2011年8月20日土曜日

第三百九十段 中東紛争ベルト地帯

一向に収束の気配が見えないシリア内戦状態が世の耳目を集める中東情勢だが、最近になってトルコ、イランとクルド人勢力との紛争再開やガザ地区からの対イスラエル攻撃とそれに対するイスラエルの報復攻撃、シナイ半島北側における1000人規模のエジプト軍展開等、どうもキナ臭い動きが相次いでいる。

それらを地図上にプロットしたのが以下の図表である。

黄色火花1.トルコ軍とクルド人分離独立勢力PKKとの衝突再開。
トルコ南東部からシリア北東部、イラク北部、イラン北西部にかけて広がる所謂「クルディスタン」の独立を巡って、クルド人独立派勢力と各国政府は長年抗争を続けてきた。その中でも最も規模が大きいのがトルコとクルド人独立派勢力PKKの抗争である。
2003年のエルドアン政権成立後は、EU加盟交渉における人権分野の改善アピールといった目的もあってか、クルド人の権利拡大もある程度進んだものの、最近は政権の強硬姿勢が目立ち、今月に入ってからは、トルコ-イラン国境地帯(クルディスタン地域)を走るガス・パイプラインで爆破事件が発生(爆破はトルコ領側で発生)、トルコ南東部においてPKKによると見られる攻撃でトルコ側に8名の死者が発生、トルコ軍によるPKK基地を狙ったイラク北部への2度の空爆といった事例が相次いでいる。
なお、トルコ・エルドアン政権の対クルド強硬策への転換が、EU加盟交渉を必ずしも重視しないという外交スタンスへの転換をも象徴するものなのかは興味深い所である。

黄色火花2.イラン革命防衛隊とクルド人分離独立勢力との衝突
上記の通り、クルド人独立派が分離独立活動を繰り広げている地域は、トルコに限られたものではない。イランでもまたPKK傘下組織たるPJAK等がクルディスタン独立に向けた武力闘争を行っている。
イランでは今年に入ってから革命防衛隊を投入してのクルド人独立派掃討作戦を強化している。最近伝えられた、ゴム地域革命防衛隊司令官の一人が北西部サルダシュトでの掃討作戦中に戦死、新たなクルド難民の発生、トルコ-イラン間を走るガス・パイプラインの爆破事件(上記のトルコでの爆破事件とは別物)、イラン革命防衛隊がPKK幹部(組織のNo.2)たるKarayılanの捕獲成功といった事例を見ると、クルド側の抵抗はあるものの、概ねイランの掃討作戦は順調に推移しているといえそうである。

黄色火花3.シリア・アサド政権と反アサド勢力との内戦状態
こちらは世のマスコミがこぞって伝えている所でもあり、詳細は省くが、シリア軍がラタキア攻撃の際に同地のパレスチナ難民キャンプも攻撃したことが伝えられている。これがガザやヨルダン川西岸、そして中東各国に在住するパレスチナ人を刺激する可能性には注意が要るだろう。

黄色火花4.ガザ地区からのパレスチナ人勢力による対イスラエルテロの発生とイスラエル国防軍による報復
今月18日にイスラエル南部エイラートでイスラエル人の乗ったバス等を狙ったパレスチナ人のテロが相次ぎ、これに対してイスラエル国防軍はガザ地区に対して報復攻撃を行っている。その報復攻撃の最中、イスラエル国防軍の軍用ヘリがエジプト軍兵士を誤射してしまい、エジプト側に死傷者が発生したことが報じられた。以下に述べるように、現在シナイ半島ではエジプト軍が1000人規模の兵力を展開中であり、イスラエル-エジプト両国関係が当該誤射事件で悪化した場合、両国国境で危険なエスカレーションが発生する可能性がある。

黄色火花5.シナイ半島における「テロ組織、過激派、ベドウィンが跋扈する無政府状態を終わらせ、エジプト政府の支配権を確立すること」を目的としたエジプト軍の展開
四度にわたる中東戦争で干戈を交えたエジプト-イスラエルが相接するシナイ半島は、ために長年、その広大さやスエズ運河、エジプトとイスラエル、ヨルダンを結ぶガス・パイプラインが走るといった重要性の割に極めて限定された形でしかエジプト軍・警察部隊の展開が許されず、結果、同半島は皮肉にもベドウィンやエジプト本土等で活動の場を失った過激派・テロ組織の割拠する一種の無法地帯と化してきた。
この状況に長年目をつぶり続けてきたカイロ政権だが、2011年に入ってイスラエルやヨルダンに向かうガス・パイプラインへの爆破攻撃が相次いで発生したことから、遂にエジプトはイスラエルと調整を行った上で今年2月にシナイ半島に800人の兵力を増派し、それと合わせた1000人以上の兵力で同半島でのベドウィンや過激派、テロ組織の取締作戦を8月上旬から開始した。作戦は現在も実行中だが、シナイ半島北部のガザ-エジプト境界地帯で、ガザへの報復攻撃を行っていたイスラエル軍ヘリによるエジプト軍兵士誤射事件が発生したこともあり、両国の兵力が近接した状態で、両国間の緊張が高まるという剣呑な状態も想定される。

黄色火花6.レバノンにおけるテロ事件の発生
レバノンの安定が隣国のシリアの動向に大きな影響を受けていることは従来より度々指摘されてきたことだが、それだけにシリアにおけるアサド政権と反アサド派の対立・衝突が発生した時、その混乱がレバノン国内に飛び火する可能性が懸念された。
実際レバノン政府も6月下旬にシリア国境地帯に兵力を展開し、混乱するシリアからの難民、武器等の流入を阻止しようとしてきた。
そうしたレバノン政府の努力もあってか、現時点では大規模な反政府活動や各党派間の武力衝突といった事態は発生していないが、イスラエル-レバノン国境の監視に当たる南レバノン国連軍への路肩爆弾による攻撃、レバノン有力党派ヒズボラのナスラッラ書記長を狙ったと思われるベイルート南部での爆破事件(なおレバノンのイスラム教シーア派住民を支持基盤とするヒズボラは、長年イランやシリアと強固な協力関係下にあることが知られている)といった事件も発生しており、予断を許さない状況下にあると考えられる。

こうした事例を並べていくと、トルコ・イラン・イラク国境地帯からシリア・レバノンを経てシナイ半島に至る紛争ベルト地帯(上記地図内赤枠で示す)が成立していることに気付く。
その紛争ベルト地帯の中にあって、現状、奇妙なほどに静寂を保っているのがヨルダン川西岸、イスラエル・ヨルダン国境地帯である。もしここもまた他地域と同様に発火することになれば、イスラエルは南北東の三方向に紛争地帯を抱えることになる。果たしてヨルダン川西岸、イスラエル・ヨルダン国境地帯の安定はいつまで保たれるのだろうか・・・・?

参考資料
・Ahram 「Egypt army officer, 2 security men killed in Israeli border raid」 2011年8月19日
・Gulf Times 「Hundreds displaced as Iranians clash with Iraq Kurds」 2011年7月26日
・HAARETZ 「Report: Lebanon bombing was attempted hit on Hezbollah chief」 2011年8月2日
・HAARETZ 「Egypt deploys thousands of troops and tanks in Sinai, in coordination with Israel」 2011年8月14日
・Hurriyet Daily News 「Iranian gas flow to Turkey halted by explosion」 2011年8月12日
・Hurriyet Daily News 「Turkish jets bomb PKK bases in Iraq」 2011年8月18日
・Iran Japanese Radio 「イラン北西部で、テロリスト多数が死傷」 2011年7月16日
・Iran Japanese Radio 「イラン革命防衛隊の司令官が、PJAK掃討作戦で殉教」 2011年7月23日
・Iran Japanese Radio 「「爆発で破壊されたガスパイプラインはまもなく復旧」」 2011年7月29日
・Jerusalem Post 「Egyptian army deploys additional soldiers in Sinai」 2011年2月18日
・Jerusalem Post 「Israel sees Lebanon bombing as warning to UNIFIL」 2011年7月28日
・Jerusalem Post 「'Explosion hits natural gas pipeline in Sinai Peninsula'」 2011年7月30日
・THE JORDAN TIMES 「Lebanon sends troops after residents clash on Syria」 2011年6月19日
・・TODAYS ZAMAN 「‘Mystery’ still surrounds reported capture of PKK leader Karayılan」 2011年8月14日
・TODAYS ZAMAN 「7 soldiers, one village guard killed in PKK ambush 」 2011年8月17日
・TODAYS ZAMAN 「Turkish military attacks PKK camps in Iraq for second day」 2011年8月18日
・共同通信 「連続襲撃で7人死亡 イスラエル、ガザ空爆」 2011年8月19日
・毎日新聞 「シリア:弾圧、パレスチナ難民に被害 北部攻撃4日目、5000人以上脱出」 2011年8月17日