢書」列伝巻六十四 嚴朱吾丘主父徐嚴終王賈傳第三十四上 (台湾中央研究院 漢籍電子文献より)
・老子 「老子」 2008年12月 岩波書店 蜂屋邦夫訳注