2011年9月25日日曜日

第四百十一段 マハーラージャーは北面す

「シルクロード」という言葉に代表されるように、東西の繋がりだけに注目が集まりがちな中央ユーラシアだが、実はアフガニスタンを結節点とした北の草原地帯と南のインドという南北の繋がりも活発であったことはあまり注目されていない。

だが、特にヒンドスタンと呼ばれる北インド一帯の安全保障は、歴史上、北の草原地帯から南下を繰り返す遊牧騎馬勢力の動向に大きな影響を受けてきた(注1)。アリーヤ、サカ、クシャン、エフタルといった古代遊牧民の南下がインド世界に与えた影響は高校の世界史でもお馴染だが、とりわけ10世紀のガズニ朝を嚆矢とするイスラム化したトルコ・モンゴル系諸族の侵入がインド亜大陸に与えた影響は大きかった。長年インド政治の中心となってきた都市デリーは彼らイスラム化したトルコ・モンゴル系諸族の王朝が築き発展させた都市であったし、かつての英領インド、そして現在のインド共和国の領域はイスラム化したトルコ・モンゴル系諸族のインド侵入最後の大波と言えるムガル帝国のそれをほぼそのまま引き継いだものである(注2)。

こうした歴史をどこまで意識したものかは不明だが、21世紀に入って以後のインド共和国は「北方外交」とでもいうべき中央ユーラシア諸国への働きかけをとみに強めている。

まずロシアとインドとの関係だが、インドの目覚ましい経済発展とそれに伴う防衛力近代化の動きにロシアが多くの先進的兵器や軍事的技術を売却するという一種の共生関係、そして両国間で未だ根強い中国警戒論の影響もあってか、両国関係は旧ソ連時代と変わらぬ良好さを維持している。最近ではロシアが作成した新鋭ステルス戦闘機T-50(注3)について、ロシア国営航空機メーカー統一航空機製造会社のトップが「T-50は露印両軍向けのもの」という声明を発表している

旧ソ連領中央アジア諸国に対するインドの動きを見ると、まず中国と境を接するキルギス政府との間では、今年7月5日にインド国防相が同国を訪問して「二国間防衛協力関係強化」に関する合意が成立し、更には同国内での魚雷の製造・試験施設設置に向けた交渉も進められている。
次にタジキスタンとの関係だが、こちらについてはドゥシャンベ近郊のファルホル空軍基地のインド軍利用が2004年に認められている。そしてインドは二匹目の泥鰌を狙って同国アイニ空軍基地の利用権を巡る交渉を進めていたものの、こちらは同じく同空軍基地に目をつけていたロシアの強硬な反対に直面する形となり、利用権獲得に失敗してしまった。
カザフスタンについては、現時点でインドとの間で表立った動きは見受けられないものの、タジキスタン同様、同国内にもインド空軍基地が設置されているという。

アフガニスタンについて、インドはタリバンを支援する敵国パキスタンへの対抗上、そのタリバンと敵対する北部同盟を支援してきた。そして2001年の911テロとそれに続く米国のアフガン攻撃によってアフガン・タリバン政権は崩壊し、インドにとってはめでたい事に支援先の北部同盟がパシュトゥン人有力者ハミド・カルザイを担ぐアフガン新政権が成立した。これに応じてインドも資金援助や道路建設を中心に様々な対アフガン支援を実施してきたが(注4)、新政権自体の怠慢・腐敗等もあってアフガニスタンの復興と安定化への歩みは捗々しくなく、寧ろ勢力を盛り返してきたタリバンの再奪権もあり得べきシナリオとして浮上してきたことから、今年7月、アフガンからの軍撤退を開始した米国に対して「今後も米国はアフガンでのプレゼンスを維持すべき」という旨の発言がインド外相の口からなされている。

モンゴルとの関係については、根強い中国警戒論を共通認識として防衛面等での関係強化が進んでいる(注5)。以前よりモンゴルにはインドが中国の弾道ミサイルを監視するための施設を設置しているとされているが、今月8日にはインド-モンゴル両国防相の間で「防衛分野での協力強化」に向けた合意が成立した他、15日からはインド-モンゴル両国陸軍の合同演習が29日までの予定で開催されている(注6)。

以上のようなインドの「北方外交」に負けず劣らず、軍事面や経済面での協力を梃に内陸アジア諸国に対する積極的な働きかけを進めているのが中国である。今後、ユーラシア中央部の戦略バランスがインドと中国、どちらに有利な方向に傾くのか? それは恐らく東・南シナ海での権益を巡って中国と対峙する諸国の進路にも大きな影響を与えるものとなるだろう。

注釈
注1.中央アジアを征したロシア・ソ連を一方の主役としたグレート・ゲームやアフガン侵攻も、古来より北方草原地帯の遊牧民達が繰り返してきたインドへの南下行動の延長線上の出来事と言えるかもしれない。

注2.こうした歴史を背景に成立したインドのイスラム教徒だが、その人口はインド全体の12%程度だといわれる。インドの人口は2010年時点で約12億人なので、インドはその中に約1.4億人強のイスラム教徒人口を抱えている計算になる。これを上回るのはインドネシアの約2億人、そして英領インド独立の際に宗教的理由からインド共和国と袂を分かったパキスタンの約1.7億人だけである。
注3.なおT-50について、その製造はロシアが行ったが、インドもまた開発費の6割に当たる60億ドルを拠出する等の資金援助を行っている。
注4.道路建設におけるインドの支援で目立つのは、同じくタリバンへの対抗上北部同盟を支援してきたイランとの共同によるカブール~バンダル・アッバス港(イラン領)道路の開設(2009年)であろう。これにより内陸国アフガニスタンは、パキスタンルート以外の海への出口を曲がりなりにも手に入れたことになる。またアフガンへの資金援助については、最近だと今年5月にインド・シン首相が総額5億ドルの支援パッケージ提供を申し出ている。
注5.インドがチベットのダライ・ラマ14世亡命政権を受け入れていることは広く知られているが、一方のモンゴルではそのダライ・ラマ14世を最高の宗教的権威として仰ぐチベット仏教の信者が人口(2010年時点:約270万人)の約50%を占めている。
注6.なおモンゴルが他国と行っている合同演習としては、米国等を相方とした「カーン・クエスト」が有名である。


参考資料
・DefenseNews 「India, Mongolia Foster Closer Defense Ties」 2011年9月8日
・EURASIANET 「Is India Out of the Game in Tajikistan?」 2010年12月1日
・EURASIANET 「India To Use Torpedo Plant In Kyrgyzstan, But Where Are The Russians?」 2011年9月21日
・EURASIANET 「Indian Army, And Their Motorcycles, Boosting Cooperation With Mongolia」 2011年9月22日
・RIA Novosti 「New stealth fighter jet 'principal' for Russia, India」 2011年8月16日
・TOLOnews 「Indian PM Announces $500m Afghan Aid Package」 2011年5月12日
・TOLOnews 「India Urges US to Continue Presence in Afghanistan」 2011年7月20日
・UZBEKISTAN DAILY 「Uzbek President leaves for India」 2011年5月17日
・フォーサイト 2007年7月号 「インドがタジキスタンに進出 その背後にもロシア 」 
・フォーサイト 2007年10月号 「中国のミサイル開発をインドがモンゴルから監視 」
・フォーサイト 2008年8月号「スリランカ取り込みを図る中国に、神経を尖らせるインド 」