2011年8月26日金曜日

第三百九十七段 アフリカ反イスラエル勢力包囲網?

あと三分の一を残した状態で気の早い話だが、今年2011年を回顧すると、アフリカ、特にその北側については大きな動きが相次いだ年だったと言えよう。

まず1月、今まで比較的政情の安定していると思われていたチュニジアで、国民の大規模な反ベン・アリ政権デモが発生し、これに軍が呼応する形となってベン・アリ政権が崩壊した。
そして、これに触発されたのか、時を置かずしてエジプトで反ムバラク政権デモが発生し、2月上旬になって長年大統領として同国に君臨してきたムバラク氏が権力の座から引きずり降ろされた。
2月中頃になると、隣接するチュニジアとエジプトの混乱を尻目に不気味な静けさを保っていたリビアでも反カダフィ勢力の政権打倒運動が勃発した。当初、各都市の支配を巡ってカダフィ政権側と反カダフィ派との間で熾烈な取ったり取られたりのシーソーゲームが続くが、徐々に重火器類で勝るカダフィ政権側が優勢が報じられるようになる。そして反カダフィ派を東部ベンガジにまで追い詰めることに成功したカダフィ軍だったが、3月下旬になると、今までカダフィ政権の”蛮行”を非難してきた英仏米やその与国が対リビア軍事介入を開始。以後、米英仏等の軍事介入によって態勢を立て直すことに成功した反カダフィ派が反撃に転じ、遂に8月22日、カダフィ政権の根拠地であったリビア首都トリポリが陥落の運びとなった。
また、少し南の方に目を向ければ、7月9日、1955年から断続的に続いた長い内戦の果てに、アラブ系イスラム教徒が権力を握るスーダンから、黒人キリスト教徒が多数を占める南スーダンが念願の独立を果たした。

以上が今年三分の二を終えた時点でのアフリカ北部における主要な動きである。これらの動きが発生した背景或いはそれがもたらす今後の地域秩序への影響等は様々に論じられているが、当ブログでは「そこにイスラエルを絡めて見ると興味深い構図が浮かび上がるよ」という事を論じてみたい。

まずエジプトだが、第四次中東戦争後、時のサダト大統領はアラブ諸国首脳として初めてイスラエルとの共存を外交の柱に据えた。この対イスラエル共存策は、彼が暗殺の凶弾に斃れた後も後継者ムバラク大統領に継承され、長らく中東の地域秩序を支える前提の一つとして機能してきた。
しかし、そのムバラク大統領が政権を逐われるや、今まで政権によって押さえこまれてきた国民の反イスラエル感情が、ムスリム同胞団といった宗教勢力の伸長、政権崩壊後も改善の兆しが見えない経済事情等を背景に政治的主張として大きな力を持ち始めてきた。
また、政権崩壊の混乱の中で、従来から治安把握の脆弱性を指摘されてきたシナイ半島の掌握が一層弱まり、イスラエルやヨルダン向けガス・パイプラインの爆破が相次いだ他、ガザ地区への武器密輸も取締が緩んできたとされている。無論、エジプトの現政権もこれを座視しているわけではなく、シナイ半島の治安回復を目的として、同半島北部を中心に1000人規模の兵力を展開したのだが、そこにガザ空爆中のイスラエル軍機によるエジプト兵誤射事件が発生し(エジプト側に死者が発生)、両国間で緊張が激化する事態となっている。

次にリビアだが、カダフィ政権はアラブ民族主義の立場から、長らくイスラエルやそれと共存する道を選んだ隣国エジプトを声高に非難してきた。しかし、カダフィ政権の打倒に成功したリビア国民評議会政府は、以下のようにイスラエルとの友好も重視する姿勢を現時点で示している。
Libya needs any help it can get from the international community, including from Israel, a spokesman for the opposition to Muammar Gadhafi's regime told Haaretz Tuesday by phone from London.

When asked what sort of assistance Libya required, Ahmad Shabani, the founder of Libya's Democratic Party, said: "We are asking Israel to use its influence in the international community to end the tyrannical regime of Gadhafi and his family."

Shabani, 43, is the son of a former minister in the cabinet of Libya's king, who was deposed in 1969. After the military coup led by Gadhafi, the Shabani family fled Libya and settled in London.

Shabani, who was educated in Britain, later returned to Libya and began working for an opposition group.

In March, he began to speak out against the regime, but he returned to London when he felt his life was in danger.

The weight he carries in Libya's emerging political fabric is unclear. But in recent months Shabani has appeared in the Western media as a spokesman for the opposition.

When Shabani was asked whether a democratically elected government in Libya would recognize Israel, he responded: "That is a very sensitive question. The question is whether Israel will recognize us."

Shabani mentioned Gadhafi's eccentric ideas about the resolution of the Israeli-Palestinian conflict, including the founding of a single country to be called "Israstine." But Shabani said his group believed in two countries, Israel and Palestine, living side by side in peace - the two-state solution.

Regarding Gadhafi's claims that Al-Qaida operatives were supporting the rebels, Shabani said the opposite was true. He said Al-Qaida activists have been working for Gadhafi, among them Libyans and, according to reliable intelligence reports, foreigners who infiltrated the country's porous borders.

According to Israeli intelligence, since the uprising, as part of a huge black market in weapons in Libya, arms have been smuggled from Libya to the Gaza Strip via Egypt. Shabani said the opposition was aware of the smuggling and hoped to end it.

According to Shabani, the transition to the new Libya needed an organization under the aegis of the United Nations to supervise democratic elections. He said he hoped to see a South Africa-style reconciliation committee established to prevent acts of revenge or a new civil war.

2011年8月14日 HAARETZ


三つ目に南スーダンだが、イスラム法による全土統治を掲げるハルツーム政権と長年血で血を洗う抗争劇を繰り広げてきた彼らは、独立後、最初に大使館を設置する国のリストの中に米国等の西側諸国に加えてイスラエルを入れている。
独立以前の南スーダンとイスラエルとの関係については不明な部分も多く、当ブログでは、ハルツーム政権が長年紅海を通じたパレスチナ人勢力への武器等密輸を黙認してきたこともあり、イスラエルと南スーダンが独立以前からハルツーム政権を共通の敵とした何らかの協力関係を築いていても不思議はないことを指摘するにとどめたい。

以上三カ国に以前よりイスラエルと良好な関係にあるエチオピア(注1)、そしてダルフール紛争とそこから発生する難民の問題等でスーダン・ハルツーム政権と度々対立して来たチャド(注2)を考慮に入れて地図を眺めてみると、実に面白いことに気づかされる。


アフリカ北東部、ムバラク後のエジプト、そしてスーダン・ハルツーム政権というイスラエルとの関係がしっくりいっていないグループ(地図上、首都の位置を緑四角、主な軍事力展開方向を緑矢印で表示)を置く。次にイスラエルとの友好関係にある若しくはその構築に前向きなリビア(国民評議会政府)、南スーダン、エチオピア、イスラエルとの関係は不明だがスーダン・ハルツーム政権とは度々対立してきたチャドのグループ(地図上、首都の位置を黄色四角)を置く。
するとどうだろう? イスラエルとの関係が芳しくない緑グループに対し、地中海からサハラ砂漠を通ってエチオピア高原に至る弧状の包囲線が浮かび上がるのである。つまり、今後の国造りに成功したリビアや南スーダンに加え、隣国エリトリアとの関係改善に成功したエチオピア、チャドが仮にその軍事力の矛先を緑グループの国に向けたとしたら(地図上、黄色矢印で表示)、エジプト並びにスーダン・ハルツーム政権は完全に袋の鼠となりかねない形勢なのである(更に加えて言うならば、ナイル河という水源を考えた場合、エチオピア並びに南スーダンが上流国、エジプト、スーダン・ハルツーム政権が下流という立ち位置となることにも注意が必要であろう)。

この包囲線、果たして現実のものとなるのか否か・・・・?

注釈
注1.隣接するアラブ諸国の敵意に晒され続けてきたイスラエルは、更にその近隣アラブ諸国の外縁に位置する非アラブ諸国との友好関係構築に注力してきた。具体的な協力相手としてはエチオピア以外、トルコ(ただしAKPが政権を握って以降はやや冷却化)、王制イラン(イラン・イスラム革命によって友好関係は断絶)、インドが挙げられる。
注2.チャドについては過去にスーダンとの関係改善に動いているという旨の報道もあったが、具体的な成果は今の所上がっていない


参考資料
・Ahram 「Egypt army officer, 2 security men killed in Israeli border raid」 2011年8月19日
・Gulf Times 「Sudan: Chad ties thaw after talks」 2009年12月26日
・HAARETZ 「Egypt deploys thousands of troops and tanks in Sinai, in coordination with Israel」 2011年8月14日
・HAARETZ 「Rebel spokesman to Haaretz: Libya needs world's help, including Israel's」 2011年8月24日
・Jerusalem Post 「Sudan FM: Fatal hit on car 'absolutely an Israeli attack'」 2011年4月6日
・Jerusalem Post 「Potential to make money in South Sudan is ‘enormous’」 2011年7月11日
・Jerusalem Post 「'Explosion hits natural gas pipeline in Sinai Peninsula'」 2011年7月30日
・RIA Novosti 「South Sudan to open embassies in 21 countries after gaining independence」 2011年6月19日

※2012年2月16日、リビア反カダフィ派要人のイスラエルに好意的な発言記事の引用が抜けていたので、改めてこれを追加。