2011年8月1日月曜日

第三百八十二段 冴えた意趣返しのやり方

金や権勢のある人の周囲に人が集うこと昼間の市場の如く、無位無官、金にも権勢にも無縁の雌伏を強いられている人に寄り付く者が無いこと夜中の墓場の如し、というのはさして珍しい光景ではないし、近親者だからと言って無条件でこのゲンキンな世のあり様から隔絶されているわけでもない。

このことに何を思うかは人それぞれであろうし、中にはそれへの意趣返し・復讐の念に燃える人もいるかと推測されるが、今回は「そんな世知辛い周囲への意趣返し一つとっても色んなやり方があるんですよ」という話(ぇー

引用するのは、B.C.206年からA.D.8年にかけて中国大陸を支配した前漢王朝の歴史を記した「漢書」の中にある朱買臣という人物の列伝(本文の略、強調部分及び和訳は著者による)。
朱買臣字翁子,吳人也。家貧,好讀書,不治產業,常艾薪樵,賣以給食,擔束薪,行且誦書。其妻亦負戴相隨,數止買臣毋歌嘔道中。買臣愈益疾歌,妻羞之,求去。買臣笑曰「我年五十當富貴,今已四十餘矣。女苦日久,待我富貴報女功」。妻恚怒曰「如公等,終餓死溝中耳,何能富貴?」 買臣不能留,即聽去。
其後,買臣獨行歌道中,負薪墓間。故妻與夫家俱上冢,見買臣饑寒,呼飯飲之。
後數歲,買臣隨上計吏為卒,將重車至長安,詣闕上書,書久不報。待詔公車,糧用乏,上計吏卒更乞匄之。會邑子嚴助貴幸,薦買臣。召見,說春秋,言楚詞,帝甚說之,拜買臣為中大夫,與嚴助俱侍中。
(中略)
會稽聞太守且至,發民除道,縣吏並送迎,車百餘乘。入吳界,見其故妻、妻夫治道。買臣駐車,呼令後車載其夫妻,到太守舍,置園中,給食之。居一月,妻自經死,買臣乞其夫錢,令葬。悉召見故人與飲食諸嘗有恩者,皆報復焉。

<和訳>
朱買臣、字は翁子。呉の人。家が貧しかったが読書を好み、ロクに仕事もせず、薪を売って生活しており、薪を担いで歩きながら書を読んでいた。
妻もそれに同行したが、朱買臣が道で歌を歌うのを止めさせようとしても改まらず、余計に歌うようになったので、妻は恥じて離縁しようとした。彼は「私は50歳になったら富貴な身分になるが、もう40歳以上になっている。お前は今までずっと苦労していたから、私が富貴になるのを待っていれば大いに報いようではないか」と言ったが、妻は「貴方と一緒にいてものたれ死ぬだけです。どうして富貴になれましょう」と怒ったので、彼は離縁を許した。
その後、朱買臣は独りで薪を背負いつつ歌を歌った。墓場で薪を拾っていた時に元の妻とその夫が困窮している彼を見かけると、元の妻は彼に食事を恵んでやった。
その後、朱買臣は上計吏に随行する卒となり、長安へ行った。そこで皇帝に上書したがなかなか返事がなかった。待つうちに食うものに困るようになったので、仲間の卒が食事を恵んでやった。
そんな折、同じ呉の人間である嚴助が朱買臣を推薦したため、武帝が召し出した。彼は「春秋」について説き、楚詞について語った。武帝は大変喜んで朱買臣を中大夫に任命し、嚴助と共に侍中とした。
(中略)
会稽郡太守(朱買臣)が着任すると、郡では民を使って道を清め、吏がこぞって送迎した。呉県に入ると、彼は元の妻とその夫が道を清掃しているのを発見した。朱買臣は二人を車に乗せて太守の公舎に置いて食事を給したが、元の妻は一月ほどして自殺してしまったので、その夫に葬る費用を与えた。その他にもかつて恩があった者と会食し、その恩に報いた。

一見するとお人よしにも見えるような朱買臣の元妻に対する扱いだが、自分がこれを目にした時、先ずもって想起したのがユダヤ教の聖典「タルムード」に記されている以下の挿話であった(注1)。
「鎌を貸してくれ」とある男が言った。相手は「嫌だ」と拒絶した。しばらくして逆にその拒絶した男が「馬を貸してくれ」と言ってきた。すると相手は「お前は鎌を貸してくれなかったから、俺は馬を貸さない」と言った。これは復讐である。
「鎌を貸してくれ」とある男が言った。相手は「嫌だ」と拒絶した。しばらくして逆にその拒絶した男が「馬を貸してくれ」と言ってきた。初めの男は馬を貸してやったが、貸す時に「貴方は鎌を貸してくれなかったけれども、私は貴方に貸してやる」と言った。これは憎悪である。

恐らく元妻は、朱買臣の”温情”を受ける度に己がかつてした振舞いと元夫から現在受けている振舞いの落差からくる疾しさ、大器を見抜けなかった己の不明を恥じる心に苛まれ、また過去の自分の行いに対する世間の侮蔑を含んだ視線に晒され続けた結果、自死へと追い込まれたのだろう。

「老子」には以下のような文言が収められている(注2)、
將欲歙之、必固張之。將欲弱之、必固強之。將欲廢之、必固興之。將欲奪之、必固與之。

<和訳(岩波文庫「老子」に拠る)>
縮めてやろうとするならば、かならずしばらく拡張してやれ。弱めてやろうとするならば、かならずしばらく強めてやれ。廃してやろうとするならば、かならずしばらく挙げてやれ。奪ってやろうとするならば、かならずしばらく与(あた)えてやれ。

かつての自分につらく当たった元妻に対する朱買臣の真意について断言することはできないが、もし彼が元妻に対して恨みの感情を抱いていたとしたなら、それをおくびにも出さず、己の世評を傷つけることもなく、相手に物を与えるだけ与えてその自壊を誘発した手腕たるや見事としか言いようがない。

そして、これらの一見そうとは分からない入り組んだしっぺ返しのやり方を見てると、「ハンムラビ法典」の「目には目を、歯には歯を」の明瞭性が寧ろ稚気に富んだ微笑ましいものに映ってくるから不思議なものである。

注釈
注1.「ユダヤ5000年の知恵」に拠る
注2.「老子」第36章に拠る


参考資料
・ラビ・M・トケイヤー 「ユダヤ5000年の知恵」 1971年10月 実業之日本社 加瀬英明訳
・班固 「漢書」列伝巻六十四 嚴朱吾丘主父徐嚴終王賈傳第三十四上 (台湾中央研究院 漢籍電子文献より)
・老子 「老子」 2008年12月 岩波書店 蜂屋邦夫訳注